第20話 ガイコツ軍団&バケモノ軍団
ハネツグたちがエル・グレコ回廊を引き返してヒストリカに戻ると、プラド美術館の様子が一変していた。
あれだけいた来館者は影もなく、あたりに煙がたちこめ、壁はひび割れて絵画も散乱している。
「わらわのプラドが……こんなボロボロに」
マルガリータはショックのあまり床に膝をついた。
「ガイセリクが来たんだわ」
「入れ違いってこと?でも僕らは遭遇してない」
「ヒストリカを移動したのよ。『オルガス伯の佩刀』があったトレドからここマドリードなんてガイセリクの跳躍なら短時間で移動できる」
行動が速い。ガイセリクは常に先手を打ってくる。
マルガリータが「あ!」と叫んで勢いよく立ち上がった。
「わらわの絵は!?」
「姫!はやくまいりましょう」
4人が展示室につくと、「宮廷の侍女たち」に群がり、今まさに壁から外そうとしている集団を見つけた。
奇妙なことに彼らは全員骸骨だった。ガイセリクとは違う戯画化された骸骨の集団だ。
そのうちひとりが首を回転させてハネツグたちを発見したあと、数秒おいて他の全員も同じ動作で振り返り、一斉に近づいてきた。
ハネツグがあとずさりながら「どうするの? 」とマルガリータを横目で見る。すると彼女はベラスケスから拳銃を受け取り、何のためらいもなく発砲した。次の瞬間、骸骨の頭が派手に吹き飛んだ。
そのまま続けざまに発砲を繰り返し、骸骨を次々と粉砕してゆく。
「こやつらはブリューゲルが『死の勝利』に封印した骸骨軍団じゃ。ガイセリクがアダマンチンの剣で解放して配下においたのじゃろう」
骸骨たちは顎をカチカチ鳴らしながら、動く骸骨につきもののぎこちないカクカク動作で距離をつめる。
そんな彼らに今度はリザが鉄球のような拳と鞭のような蹴りをお見舞いしてゆく。
マルガリータは打ち尽くした銃を放り投げて次を所望し、ベラスケスは素早い描写でそれにこたえる。
マルガリータに銃を渡し終えたベラスケスがハネツグを見て不思議そうに首をかしげ、
「ハネツグさまは戦わないのですか? 」
問われてぶんぶん首を振った。
「あんなのと戦えっていうの?あんな訳の分からないのと?」
「姫さまとリザさまは戦ってます。しかも押している」
「ふたりは特別なんだ」
「ハネツグさまもなかなかですよ。ガイセリクが手に入れたがるのもわかります」
突然、ハネツグの背中に冷たいものがはしった。
誰かに見られている。恐る恐る視線を背後に送ると、長衣をまとい、目深にフードを被った人物がひとり、通路から部屋に入ってきた。
彼はハネツグに近づきながらフードに手をかけた。その手が真っ赤なウロコでおおわれている時点でハネツグは悲鳴をあげそうになったが、フードの奥から魚の顔が現れたから驚きすぎて悲鳴が引っ込んだ。
次の瞬間、魚の顔がハネツグに迫り、逃げる間もなく頭をパックリと食べられた。
目の前が真っ暗になった。身体が浮いて上下逆さまになり、ずるずる魚の体内に落ちてゆく。身体中を締め付けられ呼吸もできなくなった。
暗い、狭い、怖い!
ハネツグはパニックに陥った。
なんなんだこいつは!
なんなんだこの状況!
なんで僕がこんな理不尽な目にあわなきゃいけないんだ!
何がなんだか全然わからない!
……いや、わかる。頭の中で声がした。ハネツグ自身の声だった。
……知って、理解したはずだ。徐々に薄くなる意識と反比例して、声がはっきりしてくる。
今、お前が目にしているものこそ、本当の世界なのだ。頭で理解するだけでなく、身体でも理解するのだ。
身体でも……つまり魚の化物が存在するのも、そいつに喰われてぎゅうぎゅう締め付けられてる状況も、幻想や妄想ではなく、実体をともなった現実なんだ。
そう結論づけたら圧迫の苦しさが和らいだ気がした。消化器の圧力を現実であると認めることで筋力が押し返し始めた。両手を胸の前まで移動させ、食道の膜をつかんで引き裂いた。
魚はたまらずぴょんぴょん跳ねまわる。開いた部分に腕をつっこんで臓器をかきわけ、指が皮膚に達したところで、ぐったりと身体を前に傾けた。真上に伸びていたハネツグの足が床につく。
ハネツグが上半身をぴんと伸ばして立ち上がると、今度は魚が上下逆さまになった。皮膚をつきやぶって顔を外に出した。途端に肺が空気を求めてぜいぜい喘ぐ。
リザが魚から抜け出る手助けをしてくれた。マルガリータもそばにやってきて
「いま、こいつをぶっ差して助けようとしてた」
手にしているチェーンソーを持ち上げて見せた。
「ありがとう」でもそれだと僕の身体にも穴が空くけれど、
「……とにかく、ありがとう」
そう言うしかないように思った。
見ると展示室の骸骨軍団はひとり残らず床に倒れていた。マルガリータは魚の頭をつま先で乱暴につつき、
「こやつはヒエロニムス・ボスが『快楽の園』に封印した魔物じゃ。ブリューゲルだけでなくボスの絵まで解放されておる」
「とすると、ヒストリカに出た魔物は相当な数になるんじゃ」
「それがガイセリクの目的じゃろう。あやつは部下を取り返すためプラドに来た」
「おまけにアダマンチンの剣までガイセリクの手にある。他の絵画たちには悪いけど、プラドから一時撤退したほうがいいんじゃないかしら?」
リザの提案をマルガリータは「断る」と一蹴した。
「わらわにはスペインの歴史と文化を守る義務がある。それに魔物たちがプラドを跋扈してるなど我慢ならん。ベラスケス!」
「はい、姫さま」
「『宮廷の侍女たち』をバッグに入れよ」
ベラスケスは絵に近づいて額の縁に指をふれた。
すると歯車の噛みあうような機械音が聞こえ、絵が碁盤の目のように分割された。絵の外側の部分が内側に折りたたまれてゆき、みるみる縮小されてゆく。
そして最後には片手に収まる大きさになり床にころがった。ベラスケスはそれを手に取り、可愛い花柄の子供用バッグに入れてマルガリータに渡した。彼女はそれを肩にかけた。
「これで背後をとられる心配はない」
次に、マルガリータはベラスケスの背中に飛び乗り、木登りの要領で頭まであがってから彼の両肩に足を置いて立ち上がった。
呼応するように、ベラスケスは素早い筆さばきで重機関銃を描いて取り出し、頭上のマルガリータに渡すと、自身は銃の重さを支えるため、銃口からのびる二脚のバイポッドを両手でつかんだ。




