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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第5章 スペイン新聞ABC(アベゼ)
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第28話 大義に殉じる

 ガゴッという奇妙な鳴き声が聞こえて、眩しそうに眼を開けると、限界まで開いた鳥の口から鋭い剣先が飛び出ていた。


 ゆっくり前にかしいで倒れた魔物の背後には、鳥の顔を貫いた剣付きマスケット銃を構える女性が立っていた。ワンピース姿に風変ふうがわりな三角帽をかぶった、力強い、しかし優しげな顔立ちの女性だった。


「あなた、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます」


 口では言いながら、目は彼女を見ず何かを探す様子のマレーネに「これ?」と床にあるモナリザの絵を手に取った。


「この絵画、どうしたの?」

「魔物から隠そうと思いまして」


「これ、リザの絵よね?今まであなたか守ってくれてたんだ」


 守ったのは確かだが、守らなければいけなくなったそもそもの原因はマレーネにあるので、うなり声みたいな返答しか出なかった。


「私の名前はマリアンヌ。リザに代わってお礼を言わせて」


 マリアンヌはここにいては危険だからとマレーネの手を引いて足早に歩き始めた。断るタイミングを逃したマレーネはどうしていいかわからないまま引っ張られてゆく。


「ルーブルはまだ陥落かんらくしていない。フランスはまだ敗北していない。200年の圧政がつづいたヒストリカなんて、そんな偽物は私たちがくつがえして見せます」

「ちょっと待ってください、一体どこへ?」


「安全な場所。ルーブルは増築と改築を繰り返してるから、秘密の空間や謎の通路がたくさんあるの」


 マリアンヌは通路の途中で足をとめて、なんの変哲へんてつもない柱に手を触れた。するとその部分だけボタンのようにへこみ、石をすり合わせるような音をたててそばの壁がスライドしてゆき、奥に広々とした空間があらわれた。

 確かに身を隠すにはうってつけの場所だ。


「ここは展示されてない絵画の保管庫になってて、私たちの絵画はたまたまここにあったから難を逃れた」


 足を踏み入れるとそこには19世紀の古色蒼然こしょくそうぜんとした民衆がそこかしこで輪をつくり、ボードの前で作戦を練ったり、木箱を開けてマスケット銃を取り出したり、無線機をいじっている者もいる。


「先の大戦ではヒストリカの方々が私たちを守ってくれました。今度は私たちが彼らの歴史を守る番です」


 そこへ2丁のピストルを腰に下げたベレー帽の学生が「マリアンヌ姉ちゃん!」と手を振りながら駆け寄ってきた。


「プロテスタント連合から連絡があったよ」

「彼ら何て言ってた?」


「もうすぐルーブルに到着するって」


 続いて学生の背後から、赤いベルトを腰に巻いてシルク帽を被った職人と、前掛まえかけをした荒っぽい感じの工員がやってきた。


「準備はすべて整いました。みなマリアンヌさまの号令を待ってます」

「マリアンヌの姉御あねご!戦うんなら正面から決戦を挑もうぜ」


「それは連合軍に任せましょう。内部に潜伏してる私たちレジスタンスは、敵の兵站へいたんを破壊します」

「なるほど補給を断つのですね」


「なんだつまらねえ、魔物なんて俺のサーベルであっという間に倒してやるのに」

「マレーネさん、あなたも協力してください。力を合わせてこの難局を乗り越えましょう」


 改めてマレーネを見ると、うつむいたまま肩をわなわなと震わせていた。


「マレーネ、さん?」


「わたくしは、わたくしには……」と顔をあげ、ポロポロ涙を落としながら、


「わたくしには、みなさんと一緒に戦う資格なんてありません」


 マリアンヌは困ったように眉をよせて


「何を言ってるの?リザの絵を守ってくれたじゃない」

「そんなの、私のしたことに比べたら……」


 マレーネの言葉に何かを感じ、学生たち3人は銃口やサーベルを彼女に向ける。


 マリアンヌはそんな彼らに向かって手のひらを押し下げるような仕草で制してから、マレーネの顔をまっすぐ見た。


「ドラクロワさんに描かれるずっと前から、私はフランスに存在してました。昔、あなたの胸元に刻まれた紋様を見たことがあります。

 それ、ガイセリクが戦奴に施す隷属れいぞくの刻印ですよね。そんなものがあるのに、あなたはリザを助けた。それがあなたの本質だと私は確信しています」


 マレーネは顔をごしごし擦って調子を取りもどすと、


「わたくしはヒストリカに癒しを与えるために描かれました。にも拘らずガイセリクを復活させヒストリカに破壊をもたらしてしまった。記憶がなかったとはいえ、その償いはしなければなりません」

 そう言ってマリアンヌたちから離れてゆく。


「待ってくださいマレーネさん」

「リザさんの絵は確かにお渡ししました。これで失礼します」


 マレーネは出口へと歩いて行った。


「マリアンヌさま、よろしいのですか?」

「あいつガイセリクの手下なんだろう?姉ちゃんが心配してるの、俺わかるんだ」


「いいえ、私が心配しているのは、そういう事ではなく」


 マリアンヌの目には、立ち去るマレーネの後ろ姿がどこかはかなげげに見えた。


 存在をあきらめている。


 消滅を決意している。


 今までたくさん見てきた大義にじゅんじた者たちと同じ空気をマリアンヌはマレーネから感じていた。

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