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絵画大戦  作者: 式守伊之助
第2章 ディエゴ・ベラスケス作「宮廷の侍女たち」
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第11話 名画と一緒に朝ごはん

 1時間後、3人はホテルのレストランでテーブルを囲んでいた。

 ハネツグはそこでリザとナポレオンから現状についてひと通りの説明を受けた。


「ふたりの話は分かった」

 答えたハネツグの顔を、リザが不安そうに覗き込む。

「どう、信じてくれた? 」


「いいや」

「どうして? 」


「どうしてって、そんな途方とほうもない話を鵜呑うのみにできるわけないでしょ」


 とは言ったものの、ハネツグは絵画から染み出るように現れた骸骨がいこつを目撃している。


 あの現象に納得いく説明を求めるなら、中途半端に信用できる話より、彼らの語る荒唐無稽こうとうむけいな話のほうが、むしろ説得力を持っているように感じる。

 でも頭がついていかない。


「リザって僕の知ってる『モナリザ』とたいぶ違うんだけど」

「旅行気分でヒストリカに来たから、髪も服も大胆にしてみたの。絵画の『モナリザ』と比べて、今の私ってどう?」


 リザは気取ったポーズをとって見せた。そんな彼女をハネツグは顔を引いて観察しながら、


「若く見えるかなあ」


 途端にリザは身を乗り出し「それ、大問題!」と声を荒げた。


「みんな30代だと思ってるけど、私は22! なしで永遠の22歳なの!今風の服とメイクなら年相応としそうおうに見えるのが分かったから、これから私、この格好で『モナリザ』やってこうかなって割とマジで考えてる」


 力強い決意表明だった。


 その格好でモナリザ?胸と腰を痛そうなほどタイトに締まったレザージャケットとパンツで包み、金髪の短髪をおっ立てて、つけまとアイライナーでおめめパッチリにした16世紀の肖像画なんて存在しないと思う。


 ハネツグは話の矛先ほこさきを無理やり変えようと、

「あなたがダヴィッドの描いた『ナポレオンの戴冠たいかん』のナポレオン? 」

「ヒストリカに溶け込むため、吾輩わがはいもスーツをまとってみたが、いやあ残念、天下のエルメスをもってしてもにじみ出る名画の気品を隠すことはできなかったなあ」


 言葉とは裏腹に楽しそうな顔のナポレオンだが、大丈夫、気品はちゃんと隠れている。くたびれた見かけのおっさんにしか見えない。


「じゃあ、十字架を武器にしてた人は?」

「ああ彼ね、『最後の晩餐ばんさん』のイエス・キリスト」


「無理矢理、やっぱり無理」


 ハネツグは両手を胸元でぶんぶん振った。


「たしかに受け入れるには時間のかかる話だと思う。でも受け入れてくれないと、わたしたちは前に進めない」


         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ハネツグがプスプス煙のあがる頭を抱えて、いま聞いたことの吸収に努めているあいだ、リザとナポレオンは次々と料理を注文してゆく。


 トルティージャ、スペイン風オムレツに豆と肉の煮込み。極めつけは豚まるまる一匹のロースト。テーブルを埋めつくした料理を今度は次々たいらげてゆく。ハネツグはそんなふたりにちらっと目を向けた。


 モナリザとナポレオンが同じテーブルでスペイン料理を食べている。


 なんだこの状況。


 そもそも彼らは絵画の中に描かれた存在であり、ヒストリカに実在した人物に似せてはいても正確には別物のはず。でも考えてみれば、今を生きる僕たちは誰も本物のモナリザやナポレオンを見たことはない。見たことあるのは歴史を今に伝える絵画だけ。

 ならば目の前にいるふたりこそが、僕たちにとってのモナリザでありナポレオンなのではないか。

 ということは、どういうことなんだ?


 ……皆目わからない。わからないこと尽くしだ。


「スペインの生ハムってなかなかいけるわね。イタリアほどじゃないけど」

「この肝臓の酢漬けも絶品であるぞ。フォアグラには遠く及ばないが」


 スペイン料理を褒めつつ、自国料理の優位性について付言ふげんを忘れない。文化のいしづえ自任じにんしているからだろうか。


「ナポレオンもそろそろタコに挑戦してみなさいよ。このアヒージョ、おいしいわよ」

「やめろ、そんなもん食えるか」


「カタツムリ食べる人がなに言ってるの」

「エ・ス・カ・ル・ゴ! 」


「あのう」とハネツグが小さく手を上げて、ふたりが彼を見た。


「名画が歴史を固定しているだの、ふたりが絵の中、ピクトリカだっけ、そこの住人だのって、そんな話を受け入れることはできない。でも、僕にとってそれはどうでもよくて、要はセネカを取り戻して家に帰れればいい。そのためなら、僕はふたりについてゆく。協力だってする。僕にもできることはあるんでしょう? 」


「あなたは私の後ろにいてくれればいい」

「それは勿体もったいない。こやつの特異体質を使えば戦いを有利に進めることができる」


「ナポレオンは黙ってて、あなたはガイセリクの戦いに関わってないんだから」

「無論、そうだが」


「それ、訊こうと思ってたんだ。ふたりとも、なんで僕を見て驚いたの?特異体質って何?」


 説明しようとしたナポレオンをリザが「やめて」と制した。


「知ってしまったら戻れなくなる」

「リザよ、いくら興味深い若者だからといって、情報を与えずひとり占めを決め込むのはよくないぞ」


「そんなんじゃない。危険な目に遭わせたくないの」

「わかってる」ハネツグが割って入る。


「リザは良い人で、言いたくない事があるのも、僕への優しさが理由なのは疑わない。でも僕は知りたいんだ」


 ハネツグはナポレオンに視線を移して「教えてくれ」と促した。

 リザがしゅんと静まり返ったのを了承ととらえて、ナポレオンは口を開く。


「どういう訳か、ハネツグの中にはヒストリカとピクトリカ、ふたつの世界が共存しているのだ」

「僕がふたりと同じってこと?」


「いや、どっちかというとガイセリクに近い」

「やめてよ、僕は化け物じゃない」


「化け物?何を言っている。あやつは神の眷族けんぞくだ。遠い昔、世界のどこかで完璧な存在を望む者たちの信仰が具現化して生まれたのだ。一方、お前はそこら辺の人間と同じく人から生まれた、なのに完璧な存在、きわめて謎だ」


「僕はほかの誰とも変わらぬ人間で、僕自身そう思ってるし、周りからもそう思われてる」

「今まではそうだ。見えていないものは存在しないと考えるのが自然。しかし見えてしまったら無視できない。貴様はピクトリカの存在を知ってしまった。認識してしまった。これからはひとつの身体でふたつの世界を体験することになる」


「そういえばガイセリクは僕のことを知っていたようだけど、なんでだろう?」

「それはない」とリザが一蹴いっしゅうする。


「あいつがヒストリカで暴れていたのは大昔よ。当然きみは生まれてない」

「でもガイセリクは僕の名前を呼んだ」


「絵の中でハネツグたちの会話を聞いてたんでしょう」

「そうかなあ」


 釈然しゃくぜんとしない返答だったけれど、他の可能性も思いつかない。


「お話中、失礼します」


 いつの間にかテーブルのそばに立派なひげを蓄えた紳士が立っていた。


「今なら姫さまのご機嫌が麗しいので、お会いする絶好の機会と存じます」

「おお、ベラスケス殿が自ら来てくれるとは申し訳ない」


 ナポレオンはリザを見ながら、自分の頭を自慢気に指でとんとん叩いた。


「交渉には事前の手回しが重要なのだ」

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