第17話 ピクトリカでの死、ヒストリカでの死
マルガリータは驚きのあまり口をあんぐりと開けたまましばらく動かなかった。
そうしているうちに天から降ってきたふたりの男性がオルガス伯の遺体を持ち上げて、いつの間にか設えてあった墓穴にえっちらおっちら運びはじめる。
「おや、マルガリータ姫」
その声にやっと我に返ったマルガリータはオルガス伯の胸のあたりからひょっこり顔を出している煙のように透けたオルガス伯を見た。
「私は天に召されます。良い人生でした、さようなら」
小さく手を振りながらフワフワ上昇してゆく。
「勝手に満足して昇天するな、何があったか教えろ!」
「アダマンチンの剣を盗まれました。すばしこい女でして、気づいたら腰から消えていた感じです」
「それ、たぶんマレーネだわ」
「誰じゃそれ?」
「ナポレオンが追いかけている泥棒よ」
彼の読み通り、マレーネはスペインにいた。でもなぜ宝飾品泥棒だった彼女が剣なんて盗んだんだ?
「オルガス伯ならすぐ取り返せただろう」
「彼女ひとりなら問題なかったのですが、奇妙な骸骨も一緒だったのです」
骸骨……、ガイセリクだ。
ガイセリクとマレーネは行動を共にしている。
「骸骨が彼女から剣を受け取って私に一振りしました。結果がこのざまです」
ぐうっ……、マルガリータは肩を震わせて悔しがった。
「オルガス伯よ。貴様の仇はとってやるからな」
いつの間にか霧が晴れていた。太陽を遮っていた雲もどこかへ行き、上空には幾人もの有り難そうな人々が昇天するオルガス伯を待ち受けている。
「すごい歓迎ぶりだなあ」ハネツグは素直な感想を言った。
「ピクトリカで死んだからよ」
「それってどういう意味?」
「ピクトリカとはヒストリカに『意味』や『目的』を与える世界だから、もしピクトリカで誰か死ねば、その死にだってヒストリカに影響する何らかの役割が与えられる。『オルガス伯の佩刀』が『オルガス伯の埋葬』に変わったのもそれが理由よ」
「じゃあ、ピクトリカの住人がヒストリカで死んだらどうなるの?」
「絵具に帰って終わり。絵画自体も最初から存在しなかったことになる」
「そんな残酷な……どうして?」
「おそらく歴史の修正力が限界を越えてしまうからでしょう。だから切り捨てられ、存在の記憶そのものが消失する」
「ガイセリクとか言ったな」
マルガリータが重々しい声で言った。
「オルガス伯を殺したうえ、アダマンチンの剣まで奪った。これはわらわたちスペイン絵画に対する宣戦布告である」
マルガリータはベラスケスの背中に飛び乗った。
「一旦プラドに戻り、本拠地の警戒を厳にして他の美術館へ布告を発する。しかるのち、『ブレダの開城』から父君の軍隊を召喚する」
ははっ、と慇懃に返事をしたあと、ベラスケスはくるっと急旋回し、年に似合わぬ勢いで走り出した。そんな彼に肩車されながらマルガリータが大声で宣言する。
「スペイン絵画の名誉にかけて、ガイセリクを血祭りに上げてやる!」
「こういうときのマルガちゃんって、とても生き生きして見えるのは私だけかしら」
「ぼくもそう見える」
マルガリータたちの背中をしばらく目で追っていたハネツグとリザだったが、少しして自分たちも行かなければならない事に気づき、急いで後を追った。
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