第17話:「S」狂騒曲編その5 昭和の海を越えた電波と、天使の街への布石
1972年(昭和47年)三月。
日本ではオイルショックの足音が迫り、激動の時代を迎えようとしていたこの時期。俺、大神将太は12歳(早生まれのため、この春から中学一年生)になろうとしていた。
身長はすでに175センチを超え、筋肉の質もそこいらの大人のを凌駕している。直継(10歳)も相変わらずの重戦車ぶりで江東ジュニアで暴れ回っており、親父(将・34歳)と力也兄ちゃん(27歳)による秘密の家庭環境も盤石だ。
そして、黒川社長の手腕により巨大コングロマリットと化した『大賀ホールディングス』は、石油開発やスポーツ事業、インフラ事業で莫大なキャッシュフローを生み出し続けていた。
「……将太君。指示通り、アメリカの東海岸と西海岸のローカルラジオ局の深夜枠を、ダミー会社を通じて買い上げました。今夜から、例の『洋楽の弾き語り音源』を流します」
神田の社長室で、黒川社長が眼鏡を光らせながら報告してきた。
俺は、出された紅茶を一口飲み、満足げに頷いた。
「ありがとうございます、黒川さん。あくまで『正体不明のアーティスト』として流してくださいね。名前は出さず、ただ曲だけを」
「ええ。しかし、日本のフォークソングで熱狂を起こした次は、全編英語の洋楽ですか。相変わらず、あなたの頭の中にはどれほどの音楽が詰まっているのか……」
俺は子供らしく微笑んで誤魔化した。
日本の音楽業界をひっくり返した『S』の活動は休止させたが、将来のアメリカ進出を見据え、俺は「アメリカの世論や文化的な土壌」にも、目に見えない形でクサビを打ち込んでおきたかったのだ。
俺が録音したのは、未来のアメリカで数十億回再生されることになる、圧倒的なエモーションを持った三つの悲しい名曲のアレンジだった。ただし、元のメロディの枠にはまるような単純な言葉遊びではない。勇者の魔法『言語理解』と『声帯操作』を駆使し、散文詩のように文字数を増やした魂の叫びを、完璧なネイティブの発音と変則的なアコギのストロークに乗せて「語り歌う」という、特殊な表現形態へと昇華させた代物である。
1972年三月。ベトナム戦争のパリ協定が調印され、米軍の撤退が進む中。
深い喪失感と虚無感に包まれていたアメリカ社会の深夜に、その電波はひっそりと、しかし劇的に放たれた。
* * *
side ジョン 二十四歳 ベトナム帰還兵
深夜二時。西海岸、ロサンゼルスの安アパート。
俺は、ウィスキーの安酒をラッパ飲みしながら、暗闇の中で天井を睨みつけていた。
ベトナムのジャングルから生還して半年。だが、俺の魂はまだあの泥濘の中に置き去りにされたままだ。多くの戦友を失い、帰国した俺たちを待っていたのは「英雄」としての歓喜ではなく、反戦運動の冷たい視線だった。
恋人だったメアリーも、俺のPTSDの発作に耐えきれず、一ヶ月前に部屋を出て行った。
つけっぱなしにしていたローカルラジオ局から、不意に、静かで美しいアコースティック・ギターのアルペジオが流れ出した。
『♪……It is only after the flames have completely died down that you realize how cold the room actually was...』
(暖炉の火が完全に消え去ってから、僕らは初めて部屋の底冷えに気づくんだ)
男の、掠れた、泣き出しそうなハスキーボイスだった。
定型的なメロディに縛られない、まるで語りかけてくるような独特の譜割り。
俺は、ウィスキーの瓶を唇から離した。
『♪……And you never truly understand the value of the morning sun until the harsh winter blizzards blind you...』
(過酷な吹雪に視界を奪われるまで、朝日のありがたみなんて誰にも分かりはしない)
『♪……The ultimate tragedy is that a man only recognizes his true love the moment he watches her walk out the door forever...』
(最大の悲劇は、永遠に去っていく彼女の背中を見送るその瞬間にしか、自分の本当の愛を自覚できないことだ)
前々世で20億回再生の大ヒット曲、Wayfarer『When You Leave』のアコギ弾き語りアレンジだ。
散文的な長いフレーズが、ギターの余韻の中に波のように打ち寄せる。失って初めて気づく日常の尊さを痛烈に抉るその歌詞は、俺の麻痺していた感情の防波堤を、いとも容易く決壊させた。
