第1話 4月23日 12:30 美笠高校北校舎3F
決闘。知らない人ために説明しておくと(大部分の方々は知っておられるだろうが)、
『1 個人間での名誉の侵害や遺恨などから起こった争いを解決するため、取り決めた方法で闘い、勝負をつけること。果たし合い。2 勝敗を決める戦い。』とある。(『大辞泉』より)
突然何を言い出すんだ!と思った方もおられるだろうから、説明をしておくと。この僕、逢河耀家は今現在目の前で。
「鼎ちゃん。ホンマに頼む!決闘してや!」
「頼む~!俺達の代わりに決闘してくれ~!」
などと男子2人が土下座で懇願していたからだ。
一応言っておくが、土下座の対象は決して僕ではない。
自分で言うのもなんだが、何しろ僕は50m8秒9、ハンドボール投げ19m、懸垂1回……省略!
というお世辞にも運動が得意とは言えない人間なので彼らから頼まれることも頼られることもない。
……あれ?なんだか悲しくなってきたな……。
「………。」
そんな2人に頼まれて頼られているのは鼎清之君だ。
当然ながらこんなことをされてかなり困った顔をしている。
「………………。」
彼は無言であるが、かなり怒っているのは一目瞭然だった。
それも当然だろう。時間は昼休み、しかも場所は場所は階段脇のトイレの入り口。
トイレに行く人たちやら、購買にパンを買いに行く人やらで混み合う場所でそんなことをされれば当然のことながらかなり目立つ。
道行く生徒達は誰も彼もが土下座する者、されるものを注視していた。
「ねえ、何あれ?」
「無理矢理土下座させてる?」
というのが傍から見た人々の感想。
変なモノを見るような目で見ているのだが(変なモノに見えたのだが)これはまだまだマシな方。
「ありゃあ新手のいじめか?」
「もしかしてカツアゲ?」
「え~嘘。それこわーい。」
完全に眼の前の彼は悪者扱いだ。
「隣の子もおとなしそうな顔してこんなのを一緒にするなんて!」
「鬼ね。鬼。」
中には僕を悪者として見られている。
彼女らの話の流れで行けば僕は大方『生徒からお金を脅し取る番長の腰巾着』なのだろう。
非常に迷惑極まりない話だ。
そしていかにも小物臭のする配役に腹を立てたのはここだけの話だ。
「……。」
ちなみにこの瞬間僕の瞳からは一筋の汗が……汗!がこぼれていた。
「すまん。ホンマすまん。」
「だから機嫌直してくれよ~。トイレの中でせえへんかっただけでも良かったやろ?」
「当たり前だ!」
5分後。階段脇のトイレから1-1の教室に戻り自分の机でふてくされる彼に対して先程の2人はお願いではなく謝罪の土下座を実行していた。
ちなみに関西弁をしゃべる直原務君で語尾を伸ばしてしゃべるのはハリヤマ……。
「待て!俺は播磨屋だ!!」
「どうしたハリヤマ?」
「嫌~誰かかが俺のことを~って違う!俺は播磨屋だ!」
……といつもは語尾を伸ばすけど名前を間違えられたときは語尾が伸びない播……磨屋拾時君だ。
ちなみに名も知らない女子から番長の腰巾着扱いされた僕には何の謝罪もないがそっちのほうがありがたい。
なぜならそんな僕らの周囲では、
「「「「「(ヒソヒソヒソ)。」」」」」
とトイレの中と変わらないくらいの視線に曝されていたりする。
……この中にも僕のことを腰巾着扱いする人間がいるのだろうチクショウ。
ただでさえ入学直後のある出来事がきっかけで周囲から孤立しがちな僕たちの孤立化が加速してしまう。
「それより決闘というのは……?」
「また変なのに絡まれたの?」
そう言ったのはついこの間、この2人が街の不良に絡まれていたのを思い出したからだ。
「馬鹿な!僕らは君子だ!」
「「…………。」」
そう言って語尾を伸ばさず強く反論するハリヤマ……もとい播磨屋君。
そもそも君子のくせに先日も絡まれている彼らに僕と鼎君は冷たい視線を送った。
「で?何のために決闘しなければならないんだ?理由を聞かせてもらおうか?」
まあ僕としては決闘は立派な犯罪(決闘罪というらしい)なので止めてほしいところではあるが。
「もちろんわれらが女神。」
「レンレン様に告白するためじゃ!」
「レンレン様……?なんだそのファンシーな名前は?」
「え……知らないの?」
僕は思わず鼎君に聞いた。
「そういうお前は知っているのか?」
「「「え~?」」」
「お、おい……。逢河まで……そんなにおかしいか?」
そんな事を聞くがこの高校の生徒として入学して1月も立って彼女を名前すらも知らない人間がいるというのはあまりにもおかしい。
「1-8の漣聯さんだよ!誰もが注目だったんだよ?」
「えーと……?」
「アカン!何言ってるか分からへんって顔しとる!」
「ほら~入学式で新入生代表でスピーチをやってただろう~!」
「あー。あの。校則違反をしていた不良の新入生代表か。」
「校則違反?そうなの?」
「え~。直原は知ってる~?」
「なんやそれ?知らんわ。」
僕らはそんな疑問を思わず口に出した。
実際彼女の噂は学校中に氾濫しており少し漁ればざっくざっくと集まるくらいだった。
たいていそういうのは根も葉もない悪意のある噂も混じったりするものだが、彼女の場合は、品行方正な人格者だというよい人物という内容しか聞かなかった。なのでその認識で間違っていないはずなのだが彼が持つ第一印象がその噂と全く当てはまらないことに驚いてしまった。
