第26話 「コスプレ集団、鉄のカーテンを破る」
謎のベールに包まれた帝国「腐乱巣」。
その始まりは19世紀初頭、革命の混乱冷めやらぬフランスでガイセリクなる天才軍人がクーデターを起こし、帝政を敷いたことにはじまる。
建国と同時に腐乱巣は他国との接触を断った。
その後、周辺国の敵対的包囲やプロイセン、オーストリアといった隣接国の侵攻をことごとく打ち破った。
また第一次大戦ではドイツ帝国軍をヴェルダンに足止めし、第二次大戦ではナチスドイツ軍をマジノ線で跳ね返した。
そして現在もなお、建国当初と同じく、まったく情報が送られてこない不思議の国である。
識者の間では、腐乱巣は実験国家であり、外交や貿易を排して楽園を築いた類まれなる国家であると評価する声がある一方、情報統制された国家が楽園であったためしはなく、ガイセリクなる独裁者の勝手がまかりとおるこの世の地獄と化しているという声もある。
不安と好奇心に駆られて、過去いく人ものジャーナリストや外交官が腐乱巣との交渉を試みたが、ひとりとして成功したものはいない。
また秘密裏に侵入した者もほとんどが消息を絶ち、幸運にも生還を果たした者でさえ、みな精神に異常をきたしており、「地獄門が開いていた」「魔物が人を喰っていた」など、まともな証言を得ることができなかった。
しかしここにきて、まったく唐突に腐乱巣をめぐる驚くべきニュースが世界を駆け巡った。
謎のコスプレ集団が腐乱巣へ一斉に侵入、腐乱巣国軍と激しい戦闘を繰り広げながら帝都罵詈へ進軍しているという。
その多くが時代服装を纏っており、中には十字架を携えた者たちもいて、先日世界を賑わせた墓石窃盗団ではとの憶測も飛び交っている。
これを好機と多くの報道陣がコスプレ集団を追うように腐乱巣に入り、結果、かの国の実情が明らかになった。
それはポルポト時代の民主カンプチアやピノチェット支配下のチリを彷彿とさせるものだった。
国家が市場を管理し、物資はすべて配給制。国民は強制労働に明け暮れる毎日。
抑圧は労働だけでなく、その精神にも及び、言論や表現の自由は許されず、ただひたすらに国家元首ガイセリクを神とあがめることを強制される。
まさに生き地獄である。
事情を知った周辺国では人道的観点から軍隊派遣の協議を始めているものの、実際の行動はまだ先になりそうだ。
また、今回の騒動で長年議論の的になっていた「ガイセリクの異常な長寿」に関してひとつの結論が出た。
とある国が飛ばしたドローンのひとつが罵詈に到達。ルーブル要塞の中央入口「ルーブルピラミッド」の頂上に立つ若い女性を撮影することに成功した。彼女は国家元首の証である月桂樹の冠を被っていた。
つまり、ガイセリクとは、かつて腐乱巣帝国を興したガイセリク本人の意味を越え、シーザーやツァーリといった国のトップの称号であり、今回撮影に成功した女性はガイセリクの直系の子孫で現在の腐乱巣帝国皇帝と見てまず間違いない。
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腐乱巣帝国の帝都・罵詈にあるルーブル大要塞。
中庭の中央に位置するガラス張りのルーブルピラミッドを入った地下ホールには、巨大な顔「ヘルマウス」が陣取って口の中から魔物をぞくぞくと排出している。
彼らは他の魔物の誘導に従って、しかるべき場所へ移動してゆく。
「な?出てくる魔物が増えただろう」
ヘルマウスの頬をポンポン叩きながら白髪の美青年「ルシファー」が自慢げに言う。
「俺が近くにいると、こいつ頑張るから」
「そう……だな」とガイセリクは歯切れ悪く応じた。
「なんせ、もともと俺ん家の玄関扉だから」
アレキサンドル・カバネルの名画「堕天使ルシファー」だったか、
知らない名画が助力を買って出た。見たところかわいらしい、少年の面影が色濃く残る中性的な青年の絵画だが、その実力はかなりのものだ。
そもそもガイセリクに彼を仲間にする意志はなかった。ルーブル美術館を占拠したとき、オルセー美術館のほうからひょっこり現れ、話しかけてきたのだ。
神と事を構えるなら、俺も一枚かませろと。
ルシファーの真意は不明だが、魔物たちの従順ぶりは目を見張るものがある。いずれにせよ、使えるものは使わないと。そんな思いでガイセリクは気持ちを切り替えた。
「イエスたちの動きは?」
問うガイセリクにルシファーが適切な説明を返す。
「斥候の報告だと、西から『最後の晩餐』のイエスを先頭にカトリック軍団がせまり、東はプロテスタント連合が近づいている。
エルミタージュを中心とした正教会のイコン集団がそれを追う形かな。最初にルーブルに到達するのは、おそらくプロテスタント連合だろう」
「プロテスタント連合……、我の時代にはいなかった。どんな奴らだ?」
「イエスはひとりもいない。その代わりプロテスタント国の名画が集まっている。一番やっかいなのがレンブラントの『夜警』から来た火縄銃組合だ。
カトリック最強のグランダルメと双璧をなすプロテスタント最強の武装集団であり、指揮官はコック隊長」
「そしてプロテスタント全体を統率するのはドイツ人画家クラナッハの描いた肖像画『マルティン・ルター』。
イングランドのウィクリフやボヘミアのヤン・フスの思想を源流に持つドイツ宗教改革の立役者で、地味な風貌に似合わぬ大胆な策謀を用いてこちらの防衛線を瞬く間に突破している」
「やつの口癖『ここがヘンだよカソリック』はプロテスタント名画の界隈で一世を風靡した」
それから思い出したように、
「あと、そいつらとは連携してないけど『モナリザ』と『宮廷の侍女たち』のマルガリータもこちらに向かっているらしい」
そう言ってからハハッとおどけるように笑った。
「面白いよな!世界中の名画がルーブルに大集合するんだぜっ!」




