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昭和転生~異世界帰りの勇者、昭和の球児に転生する~  作者: 熊族騎士団長


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24/25

第24話:昭和の入学式と、豊稲田の杜の黒船

 1975年(昭和50年)、四月。

 ロッキード事件の全容解明に日本中が揺れ、プロ野球では大隈 定春がベーブ・ルースの記録に迫ろうとしていたこの年。

 新宿区豊稲田にある伝統校、豊稲田実業学校高等部の講堂は、新入生たちの希望と緊張に満ちた空気に包まれていた。だが、演壇に並ぶ教師陣や、一部の上級生たちの間には、ある一人の新入生の存在によって、えも言われぬ異様な動揺が走っていた。


 * * *


 side 内田 五十六歳 豊稲田実業学校 教頭


「……新入生代表、西園寺秀明」


 司会の声に呼ばれ、今年の首席合格者である西園寺君が演壇に登り、堂々たる宣誓を読み上げ始めた。

 彼の成績は素晴らしい。だが、私の視線は、そして採点に関わった教師陣の視線は、彼ではなく、新入生の列の最後尾付近に座る「ある一人の生徒」に完全に釘付けになっていた。


 受験番号0524。

 全教科の基礎問題を意図的に白紙にして、あえて首席の座を回避し、四位という順位でこの場に座っている怪物。

 大賀ホールディングスという、今や日本経済の裏側を牛耳りつつある巨大企業の支援を受けた少年。


 大神将太、15歳。


「……内田教頭。あれが、あの大神ですか」


 隣に座る学年主任が、汗を拭きながら小声で囁いてきた。私も、無言で頷くことしかできなかった。

 昭和50年代の男子高校生といえば、いがぐり頭の坊主か、あるいはむさ苦しい長髪にニキビ面というのが相場である。

 だが、列の後方に座る大神将太という少年は、周囲の15歳の子供たちとは、文字通り「存在の次元」が違っていた。


 身長は優に180センチを超え、詰め襟の学生服がはち切れんばかりに隆起した分厚い胸板と、広い肩幅。体重は85キロあると聞いているが、鈍重さは微塵も感じさせず、むしろ野生の豹のようなしなやかさを放っている。

 そして何より、その顔立ちと髪型だ。

 鋭く通った鼻筋、涼しげで清楚な目元。当時としては極めて斬新な、サイドを短く刈り上げ、トップを爽やかに流したヘアスタイル(のちの時代で言うツーブロックに近い、洗練されたスポーツ刈り)。

 泥臭い昭和の男子校というむさ苦しい空間に、一人だけハリウッドの若手映画俳優か、ギリシャ彫刻が紛れ込んでいるような錯覚に陥る。


「……あれは、高校生ではありませんよ......」


 主任の呟きに、私は全く同感だった。

 彼の放つ圧倒的なオーラと、威風堂々たる佇まい。西園寺君の素晴らしい宣誓も、悲しいかな、あの規格外の肉体と美貌の前では、ひどく子供っぽく見えてしまうのだった。


 * * *


 西園寺秀明 十五歳 新入生代表


「……以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」


 俺は一礼し、万雷の拍手を浴びながら自分の席へと戻った。

 完璧な宣誓だった。開成や筑駒を蹴ってまでこの豊実にやってきたのは、昨年の全国模試で俺のプライドを傷つけ、そしてこの入試において「わざと手加減をして俺に首席を譲った」という屈辱を与えた男、大神将太を完膚なきまでに叩き潰すためだ。


 席に戻る道すがら、俺は新入生の列を睨みつけ、その「大神将太」なる人物を探した。

 そして、最後列付近で、一人だけ頭一つ飛び抜けている巨体の生徒と、バチリと目が合った。


「……ッ!?」


 俺の心臓が、恐怖でドクンと跳ね上がった。

 なんだ、あいつは。

 鋭く、透き通るような清楚系の超絶美形。だが、学生服の下に隠された肉体は、鋼鉄の鎧のように分厚い。サイドを刈り上げた爽やかな髪型が、逆に底知れぬ凄みを醸し出している。

 大神は、俺と目が合うと、ニコリと人懐っこい笑顔を作り、小さく会釈をしてきた。


 背筋に悪寒が走った。

 俺は、医者の息子として英才教育を受け、頭脳では誰にも負けないという自負があった。だが、大神と対峙した瞬間、そんなちっぽけなプライドは木端微塵に粉砕された。

 「オスとしての格」が、絶望的なまでに違いすぎる。

 あいつはライバルなどではない。俺のような秀才が束になっても決して敵わない、食物連鎖の頂点に立つ捕食者だ。


「……おい、見たかよ。校門の外、すげぇことになってるぞ」

「なんだよ、うち男子校だろ? なんで他校の女子が何百人も集まってんだよ!?」


 式が終わり、教室へ向かう廊下で、同級生たちが窓の外を見て騒いでいた。

 俺も窓の外を見下ろして、絶句した。

 豊実の校門周辺の通りを、セーラー服やブレザーを着た他校の女子生徒たちが完全に埋め尽くしていたのだ。警察が出動して交通整理をするほどのパニック状態である。


「大神くん! 大神くん入学おめでとうー!!」

「こっち向いてー!!」


 黄色い歓声という生ぬるいものではない。狂乱だ。

 大神は、窓際を歩きながら、下に向けて爽やかに手を振っている。その度に、女子生徒たちがバタバタと失神して倒れていくのが見えた。

 俺は、自分が彼に勝とうとしていたことの滑稽さに、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。


 * * *


 side 村上 高校三年 十七歳 豊稲田実業野球部 主将


「おい、一年坊主ども! さっさと着替えてグラウンドに出ろ!!」


 入学式の日の放課後。

 部室(と言っても、先日大賀ホールディングスの寄付で新設されたばかりの、プロ顔負けの冷暖房完備の超豪華ロッカールームだ)で、俺は入部希望の一年生たちに怒鳴り声を上げていた。

