第25話 名画が変われば歴史も変わる
仰天するハネツグたちに向かってリザは言い訳がましく、
「ほんのちょっとの間よ。あの人、寝室に私を飾って毎晩ジョセフィーヌが冷たいだのなんだのって愚痴るから、つい可哀そうになっちゃって、絵から出て慰めてあげようかなって……」
モナリザが本物のナポレオンと付き合っていた。
なんだろう、リザの口ぶりだと勢いで間違い犯しちゃったみたいな感じだけど、ハネツグからすれば時空を超えた壮大な恋愛譚を聞いた気になってしまう。
「時間はある、ゆっくり考えるがいい。吾輩も冬のアイラウ戦では行軍より熟慮に時間を費やしたものだ」
読点を打つように言葉を切ってから、ナポレオンはマルガリータに視線を落とす。
「で、そこのつむじ曲がりの姫君はどうなのだ?南極の地底湖にでも隠居するなら燃やさないでおいてやる」
マルガリータは思いっきり腕まくりして、中指を突き立てる。
「ファックオフじゃあっ!」
「……ふぁっ?」
「さっすが姫さま完璧な発音!ビシッと立てた中指もキマッております!」
割れるような拍手を送るベラスケス。
次にマルガリータはナポレオンを舐め腐った目で見て、ゆっくり言葉を吐き出す。
「あーすぅほーるぅ」
「素晴らしい!このベラスケス、脳裏にナポレオン殿の尻の穴がありありと浮かびますぞ!それはもう皺のひとつひとつまで鮮明にっ!」
度を越した侮辱に怒ることも忘れ、ナポレオンはちょっと黙った。
「……ま、まあいい。細かい事は後で決める。ガイセリクとマレーネを倒したら帰ってくるから、それまでふて寝でもしておけ」
通路へ出たナポレオンが格子扉を閉めようとしたとき、リザが声をかけた。
「ガイセリクの行方は分かってるの?」
「捜索中だ。今回の戦闘には加わらなかったが、カトリック以外の派閥も捜索に参加しておりグランダルメも彼らに合流する。見つかるのは時間の問題だ」
ナポレオンのいる通路から、きびきびと準備する兵隊たちの声や足音が聞こる。
「あいつ、また美術館を狙うわよ。名画に介入して悪さするはず」
「心配せんでも手を回しておる」
ナポレオンは牢屋のカギを指で回しながら言った。
「それに、どの国も吾輩やリザのような名画が自国を監視しているから、ガイセリクの侵入をすんなり許すはずない」
「まあ、そうだけど」
うつむいたあと、小さな懸念がリザの頭をかすめ「ちょっと待って」とつぶやく。
「ナポレオンと私がここにいるってことは、ルーブル美術館は?」
軽い金属音を立ててカギが床に転がった。
リザが顔をあげると、そこにいたはずのナポレオンの姿がない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……消えた」
マルガリータが目を白黒させて言った。
「わらわ見た!ナポレオンが手品みたいにパッと消えた」
「そんな技をお持ちとは、芸達者な方ですなあ」
「自分の意志で消えたなら、格子扉を開けっぱなしにしないと思う」
状況を把握できず、首をひねりながらもハネツグたちは牢屋から出て館内を歩く。そして新たな事実に気づいた。グランダルメがひとりもいない。
先ほどまで聞こえていたがやがやした生活音がピタリと止んで周囲がひどく静かに感じられる。
「ベラスケス、スマホを所望する」
「はい、姫さま」
ベラスケスは館内から手ごろなペンと紙を調達し、すばやく描くと彼女に渡した。
任天堂スイッチに続いてスマホ……、ヒストリカに順応してるなあと感心しつつも、17世紀の5歳児が使いこなしている風景には違和感が否めない。
しばらくスマホをいじってから「やはりそうか」とマルガリータがつぶやく。
「マルガ、何か分かったの?」とハネツグが頭越しにスマホをのぞく。
「ナポレオン・ボナパルトで検索してもヒットせん」
「それってどういう事?」
「ナポレオンさまの名画が全部破壊されたのかもしれません。結果、ヒストリカからナポレオンさまの存在が消えてしまった」
「ナポレオンの戴冠で検索してみて」
リザの提案にマルガリータが素早く指を動かす。
「ヒットせん」
