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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第5章 スペイン新聞ABC(アベゼ)
31/43

第31話 圧倒的火力、ヨハネの生首砲

 ……スペインの日刊紙ABC(アベゼ)より……

 ……コスプレ集団、鉄のカーテンを破る……


 そんな見出しの新聞を放り投げて、マルガリータは「むむぅ」と腕を組む。


「名画たちが大挙たいきょして罵詈パリになだれこんでくる。これはわらわたちにとって有利か不利か? 」


 セネカを助けたいというハネツグの願いにリザとマルガリータが手を貸してくれ、ベラスケスも加えた4人は、マルガリータのフィールドワークコレクションから軍用輸送ヘリを引っぱり出すと、途中何度かの補給を経て罵詈パリを目指した。


 ひまなとき、このヘリであちこち周遊しゅうゆうしておるとマルガリータは言っていた。豪華な自家用機ではなく軍用ヘリなあたりが彼女である。


「難しいところね。ガイセリクは当然として、罵詈パリに向かっているイエスたちも今は敵だから、単純に考えると不利な気もする」


「すでにイエスたちは罵詈パリに到達しているはずだ。僕らが着いたころはちょうど戦いの最中、混乱に乗じてガイセリクに近づけるかもしれない」


「たしかに、そう考えると有利かも」

「そもそもガイセリクって何者なのじゃ? わらわの時代にはそんな魔物いなかった」


 マルガリータの問いに「僕も知りたい」とハネツグも同意する。

 リザは「わたしの知る限りで言うと……」とあごに指を当てて少し沈黙したあと、


「恐怖を信仰に変えてこの世界の神になろうとした存在かな。

 昔から細々と信仰はされていたようだけど、異民族の流入やローマ帝国の分裂で混乱した5世紀ごろに、その存在が忽然こつぜんとヒストリカに顕現けんげんしたの。ピクトリカから来たのか、あるいは他の方法で肉体を得たのかはわからない。

 いずれにせよガイセリクが受肉したことで信者が瞬く間に増えて、彼らの信仰を力に魔物たちを手懐てなづけヨーロッパ全土に暗黒時代をもたらした」


「でも、結局は誰かが倒したのであろう?」

「ルネサンス人と呼ばれる超人たちが筆一本で対抗したの。絵画で魔物を倒したり、絵画に封印したりして。最後はガイセリクもお父さまの絵画に封印されて、存在自体をヒストリカから消された」


「そんな化物を復活させるなんて、マレーネは筋金入りの悪党じゃなあ」

「単なる泥棒よ。お父さまの絵を手に入れて高く売ろうとしたんでしょう。だから『神人ガイセリク』の正体が封印絵画で、おまけに開封までされちゃったものだから、とても慌ててたわ」


 それだ、とハネツグは思う。ずっと引っ掛かっていた部分が出てきた。


「封印絵画っていうくらいだから封印されているはず。じゃあ封印を解くにはどうするの? 」

「アダマンチンの剣みたいなアーティファクトを別にすると、封印を解く方法は画家によって様々で、お父さまの場合はお父さまの描かれた別の絵画で開封できる」


「それって具体的には? 」

「お父さまの絵画が封印絵画に直接触れればいい。晩餐ばんさんのイエスや私なんかが触れても開封できたでしょうね」


 とすると、マレーネの正体はダ・ヴィンチの絵画で、本人がまったく意図いとせず封印を解いてしまったということか。


 彼女は「神人ガイセリク」に触れていただろうか?記憶を引っ掻き回してみても、ハケで払っていたくらいしか思い出せない。


 そこでふとハネツグは、自分がほこりだらけのカンバスに指をつけたとき、伝わってきた脈動みゃくどうを思い出した。 


 僕の中にはヒストリカとピクトリカのふたつの世界があるとナポレオンは言った。マレーネがダ・ヴィンチの絵画だとしたら、そもそも僕を遠くから呼び寄せて同行する理由がない。


 もしかしてガイセリクを解き放ったのは僕なのか?


 だとしたら僕は一体……? 


 おそらくリザは答えを知っている。


「ねえ、リザ」とハネツグが口を開きかけたとき、彼女は何か思いついたみたいにふっと微笑んだ。


「ハネツグってセネカとどういう関係なの? 」


 そう言って意味ありげな視線を向ける。思わぬ角度からの質問がきたものだから、ハネツグは内心面喰(めんくら)いつつ「そんなの、ただの使用人だよ」と無表情をつくろって答えた。


「嘘おっしゃい、ただの使用人を助けるために主人が命を張ったりする?」

 リザが顔を近づけてきて、ハネツグは逃げるように目を逸らす。


「ふたりの関係はもっと深いものなんでしょう?」


「深くなんかない。セネカの育ての親は僕の警護役だった。幼い頃に両親を亡くした僕にとっても父親みたいな存在で、セネカもよく屋敷に遊びに来ていて、そのままうちの使用人になった。それだけだ」