 豊実野球部は伝統校だ。上下関係は絶対であり、一年生は奴隷のように扱うのが野球部の鉄則である。


 だが、その部室の空気が、一人の新入生が学生服のボタンを外し始めた瞬間に、完全に凍りついた。


「……なっ」


 俺の隣で着替えていた副主将が、声にならない悲鳴を上げた。

 どっかの大会社のコネで特待生として入ってきたという、あの大神将太だ。

 彼がシャツを脱ぎ捨てた瞬間、俺たち三年生は、自分たちがひどく惨めで、貧弱な子供であるという事実を突きつけられた。


 身長180センチ、体重85キロ。体脂肪率12パーセント。

 それは、単にデカいというのではない。大胸筋、腹筋、背背筋が、すべて完璧な黄金比で彫り込まれている。さらに異常なのは、その肌だ。

 すね毛も、胸毛も、脇毛すらも一本たりとも存在しない。大理石のように滑らかで、健康的に日焼けした「無毛」の肉体なのだ。

 むさ苦しい体毛に覆われた俺たちとは対極にある、神々しいまでの肉体美。


「お、おい……嘘だろ……」


 さらに、大神がズボンと下着を脱ぎ、指定のアンダーシャツに着替えようとした瞬間。

 ロッカールームにいた全員の目が、大神の股間に釘付けになり、そして全員が絶望の淵へと叩き落とされた。


「……バケモノかよ」


 誰かが、震える声で呟いた。

 昭和の日本人離れしている、などというチャチなレベルではない。およそ三十センチはあろうかという、規格外の巨砲。それは男子校という閉鎖空間における『絶対的な強者の証明』であった。

 喧嘩の強さや野球の技術以前に、生物としての根本的な作りの違いを見せつけられ、三年生である俺たちのちっぽけなプライドは完全にへし折られた。


「あ、先輩。このロッカー、使わせてもらっていいですか?」


 大神が、あの清楚系イケメンの爽やかな笑顔で、俺に話しかけてきた。


「あっ、お、おうッ! い、いいぞ!」


 俺は、無意識のうちに後ずさりし、最上級生であるにもかかわらず、一年生の大神に対してへっぴり腰でひれ伏していた。

 部室にいた他の二、三年生たちも、誰も大神に文句を言う者はいない。それどころか、彼の通る道を慌てて空け、まるで王様を迎え入れるように平身低頭している。

 これが、豊稲田実業野球部が、一人の怪物によって完全に制圧された記念すべき瞬間だった。


 * * *


 side 和泉 四十一歳 豊稲田実業野球部 監督


 グラウンドに真新しい練習着で現れた大神将太を見て、俺は持っていたノックバットを落としそうになった。

 数億円の寄付の代償として受け入れた、超高校級の特待生。

 だが、ユニフォーム姿の大神が放つプレッシャーは、俺が想像していたものを遥かに超越していた。


「大神です。よろしくお願いします、監督」


 爽やかなツーブロックのスポーツ刈り。礼儀正しい挨拶。

 だが、そのはち切れんばかりの筋肉の鎧と、百八十二センチの長身から見下ろされると、指導者である俺の方が、獲物として狙われている小動物のような恐怖を感じてしまう。


「あ、ああ。大神。……軽く、キャッチボールをしてみてくれ」


 俺は震える声で指示を出した。

 大神がボールを握り、ゆっくりとフォームに入る。

 流れるような体重移動、しなやかな腕の振り。そして、手元で爆発するようなリリース。


 シュゴォォォォォッ!!!

 ズパァァァァンッ!!!


「…………ッ!!?」


 受けた三年生のキャッチャーが、ミットごと後方に倒れ、尻餅をついた。

 グラウンドにいた全員が、動きを止めた。

 キャッチボールだぞ。軽く投げただけだ。それなのに、風を切る異常な音と、ミットから白煙が上がるほどの破裂音。

 球速は、控えめに目測しても140キロを超えている。高校一年生の春の段階でだ。


「……すみません、先輩。少し肩が温まっちゃって、力入りました。怪我、ないですか?」

「ひっ……あ、ああ! 大丈夫だ! すげぇ球だな!」


 三年生のキャッチャーが、完全にペコペコと頭を下げている。

 俺は、グラウンドの隅で崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。

 指導? 俺が彼を指導するだと? ふざけるな。

 彼にあれこれと口出しすることは、芸術作品に泥を塗るような行為だ。俺にできるのは、彼が怪我をしないように祈りながら、彼が一人で全国の強豪校をちぎっては投げる様を、ベンチの特等席で眺めることだけだ。


「……すごい」


 バックネット裏には、校門での出待ちを諦めきれなかった他校の女子生徒たちが、黒山の人だかりを作って黄色い悲鳴を上げている。

 そして、職員室の窓からは、教頭をはじめとする教師陣が、食い入るようにグラウンドの怪物を見下ろしていた。


 昭和50年、春。

 学力、暴力、権力、肉体、そして圧倒的な美貌。

 あらゆるパラメータを限界突破させた大賀ホールディングスの影のオーナーは、その完璧すぎるスペックを隠すことなく、豊稲田の杜に君臨した。


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