「金髪だっただろう?髪を染めていてよく新入生代表になれたな。」
「「「「「「「「「いやいやいや。ちょっと待て!!!」」」」」」」」」
再び僕らは突っ込んでいた。いや、僕ら以外にも周囲の数人が一緒に突っ込んでいた。
確かに彼女は金髪だ。眼の色も碧眼と日本人離れした容姿をしている。
でもそれは彼女が外国人のハーフだからであり決して染めているわけではない。
恐らくそんな彼女を見て『不良少女』という第一印象を抱いてしまうのはこの学校で……いや、この白帆市でも夷塚君一人だろう。
とはいえ、誤解を与えたままだと漣さんがかわいそうなので上記の事情を彼に説明した。
「嫌……あれはね、彼女の地の色らしいよ。」
「金髪が地の色……?外国人なのか?少し見ただけだったか、彼女は日本人という印象を持ったぞ?」
「なにいってんだ~?外国人なんてこの街じゃそんなにめずらしくないだろ~?」
実際僕らの住んでいる街『しらほし』は諸外国との貿易が重要な産業となっているので、日本本土に比べ外国人を見かける割合がかなり高く、英語で話しかけられるということも珍しくはない。
なのでしらほしに住んでいれば否が応でも英会話が身に付くという便利な街だったりする。
それはとにかく。
「金髪が不良って……。何百年前の人間やねん!!」
それを聞いて播…磨屋君もうんうんと頷く。よく見ると周囲のクラスメイトの何人かも(男子限定)大きく頷いていた。
むろん22世紀の現在では髪の毛にダメージを与えずにきれいに仕上がるという染毛剤が普及しているので髪の毛を染める人ますます増えていたりする。
しかし、一応断っておくが僕は別に学生が髪を染めていることを奨励しているわけではない。
この高校は奇人変人こそ多いが、それ以外は割と普通なのでそこらへんはきっちりしており髪の染色も校則違反となっている。。
例えば。
「それはそうじゃろう。染めてたら今頃大問題や。ハリヤマみたいに」
「俺の名前は播磨屋だ!あと……それは言うな!」
「「「「「「ああ。そんなこともあったな」」」」」」
クラスの5~6人は同じタイミングで言った。
彼が髪を染めた時の話をされたくないのは、結果非常に怖い目にあったからだ。
それは入学式の翌日、播……磨屋君は髪を金髪に染めて登校してきた。
担任の先生がゆるゆるほわほわ系の優しそうな教師だった「まあこのくらいな大丈夫だろう。」とでも思ったからだろう。
しかし、そんな彼の髪型を見た担任のほわほわ系の女教師はたちまち怒りの形相に変わり、持っていたバリカンでトラ刈りにされた(何故持っていたかは謎)。その時のことは一生忘れない。その変わり様をみて関係のない自分でも背筋は凍え、体中から冷や汗が噴出したのだから。
その瞬間、担任の山桜桃先生のあだ名が穏やかな外面に憤怒の相を持つインドの女神、そして髪を刈り取るからあやかって『カーリー』に決まり、彼女に逆らおうとする大馬鹿者はこの教室から消えた。
そんないきさつのため現在の播磨屋君の髪型はスキンヘッドになっている。
閑話休題。
「それより件の金髪について教えてくれ。」
「僕も金髪碧眼ってことと運動神経が高いってことくらいしか知らないな。」
実際のところ僕も第一印象のインパクトが強かっただけっで彼女に強く関心があるわけではない。
というより別に僕はそこまで熱くはなれないのだが
「彼女の魅力はその日本人離れ容姿だけやない。内面に持つ日本人らしさが日本人に近い。いや、日本人そのものなんや。」
「え?華道、茶道、書道みたいな伝統芸能を修めているの?」
「それもあるが彼女の家は華族でな。普段からそういうしきたりの中で過ごしてきたらしいぜ。」
「家族~?うちなんか10人家族だぞ~?」
「その家族じゃないから。」
すかさず鼎君が突っ込んだ。実にうまい突っ込みだ。
実際僕もあと少し遅ければ同じセリフで突っ込むことろだった。
「公家やったり殿様とかの子孫のことや。」
「おおっ。それはすごい。」
「まさに大和撫子ってやつなんだな~。ってか鼎の第一印象そのままだな~。」
「まあそうだな……それより本題に入ってくれないか?今の話のどこに決闘の要素が入るんだ?」
「そう言えば彼女の話は結構したけど決闘の話はまだだよね。」
「そうやったな。すまん。」
「そんな彼女に関するある噂が1週間前から流れ始めたんや。」
「噂……?」
周囲を見れば教室内の大部分の人間が知っているような顔をしていた。
その様子を見て自分の周囲からの孤立の深刻さに結構焦ったりしていた。
そんな僕の状況を知ってか知らずか(知らないに決まっているが)、直原君は周囲を見渡すと思わせぶりに口を開いた。
「容姿端麗。眉目清秀。そんな彼女を倒せれば、恋人として付き合える……ってな。」
白帆市立美笠高等学校
海上都市『しらほし』の西部、『みずのえ』地区にある高等学校。
生徒数960名1学年8クラス。
校舎は上から見てロの字を横に引き伸ばしたような形をしており校舎の他に敷地の半分はある運動場に体育館、部室棟、格技場がある。(プールや食堂はない。)
ちなみに特筆すべき点として奇人変人が多い。
*次回から登場人物紹介が始まります。