第12話:「S」狂騒曲編その1 昭和のアコギと、未来のミリオンセラー
1971年(昭和46年)。
日本が札幌オリンピックに沸き、沖縄が本土に復帰し、上野動物園にパンダがやってきたこの年。
俺、大神将太は小学校五年生、十歳になっていた。
俺の肉体改造プログラムは、十歳という年齢の枠を完全に超えつつあった。すでに身長は160センチを超え、無駄な脂肪の一切ない、しなやかで強靭な筋肉が全身を覆っている。顔立ちも、俺の魔法による細胞レベルのプロデュースの甲斐あって、鋭さと色気を併せ持つ「清楚系美形イケメン」へと順調に進化していた。
だが、俺は小学校の野球部にも、地域の少年野球クラブにも一切所属していなかった。
「水飲むな! 肩が冷えるぞ! ほら、声が出てねぇ! ウサギ跳びグラウンド十周!!」
荒川の土手を歩きながら、下から聞こえてくる怒号に俺は深くため息をついた。
昭和の少年野球である。
指導者の多くは精神論と根性論の権化であり、「練習中に水を飲むとバテる」「肩を冷やすと壊れるからアイシングは厳禁」「ダウンスイングで上から叩きつけろ」という、現代(俺の前前世の知識や最新スポーツ医学)からすれば完全に狂気としか思えない指導がまかり通っていた。
俺は、メジャーの舞台に立つためにこの身体を鍛え上げているのだ。昭和の素人指導者の無茶なシゴキで、大事な肩や膝を壊されてはたまらない。ゆえに、俺は一人で土手や空き地で壁当てをし、独自のトレーニング理論で身体を鍛える道を選んでいた。ん? 魔法で治癒出来るんじゃないかって? それはそれこれはこれ。
一方、俺の弟である直継(九歳・小学四年生)はというと、完全に野球の魅力に取り憑かれていた。
彼は、地元の江東区を拠点とする硬式野球のクラブチーム「江東ジュニア」に入団していた。
俺の魔法で重戦車の様な巨漢に成長した恩恵により、直継は九歳にしてすでに身長165センチ、体重80キロという、中学生でも滅多にいないような規格外の巨体に育っていた。もちろん、チームでは不動の四番バッターである。この強打者を4番にするってのも気にくわない点ではあるが。
土手のグラウンドで、直継が打席に入った。
俺は少し前に、直継にメジャー流のフライボール・レボリューション(アッパースイングでボールにバックスピンをかけ、角度をつけて遠くへ飛ばす打ち方)を教えてやったのだが。
「バカヤロウ直継! 下からすくい上げるな! 上から大根切りみたいにボールを叩きつけろ!!」
「はいっ! 監督!!」
監督の怒号を受け、直継の素直すぎる脳髄は、あっという間に昭和のダウンスイング至上主義に染め上げられてしまっていた。
直継が上から強引に叩きつけた打球は、凄まじい力でグラウンドに叩きつけられ、高くバウンドしてサードの頭上を遥かに越えるレフト前ヒットとなった。
(……まぁ、いいか)
俺は土手の芝生に座り込みながら、苦笑した。
直継のあの馬鹿力なら、どんな打ち方をしようが力技でヒットにしてしまう。それに、直継はチームメイトたちと泥だらけになって白球を追うのが本当に楽しそうだ。変な打ち方や過酷な練習で関節を痛めたとしても、俺が夜寝ている間にこっそり回復魔法でメンテナンスしてやれば問題ない。
俺は土手に座ったまま、背中に背負っていたケースから、一本の「ギター」を取り出した。
* * *
最近、俺には野球以外のちょっとした趣味ができていた。
休み時間に小学校の音楽室でたまたま見つけたアコースティック・ギター。ぽろんと弦を弾いた瞬間、前前世の記憶が蘇り、暇つぶしに弾き始めたらすっかりハマってしまったのだ。
父に「アコギが欲しい」とねだったところ、父は(隠し持っている莫大な株の配当金を使って)当時でも数十万円はするマーティンの最高級モデルをポンと買い与えてくれた。
(野球のプレーには魔法は使わないつもりだが……音楽なら、野球の夢とは関係ないから、いくら魔法を使ってもノーカンだよね?)
