お米は神様 :約3500文字
夜。とあるアパートの一室で、一人の男が夕食をとっていた。
薄汚れた畳に胡座をかき、ぼんやりとテレビを眺めながら箸を進めている。細かな傷がついた座卓の上には、茶碗やスーパーで買った惣菜が雑然と並んでいた。
やがて男は箸を置き、ふうと小さく息をついた。
「あ、これで最後だっけ……まあ、パスタのほうが好きだし、別にいいか」
『……おい、今なんと言った』
「えっ」
男は思わず声を漏らした。何気なく独りごちた直後、声が響いたのだ。テレビの音ではない。すぐ近くから、低く妙に威厳のある声がはっきりと聞こえた。
今のは確かに……。
呆然としながら、男はゆっくりと座卓の上に視線を落とした。
『そうだ。こっちを見るがいい。目を見て話そうではないか』
確かに声はそこから聞こえていた――ほぼ空になった茶碗の中から。
「……ははあ、つまり、あなたはお米の神様というわけですか」
茶碗にこびりついた米粒の一つが『うむ』と答えた。そう、紛れもなく米粒である。
話によると、なんでも一粒のお米には七人の神様が宿っているという。茶碗一杯分の米の数はおよそ三千粒。単純計算で、毎回およそ二万一千もの神が茶碗の中にひしめいていることになる。炊飯器の中なら、この男の場合およそ十七万。あるいはもっと多かったかもしれない。
その途方もない数を思い描いた瞬間、男はなんだか気分が悪くなった。
「それで、どうして急に喋り出したんです?」
男は訊ねた。
『き、き、き』
「き……?」
『貴様が米を食わんと申したからだろうが!』
「え、ええ?」
男は思わず尻を擦るように後ずさった。茶碗の中の米粒がぶるりと震えたように見えたのだ。
『日本人でありながら、パ、パスタなんぞのほうがいいなどと抜かしおって! おお、なんたる侮辱。なんたる国賊……!』
「い、いや、ちょっと待ってくださいよ。仕方ないじゃないですか。最近の米の値上がりは、正直異常なんですよ。ほとんど以前の倍ですよ、倍」
事実そうであった。ブランド米でもない、ごく普通のブレンド米でさえ以前と比べて倍以上の値段まで跳ね上がり、しかもニュースによると、当面値下がりする見込みはないという。男は値札を見るたびにため息をついていた。
米自体はむしろ好きなほうではあった。総菜と合わせたり、ただソースをかけるだけの雑な食べ方も楽でいいし、腹持ちの良さを考えれば食材として優秀なのも分かっている。しかし、こうも値段が高くては安い別の食品に切り替えるしかなかった。
「もともとの値段が安すぎただとか、肥料や燃料の値上がりしただとか、生産者側にも言い分があるのかもしれませんが、こっちにはこっちの財布事情があるんですよ。それに正直、卸売業者が意図的に市場を操作してるなんて噂も耳にしますし、そういう話を聞かされるとあまりいい気がしないというか……」
『言いたいことはそれだけか』
「えっ」
『貴様……確かに近頃は、米不足や米価高騰のニュースを聞かない日はない。新米がようやく出回り始めても、米不足感と価格高騰は一向に収まる気配を見せぬ。だが、それがどうしたというのだ。政府はこの春に大量の備蓄米を市場へ放出したが、それ以降も新米が十分に出回るまで毎月放出し続けるという話だ。だがな、米というものは基本的に市場原理に委ねられており、その自然な帰結として現在のような事態が生じていることを国民一人ひとりが正しく認識すべきである。そもそも、民間に十分な在庫があるにもかかわらず、単なる価格調整の目的だけで備蓄米を放出するのは市場原理に反する行為だ。備蓄米を価格調整のために用いるつもりならば、逆に価格が下落した際にはきちんと買い入れ、市場から隔離せねば理屈に合わん』
「いや、あの」
『「米が高い」「いつになったら下がるのか」だのと値段のことばかり報道するのではなく、この国の主食である米を安定的に供給していくためにどうすればいいのか、その核心へ切り込んでいくのがメディア本来の役割だろう。目先の価格ばかり追いかけ回すのではなく、米と農家の未来を国民全体で真剣に考えねばならん。「今だけ、金だけ、自分だけ」などという自分勝手な考え方こそ恥ずべきものだ』
「ちょっと」
