第37話 ルーブルピラミッド
ルターから剣をひったくったコック隊長は、今度は彼から剣を奪おうと集まる名画たちに向かって剣をめったやたらに振り回す。
名画たちの注意がルシファーから外れて、この隙を逃さず、彼は俊敏な走りでルーブルピラミッドを目指した。
ヘルマウスが魔物を出しつづけるかぎり、俺たちはここに留まっていられる。その間にガイセリクが目的の憑代を手に入れればまだ勝機はある。俺たちはまだ戦える。
コック隊長は何人かの名画を飛び散る絵具に変え、空いた隙間を縫って移動しているうちに、ルーブルピラミッドの外壁に行く手を阻まれた。
高さ40メートル、勾配は50度以上、隊長の目からは屹然と立つ壁に等しい。振り返って見ればゆっくり間合いを詰めてくる名画たち。
コック隊長はピラミッドに向きなおった。そして度胸を決める。
もうこれ、登るしかない。
鉄の枠に手をかけ、ガラスの板に足を乗せ、這うように登りはじめた。その後ろを名画たちがこぞって追いかけ、ルーブルピラミッドの上でアダマンチンの剣争奪戦がはじまった。
剣の争奪戦は激しさと凶暴さの度合いを増してゆく。
剣を手にした名画の上に別の名画が乗りかかって剣を奪い、それをまた上に乗った名画が奪うという動作がごちゃごちゃ繰り返された末、名画の一大集合体がルーブルピラミッドを余すところなく覆っていった。
生首砲の被害からひとまず復活した晩餐のイエスが金無垢の十字架に跨って山の頂上にあるアダマンチンの剣を目指す。
手を伸ばしてもう少しというところで、指先を銃弾がかすめ「あっぶね!」と叫んでひっこめる。
「それはスペインの所有物じゃ!」
ヘリからマルガリータが銃撃したのだ。
「だったらカトリックの……」
「スペインの!所有物じゃっ!ぷぎゃああああーーーーーーーーっ!」
うず高く積まれた名画の山はどんどん高くなる。
呼応するように鉄の骨組みが軋んで奇妙な鳴き声をあげ、全体的に危なっかしい具合になってきた。
そしてとうとう百合のイエスが山の頂に上りつめて剣を手に入れた。
彼女はそれを天に突きさす勢いで掲げながら、今世紀最高の落札額を叩きだす笑顔で叫ぶ。
「ハッレルゥーーーーーーーーー~ヤッッ!!!」
同時に足が床との接触を失った。
名画たちの重さに耐えきれずルーブルピラミッドが崩落したのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルシファーは地下に入ってすぐ、地上に引けを取らない大混戦を目にすることとなった。
ヘルマウスを中心に布陣する魔物の軍勢を、武装した民衆が取り囲み、手にした銃やサーベルで次々と倒してゆく。ヘルマウスが顔を真っ赤にして魔物を排出しても間に合わないくらい押されている。
ルシファーの頭に全滅という文字が浮かぶ。
状況を打破するため螺旋階段を飛び降り、ヘルマウスの元へ走ろうとした彼の直感が「なにか来る」と告げたのもつかの間、足元から槍が伸びて空気を切る速さでルシファーに迫る。
仕掛け罠かっ、と咄嗟に身体を仰け反らせた彼の頬を穂先が深くえぐった。
なんとか体勢を保ちつつ、距離を取ろうと後退する余裕もなく、今度は床が爆薬でも仕掛けてあったみたいにはじけて、何かが飛び出してきた。
「また仕掛け罠っ?!」
「おいでませっ!」
自由の女神マリアンヌが飛び出してきた。
「ルシファー、あなたの血でルーブルを赤く染めてあげる!」
マリアンヌは槍旗と銃剣を使ってルシファーへ矢継ぎ早の攻撃を加える。飛びちがえては突き、飛びこんでは突き、正確無比な攻撃を繰り返す。そんなマリアンヌをどうにか振り切って、ようやくルシファーはヘルマウスのもとへたどり着いた。
「もう大丈夫だ。俺さまが来てやったぞ」
「にーーーげーーーでーーー」
「逃げねえよ、まだやれる」
「そこっっ!」
迫った穂先をルシファーは両手で挟んで脇に払い、マリアンヌの懐まで入り込もうとするが、すぐにマリアンヌは槍を立てて腕を伸ばすことでそれを阻止する。結果、ふたりは槍を挟んで対峙した。
じりじりした力比べが数秒つづいたあと、マリアンヌが勢いをつけてルシファーを背後につきとばした。
「フランス万歳っ!」
転倒こそ免れたものの、ふらつくルシファーめがけて留めの一撃を加えようとしたときだった。
空気の震え。耳をつんざく轟音。
そのあまりの激しさにマリアンヌとルシファーは動きを止めて同時に頭上を見上げた。そこにあったのは大量の鉄骨とガラスの破片、そして悲鳴を上げる名画たちの姿。それらが雨のごとく一斉に降り注いでくる。
名画たちの重さに耐えきれずルーブルピラミッドが崩落したのだ。