という俺のガバガバなルールの下、俺はギターの練習に『超感覚』や『身体能力極大化』、『記憶の完全引き出し』といった勇者の魔法をフル稼働させていた。
その結果。
ギターを始めてわずか数ヶ月で、俺の腕前は間違いなく『現在の世界一』の領域に達していた。
弦を叩いてパーカッシブな音を出すスラップ奏法。ギターのボディをドラム代わりに叩きながらメロディを奏でるスラム奏法(特殊奏法)。さらに、タッピングやハーモニクスを複雑に絡み合わせたプレイは、1971年のこの時代においては完全にオーパーツ(場違いな遺物)である。
俺は、直継が汗まみれで野球の練習をしているグラウンドを見下ろしながら、マーティンの弦を弾き、超絶技巧のアルペジオを風に乗せていた。
* * *
その日の夜。
大神家の八畳のアパートで、俺は父さん(大神 将・32歳)と、新しい父さん……もとい、力也兄ちゃん(25歳)を前に、あぐらをかいてギターを抱えていた。
テレビでは吉田拓郎のフォークソングが流れている時代だ。父たちも「将太、ちょっと何か弾いてみてくれよ」と、一杯やりながらくつろいでいた。
「よし。じゃあ、俺が作ったオリジナルの曲を三曲歌うよ」
俺は、少しだけ低く、大人びた声色を作って宣言した。
もちろん、オリジナルではない。前前世の記憶にある、未来の世界でYourChannelなどで『数十億回』再生されることになる、世界的なモンスターヒット曲である。それを、昭和のフォーク調の日本語歌詞にアレンジし、スローテンポの弾き語りバージョンにしたものだ。
一曲目。2027年で20億回以上再生された大ヒット曲、麦原 賢一『Citron』の昭和フォークアレンジ。
俺はギターのボディを手のひらで『チャッ、ドンッ! ジャカァッ……!!』とリズミカルに叩き(スラム奏法)、ベース音とメロディを同時に紡ぎ出しながら歌い始めた。
「♪……嘘ならばどれほど 救われたことでしょう
……最後にあなたが見せた 背中が焼き付いてる……」
昭和には無い複雑なコード進行と、昭和の歌謡曲にはない洗練されたメロディライン。耳に残る「コッ!」という靴音の再現。
父と力也兄ちゃんが、持っていた湯呑みをポロリと落としそうになった。
十歳の子供が、信じられないような特殊なギターの弾き方をしながら、大人の男のむせ返るような色気と哀愁を漂わせて歌っているのだ。
二曲目。同じく億回以上再生された大ヒット曲、北条 ゆい『結』の昭和アレンジ版。
「♪……なぜ巡り逢うのかを 僕らは知らずに
いつか誰かの 温もりに触れるまで……」
人と人との巡り合わせ、互いの運命の結びつきを歌ったその歌詞とメロディは、死別した妻を想う将の胸を、そして養子という形で家族になった力也の心を、激しく揺さぶった。
三曲目。未来で20億回再生された夏の曲、渚のセブンスターズの『蒼い衝動』のアコギ弾き語り。
「♪……風に吹かれて 砂が舞い踊る......
過ぎ去った季節を 数えては溜息つく……」
エモーショナルなコードカッティングに乗せて、力強く、そして切なく歌い上げる。
「♪……寄せては返す 愛の衝動に……」
そしてサビの爆発力。ギター一本だというのに、まるでフルオーケストラをバックに歌っているかのような圧倒的な音圧と表現力。
三曲を歌い終え、最後に弦を静かに弾き終えると、部屋には痛いほどの静寂が降りた。
やがて。
「……うっ……うぅぅぅ……っ」
「ずずっ……しょ、将太……お前ってやつは……っ」
父と力也が、肩を寄せ合って(彼らはもう完全に夫婦のような阿吽の呼吸である)、顔をくしゃくしゃにして号泣していた。
「な、なんだよ将太。そのギターの叩き方は……それに、その歌は……。俺、幸子のことや、力也との出会いを思い出して、涙が止まんねぇよ……」
「天才だ……将太、お前は間違いなく、天才だよ……っ!」
大の大人二人が、十歳の子供の弾き語りに完全に心を撃ち抜かれていた。
俺は「えへへ、そうかな」と子供らしく誤魔化しながら、内心で舌を出した。前々世の世界中で何十億人も感動させたメロディラインなのだ。昭和の純朴な職人の涙腺を崩壊させるくらい、造作もないことだろう。
* * *
その日の深夜。
俺はいつものように、室温を急降下させ、寝ている父の枕元で「亡き母・幸子」を降霊させた。
『……あなた。私よ、幸子よ』
「んぅ……お、幸子。どうした、今日は」
父が目を擦りながら起き上がる。
『あなた、さっきの将太の歌、聴いたわよね』
「ああ。聴いたなんてもんじゃねぇ。腰抜かしたよ。あいつの頭ん中、どうなってんだ」
『将太は、天才よ。野球の才能もすごいけれど、あの音楽の才能も、このまま土手で弾かせているだけじゃ勿体ないわ』
「そ、そうだな。でも、レコード会社とかに行くコネなんてねぇぞ?」
俺は白目を剥いたまま、ピシャリと言った。
『レコード会社なんて必要ないわ。あなたのお金で、レコードを作るのよ。自費出版というやつね』
「じ、自費出版……!?」
『ええ。神田の黒川先生に相談しなさい。あの先生なら、レコーディング・スタジオの手配から、レコードのプレス工場、流通のルートまで、裏で全部手を回してくれるわ』
黒川税理士は、大神の莫大な隠し資産の管理運用を任されている。数百万、数千万程度の経費なら、彼の裁量と人脈でどうにでもなるはずだ。
『ただし、条件があるわ。絶対に、将太の顔と名前は出さないこと。名前は適当な覆面歌手のペンネームにして、レコードのジャケットもイラストかなんかにしてちょうだい。将太はまだ十歳よ。世間に顔が知れたら、普通の生活が送れなくなって、大好きな野球ができなくなるわ』
「そ、そうか……確かに、マスコミに追っかけ回されたら、将太も直継も可哀想だな。わかった、幸子。顔も名前も隠して、レコードだけ世に出すように、黒川先生に頼んでみるよ」
よし、言質は取った。
これで、俺の未来のモンスター楽曲をアレンジした曲が、昭和の世に放たれることになる。印税がいくら入ってくるかは分からないが、俺の輝かしき未来の為の資金の足しにはなるはずだ。
何より、匿名の覆面ミュージシャンとして自分の曲が世間で流れるのをニヤニヤしながら見るのは、最高に面白そうだ。
『頼んだわよ、あなた。……将太と直継のこと、しっかり守ってね。力也君とも、仲良くね』
「ああ、任せとけ、幸子。俺と力也で、絶対にあいつらをでっけぇ男に育て上げるからよ!」
俺は父の決意に満ちた声を聞きながら、スッと魔力を霧散させた。
昭和46年。10歳。
俺の音楽は、時代を数十年先取りしたオーパーツとして、日本中を席巻する準備を整えようとしていた。




