第14話 名画紹介「闇の奥」
ジョン・ケイジの音楽を否定する者がいる。あれは単なる音の連なりであり音楽ではないと。
ウイリアム・バロウズの小説を否定する者がいる。文章をランダムに切り貼りしただけの代物が小説だなんてナンセンスだと。
デビッド・リンチの映画を否定する者がいる。徹頭徹尾意味不明であると。
彼ら否定者たちは非常に重要な存在である。なぜなら私たちに根源的な問いをつきつけてくれるからだ。それは「表現と非表現の境界はどこか?」という問いである。
学術的視座に立つと、この境界が最初に論点になったのはゴヤの黒い絵シリーズのひとつ「闇の奥」であることは研究者の間でも一致している。
ベラスケスから遅れること150年。スペイン・ブルボン王朝で彼と同じく宮廷画家となったフランシスコ・デ・ゴヤであるが、その画風は壮麗かつ威厳にみちたベラスケスとはまったく異なる。
風景はどれもどんより暗く、人物の顔は醜く歪んでいて、善行よりも愚行を、勇敢に戦う騎士よりも打ち捨てられた死体を、喜びよりも恐怖を好んで描いている。
彼の作品「闇の奥」は何も描写されておらず真っ黒に塗りつぶされているだけである。これを絵画と言われてすんなり「そうですね」と受け入れる人はいないだろう。
絵画の出自も論争を加熱させた。もともと黒い絵シリーズはゴヤが隠居していた家の壁に描かれたものだ。死後に漆喰を剥がし、額をはめて絵画の体裁を整えた。
もしかしたら「闇の奥」は、ゴヤが何らかの目的で壁を黒く塗っただけであり、絵を描いたという認識はなかったのかもしれない。しかし他の黒い絵たちに目を転じると奇妙で陰鬱なものばかりだから、「闇の奥」をそれらと並べたとき、これはこれで連作のひとつかなと思わせる妙な説得力を持つ。
一方、この絵画に明確なテーマを発見した者もいる。作家ジョセフ・コンラッドは「闇の奥」に人間が有史以前から感じている死の香り、すなわち恐怖を見てとった。
彼の代表作のひとつである、未開地における文明人の蛮行を描いた小説「heart of darkness」が「闇の奥」と訳されていることは決して偶然ではない。
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セネカ・シュリは自分が寝ているのだと思った。寝ていて夢を見ているのだと。
だから目の前にいる幼いハネツグにも別段驚かなかった。
ズボンよりもドレスが似合う愛くるしい男の子。午後の温かい日差しの下、場所は屋敷の裏庭だろう。庭といっても草木が生い茂る広大な丘で、ここからは屋敷全体が隈なく見わたせる。
昔よくハネツグと遊んだ場所だった。
セネカ、とハネツグに足のあたりを指さされ、見下ろすと太ももをムカデが這っていた。ハネツグはセネカに歩み寄り、ムカデを素早く手で払い落した。
「僕は強いから怖くない」
ハネツグは自慢げに鼻を鳴らした。
素直にありがとうと言うと、くすぐったそうに首を掻く。遠い昔、たしかお互い5歳くらいの頃、同じことがあった。
ムカデが怖くて固まっているとハネツグが退治してくれた。だからこれは昔の記憶なのだ。わたしは夢の中で過去を追体験している。
だったらなんで私はハネツグと同じ5歳じゃないんだろう。見たところ容姿は現在の17歳のままのようだ。
「僕は強いけど、セネカの先生の方が、クロガネの方がもっと強いんだ」
セネカは耳にかかった髪をうしろに撫で付けながら、膝を折って5歳のハネツグに視線を合わせて「そうね、先生は強いね」と笑顔で言った。
するとハネツグの顔に影が差し、「ねえ、セネカ」と萎んだみたいにうつむいた。
「なに?」
「クロガネは死んだりしないよね」
セネカはその言葉に重い質量を感じとる。
「どうして、そんな事を言うの?」
「だって、父さんも母さんも死んじゃったから」
突然あたりが暗くなり、セネカは空を見上げる。
いつの間にか雨雲が立ち込めていて雷鳴もとおく聞こえる。セネカはハネツグの手をとって屋敷へと歩き始めた。
すると奇妙な景色が目に入ってきた。先ほどまで見えていた屋敷がすっかり姿を消していて、代わりに見えるのは何もない真っ暗な闇だった。
立ち尽くすセネカの手を離して、代わりにハネツグは彼女の背中を押した。
「ここから逃げて」
「逃げる……なんで?」
「ここの記憶はもう消える。だから別の記憶に移るんだ」
そうしている間も、闇が急速に丘を駆け上がり、草原が消えて空気も消えて、空も黒く塗りつぶされてゆく、すべてが真っ暗になってゆく。
「走って!」
戸惑いながらもうなずいて、翻りつつハネツグに手を伸ばすが、彼は「僕は行けない」と首を振る。
「僕はここの一部だから」
「そんな、だったら私も」
「セネカの中にはたくさんの記憶がある。そこにだって僕はいる」
「いやよ、この記憶はとても大切なの。初めてあんたが私を守ってくれた記憶だもの」
「セネカさえ喰われなければ、絶対にまた会える」
ハネツグの背後に迫った闇から、武骨な剣が現れ、つづいてそれを握る腕が伸びる。皮も肉もない骨だけの腕で、そこでセネカは何かを思い出す。
剣が振り下ろされる直前、セネカはハネツグをがっしり掴むと身体を抱きかかえて走り出した。
「僕はここから離れられない。だからおいてって」
「黙ってなさい!」
全速力で走りながら彼女は、ようやくイタリアでの一件を思い出していた。
そうだ、私はハネツグと一緒に相続財産を受け取るため、がらんどうの部屋に入った。そこでハネツグに向かって飛んできた骸骨を、身体を張って止めたのだ。
ひょっとすると、あのとき私は死んで、いまは死後の世界にいるのだろうか、そう疑問してすかさず否定する。
無神論者のセネカにとって死とは自我の消失、虚無への回帰を意味していた。そんな彼女が今、自分を認識できているってことは、まだ生きている証拠だ。
だとしても状況は楽観できない。
背後で距離を詰めてくる暗闇によって記憶が消されてゆく。自我とは経験の蓄積なのだから、つまり私は徐々に死にはじめている。
走るセネカの前方の彼方が緞帳でも下りるように真っ暗になってゆく。背後の闇はかかとに触れんばかりに接近していて、逃げられないと思ったとたん身体の力が抜けてゆき、窪みに足をとられて顔から派手に転んだ。
すぐ立ち上がろうとした彼女の身体を黒い影が覆う。振り返ると闇が高波のようにそびえ、抗うまもなくセネカを飲み込んだ。




