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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第2章 ディエゴ・ベラスケス作「宮廷の侍女たち」
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第12話 スペイン名画の助力を得よう

「リザさま、お久しぶりです」


 ベラスケスが一礼したあと、ハネツグにも笑顔で会釈えしゃくした。


「このふたりも姫に会いたいそうなのだ、よろしいか?」

「かまいませんが、お早くプラド美術館にいらしてください。姫さまのご機嫌は山の天気なみにコロコロ変わりますから」


 ナポレオンはビールをクイッと飲み干して、


「勝利は迅速果敢じんそくかかんな行動にあり」と唇についた泡をハンカチで素早く拭う。

「おおこの言葉、ウルム戦役を思い出すぞ! 」


 自分の言葉に感動してから足早にレストランをあとにした。


「ハネツグ、行きましょう」


 リザもそそくさと席を立った。釣られるように腰を浮かせたとき疑問が浮かんだ。


「ここの支払いは? 」


 ハネツグは財布を持ってないし、あとふたりはこの世界の住人ですらない。


「心配無用です」


 ベラスケスはテーブルの上にナプキンを一枚ひろげ、胸元からペンを取り出すと、目にも止まらぬ速さで動かしてから丁寧に胸元にしまった。


 するとナプキンには写真と見紛みまごうほど精巧せいこうなユーロ札の束が描かれていた。画家の肖像画だけあって絵がうまいなと独り言ちたハネツグだったが、次にベラスケスがナプキンの中に手をズブズブと突っ込んだときは言葉を失った。


 引き上げると手には札束が握られていて、ベラスケスはそれをテーブルに置き、エントランスへ向かう。


 去り際、従業員に軽く手をあげて「つりはチップです」と言いおいて通りへ出た。そんな彼を従業員全員が総出で見送り、ハネツグは茫然ぼうぜんと見つめる。


 僕の知っている世界が形を変え始めている。

 いやちがう、ヒストリカとピクトリカふたつが併存する、この世界の本当の姿が見えてきたんだ。


           ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 パリのルーブル美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館と並んで、世界三大美術館に数えられるプラド美術館は、今をさかのぼること200年前、スペインを世界最強の帝国にしたフェリペ2世によって基礎が築かれた。


 その後、無能王と揶揄やゆされながらも芸術に対しては確かな審美眼しんびがんを備えたフェリペ4世が世界屈指のコレクションを誇る美術館へ発展させた。


 美術館の南側に聳えるベラスケス像の横をベラスケスと一緒に歩くという奇妙な経験をしたあと、ハネツグたちは支柱の並び立つ立派な入口を顔パスで通り、吹き抜けのエントランスホールに入った。


 そこからまっすぐ進んだ先にある階段を上ると、楕円形のひときわ大きな展示室が現れた。ベラスケスの間である。


「さあ、着きました」


 ベラスケスが胸を張って紹介した名画「宮廷の侍女たち」は、お世辞にもスペイン随一の名画とは言えないものだった。

 あらら、とリザが残念そうな声をあげる。


「ベラスケス、ちょっとは部屋を片しなさいよ。宮廷を描いた絵画なのに、物が溢れて物置みたいになってるじゃない」


「その件に関してはプラド館長にも釘を刺されておりまして、侍女たちが賢明に整理している最中です。とはいえ数が数ですし、それにマルガリータ姫が移動を禁止しているものもあってなかなか……」


「とにかく」とナポレオンが絵画の額に足をかけた。うわ、何やってんだとハネツグは思わず叫んでから、あたりをうかがう。絶対に怒られる。


 ところが来館者も美術館のスタッフも気にする様子がない。ナポレオンは足に重心を載せて、絵画へ飛び込んだ。


 すると絵画の中にスーツの男性が、最初からそこに描かれていたみたい追加された。絵のタッチもダヴィッド風からベラスケス風に変わっている。


「いまの、どうやったの?」

「どうも何も、ただ飛び込めばいいだけよ」


「そんなの無理だ。絵にぶつかる」

「ヒストリカの文脈ならそうでしょう。でも私たちは違う」


 リザはハネツグの手をとってカンバスに向かう。心の準備ができていないから、腰を引いて抵抗しても、まったく敵わず、床をすべるように移動してゆく。


 リザが額縁をまたいで絵に入ってすぐ、ハネツグも手から粘度の高い液体に身を沈めるように「宮廷の侍女たち」の中へ吸い込まれていった。


 気づいたら先ほどまで見ていた絵画の中にいた。


 あたりを見渡すと、ロマネスク様式の分厚い壁や小窓など、カンバスには描かれていない部分まで見ることができた。ハネツグの真後ろにはカンバスと同じ大きさに切り取られた空間があって、その向こうにプラドの展示室が見える。


 と、突然ハネツグは眩暈めまいに襲われてかがみこんだ。


「大丈夫?」

 リザがひざを追ってハネツグの肩に手を置く。

「視界がぐわんぐわんする」


「ピクトリカ酔いだと思う。慣れるまで動かない方がいいわ」


「いけ、この、うお!」


 いくぶん鼻にかかった幼い声が聞こえて、ハネツグは気だるげに顔をあげた。


 雑然とした部屋を注意深く観察すると、豪華なドレスを着た5歳くらいの女の子が積み重ねたカンバスの上に腰をおろして任天堂スイッチに興じていた。


 スペイン人といえば一般に黒髪と褐色かっしょくの肌といったラテン風のイメージが浮かぶけれど、その女の子は違った。小麦のような金髪と青い血管が透けて見えるほど白い肌をしている。少しの衝撃でも壊れる繊細せんさいな人形を連想させる女の子だった。


「ふう、マリオじゃと真剣勝負が弱いし、フォックスは軽すぎてすぐ飛ばされるし、やっぱクッパかのう」


 人形がスマブラやってる。

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