『生産者のことをさておいて、今だけ値段が下がりさえすればそれでいいという、消費者目線だけの近視眼的な理屈では、この問題は到底解決せん。そもそも、ごはん一杯分がいくらなのか、きちんと分かったうえで「高い」などと言っているのだろうか。五キロで四千円とすれば、茶碗一杯あたりはせいぜい五十円程度だ。コンビニのサンドイッチは三百円から三百五十円。菓子パンは約二百三十円、カップ麺は約百九十円、ハンバーガー約二百三十円もするではないか。で、米のどこが高いんだ。それどころか、あるラーメン屋では、いまだに「ご飯無料サービス」の看板を掲げているぞ』
「いや、茶碗一杯のお米だけと比較されても、満足感がまったく違いますし、栄養だって――」
『こうした、いわば「米騒動」は以前にも報道されたことがあるが、翌年に豊作になったら何事もなかったかのように米の話題はぱたりと報道されなくなったぞ。今回も同じことだ。いったん事態が落ち着けば、米の話など誰も口にしなくなるだろう。そうやってマスメディアに毎度いいように踊らされて恥ずかしいとは思わんのか。高い、高い、安くしろとばかり騒ぎ立てるなど、さもしいにもほどがある。価格高騰を抑えることだけに汲々とする、そんな短絡的な消費者目線だけで物事を見るのではなく、多角的かつ長期的な視点で考えるべきなのだ。ここは瑠穂の国だぞ。この国にとって農業とは単なる一産業などではなく、古来より連綿と受け継がれてきた文化であり、伝統そのものなのだ。田を耕し、種をまき、実りを収穫し、それを食卓へ届ける。その営みが途切れることなく続いてきたからこそ、今のお前たちの豊かな食生活があるのではないか。その継続が危ぶまれている今、せめて応援しようとは思わんのか? 未来へ受け継ぐべき原風景を一つでも多く残したいとは? もう一度言おう。茶碗一杯の値段は約五十円、いや四十九円。それでもなお、米が高いと感じるというのか。ならば、この言葉を知るべきだ。「対等互恵」。作る者と食べる者。そのどちらか一方だけが得をすればよいという話ではない。互いに「食」の恵みを分かち合うこと、それこそが大切なのだ。現在、安全で新鮮な国産農畜産物を食卓に届けるためのコストは上昇し続けている。肥料や飼料、燃料、資材、人件費、物流費――作る側の負担は数え切れぬほどある。それらのコストに見合う価格を実現することは、生産者のみならず消費者にとっても等しく重要な課題なのだ。生産に見合う価格を保てなくなり、需要と供給のバランスが崩れれば、全国の農家が次々と離農に追い込まれ、農業経営体数は大幅に減少するだろう。一度失われてしまった生産基盤というものは、そう簡単には元に戻せん。耕作されなくなった田畑が増えれば地域の景観も損ねる。農業を支える人間が絶えてしまえば、技術や経験も次の世代へ受け継がれることなく失ってしまうだろう。安く買えることだけを追い求め続けた結果、これまで当たり前のように続いてきたものを気づかぬうちに壊してしまうことになりかねんのだ。おいしくて安全な「食」を、次世代の子供たちへきちんと繋げていくためには、消費者の理解と協力が不可欠なのだ。もちろん家計の事情があることくらい、私とて百も承知。だが、だからといって――』
米は語った。生産者側に立ち、得意げに、上から目線で延々と語り続けた。なぜ意図的な値段のつり上げに賛同しているのか。なぜ生産者側に一方的に肩入れするのか。米の神であるなら、食べる側の立場にも寄り添ってくれてもいいのではないか。
自身の利になること、米の価値を高めることが何より大事なのか――そんな疑問を挟む余地などまるで与えられなかった。
徐々に頭の中に、眼鏡を掛けた白髪で蛙みたいな面をした男が椅子にふんぞり返って語る姿が浮かんできた。それが神の姿なのか、どこかで見た誰かなのか、男には判別できなかった。
男は反論する気力すら失い、ただ茶碗の中の小さな米粒を眺めるしかなかった。
だが――。
『安くしろ、安くしろと、お前たちがそんな……ことばかり……』
「……え、どうかしました?」
ふいに声が弱まり、淀みなく続いていた言葉が、ぶつりぶつりと途切れ始めた。
男は思わず身を乗り出して、茶碗を見下ろした。
『……冷めた』
米粒はぽつりと、そう呟いた。
男は箸を伸ばすと、ぐりっと押し潰した。