「やはりそうよ。ガイセリクがアダマンチンの剣で破壊したのよ。歴史の固定を役割とするピクトリカのナポレオンが消失したから、ヒストリカではナポレオンという人物自体が存在しないことになった。まあ別にいいけど」
「わらわも同感じゃ。あんな偉ぶった阿呆はいない方がよい」
「そんなの駄目だよ」
ハネツグが焦って反論する。
「歴史っていろんな事実が鎖みたいにつながったものだから、ひとつでも欠落すると現在が違うものになってしまう。それを防ぐために名画があるんでしょ」
「奴はスペイン・ピクトリカを支配しようとしたのじゃぞ」
マルガリータは語気を荒げて言う。
「わらわが忠告したとおり、役得ずくのナポレオンに信義を期待することの愚を、皆も承知してしかるべきであった」
片方の眉をつりあげ、それ見たことかという顔でハネツグたちを見わたす。
たしかにハネツグたちにも非の一端はあるけれど、虚栄心をくすぐられて最終的にグランダルメの駐留を許したのは一体どこのどなただったか。
「……あれ?」
ひとこと言って、リザが顎に手を当てて難しい顔をした。
「どうしたの?」
「なんで私は消えないんだろう」
言われてみれば確かにそのとおりだ。ガイセリクが敵を消失させているなら、ナポレオンと同じルーブル美術館にあるリザの絵も破壊され、彼女は消えているはず。
「誰かが絵画を避難させてくれたんじゃないかな」
「そうかも、マリアンヌあたりかしら」
「誰それ?」
「ドラクロワの名画『民衆を導く自由の女神』の女神さん。でも彼女、休暇中で展示されてないから迅速な行動はとれなかったと思う」
じゃあ誰が?とリザが思案し始めたあたりで、マルガリータがみんなに声をかけた。
「ナポレオンの戴冠はないが、似たタイトルを発見したぞ」
「へえ、どんなの?」
「ガイセリクの戴冠」
みなの視線が一斉にマルガリータへ注がれる。一拍おいてハネツグが口を開いた。
「が、画像みせてっ!」
それはほとんどナポレオンの戴冠と同じ絵であった。ノートルダム大聖堂を舞台に皇帝に即位した人物が手ずから帝冠を頭にのせている。
唯一の違いは主役であるナポレオンのいるはずの場所に鋼の筋肉を纏った貫禄たっぷりの男性が立っていることだ。
「わらわの知ってるガイセリクとは完全に別人じゃ」
「今はセネカって女の子にとりついているの。おそらくこれがガイセリクの本当の姿」
「つまり、ガイセリクはアダマンチンの剣を使って名画を破壊したのではなく、柄にある筆をつかって名画の上から自分を描いた、という事ですなあ」
「戴冠が描き換えられた影響で他のナポレオンの絵画も変化しておる……『ガイセリクのアルプス越え』『アルコレ橋のガイセリク』『玉座のガイセリク』『エイロー戦場のガイセリク』……」
「とすると、フランスの歴史もとんでもない事になってるんじゃ……」
「フランスという国すら存在していない可能性がありますなあ」
マルガリータがスマホから目を離し、深刻な面持ちでハネツグたちを見た。
「検索してみるか?フランス」
しばしの逡巡を経て、ハネツグたちは緊張気味にうなずく。
「さ、さすがに大丈夫でしょう」
リザがこわばった笑みで言った。
「フランスといえば国民が自らの手で自由を勝ち取った国よ。歴史上の人物がひとり交代したくらいで大きく変わるわけない……」と後半失速してから「はず」と小さくつけ加えた。
誰かに語るより自分自身を説得しているような口調であり、しかも説得し切れていない。
「お、ヒットした」
「やっぱり、さずがフランス!」
リザが喜びを露わにし、ハネツグとベラスケスは安堵の息をはく。そんな中、マルガリータだけがスマホを見たまま固まっている。
「どうしたのマルガちゃん?フランスはあるんでしょう?」
「フランスはある、確かにあるんじゃがあ……」
「じゃあ、なに?」
「なんか、ちょっと、というか、かなり違う気がする」
マルガリータはスマホを反転させ、みんなにディスプレイを見せた。リザたちは最初、その文字を何て読めばいいのか分からなかった。
そもそも漢字表記という時点で意表を突かれたが、少ししてみんな正しい読み方を同時に理解した。
腐乱巣帝国
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