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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第5章 スペイン新聞ABC(アベゼ)
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第27話 ガイセリクが戦う理由

 おどけるルシファーに応じることなく、ガイセリクは彼に背を向けながら、


「これから先、ヘルマウスから出た魔物はすべてルーブルの防衛にあたらせてくれ。お前の協力があれば勝てるかもしれない」


 歩き去ろうとする彼の背中に向かってルシファーがちょっと待て、と声をかける。

 ガイセリクが足を止めて振り返ると、


「これは大事な事だからきちんと言わせてもらうんだけど。俺はあんたに味方すると言った。だから全力で戦う。それは誓う。俺の家から持ち込んだ魔物たちも一匹のこらず同じ気持ちだ」


 そう前置きしてから本題を語る。


「でも、この戦争は負けるよ」


 ハッと目を見開いて数秒の間かたまったあと、ガイセリクは腹を抱えて笑った。

 あまりにも長く笑っているものだから、ルシファーが不機嫌そうに「何をそんなに」と言ったあたりで、笑いすぎで漏れた涙を拭きながら、


「なんでそう思う?」

「簡単だよ。俺は負けることが運命づけられているんだ。むしろ負けることが存在理由みたいなとこあるからね」


「だから負けると?力を尽くして戦うが結果は決まっていると?」

「ああ、全力で戦うけど、やっぱり今回も負ける。そして、そんな俺を味方にしたあんたも負ける」


 ようやく笑いの波が引いたガイセリクは、静かに、でも力強く「我は勝つ」と言った。


「いや、だから……」

「お前は勝ちたいと思わないのか?」


「勝ちたいとか勝ちたくないとか、そういう問題じゃなくて、そういう運命だっていう話をしてるんだ」

「ならばなぜ戦う?」


「それもまた運命だからさ。反抗して負ける。反抗して負ける。それを永遠に繰り返す」

「お前は勝利の意味を理解していない」


 ガイセリクはルシファーをまっすぐ見据えた。


「勝つとは、すなわち運命をぶっ壊すことだ」


 ルシファーは目をぱちくりさせた。

 まったく知らない概念を提示され、どう理解していいか分からないといった様子だった。


 やがて謎々の答えでも分かったみたいに笑顔を見せて「それ、面白いかも」と言った。


「なあガイセリク、あんたはなんで名画たちと戦う?」

「この世界の神になるためだ」


「神の交代か。でかい目的だな。俺並みだ」

「いや、いま言ったのは手段にすぎない」


 うん?とルシファーは顔をしかめて、


「じゃあ、真の目的は?」

「この世界の神となれば信仰により強大な力を得ることができる。それが叶ったのち、生まれた世界に戻り、大神である父を殺す」


「おいおい加えて親殺しかい。悪い奴だねえ」


 ルシファーは組んでいた腕をほどいて「わかった」と告げた。


「俺たちの運命が変わるとは思えない。けど、あんたの助けになることで、もしかしたらという気になってきた。で、俺から提案なんだが、ここにじんを構えるより、攻めに転じて世界中の美術館を掌握しょうあくした方がよくないか?アダマンチンの剣でどんどんヒストリカを切りとっていこう」


「我の肉体がヒストリカに現前げんぜんするまで、まだ時間がかかる。それまでの憑代よりしろとして最も適した者が名画たちとここに向かっているはずだ」


「根拠は?」

「いま我の憑代よりしろとなっている娘に、その者は特別な感情を抱いている」


「ああ、それでそんな華奢きゃしゃな女の子の肉体を使っているのか」

「プラドの時も追ってきた。ルーブルにだってきっと来るだろう。そやつの身体を手に入れるのが先決だ。さすれば他の美術館など容易に落とせる」


「じゃあ、俺たちの当面の目標は、ガイセリクがお目当ての肉体を手に入れるまでルーブルに留まることだな」


         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 魔物たちの配置をルシファーに任せて、ガイセリクはエントランスをあとにした。

 ルーブルを手にいれたのは大きかった。おかげで我は200年以上、フランスを統治したことになり、多くの畏怖いふを取り込めた。

 もう少しで自分の身体を取り戻すことができる。


 角を曲がり、きれいに整列する魔物たちの前を通り過ぎる。

 どの壁に掛けられた絵画もガイセリクが拘束の鎖を巻きつけてピクトリカの住人を監禁している。


 ガイセリクが足を止めたのは全面大理石の特別な空間だった。

 装飾もレリーフもなく、ただのっぺりとした正方形の空間。唯一の個性といえば正面の壁にあるくぼみくらいで、そこには本来「モナリザ」が展示されているはずだった。


 しかし今はない。


 どこにいったのだ?ナポレオンに加えてモナリザも取り込めれば、今頃受肉ができていたのに。

 これだけ探しても見つからないのだから、強襲きょうしゅうを察知した誰かが運びだしたと考えるのが妥当だが、そんな余裕のある者がいたとは思えない。

 しばらく考えたあと、結局諦めて通路に戻る。


 そこでふと、マレーネを見ていないことに気づく。 我に恐れて姿を隠しているのだろう。まあいい、隷属れいぞくの刻印がある以上、呼べば来るのだ。そう結論づけてガイセリクは部屋を去った。


 数秒後、はあ、という安堵あんどの混じったため息が部屋のすみから聞こえた。モナリザの絵を両手で大事そうに抱えたマレーネである。


 今のはきわどかったですわ。ようやく魔物たちがいなくなったから絵を隠しに行こうと思ったら、いきなりガイセリクですもの。


 でもまあ、わたくしの能力で絵画ともども隠せたので結果オーライとしましょう。


 通路に出て、人気のない場所から場所へ音もなく移動する。ナポレオンも助けたかったですが、あの絵画は大きすぎて隠せません。せめてモナリザの絵だけでも守ってガイセリクを食い止めなくては。


 などと決心したとたん、曲がった角で魔物と鉢合はちあわせした。身の丈3メートルはあろうか、真っ青な身体に鳥の顔、頭には逆さにしたつぼを帽子のように被っている。


 すっかりきょを突かれたマレーネは、魔物の振り上げた拳をもろに喰らってばたんと背後に倒れた。


 いきおい手から離れた絵画が床を滑ってゆく。強打に意識を失わなかったのはほとんど奇跡にちかく、それでもすぐさま行動に移すにはダメージを受け過ぎていて、まごつきながら起き上がった段階で再びの拳が目前に迫っていた。


 もはや手の打ちようがない。

 

 マレーネは本能的に目を閉じて身体をちぢこませた。

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