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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第6章 ドラクロワ作「民衆を導く自由の女神」
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第41話 「我が子を喰らうサトゥルヌス」

 そんなふたりの遥か後方、ルーブルの最奥シュリー翼の時計台にマリアンヌが威風堂々《いふうどうどう》と立った。


 目の前にある腐乱巣フランス帝国の国旗を力任せに引っこ抜いて中庭に放り投げる。


 国旗は落下しながら透けはじめ、地面に着く前に消失した。その様子を見届けたあと、帝国国旗のあった場所に手にしていた槍旗そうきを突き刺した。


 一陣いちじんの風が吹いてフランス国旗が波のようにはためく。風は偽物の世界を吹き流し、内側に隠れた真実の世界を現前させる。歴史が修正されてゆくのを肌で感じた。


 マリアンヌは一度おおきく深呼吸してから、背後にひかえる民衆に振り返り、声高に叫んだ。


リベルテッ(自由)! 」


 民衆も後につづいてリベルテの大合唱を繰り返す。そんななか、数名のナポレオンが彼らのもとに近寄ってきた。そろいもそろってきつねにつままれたような顔をしている。

 戴冠たいかんのナポレオンがマリアンヌの前に一歩出て、


「もしかして吾輩わがはいたち、消失してた?」


 マリアンヌは輪をかけて喜んだ。ナポレオンたちの帰還はガイセリクの死と歴史修正の完成を証明しているからだ。


「お帰りなさい、ナポレオンのみなさん。あなた方はガイセリクに描き換えられていたのです。でももう大丈夫。すべてが元通りになりました」


「そうかあ、スペインを支配できると思っていたのだが」


 りてない感じの台詞を口にする戴冠たいかんのナポレオンの尻めがけて、玉座ぎょくざのナポレオンが腰の入った蹴りを入れる。


「なにをするっ! 」

「貴様、ガイセリクのゴタゴタを利用してそんな事を企んでいたのか!」


「当たり前だ。好機を逃さず攻める。だからアウステルリッツでも勝てた」

「そんなの征服者の為すことではない。そもそも貴様がチンケな泥棒ひとり捕らえるためヒストリカにのこのこ出張ったからこんな惨事を招いたのだ。女性とルーブルは留守にするなと言ったであろう」


吾輩わがはいに説教するな! 吾輩は貴様だぞ! 」


「喧嘩は止めてください! 」


 最も若年のアルコレ橋のナポレオンが間に入って必死になだめる。


「みんな同じナポレオンの肖像画なんだから仲良くしてくださいよ! 」

「本当にそう思うか? 」


 アルプス越えのナポレオンが厚手のコートのえりを立てながら低い声でつぶやく。


「描かれた年齢の違いを引き算しても、吾輩わがはいたちって顔がぜんぜん違う」

「違くてもみんなナポレオンなんですーっ!」


 アルコレ橋のナポレオンが強引に収めようとするが、玉座ぎょくざのナポレオンの戴冠たいかんのナポレオンに対する批判は止まらない。


戴冠たいかんのナポレオンがロクな事しないから、あおりを喰って吾輩わがはいたちも不幸な目に遭ってしまう。他の美術館のナポレオンからも不満の声があがっておる」


「黙れ!吾輩わがはいは世界一有名なナポレオンなのだ、文句があるなら貴様が一番になってから言え」

「なったところでリザの下ではないか」


 言ったあと目を逸らしてふっと笑うアルプス越えのナポレオンに、戴冠たいかんのナポレオンが目を三角にして激怒する。


「キーッ!貴様それ自己批判だぞ!」

「それはそっちも同じであろう」


「貴様に吾輩わがはいの何が分かるというんだ! 」

「分かる。我が事のように分かる」


「貴様を処刑してやる!ダブーに命じればあっという間だ」

「不敗のダブーは吾輩の部下でもある」


「止めましょうって!多重人格者の頭の中みたいになってるじゃないですか」


 もめ続けるナポレオンたちの横で、マリアンヌはリベルテを叫びつづけ、それに民衆の声も加わりルーブル美術館全体を包んでゆく。


 現状の回復は成った。結果を表情と態度で表すマリアンヌの心中はしかし、マレーネの事で影が差していた。


 おそらく今回の歴史修正の裏には彼女の献身があった。そして彼女はもう存在していない。


 歴史はいつもそうだとマリアンヌは思う。記憶されず死んでいった者たちによって歴史は動き、それを我が事のように叫ぶ生者たちが歴史に記録される。


 そんな思いが胸に去来するのは、マリアンヌ自身が語られない英雄たちの象徴として描かれているからだった。


 そしてもうひとり、マレーネ以外にフランスが感謝しなければいけない存在があることにも気づいていた。


 その人物は何らかの方法で不死のガイセリクを死に至らしめた。リザの強烈な庇護ひごの元にあるが故に直接会わなければ何も分からないが、おそらく新生の神的存在であることは感覚で分かる。


 色々と考えなければいけない事はある。でもとりあえず今は、この自由を謳歌おうかしよう、酔いしれようとマリアンヌは思った。


         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ところ変わってスペイン・マドリード。

 復旧で学芸員たちがきりきり舞いのプラド美術館に犬の遠吠えが反響する。

 それは「砂に埋もれた犬」ウィニーの歓喜の叫びだった。


「狂気に憑かれた大神サトゥルヌスと、かばねさらす息子のガイセリク。『闇の奥』に足りなかった狂気と死、そのふたつが加わった! ようやく絵が完成したね、パパ!」


 そのあとひと呼吸置いて「そうだ、タイトル変えなきゃ。そうねえ……」


しばし思案したあと、パッと目を輝かせた。


「我が子を喰らう!サトゥルヌス!」


 その言葉のもたらす余韻よいんに浸りながらウィニーはうっとり呟く。


「ああ、今日はなんてしあわせな日なんでしょう」

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