第22話 プラド美術館戦争
形勢不利と見たガイセリクは魔物たちに攻撃を命じすて、自分は踵を返し出口を目指した。
ハネツグはガイセリクを追うべく、イエスやリザたちと共に魔物の軍団と正面からぶつかった。
イエスたちやリザ、マルガリータは魔物を倒しながら進むなか、ハネツグだけは魔物に目もくれず、ガイセリクを追いかけるため一直線に走った。
蝙蝠人間の特攻をかわし、二足歩行で斧を振りまわす牛の魔物を飛び越え、巨大サソリの足元をすり抜けて、ようやくプラド美術館のエントランスを抜けとき、眼前に広がったのは、炎と煙があちこちから立ち上っているマドリードの光景だった。
魔物の一部がプラドから飛びだして街で大暴れしている。周囲を丹念に眺めるハネツグの瞳が、半壊したビルの一角にいるガイセリクを捉えた。
ガイセリクは計画の修正を余儀なくされた。
イエスたちが徒党を組んで敵対することは予想していたが、ここまで迅速だとは思わなかった。せめて国を興すまで沈黙していてほしかった。
さて、どうしたものか、今の力では奴らに勝てない。おい、と背後から声をかけられ、振り返った先にハネツグがいた。
「お前、ガイセリクだろ。セネカを返せ」
ガイセリクの顔に笑みがこぼれた。イエスの動きは見誤ったが、セネカにとどまっていれば、いずれハネツグが現れるという予想は当たった。
まだ手はある。
「貴様とこうやって話すのは何百年ぶりだろうか。懐かしいぞ!」
やはりそうだ、とハネツグは思う。ガイセリクは以前から僕を知っていた。でも、
「僕はお前の事なんか知らない」
「我はしっかり覚えている。あのとき貴様とこの娘に負わされた火傷は長いこと疼いた。
しかしそれも昔の話だ。永遠に残ると思った傷跡も、初めから無かったみたいに治っているし、過去は水に流して今の話をしよう。交換条件だ。貴様の身体を差し出せば娘の身体を返す」
ハネツグは覚悟を決めるように、大きく息を吸い込んだ。
「いいだろう。くれてやる」
ガイセリクはハネツグの前に歩み寄って、手のひらを彼の額につけた。こいつを手に入れれば、受肉など待たずとも十分な力が得られる。
我は力をつけて神となり、呪われた運命から解放される。
ハネツグの身体に憑依するため意識を集中したとき、リザが勢いよくハネツグの背中に抱きついて床に押し倒した。
直後、リザの背を飛び越えて晩餐のイエスが現れ、ガイセリクに十字架の横殴りをお見舞いする。リザとイエスの連携攻撃だった。
不意を突かれたガイセリクは、頭への直撃をなんとか腕でブロックしたが、殴打の衝撃を打ち消すことはできず、バットで打たれたボールみたいに弾き飛ばされた。
「やめろ! 」
叫んで立ち上がろうとするハネツグを、リザが上から押さえこむ。
「リザどいてよ!」
「お願いだから動かないで」
リザがすがるような声で言った。
「ガイセリクが実体を持たない今なら、あの子を殺せば動きが止まる。そうすればまた封印することができる」
「セネカを助けてくれるんじゃないのか!騙したな!」
「このままではヒストリカもピクトリカもガイセリクのものになってしまう。それだけは避けなきゃいけないの」
リザはハネツグの頭を抱きかかえ、胸をぐっとおしつけた。力を重力に変換してハネツグを抑え込む。
ハネツグの脳裏にクロガネの最後が浮かぶ。
それだけじゃない。記憶は更に過去へとさかのぼり、父親や母親の最後の姿までも現れる。
またか?
大切な人が死んでゆくさまを、また何もできずに見ているだけなのか?
悲しい情景の蘇りは、ハネツグの血管を流れる絵具に瞬時的な激変をもたらす。
晩餐のイエスは素早く態勢を整えると弧を描いて落下するガイセリクへ一直線に跳んだ。角度も速度も完璧。あとは空中で両者が交わった瞬間に十字架を頭に喰らわせれば終わる。
「僕はどうなってもいい、ヒストリカもピクトリカもどうなってもいい。全部壊れてなくなったってかまわない」
「お願いだから分かってハネツグ」
でもひとつだけ、たったひとつだけ。それ以上は何も望まない。
「セネカが死ぬのだけは絶対イヤだあーーーーーーーっ!!」
そう叫んだとき、ハネツグはすでに立ち上がっていた。
「あ、あれ?」
リザはハネツグの頭に抱き着いたまま、背負われたように足をぶらつかせている。
ハネツグがありったけの力を込めて跳躍し、振り落とされまいとリザは反射的に両足をハネツグの腰に絡める。
弾丸のように飛ぶハネツグの身体が、今まさに十字架をガイセリクに振り落とさんとするイエスの脇腹に激突した。
「またあっ!」と叫び、晩餐のイエスは海老反ったまま落下した。
「兄弟!」弁髪のイエスが、痛みでのたうち回る晩餐のイエスにしばし寄り添ったあと、がれきの上に着地したハネツグを睨みあげ、
「イエスに苦痛を与えるなど大罪!罪の報酬は死である!」
先ほどまで魔物を切り刻んでいた偃月刀十字架をハネツグめがけてぶん投げた。
読めない軌道を描く十字架を、ハネツグは怒りをたたえた眼差しで追う。頭髪が足元から風が吹いたみたいに浮き上がる。
セネカを守る。
邪魔する奴はみんな敵だ。




