第29話 ルーブル要塞攻防戦
罵詈のルーブル通りに、人影がぽつりぽつりと現れる。
プロテスタント連合がルーブ要塞を視認できる距離まで迫ってきた。
みな武器を構えながら張りつめた顔で周囲に目を配り、見えるものひとつひとつを吟味して慎重に進んでいる。
ルーブル要塞の正面に位置するカルセル凱旋門に到達したとき、先頭を歩く軍服に赤いたすきをかけたコック隊長が立ち止まって拳をあげ、それを合図に全員が停止した。
「コック隊長、いかがなされた?」
プロテスタント連合司令官マルティン・ルターがコック隊長の背中に語りかける。
「罵詈に入ってから敵の抵抗がまったくないのはおかしいと思っていたが、こういうことか」
前方に広がる要塞の中庭はヘルマウスから現れた異形のモノたちで埋め尽くされていた。
豚の顔を持つ鎧男、角を生やしたトカゲ人間、尻に顔がある全身緑色の化物、首から上が女性の体毛が無い鳥、骸骨の馬に跨った骸骨の騎士、背中の翼で中空にとどまる触手だらけの蛇。
どれも揃ってこれだけが取り柄といえるほど奇想天外な容姿で、みな一様に湧きおこる昂奮を抑えきれないのか、身体をゆすっている者もいれば、ガチガチ歯を鳴らしたり奇声をあげる者もいる。
「プラドの戦闘でかなりの数を削ったと聞いていたが、また膨れ上がってますなあ。フェルメールの名画たちも呼ぶべきでしたか」
コック隊長の言葉にルターが「一応、声は掛けたのですが」と肩を落とした。
「あそこの連中はみな引きこもりで、外出したくないと断られてしまいました」
中庭の中央にあるルーブルピラミッドから誰かが姿を現し、周囲の魔物たちがうやうやしく道を開けている。
「ガイセリクだろうか?」
「いや、違います」
ルターが魔物たちの先頭に立った男性をゆびさす。
「堕天使ルシファーです」
「やはり首魁は奴か」
コック隊長は集団の前列に火縄銃部隊を配置し、後ろに長槍部隊を待機させた。
ルターは声を張ってルシファーに語りかける。
「無駄な抵抗は止め、おとなしくガイセリクを引き渡せ。あいつはお前の手にあまる」
「ガイセリクは部下じゃねえ。俺は協力してるんだ」
「きさま、ヒストリカの改変に加担するのか?」
「改変、大いに結構。俺、リベラルだから」
「お前だって消えてなくなるかもしれないんだぞ」
「永遠の噛ませ犬なんて願い下げだ。こんな運命なら消えた方がいい。そんときは神も手下のお前らも、きれいさっぱりなくなる。楽しそうじゃない!」
ルシファーは大きく一歩踏み出して前かがみになる。
「おまえら、せーので行くぞ! 」
魔物たちも姿勢を低くする。
「火縄銃部隊、構え」
コック隊長が声を張り、兵たちが銃口を魔物に向ける。
「せーの!」
「撃てっっ!」
魔物たちが走り出すと同時に連続した銃火が轟き、銃口から一気に噴きあげた煙があたりに充満する。
先頭の魔物が次々と倒れ、その上を後続の魔物が乗り越えてゆく。
火縄銃部隊の次弾装填が完了した時点で、魔物たちは目鼻立ちまで見える距離に迫っていた。コック隊長の号令で再びの発砲があり、当初先頭にいた魔物はことごとく倒れた。
唯一ルシファーだけはデパートで意味なく走る少年のごとく元気一杯に疾走していて、走りながら徐々に巨大化し、両耳のあたりから別の顔を出現させて三面になっていた。
火縄銃部隊が大きく一歩後退するのと入れ替えに長槍部隊が先頭に立って穂先を前に向けた直後、両者は激しく衝突した。
槍に貫かれる魔物たちと、彼らの爪やクチバシで切り裂かれる兵士たち。巨人と化したルシファーが火縄銃の集中砲火を浴びながらも腕を振り回して敵を突き飛ばしたり、何人かまとめて掴んで地面に叩きつける。
圧倒的な力を誇るルシファーが先鋒の錐の役目を果たすことで、プロテスタント連合が徐々に二分されてゆく。
「ルター殿、何か策は!?」
「頭に銃撃を集中させてください! 特に目を狙って!」
「6個ありますが、どれを?」
「ぜんぶです!」
銃弾が顔に絶え間なく降り注ぎ、ルシファーはたまらず手で顔を覆った。
「槍部隊のみなさんは足を攻撃してください!」
あらゆる角度から槍が伸びてきてルシファーの足に穴を穿ってゆく。
反撃したいルシファーだが、手を使うと顔を撃たれるし、かといって顔を手で覆ったままでは何も見えない。
攻撃に耐えかねた彼はとうとう片膝をついた。
弱点攻撃こそ戦術の眼目だ。このまま畳みかけて、こいつさえ倒せば……。
そんなルターの思惑はしかし、ルシファーの「まだだ!」の一括にかき消される。
ルシファーは立ち上がり、雷鳴にも似た雄たけびを上げながら天を仰いだ。すると身体のあちこちに小さな切れ目が走り、それがぱっくりと開き眼球が現れた。
「身体が目だらけになった。ぜんぶ潰すのは無理だ」
加えて両肩から腕が二本ずつ生えてきて、合計6本となった。
「おいおい、あいつどこまで行くんだ? 」
ますます凄みを増す形相に浮き足立ったプロテスタント連合めがけて、ルシファーは3つある口から火炎を吐いた。
「わぁっ!火まで出しやがったっ!」
絶句するコック隊長のとなりで、ルターはうなり声をあげる。
「強敵だと覚悟はしていたが、どうしようこいつ想像以上だ」
解決策が浮かばず困惑するルターの耳に、追い打ちをかける報告が飛び込んできた。
「背後から新手が来ます!」
こんなときに!?
ルターに戦慄が走る。振り返って目を凝らすと見えてきたのは、まるでそれ自体が歩いているように、左右に揺れながら移動している大量の十字架だった。
「カソリックだ!援軍が来た!」




