第23話 みつどもえ
拳を高く上げ、十字架の刃が喉を裂く数舜前で叩き下ろす。重金属の音を立てて十字架が地面にめり込んだ。
背後で空気の震えを感じて振り返るとリザがいた、百合のイエスがハネツグに向けて放った十字架鞭の先端を両手でがっしり掴んでいる。
百合のイエスはリザの予想外の行動に戸惑った。
「リザ何するの!彼は神の意志に逆らったのよ!」
リザは無言のまま鞭を思いっきり引っ張って百合のイエスを鞭もろとも放り投げた。ハネツグの問いかけるような視線に、彼女は情けない笑みを浮かべながら、
「私、背教者になっちゃった」
そんなやりとりを、マルガリータは激戦の別通りから眺めていた。
「きゃはっ!おもしろい!面白いったらないぞ、ベラスケス!」
重機関銃で魔物を次々と肉塊にしながらマルガリータが嬉々として叫ぶ。
「ハネツグとリザがイエスたちと戦ってる!」
「戦闘中に内部分裂とは、スリリングな展開ですなあ」
「わらわたちも加わる!」
「して、どちらに?」
マルガリータは答える代わりに、近くで魔物と戦っていたイエスに発砲した。たまらず十字架を盾にして防いだが、銃弾を受けゴリゴリ削られてゆく。
「十字架を撃つとは、なんたる不届き者!」
「墓場から引っこ抜いてブン回してる奴が言うな!」
「これで我らも神に仇なす者となりましたなあ」
ぼやくベラスケスをマルガリータが「否ッ!」と一喝する。
「奴らは神でも使徒でもない。わらわと同じただの絵じゃ!」
ベラスケスは平手打ちを喰らったみたいに目を瞬いて、
「痺れましたあ!痺れましたあ!それでこそ姫さま。地獄の底までお供します」
「裏切りだ!我らの中にユダがいる!」
プラド美術館周辺で勃発した戦闘は三つ巴の様相を呈してきた。
イエスたちがハネツグに襲い掛かるとリザが割って入り、それをマルガリータが援護する。そんな彼らを魔物の軍勢が取り囲む。
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ガイセリクは混戦の様子を建物の影から盗み見る。魔物たちに助勢したいのに剣をふるう右手がまったく動かない。
とっさにしては上手く防いだつもりでもやはり身体は生身の人間。十字架の一撃で右手が粉砕されていた。血がとまらない。身体も重くなってきた。
別の身体に憑依するのが賢明な判断だが、この憑代を手放すのは惜しい。
イエスたちに囲まれたとき、この身体のおかげで巻き返すことができた。それにこの身体に留まっていれば、再びハネツグとまみえることができるだろう。
「どうしますの?!」
マレーネが悲鳴に近い声を上げて、ガイセリクに駆け寄った。
「こんな蛮行うんざりですわ!もうやめましょう、建物にも人にも被害が出てますし」と、そこで言い淀み「あなた……ケガを」とつぶやく。
そうか、こいつがいた。
「我の腕を治癒せよ」
言葉の意味が分からずキョトンとするマレーネに「早くせい!不服従で弾けるぞ!」とどやしつける。ヒッと声を漏らして彼女は血まみれの腕に近寄った。
「治癒ってどうやれば」
「考えるのではない、思い出すのだ」
とりあえずそれっぽい仕草をしてみようと傷口に手をかざし、目を閉じてみる。
ちがう、目は開けたままだったとなぜか思い出す。観察して理解する。そして完治するまでの過程を想像する。
するとマレーネの手のひらから金色のヘビが現れた。ヘビはボロボロになった腕にクルクルと身を絡めてゆく。出血がとまり、裂けた肉は結合され、失われた皮膚もみるもる再生してゆく。
マレーネは驚きの表情でその様子を見つめ、やがて納得したように大きく頷く。
思い出しました。これがわたくしの力……。
この力を使うことがわたくしの描かれた理由……。
イエスたちがハネツグに攻撃の矛先を変えたことで、魔物たちが巻き返しはじめた。ハネツグたちの周りをイエスの集団が包囲し、それを覆うように魔物たちが群がる。
よし、あとひと押しだとガイセリクはほくそ笑む。そろそろあいつの解放が完了するはずだ。我が封印されたあとも、ヒストリカで永らく暴れまわった捲土重来の秘密兵器。
突如、地面が揺れた。
ただならぬ気配を感じて、数名のイエスが動きをとめ、周囲に視線をめぐらす。
もうもうと立ち上る黒煙と瓦解した建物の合間から、べらぼうに大きい男性の顔がぬっと現れた。
次に見えたのは樹木のような太い腕と、その先にあるはずの手が、どういうわけか木造船。胸から下は存在せず、頭上に奇妙なバグパイクを乗せ、二本の腕だけで器用に移動する真っ白な巨人。
「なにあれ……。ダリの絵?」
リザが疑問する。そばでマルガリータが呟いた。
「ああ……厄介なのを忘れておった」




