第10話 戴冠のナポレオン、動く
自分の悲鳴で目が覚めた。
ベッドから飛び起きると、すぐに扉が開いてリザが駆け込んできた。
険しい表情で部屋中を見渡したあと、ベッドに座って「大丈夫?」と気遣わしげにハネツグの顔をのぞき込む。
顔が近すぎる。
ハネツグは腰をずらして距離をとり、夢を見た、と答えようとして、先に言わなければならないことが沢山あることに気づく。
「ここどこ?」
「ホテルよ」
「どこの?」
「マドリード、スペインの」
イタリアのモンテッラで気を失って、目が覚めたらスペインのマドリードにいる。地中海を飛んだのか、それともフランスを経由したのか。
いずれにせよ、そんなに長い時間が経過したとは思えないが。
「あなた誰ですか?」
「わたしはリザ」
リザはベッドから立って、窓の格子を開けた。注ぎ込む朝陽を浴びたあと窓辺に腰をおろしてハネツグに向き直る。
「きみ、ハネツグ・ハイネッケでしょ。悪いけど色々調べさせてもらったわ。きみの一族ってけっこう羽振りいいじゃない」
間違ってはいない。ハネツグは例外だけれど。
「食事に出ましょう、それともシャワー浴びる?」
首を振って答えた。初対面にもかかわらず、なぜか彼女の言動からは親しみの温度が感じられる。
「じゃあテレビは?」なんとなく頷いた。
リザからリモコンを受け取ったとき、モンテッラでの一件が稲妻のように思い出され、
「そうだセネカだ!あいつはどこ?!」
答えようと口を開いた直後、ノッカーがけたたましく鳴り、リザは条件反射で身構える。
「吾輩である! ドアを開けるのだ!」
「なによもう」と緊張を一気にほどいて、見上げるハネツグに「気にしないで、いま追い返すから」と言い置き、リザは部屋から出て行った。
宙ぶらりんのまま残されたハネツグは、やることもないのでテレビをつけた。するとニュースが流れていて、キャスターが奇妙な事件を報じていた。
なんでも世界のあちこちで墓地から墓石が盗まれる事件が多発しているらしい。
被害が広範囲に及んでいることから複数犯であることは確実として、それ以外の情報、つまり犯人の素性や犯行の動機などは分かっておらず、ただ、被害に遭った墓石がみな十字架の形をしていることから、背景に宗教問題が絡んでいる可能性がある。
各地で犯人の目撃情報も寄せられてはいるものの、湖面を涼しい顔して歩いていた。光背で夜道を照らしていた。水と石でワインをつくって飲んでいた。など信憑性の乏しいものばかりであるとキャスターは結んだ。
「貴様は泥棒ひとり捕まえられんのかあっ!」
壁越しに血圧の高い声が聞こえて、ハネツグは肩をビクつかせた。
「こっちはそれどころじゃなかったの」
「吾輩は200人を越す来賓の前で泥棒退治を命じたのだ。母上も兄弟姉妹もいたのだぞ。それを失敗したとあっては吾輩の威光に傷がついてしまう。こんなことなら吾輩が動くべきだった」
「初めからそうすれば良かったじゃない。なんでやらなかったの?」
「面倒くさいからだ!」
「それ大声で言う台詞じゃないわね」
「それだけじゃない!リザに命令することで、ピクトリカでの上下関係をみなに周知させたかった。吾輩は一番になりたいのだ!」
「そこまで胸の内をさらけ出さなくて結構です。とにかく私は別に用事ができたから、泥棒の件はあなたがなんとかして」
「すでにやっておる」
「ってことは、彼女いまスペインにいるの?」
「そうでなければ何を好んでスペインくんだりまで足を運ぶか。てっきりリザも泥棒を追いかけてここに来たと思っていたが、まあよい、ダヴーにグランダルメの配備を指示してあるし、あとはスペイン・ピクトリカの首長マルガリータ姫に話を通せば、泥棒など簡単に捕縛することができる」
「マルガちゃんがナポレオンと話すわけないでしょう。せめてマリアンヌに間に入ってもらうとかしなさい」
「彼女は休暇中だ。吾輩で無理そうならリザがなんとかしろ」
「いやよ。私は私でマルガちゃんにお願いがあるんだから」
と、そこでリザはナポレオンの視線が彼女の背後に転じたことに気づく。振り返るとハネツグが細く開けた扉からこちらを見ていた。
「だめ、扉しめて」と言い終わる間もなく、ナポレオンはリザを押しのけて部屋へ入ってきた。
「やや?!おもしろい奴がおるぞっ!」




