第24話 いち難去ってまたいち難
「あれは樹幹人間といって曽祖父さまの時代にマドリードを火の海にした魔物じゃ。ヒエロニムス・ボスが『快楽の園』に封印してようやく収まった」
樹幹人間は味方の魔物たちをお構いなしに踏みつぶし、ハネツグとイエスたちに迫る。状況を把握し、このままだと共倒れになることを理解したハネツグとイエスたちは互いに攻撃をやめた。
「はやく逃げましょう! 」
リザがイエスたちを促す。
「そう言われても、わたしたちも魔物に囲まれてて」
ざわつく兄弟たちに向かって晩餐のイエスが「慌ててはなりません!」と活舌よく声を張る。
「苦境のときにこそ、神は奇跡をお示しになる」
「だったら神を急がせろ!ぺしゃんこになるぞ!」
マルガリータが毒づいた。
そうしている間にも船舶型の足がハネツグたちの頭上に達し、大きな影を落とす。
「晩餐のイエス、奇跡はまだか!」
「信仰に殉じる……これほど深い愛はありません」
「奇跡はどこ行ったんじゃっ!?」
足が降りてきて影が一層濃くなる。
何人かのイエスが十字架を足に当てるも効いているようすはなく、いよいよ足が地面に近づき、あたりが真っ暗になったとき、耳が不思議な音を拾った。
何かが風を切って飛来するような音で、それもひとつやふたつじゃない。何の音か考える間もなく、今度は空気を震わす爆音が発生した。
一気に周囲が明るくなる。
樹幹人間が態勢を崩して斜めに傾いだのだ。身体にあちこちから煙の尾がのびていて、爆発も起きている。
「榴弾砲ですなあ、年代物ですが桁違いの庇護がついています。大砲にこれほどの力を込められる方といえば、砲兵隊からのし上がった……」
進軍ラッパが空を裂く。
いつの間にかプラド通りには兵隊が配置されていて一糸乱れぬ動きで間合いを詰めてくる。
その様子をマルガリータがベラスケスの頭に足をのせて確認する。
「マスケット銃を持った軍隊がこっちにくる!」
「マルガちゃん、お仕着せは?」
「二角帽子に青チョッキ、白ズボンに赤いブーツ」
「その色合いはもう、どう考えてもフランス軍ね」
兵たちの間から鞍上のナポレオンが躍り出て王笏を掲げた。
「宝飾品泥棒を捕まえるため軍隊を率いてきたら、何が何やら分からん状況になっておる。とりあえず魔物がおるから討伐せよ!」
イエスたちが喝采をあげ、それを耳にしたナポレオンは、どうやら自分が彼らの窮地を救ったのだと気づき、鬼の首でも取ったみたいに調子づいた。
「吾輩が来たからにはもう安心!ピクトリカ最強の大陸軍『グランダルメ』をもってガイセリクだろうと魔物だろうと、なんでもかんでも根絶やしにしてくれる!」
グランダルメは歩調を合わせ、密集形態のまま移動しつつマスケット銃を撃つ。その度に魔物がばたばた倒れてゆく。
「懐かしい、この光景、まるでピラミッドの戦いではないか」
「神が奇跡を示された!」
晩餐のイエスが勝ち誇ったように両手を上げた。
「出たぞ、紀元前から繰り返される坊主どもの方便」
「マルガちゃん、今は魔物を倒すことに集中しましょう」
このままでは全滅の可能性もあると判断したガイセリクは、プラド美術館に見切りをつけて魔物たちに退却を命じた。
「翼ある者はヘルマウスを運べ!」
「もうついていけません!」
マレーネが頭を抱えてぶんぶん振った。
「あなたとの関係は解消させていただきます!」
立ち去ろうとする彼女の腕をガイセリクがつかんで引き寄せる。
「おまえも一緒に来るのだ」
「もういいじゃありませんか、傷を治して差し上げたでしょう」
「隷属の刻印がある以上、お前に自由な意志など存在しない」
ガイセリクはマレーネを掴んだまま真上に1メートルほど跳躍した。すると床との隙間に翼龍が身をすべり込ませ、着地したときふたりは鱗で覆われた龍の背に乗っていた。
翼龍はふたりを乗せたまま高度を上げ、プラド美術館から離れて行った。
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ナポレオンの大陸軍「グランダルメ」の援護でプラド美術館の魔物は掃討され、ガイセリクも僅かな手勢を連れて潰走した。
残ったハネツグとイエスの間で対立が再燃したが、こちらは呆気なく片が付いた。
「『モナリザ』がなくなれば『ナポレオンの戴冠』がフランス最高の名画になります。プラド美術館から『宮廷の侍女たち』を葬り去り、代わりに兄上の肖像画を飾れば、かつてヒストリカのナポレオンがなしえたスペイン支配を、あなたがピクトリカで達成できるのです」
そんなイエスの言葉がナポレオンの野心に火をつけて、すんなりイエスに味方した。多勢に無勢のハネツグたちはあっという間に捕まり、マルガリータの懸念は現実のものとなった。
イエスたちはプラド美術館の一室を即席の牢屋に改造して、ナポレオンがハネツグら4人をそこへ連行した。
「どうであるか!ピクトリカ仕込みの堅牢な監獄であろう!リザの怪力でも破壊できず、ベラスケス殿のペンでも穴をあけることができない」
「おまえが作ったわけではなかろう」
「イエスッ!さすがイエス!大工仕事はお手のものだ」
ナポレオンは両手を後ろで組みながら「ときにリザよ」と横目でうかがう。
「何かしら?」
「今からでも遅くない。ダ・ヴィンチのカンバスを捨てて、『ナポレオンの戴冠』で一緒に暮らすのはどうだ?」
「なんで私があなたなんかと」
「そう冷たくするな。かつては愛を囁き合った仲ではないか」
……えっ?
ハネツグをはじめマルガリータとベラスケスが本当?という視線をリザに投げかける。
「ちょっと変なこと言わないでよ!みんな勘違いするじゃない」
さすがにそれはないかとハネツグたちは、なぜか胸をなでおろした。
「私が付き合っていたのはヒストリカのナポレオンです」
ええーっ!!




