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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第6章 ドラクロワ作「民衆を導く自由の女神」
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第39話 封印絵画からの脱出

「闇の奥」では地面が揺れながらふたつに割れ、裂け目から強烈な熱気と真っ赤な炎が立ち上った。


 壁のようにそびえる炎の中から人の身体ほどもある手が伸びて地面をつかみ、奈落にある巨大な身体を引き上げてゆく。


 その様子に圧倒され、ハネツグは案山子かかしのように立ち尽くす。


「かつて、とある神が自分の父を殺して大神の座についた」


 横に並ぶ形となったガイセリクがつぶやく。殺気はなぜか感じない。


「今わの際で父は告げた。お前も自分の息子に殺されると。以来、その神は息子が生まれるたびに殺していた」


 水中から浮き上がる泡のように、炎の中から巨人が姿を現した。


 ミイラみたいに干からびた土気色つちけいろの肌、乱れた長い白髪、そして感情のない大きな瞳。


「だから我は逃げてきた。父の目から遠く離れたこの世界で神となり、力をつけて父を殺すため。そうしなければ永遠に追われ続けて、終いには殺される」


 ヒストリカやピクトリカの住人にガイセリクを殺すことはできない。殺せる者がいるとすればガイセリクと同じ存在、つまり神だけだ。


「息子ガイセリクよ!」


 巨人が煙を吐きながら叫ぶ。


「おるのは分かってる!わしを殺す算段をしているのか!」


「祖父の呪いにむしばまれて、愛すべき子供を次々と手にかけた哀れな父上。全智ぜんちあがめられたころの威厳は見る影もなく、死を恐れるあまり狂気に陥った神の抜け殻……」


 そこまで言ってからガイセリクはつづく言葉を飲み込んだ。そして、何かに気づいたように抜け殻か、とポツリ呟いて虚空こくうを見つめる。


「それを言うなら我も同じだ。恐怖のせいで、もう永いこと自分を見失っていた。本当の自分はこんなではなかった」


 地面に降り立った巨人は姿勢を低くして、しきりに鼻を動かす。目が見えてないのか、と思ってすぐ、そこだ!と叫んで、ガイセリクに手を伸ばす。


 ガイセリクは素早く飛んで、空を掴んだ拳に降り立ち、そのまま腕を駆け上って巨人の頬にパンチを食らわす。巨人が大きく仰け反った。軽やかに着地したガイセリクが振り返ってハネツグに叫ぶ。


「巻き込まれたくなければ逃げろ! 」


 意外な台詞にハネツグは混乱した。


「お前を襲ったのも、あの娘に憑依ひょういしたのも、ピクトリカの魔物たちを解き放ったのも、すべては生きる残るためだ。我は死にたくなかった。生き続けたかった。しかし、事ここに至っては腹を決めるしかない。余計な犠牲は避けたい。さっさと立ち去れ!」


 言葉の圧に押されるように、ハネツグは後ずさる。


「我は神の眷属けんぞく。しかしその血は呪われている。ハネツグ、お前の血はどうなのだ?」


 背後に反り返っていた巨人が、ゆらりと前のめりになった。

 そのタイミングに合わせてガイセリクも巨人に向き直り、胸元の服を掴むと一気に引きちぎり全裸になった。そして満身に確固たる力をみなぎらせる。


「さあ父上!この愚息ぐそくがお相手つかまつるっ!」


 巨人の繰り出した蹴りを、ガイセリクはするりと回避し、軸足じくあしを殴って骨を砕いた。立っていられず片ひざをついた巨人の顔に苦痛の色はまるで無く、ガイセリクに殴りかかる。

 ハネツグは身をひるがえして闇の中を走った。


 巨人の拳がガイセリクの頭上をかすめ、次に襲ってきた他方の手のひらも早い速度で飛び退ってやりすごそうとしたが、あと少しのところで右腕をつかまれた。


 動きを封じられて、どうすべきか考えるひまもなく、もう一方の手がガイセリクの身体を捕まえる。

 そして巨人は両手の距離をはなしてゆく。


 全力で走るハネツグの背中を野獣のような悲鳴が追い越した。

 思わず振り返ると目に飛び込んできたのは、右腕を引きちぎられた状態で胸から下を巨人の手でがっちり握られたガイセリクの姿だった。

 それでもなおガイセリクはたけっていて、動かせる左腕で必死に反撃している。


 そうしているさなかにも彼の身体は上昇してゆき、その意味するところを察知さっちして頭上を仰いだガイセリクの頭を巨人の口が覆ってゆく。


 巨人がガイセリクの頭を食いちぎる様を、ハネツグは茫然自失ぼうぜんじしつていで見つめていた。


 巨人の動きが徐々に鈍くなり、最後はまるで石のように静止した。


 ピクトリカでの死は絵画に新たな意味を与える。そうリザは言っていた。ガイセリクは死んだのだ。同時にその死はハネツグにとっての恐怖が消失し、封印絵画を抜け出す条件を満たしたことも意味している。


「闇の奥」が不可逆ふかぎゃくな変容をはじめていると感じた。直後、足元で小さな竜巻が発生してハネツグを浮遊させ、そのまま高く上昇してゆく。


 どうしていいか分からず手足をばたつかせていると、遥か上空に光が現れてハネツグに迫った。


 あまりの眩しさに顔を逸らして目を閉じる。



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