第6話 裏切りと謎のガイコツ
室内は自然光の一筋も入ってこない真っ暗な空間だった。
外から見たときは張り出し窓があったのに、どういう事かとハネツグは疑問に思いながら、同時に部屋に入ったときから感じる、風の引きはじめのような寒気に不安を覚えた。
「いま、灯りをつけますわ」
ガサゴソとバッグを漁る音がしてすぐ、闇の中にライトの光がのびる。それが光の柱となって漂う埃をキラキラと照らした。
マレーネはライトで部屋中を舐めるように照らした。
「なんだこの部屋、家具もなければ窓もない」
「独房みたいね」
独房より何もない。
がらんどうで人が住むために必要なものがなにもない。空の倉庫といったほうが適切だった。
マレーネがライトで照らす部分をハネツグとセネガが目で追う。見えるのは石積みの壁ばかりだった。
が、一瞬だけ奇妙なものが映り込み、マレーネがライトを少し戻す。
何かがあった。
3人がそちらに近づくと、壁と思っていたところに、絵が一枚立てかけてあった。大きさは1メートル四方くらいで、埃にまみれて壁とほとんど同化している。
「ありましたわ」
マレーネが再び鞄の中をいじりはじめた。何が描かれているのか気になったハネツグは指をカンバスにつけて埃を払うように少し動かしてみた。
「ちょっと、勝手に触ったらだめよ」
背後でたしなめるセネカの方に振り返り、ハネツグは鼻で笑いながら、
「いいだろう。僕の物なんだから」
……ドクンッ……
指が脈動に似た動きを感じとり、急いで絵に向きなおる。
なんだ今のは?
全身の皮膚が粟立つのを感じてハネツグはよろよろと後ずさる。そんな彼と交代する形でマレーネが絵の前に立つと、
「これ持っててくださる? 」
ライトをハネツグに渡して、彼女はハケで丁寧に埃を払っていく。
「いま、この絵、動いた気がする」
ハネツグのつぶやきはマレーネの耳に入らなかったようで、彼女は作業に没頭している。戸惑うハネツグの服をセネカが背後から引っ張った。
「この場所、なんだか嫌な感じがする。外に出たほうがいいよ」
それはハネツグも同感で、さきほどから頭の中でけたたましく警鐘が鳴りつづけている。セネカに頷いて見せたものの、徐々に鮮明になってゆく絵から放たれている、いわく言い難い魅力に囚われて目を離すことができない。
やがて見えてきたのは赤黒く燃える炎と、その中で苦悶するように身体を捩じる骸骨の姿だった。地獄の風景画か、咎人の末路を描いたものか、いずれにせよ気味の悪い絵だ。
「これ、何の絵?」
「資料によると『神人ガイセリク』とありました」
「神人……、神というより、この禍々《まがまが》しさはむしろ」
「灯りをこちらに」
マレーネの指示に従って絵の右下あたりを照らす。
「ありましたわ」
ハネツグが顔を近づけると、そこにはいくつかの文字が並んでいた。読もうとして戸惑う。なんだかおかしい。
「鏡文字ですわ」
「言われてみれば。で、なんて書いてあるの?」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
さらりと出たマレーネの言葉に、ハネツグとセネカは息をのむ。
「それって、もしかして」とハネツグはライトをマレーネに向けた。すると、いつの間にか彼女はハネツグの正面に立っていて、手にしていたハケが別の物に代わっていた。
ライトを向けて見えたのは、黒光りする拳銃だった。
「おふたりとも、動かないでください」
銃口を向けながらマレーネは冷たい声で言った。危険を察知したセネカが攻撃の姿勢をとって一歩踏み出したが、ハネツグはそんな彼女の腕をつかんで「下がってろ」と自分の背後に押しやった。
「なに言ってるの、私はあなたの警護役なのよ」
「いいから下がれって!」
声を張るハネツグの表情は初めて見るくらい真剣で、セネカは反論するもの忘れ、彼の背中を戸惑い気味に見つめた。
ハネツグは落ち着いた態度でマレーネを見据える。
「マレーネさん、なんでそんなもの僕らに向けるの?」
「ここまで案内していただいて感謝していますわ。感謝しておいて申し訳ないのですが、この絵画はわたくしがいただきます。これを売れば、当分の間ピクトリカの追手から身を隠すことができる」
「ピクトリカ、なにそれ?」
不思議な事が起こったのはそのときだった。
愉悦に浸りながら語るマレーネの背後で絵画の骸骨がおぼろげな光を放ち、少しずつ動きはじめたのだ。
「さあ、ふたりとも、ここから立ち去りなさい」
カンバスからぬうっと骸骨の顔が出てきた。理解を超えた現象を目の当たりにしてハネツグとセネカは一歩ずつ後退してゆく。
「そうそう、そのまま外へ」
何かが床に落ちた音で反射的に床を見たマレーネは、倒れている骸骨を見つけてヒッ!と声をあげ腰を抜かした。
「な、ななな、なんですのこれ!?」
骸骨は身体を起して頭をぐるりと一回転させた。あたりの様子を見ているようだった。その隙にハネツグとセネカは扉の前まで走り、ハネツグがノブに手をかけたとき、
「待て、ハネツグ」
骸骨が彼の名を呼んだ。
「その身体……よこせ」