 機械のように淡々と話しつつ、心の中では嘘っぽく聞こえなければいいけれど、と心臓バクバクである。


「じゃあ、幼馴染みたいなもの? 」


「うんまあ、そう言われればそうかも」


クロガネが亡くなってのち、セネカはハネツグの使用人になった。

 日頃の素行そこうが災いしてハネツグがハイネッケ財閥の当主継承争いから脱落すると、周りの人はどんどん離れて行ったのに、セネカだけは彼のところに残った。


 ハネツグにしてみれば、そうなるずっと前からセネカしか残ってなかった。


「そのセネカとやらを、ハネツグは好いておるのか?」


 マルガリータの直球をどういなせばいいのか分からず、返答に窮していると、


「ハネツグ、あの約束を忘れるでないぞ」


 きつい口調に「う、うん」と歯切れ悪く答える。


「マルガちゃん、約束ってなに? 」

「こたびの戦いで無事セネカを救出できたら、ハネツグはわらわの婿むこになるのじゃ」


「レオポルドはどうするのよ?未来の旦那さまでしょ」

叔父上おじうえは2号に降格じゃ」


「2号って……幼女の口から出る言葉じゃないわね」


 呟いたリザは「それはそうと」と半目はんめでハネツグを見て、


「きみが幼女好きとは知らなかったわ」

「ちがうよ。マルガが無理やり押し付けてきた条件で……」


「わらわのこと嫌いなのか? 」


 マルガリータはむくれ顔で、ハネツグを見上げた。


「そうじゃない。そうじゃないけど、ちょっと幼すぎるというか」

「分かっておらんな。わらわはこの5歳の頃が最も愛らしいのじゃ。この先、年を重ねるにつれ、父上のようにあごがにょきにょきと……」


「ハプルブルクの青い血がもたらす呪いね」

「弟なんか顔がブーメランみたいで、まともに物をむこともできなくてじゃな」


 マルガリータが「弟はこんなじゃ、こんな」と雑なモノマネを披露ひろうしている隙に「セネカを助ける具体的な方法なんだけど」と話題をすり替え、ハネツグはヘリのハッチに固定した大きな袋を指す。


「この中に封印絵画『闇の奥』が入っている。

 ガイセリクがこのカンバスに触れれば、奴は絵に引き込まれて封印される。でもセネカはピクトリカとは無縁だから引き込まれることなくこちら側、つまりヒストリカに残る。結果としてふたりを分離することができるって寸法すんぽうだ」


「ガイセリクの封印とセネカの救出を同時にできる一石二鳥の妙案みょうあんに聞こえるが、問題はどうやってカンバスに触れさせるかじゃ」

「困難は承知している。でも他に手立てだてはないんだし、状況に沿って出たとこ勝負でやるしかない」


「みなさま、ルーブルが見えてきましたぞ! 」


 操縦席のベラスケスが叫んだ。マルガリータがハッチをスライドさせてすぐ一歩しりぞいて、


「なんじゃあこれは! 」


 釣られてハネツグとリザは窓に顔をくっつけた。

 見るとルーブル要塞の中庭が大量の魔物と、同じく大量の名画たちで絨毯じゅうたんのように埋め尽くされ、両陣営が壮絶な死闘を繰り広げていた。


「ハルマゲドンじゃあああーーーーーーーーっ! 」


 意味不明の、しかも大音量の絶叫のあと、マルガリータはドアガンに手をかけた。そして子供用ステップにつま先立ちして銃弾をばらまいた。


「キャハハハハハッツ!死ねっ死ねっ!死んでしまえぇぇぇーーーーーーーっ!」


 ロクに狙いも定めず、トリガーを引き続けるマルガリータの表情は、すでにトリガーハッピーの高揚こうようで真っ赤になっている。


「もっとかっ!もっとほしいかっ!」

「マルガちゃん、目立つ行動は避けてほしいんだけど」


「あっ!ペドフィリア神父がいるーーーっ!!」

「あのう、マルガちゃん?」


 マルガリータはステップから飛び降りて、操縦席背後にある古風こふうな箱に手を突っ込んだ。そして取り出したのは髭面ひげづらの男性の生首だった。

 突然のグロ出現にハネツグは悲鳴をあげて尻もちをついた。


「な、なにそれ」


 マルガリータは答えず。首をつかんだ手をまっすぐのばした。


「ペド神父はカトリックの面汚つらよごしじゃ。奴をこれで成敗せいばいしてくれる」

「それ聖ヨハネの生首砲なまくびほうじゃない。マルガちゃん、なんでそんなもの持ってるの?」


「モローの『サロメ』から徴収ちょうしゅうしてきた。聖遺物せいいぶつには聖遺物せいいぶつで対抗しようと思ってのう」


 そう言って男性の顔を眼下に向けた。


「超ユダヤ級……」


 ヨハネの口がゆっくり開く。


「ダメッ!この距離で生首砲なまくびほうなんて撃ったら私たちもただじゃ済まない」


「ヨハネ砲……」


 口内から真っ青な光源が生じた。


「ハネツグ、何かにつかまってっ!」

「はっしゃっ!」


 次の瞬間、ヨハネの口から青い光が発射され、下方かほうで戦うペドフィリア神父めがけて伸びて行った。

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