第21話 バラエティに富んだ援軍
ハネツグたちはプラド美術館をつらぬく大通路に出て、さっそくピンチに陥った。通路の両側に魔物がびっちりと配置されていたのだ。
先頭にセネカの姿を見つけて、駈け出そうとするハネツグの腕をリザがつかんだ。
「セネカはガイセリクに乗っ取られているの。あなたの声はとどかない」
「でも、だったらどうすれば……」
リザはガイセリクの背後に隠れるように立っているマレーネを見つけ大声で名前を呼んだ。マレーネはびくついたあとガイセリクの肩ごしにリザを見た。
「あなた、自分が何をしたか分かってるの? ガイセリクを解き放ったのよ!」
「わたくしは……そんなつもりは」と涙目でつぶやく。
「アダマンチンの剣も、可愛い部下たちも返してもらったぞ。あとはお前たちを倒してプラド美術館を掌握すれば投了だ」
ガイセリクが右手を大きくあげ、それを合図に魔物たちが戦闘態勢をとる。
「……くるぞ」
マルガリータは重機関銃のボルトを引いて、銃床を肩にあてた。
「厳しい状況ですなあ」
前後を魔物に囲まれているだけでも窮地なのに、ハネツグはセネカを前にして動揺しているし、リザもそんな彼を止めるのに必死で、まともに戦える状態ではない。
ガイセリクが右手を下し、魔物たちが走り出そうとしたとき、彼らの背後で派手な破壊音が轟いた。
魔物たちは立ち止まり、振り返った背後に見えたのは、悲鳴とともにとび散る肉塊と骨片、血しぶき、それらの向こうに高く掲げられた複数の十字架だった。
何が起こっているのか分からず、茫然と立ち尽くすハネツグたちの前で壁が吹き飛び、空いた穴から「最後の晩餐」のイエスが現れた。
彼は小鬼をつかんでいて、通路に出ながらキーキー鳴いている小鬼の首を眉ひとつ動かさずねじ切って捨てたあと、リザやハネツグに気づいた。
「兄弟たちを呼んできました。これよりガイセリクを封印します」
「兄弟たちってもしかして」
「ええ、ヒストリカ中にあるイエスの名画たちです」
「アダマンチンの剣をガイセリクに盗られてしまったわ」
「そう言えばそんな事お願いしましたね」
「なに忘れてるのよ。ガイセリクを封印するのに必要なんでしょ」
「べつに必要というわけではありません。あれは貴重な聖遺物ですから、ガイセリクを理由にあなたを使ってマルガリータ姫から借りパクできたらいいな、と思ったまでです」
しらっと言ってのける晩餐のイエスを、リザは唖然と見つめる。
「そんなに心配そうな顔しなくて大丈夫。ガイセリクは私たちが封印します」
「呆れてるのよ!」
そのとき晩餐のイエスが空けた壁の穴からひとりの男性が姿を現した。
長いドジョウ髭を延ばした東洋人で、頭を剃り上げており、天頂部の髪だけは長く伸ばし、それを編んで腰のあたりまで垂らしている。両手は胸の前で交差するように袖に入れていた。
「彼は名画『アヘン吸ったら神降臨』に描かれた弁髪のイエス。イタリア人画家ジュゼッペ・カスティリオーネが清朝皇帝・乾隆帝に献上した名画です。中国の故宮博物館まで行って呼んできました」
弁髪のイエスは頭をさっとすばやく振って弁髪を首にクルクル巻きつけたあと、背負っている偃月刀を四つつなげた十字架を手にとった。
そして怪鳥の雄たけびに似た声をあげて魔物たちへ向かって行った。
「あれがイエス?」
ハネツグの疑問に晩餐のイエスがうなずく。
「同じ宗教でも布教範囲が広まるにつれ土着の風習や文化から影響をうける。結果、多様なイエスが描かれるのです」
またひとり壁の穴から出てきた。
「魔物はどこにいるのかしらぁ」
透きとおる声にもしやと思い、姿を見てやはりと確信する。今度はブロンドをなびかせる美しい女性があらわれた。
「……もしかして、この人も?」
「はい、彼女は名画『マグダラのマリアとアロマ塗りっこイエスッ!!』に登場する百合のイエスです。
フランクリン・ルーズベルト大統領の夫人エレノア・ルーズベルトが画家ジョージア・オキーフに依頼して作らせたのですが、内容が煽情的すぎて公開できず、ホワイトハウスの物置で埃を被っているところを私が呼んできました」
もう何でもありだな、とハネツグは思う。
百合のイエスは角の尖った黒ぶち眼鏡を指でクイッと上げ「よろしくぅ〜」と語尾を伸ばしながらハネツグの前で立ち止まると「っね!」の一言で前のめりになった。
はだけた襟元で胸の谷間が波を打つ。
性別の違いは当然として、眼鏡の着用も地味にツッコミどころだ。
目のやり場に困って、視線を明後日の方向に逃がしながら挨拶を返したハネツグに小さく頷いたあと、百合のイエスは「さてぇ」と魔物たちに向き直り、腰に巻き付けていた鞭をとりだし床にぴしゃりと打ちつけた。
先端が三又になっているので、見方によっては十字架である。
「悪い子たちにはぁ」と、笑みで広がる唇に舌を這わせながら、
「お仕置きが必要ねぇ」
タダでさえエロい雰囲気を漂わせているのに、加えて、つりあがった眼鏡と鞭という組み合わせがマニア趣向に拍車をかける。
魔物の群れに飛び込んでゆく彼女を見送ったリザは、晩餐のイエスに向き直る。
「助かったわ」
リザの言葉に晩餐のイエスは笑顔を見せた。
「間に合ってよかったです」
「おい、晩餐のイエス」
今度はマルガリータが語りかけ、晩餐のイエスはリザに向けたのと同じ笑顔で応じる。
「お礼は不要ですよ、マルガリータ姫」
「プラドの壁に穴をあけるな」




