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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第1章 レオナルド・ダ・ヴィンチ作「いつもの晩餐」
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第2話 モナリザの泥棒退治

 世界中の名画に忍び込んでいるやからがおる。そうリザに告げたのはナポレオンだった。


 1804年12月2日、ノートルダム大聖堂で彼がフランス皇帝に即位そくいする様子を描いたジャン・ルイ・ダヴィッドの名画「ナポレオンの戴冠たいかん」のナポレオンである。


 大聖堂にはローマ風の衣装をまとったナポレオンを囲むように、高位聖職者や政府要人、各国大使が列席れっせきしている。


 彼らの注目を意識しつつ、ナポレオンは踏み段の上に立って、自らの威厳を最大限に誇示する姿勢でリザを見下ろす。


「忍びこむ……、美術館に泥棒が侵入してるってこと?」


 リザの問いに「そうではない」と、こいつ理解してないなという顔でナポレオンは首を振る。


「名画の中、つまり吾輩わがはいたちの住む絵画世界『ピクトリカ』に密かに侵入しておる。そやつはピクトリカから宝飾品をくすねては、現実世界『ヒストリカ』に持ち帰って売りさばいているらしい。事実、あちこちの名画から、描かれていたはずの宝飾品が消えている」


「なるほど賢い方法だわ。名画は警察に訴えたりしないもの」

「感心しとる場合か!」


 ナポレオンは前のめりに怒鳴った。


「これは文化の危機、歴史の危機だ!名画とは揺らぐ過去へのくさびであり、愛すべき国民が未来へ歩を進める確固とした地盤なのだ。例えば吾輩わがはいのようなフランスの名画が今のフランスをフランスたらしめていると言っても過言ではない。まあ、その事実を知る国民がルーブル館長をはじめ、極わずかにしか存在しないのは寂しいかぎりであるが」


 ナポレオンは大仰おうぎょうにため息を吐いてみせた。


「みな感謝が足りない。吾輩の努力はもう少し評価されてもいいはずだ。『ナポレオンの戴冠たいかん』はフランスの偉大な足跡を未来に伝える歴史画である。ノートルダムだって見てのとおり健在だし、なにより吾輩ナポレオンだぞ」


「国内に吾輩わがはいより有名な人物おるか? カール大帝?ルイ14世?小さい!マリーアントワネット?あれはドイツ!疑う余地なく吾輩わがはいはフランス最高の偉人であり、アレクサンドロス大王やユリウス・カエサル、チンギス・ハンと肩を並べる世界史的英雄である」


 そこまで言ってから、「一方、リザ、貴様はどうだ?」と恨めし気な視線を送る。


「レオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれたという一点のみを由緒ゆいしょとする名画ではないか。神話の英雄でもなければどこぞの王族でもない。にもかかわらず、ルーブルの一番人気はいつも貴様なのは吾輩わがはいどうにも納得がいかん」


「確かに吾輩わがはいを描いた父上ダヴィッドはルネサンスを源流とする画家であり、ダヴィンチを模範としているが、だからといって吾輩わがはいが貴様より価値が劣るというのは……」


「……んで」と語気強めに言って、リザは愚痴りはじめたナポレオンを遮る。


 特定の宗教や民族に染まってない無色の絵だから、わたしは人気者なのになあ、と胸の内で呟きつつ彼女はつづけた。


「そろそろ私をここ、『ナポレオンの戴冠たいかん』に呼んだ理由を教えてちょうだい」

「宝飾品泥棒を成敗せよ」


 リザは耳を疑うように顔をしかめる。


「なんで私が?」

「先も申したが、これは絵画世界『ピクトリカ』全体の問題なのだ。つまり貴様の問題でもある。どうやらこの泥棒、典礼秘跡省てんれいひせきしょうにも侵入したらしく、バチカンから討伐依頼が来ておる」


「あなた絶頂期のナポレオンよね、だったら自分でどうにかすればいいじゃない。フランス最高の地位や名誉、優秀な幕僚ばくりょうたちもいるし、大陸軍『グランダルメ』だってひとりで抱え込んでいるでしょう」

「配下に命じて居場所はある程度つきとめてある」


「まるっきり丸投げじゃないのは評価するとして、ちなみに泥棒はどこにいるの?」

「貴様の祖国、イタリアだ」


 それで私を呼んだのか、とリザは思う。


「貴様ならダ・ヴィンチ回廊かいろうであっという間にかの地へおもむけるであろう。泥棒を見つけたら煮るなり焼くなりして、二度と名画から宝が消えないようにしてくれ」

「そして貴様は戻ってくるな、でしょ?」


 リザが意地悪そうに言うと、ナポレオンは「それなら満点だ!」と手を叩いて喜んだ。


「貴様がいなくなれば、吾輩わがはいがフランス最高峰の名画になる!」

「戻るに決まってるじゃない」


「なぜだ?」

「わたしここが、ルーブル美術館が好きだもの」


「ふん、ぬか喜びさせるでない」

「でも泥棒の件はなんとかしてみましょう。久しぶりに故郷を見て回りたいし」


 不遜ふそんな表情から一転、ナポレオンの顔に安堵あんどの色が浮かぶ。


「やってくれるか、ありがたい」

「ルーブル館長には貴方から伝えておいて、来館者が『モナリザ』を観覧することは、しばらくできないって」


 リザはくるっと向こうを向いて歩きはじめる。そして聖堂の一角にポッカリできた横長の空間の前で足をとめた。


 空間の内側にはこちらを見上げる来館者や引率された団体がぞろぞろ移動している様子がスクリーンのように映しだされている。


 リザはその映像に向かって水溜まりでも越えるような仕草で軽く跳躍し、「ナポレオンの戴冠たいかん」という名前の絵画世界ピクトリカから現実世界ヒストリカにあるルーブル美術館に降り立った。


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