「……あぁ……クソッ……メアリー……マイク……」
失った恋人の顔。そして、ジャングルで散っていった戦友の笑顔。
取り戻せない時間。手放してしまった、当たり前の幸福。
『♪……Because I made the irreversible choice to let her slip through my fingers like sand...』
(僕が取り返しのつかない選択をして、指の隙間から砂のように彼女をこぼれ落としてしまったから)
気がつけば、俺はウィスキーの瓶を床に落とし、両手で顔を覆って、子供のように声を上げて泣きじゃくっていた。
ベトナムから帰ってきてから、一度も流せなかった涙が、とめどなく溢れ出した。
この歌を歌っているのは誰だ。俺の、いや、今のアメリカが抱えているこの途方もない「喪失感」を、どうしてこんなにも生々しく、残酷なまでに歌い上げることができるんだ。
その夜、ロサンゼルスのラジオ局には、深夜にも関わらず電話のベルが鳴り響き続けていた。
* * *
side デイビッド 五十歳 タクシー運転手
深夜三時。東海岸、雪の降るニューヨーク・マンハッタン。
俺は客のいないイエローキャブを走らせながら、カーラジオのボリュームを少し上げた。
流れてきたのは、ピアノではなく、激しくも切ないアコースティック・ギターのストロークに乗せた、圧倒的な歌声だった。
『♪……I find myself drowning in the deep water, and the terrifying truth is that there is no rescue boat coming for me this time...』
(深い水底へと沈んでいくけれど、恐ろしいことに、今回は僕を助けてくれる救命ボートはどこにも見当たらない)
2曲目も前々世で耳にした億越えヒット曲、Liam Collins『Until the Daylight』のアコギ弾き語りアレンジである。
字余りのような長いセンテンスを、腹の底から絞り出すようなソウルフルなボーカルで一気に吐き出す。それが雪の降る凍てついたニューヨークの街に響き渡る。
『♪……As the sun sets and the endless darkness takes over the sky, I am left completely alone with my shattered mind...』
(太陽が沈み、果てしない暗闇が空を支配する時、僕は壊れた心と共に完全に独りぼっちで取り残される)
『♪……I desperately need the person who used to shield me from the world, but your side of the bed is devastatingly empty...』
(世界から僕を護ってくれていた人がどうしても必要なのに、ベッドの君の側は空っぽだ)
俺は、思わずタクシーを路肩に停めた。
ワイパーが雪を弾く音だけが車内に響く中、その圧倒的な孤独の叫びに、ただただ魂を射抜かれていた。
妻に先立たれ、子供たちも独立し、ただマンハッタンの夜を走り続けるだけの俺の人生。誰かにそばにいてほしかった。誰かに頼りたかった。
『♪……Because I made the mistake of dropping my shields, and you abruptly pulled the safety net out from under my feet...』
(僕が愚かにも心の盾を下ろしたせいで、君は唐突に僕の足元から僕の立つ場所を引き抜いてしまった)
『♪……I was just starting to feel comfortable with the illusion that I was the one who held your heart...』
(君の心を掴んでいるのは僕だという幻想に、少しずつ居心地の良さを感じ始めていたところだったのに)
「……Jesus(神よ)」
俺はハンドルの上で十字を切った。
まるで教会の賛美歌を聴いた後のような、不思議な浄化の感覚があった。
言葉の波状攻撃。この正体不明の歌手は、アメリカという巨大な国が抱える「孤独」を、ギター一本の弾き語りで完全に抱きしめてしまったのだ。
* * *
side ジョン 二十四歳 ロサンゼルス住み
涙が枯れ果てた後、ラジオからは三曲目が流れ始めた。
