第38話 美少年ルシファー
落下する名画たちとそれに潰される名画たち。マリアンヌは落下するすべてを的確に視界にとらえて回避してゆくが、満身創痍のルシファーは頭をかばうくらいしかできない。
そんなルシファーの近くで野太い悲鳴を聞こえた。見るとヘルマウスの頭を鉄骨が貫いていた。
「にーーーげーーーでーーーっ!」
鉄骨と皮膚の間から空気が漏れてヘルマウスの身体は見る見る萎んでゆく。ルシファーはそんなヘルマウスに這うように近づいて、
「おまえを置いていけるかよ。俺はもう逃げないと決めたんだ。今回はガイセリクだっている」
突然、ズンッと地面が揺れた。同時にルシファーを襲う強烈な殺気。
位置的にはルシファーとマリアンヌのちょうど中間あたりだろうか、すり鉢状にへこんだ地面の中心に片膝をついて着地する百合のイエスがいた。彼女はすくっと立ち上がり、
「ガイセリクはもういなーい」
その手にはアダマンチンの剣が握られている。
ってことは、やはりガイセリクは、死んだ……。
辛うじて保っていたルシファーの闘志がこの瞬間に消失した。
剣先をルシファーに向けて一歩づつ近づいてくる百合のイエス。瓦礫を押しのけて起き上がりはじめるルターやコック隊長、マリアンヌの3人の従士やその他の名画たち。魔物を出し尽くして萎みつづけるヘルマウス。
どの状況を切り取ってもルシファーには絶望しか浮かばない。
そんな中、ただひとつ意味不明の状況があった。それは異常な慌てぶりのマリアンヌである。
「ゆ、ゆゆ、百合のイエス、それ以上ルシファーに近づいちゃだめ!」
「なーに言ってるのかなあ」
と、歩きつつ背後のマリアンヌに一瞥くれて、
「ルシファー殺してぇ、絵画大戦勝利の名誉はわたしがもらうし」
百合のイエスはルシファーを一刀の間合いにとらえた。
ヘルマウスに背中をあずけて座り込んだまま、ルシファーは自分の最後を悟った。ガイセリクに与したことに後悔はない。負けるのも、逃げるのも、もうこりごりだ。終わりにしよう。
イエスが剣を握る手を振り上げて、自分に向かって振り下ろすさまを、瞬きせずじっくりと眺めた。自分の最後を見届ける思いで。
だから、アダマンチンの刃が頭上数ミリのところでピタリと止まる様子も見た。
「う~~~ん?」
百合のイエスはルシファーを訝しげに眺める。
「だめーーーーっ!」
マリアンヌの叫びと彼女の発砲。とほぼ同時に百合のイエスが稲妻みたいに回転してアダマンチンの剣で弾丸を弾きとばし、またすぐ向き直って今度は身をかがめルシファーの顔に自分の顔を接吻せんばかりに近づけた。
ルシファーの顔のあちこちに鼻を沿わせて、しきりに匂いを嗅いだ。それからニヤリと笑った。そのあと「な、なんだよ……? 」と戸惑うルシファーの胸に、いきなり手のひらを押しつけた。
「きゃっ!」と、ルシファーは胸を抱えてすばやく身をよじる。
瞬間、名画たちに動揺が走る。
なに?いまのかわいい声なに?
百合のイエスは勢いよくルシファーを抱きかかえ、
「これっわたしの大好物!かわいい女の子っ!」
んなっ!名画たちの動揺は更に広がる。
百合のイエスの腕に抱かれたルシファーは、疲労のあまり感情の制御ができなくなったのか、涙を流して嗚咽した。
「どうしよう、バレちゃった」
「大丈夫、バレたところであなたはルシファー」
「魔物たちにナメられる」
「いいえ、むしろ求心力を得るでしょう」
興奮気味に語る百合のイエスに向かって、マリアンヌは説得を試みる。
「イエス、よく聞いて。あなたはイエスなの。そしてその子は悪魔の統領」
「だったらわたし、これより闇落ちしますっ!」
「お願いだから大事な戦いに自分の性癖持ち込まないで!」
百合のイエスはアダマンチンの剣を名画たちに向けた。
「さあ、わたしたちの恋路を邪魔するものは、かかってきなさい」
大きな歩幅で名画たちに迫る。
「みんな絵具に帰します」
そんな彼女の頭上むけて飛来するのは晩餐のイエス。彼がサーフィンのごとく乗りこなす十字架の下には、彼と一時休戦したリザがぶら下がっている。
絶妙の間合いを見計らってリザは十字架から手を離した。
百合のイエスの腕に抱かれ、意識朦朧のルシファーは、たまたま視界に入ったそれを口にした。
「あ、モナリザ」
「……っ!」
イエスは歩を止めて、すばやく視線を走らせる。
それが上に向いたと同時に彼女の顔にリザのブーツがめり込んだ。衝撃で背後に仰け反る。転倒までは避けようと大きく後退した。その間にリザは着地して名画たちに告げる。
「ここから離れてっ!」
「リザどうしよう、百合のイエスがルシファー見初めちゃった」
「その話はあと!」
「リザ、あんた絶対ゆるさない」
真っ赤な絵具を流して宣言する百合のイエスの周囲が青色一色に染まった。
これって……と見上げた先にあったのは、上空で停止している軍用ヘリ、そのハッチは全開で、中に立つマルガリータが生首砲をこちらに向けている。
「マズいっ! 」
「にーーげーーでーー」
ヘルマウスは最後の力で口を広げる。百合のイエスはルシファーの髪を掴んで口の中へ飛びこんた。直後、青い光がふたりを追いかけるように口の中に入り、結果、すべてを飲み込んた口が閉じられる。
数秒後、くぐもった爆発音が聞こえたかと思うと、あらかた空気が抜けてはぐれメタルみたいになっていたヘルマウスが一気にキングメタルまで膨張し、穿たれた無数の穴から火炎を吹いた。
が、そんな火炎もあっという間に黒煙に変わり、急速に萎み始めて、最後は地面に敷かれた巨大な皮の塊となった。名画たちは探るようにその周りに集まる。
「ふたりはどうなったのかしら、生首砲で死んだかな?」
マリアンヌの問いにリザは「わからない」と首を振って答える。
「ねえリザ、百合のイエスなんて、あんなヤバいの誰が呼んだのよ?」
リザは上空を旋回する晩餐のイエスを指さす。
「ああ、彼ね。結構ズレてるところあるからねえ」
とにかく、とリザは仕切り直すように手を叩き。
「いまやるべき事をやりましょう。まだこの戦いは終わっていない。歴史は歪められたまま」
「ならば我らプロテスタント連合は地上の残存勢力を駆逐しよう」
ルターとコック隊長は部隊を引き連れてその場をあとにした。
「リザはどうするの? 」
「ガイセリクを捜す」
工員たち3人はマリアンヌを囲み、
「マリアンヌさま、我らは何をしましょう」
「俺はまだ暴れたりないぜ」
「姉ちゃん、俺たちもモナリザに協力してガイセリクを倒そうよ」
「まずは監禁されている名画たちを解放するのです。みな手分けして各翼棟に向かい、拘束の鎖を切断して回りましょう」