『♪……Even though love can sometimes bring us unbearable pain, it is the fundamental proof of our fragile existence...』
(愛というものは時として耐え難い苦痛をもたらすけれど、それこそが僕らという脆い存在が生きているという根本的な証明なんだ)
Leo Sheffield『A Piece of Us』のアコギ弾き語りアレンジ。
前の二曲の絶望や喪失から一転し、温かく包み込むようなアルペジオに乗せて、優しく語り聞かせるようなフレーズが紡がれる。
『♪……So we decided to lock all our precious affections inside this small, faded rectangular frame...』
(だから僕らは、大切な愛情のすべてを、この色褪せた小さな枠の中に閉じ込めることにした)
『♪……Safely tucked away inside the torn fabric of your old trousers, where the hands of the clock have stopped moving eternally...』
(君の古いズボンの破れた生地の中に安全に隠されて、そこでは時計の針が永遠に動きを止めている)
ポケットに入れたままだった、メアリーと笑い合っていた頃の古い写真。
そのポエトリー・リーディングのような独特の歌は、「失ったもの」を嘆くのではなく、「共に過ごした記憶の温もり」を永遠に抱きしめて生きていく肯定感に満ちていた。
俺は床に落ちた写真を拾い上げ、胸に押し当てた。明日、少しだけ外を歩いてみよう。そんな小さな希望が芽生えていた。
西海岸と東海岸。
同時にゲリラ放送されたこれらの三曲は、たった一度のオンエアで、アメリカの音楽関係者やリスナーたちの間に「西と東に現れた、名前のないゴースト・シンガー」として、都市伝説のようなセンセーションを巻き起こすこととなった。
* * *
ヤマダ 六十歳 日系人コミュニティ・リーダー
同じ頃、ロサンゼルスのダウンタウンの一角にある『リトル東京』。
日系アメリカ人たちが肩を寄せ合って生きるこの街は、当時の不況の煽りを受け、活気を失いかけていた。中小の店舗はシャッターを下ろし、コミュニティの施設も老朽化が進んでいた。
「……ヤマダさん。日本から、とんでもないお客さんが見えていますよ」
日系人会の事務所にいた私の前に、スーツ姿の威厳ある日本人男性が現れた。
名刺には『大賀ホールディングス・代表取締役 黒川彰』とある。日本では、オイルショックを先読みして莫大な富を築き上げているという、新進気鋭の巨大企業トップだ。
「黒川社長。わざわざロサンゼルスまで、一体どのようなご用件で?」
「単刀直入に申し上げます、ヤマダ会長」
黒川社長は、分厚いアタッシュケースを机の上に置いた。
「我々大賀ホールディングスは、このロサンゼルスのリトル東京における日系人の方々のビジネスを、全面的に支援したいと考えております。倒産しかけている中小企業や商店への『多額の出資』。そして……」
黒川社長から提示された金額を見て、私は心臓が止まるかと思った。
数百万ドル。当時のレートでいえば、十億円を優に超える途方もない金額だ。
「さらに、これは大賀ホールディングスからの『寄付』です。この資金で、老朽化したコミュニティセンターを建て直し、日系人の子供たちのための立派な学校と、病院を建設してください」
「き、寄付!? これほどの額を、見返りもなしにですか!?」
私は信じられない思いで黒川社長を見た。
企業が慈善事業を行うことはあるが、日本の一企業が、海を越えたロサンゼルスの日系人街にこれほどの投資と寄付を無償で行うなど、前代未聞だった。
「見返りは、いずれいただきますよ。……遠い未来、この天使の街に、我が大賀の『真のオーナー』が降り立つ日が必ず来ます。その時、この街の人々が、彼を『家族』として温かく迎え入れてくれること。それが唯一の条件であり、願いです」
黒川社長の言葉の意味は、私には到底理解できなかった。
だが、彼らがリトル東京を救う救世主であることだけは間違いなかった。
数ヶ月後。リトル東京には『大賀』の名前を冠した立派な病院やコミュニティ施設が立ち並び、経営危機にあった日系企業は息を吹き返した。
ロサンゼルスの日系人コミュニティ、そして地元政財界において、「OOGA(大賀)」という名前は、絶対的な尊敬と恩義の象徴として深く刻み込まれることとなったのである。




