絶望はまだ終わらない
”人々はあなたの美徳によってあなたを罰し、あなたの過ちによってあなたを許す”
フリードリヒ・ニーチェ
あれから3日、何も飲まず、何も食べず、ただ墓を掘り、死んだ村人たちを一人一人埋めていく。土の上には形を整えた石を置き、それぞれの名前を刻み込む。許しを請うように丹念に、ゆっくりと。
人の死はたくさん見てきた。自分には助けられなかった命もあった。しかし、いつも自分は手の届く人を助けていた。救う側の人間だった。だが今回は自分のせいで人が死んだ。初めて自分が殺した側に立った。代わりにジルマン市の人たちのために行動してきたなど何の言い訳にもならない。
「神よ、このものをどうか楽園へと誘いたまえ」
一人埋葬しては墓の前で膝をつき手を合わせる。そしてまた次の墓を掘る。
「ごめんな・・・ごめんな・・・」
最後の一人はハリーだ。村を守る使命を押し付けたばっかりにこうなってしまった。俺が村に住むことを決めた以上は離れずに守り続けるべきだった。おそらくディザスターを持っていたから持っていかれたであろう右腕のあった場所を見ると罪悪感に押しつぶされそうになる。
俺の一番の被害者であろうこの青年に対して、より一層丁寧に名前を刻んでやることしかできない。
「神よ、このものをどうか楽園へと誘いたまえ」
祈りを済ませた姿勢のまま、丸一日動くことができなかった。
◇
次の日の朝、久々に食事をした。荒らされた畑に残っていたボロボロの野菜を洗って口に突っ込む。
「うっぷ!?おええぇ!」
食べたそばから気持ち悪くなって吐き出すが、それでも無理に胃に詰め込む。俺にはまだやらなきゃいけないことがある。本来ならもっと早く動き出さなきゃいけなかったが、今更だ。目の前のことに集中しよう。
「よし、行くか」
奪われた俺の剣、ディザスターを探しに。
俺は勇者だ。元勇者じゃない。この事態の責任を取れるのも、今後起こりうる最悪の事態を未然に防げるのも俺しかいない。一生かけて償い、彼らよりもひどい死に方をしよう。今この瞬間、人生を懸けるべき使命が見つかった。
◇
「足跡は・・・雨でほとんど消えちまってるな」
襲撃があったのは、おそらく俺が返ってきた日より2~3日前。雨で冷えていたことを踏まえてもそのくらいだろう。多くの魔物が押し寄せてきたようだが、そもそも奴らはどこから来たのか、そしてどこへ帰ったのかを調べねばならない。
襲撃の理由は頭を冷やして考えれば検討はついていた。新たな魔王が誕生し、長きにわたって魔族に抵抗してきた人類をついに終わらせるつもりなのだ。もしこの推測が正しいのならば、あの剣が魔王の手に渡るのはマズい。人類壊滅に王手をかけられるようなものだ。
「なんで俺はそんなものを置いて・・・いや、今はこっちに集中するんだ、俺」
自責の念を振り払い、痕跡探しに集中する。
「でも多分これ、足跡だよな。古代魔獣系かAランク以上の大型魔物系・・・。とりあえずでかくて強い4足歩行の奴だな」
雨風で削れてなお、足跡と判断するのも難しいほど本当にわずかな凹凸だけがいくつかだけ残っている。重い奴、でかい奴の痕跡は比較的残りやすい。経験上でかくなくても強い奴は必然的に踏み込みが重く強くなるから、足跡も深くなる。多分、踏みつぶされたような家があったのはこいつの仕業だな。
地面に這いつくばり、手のひらは浮かせて指だけを地面につける。目を閉じ、余計な情報はカットして、指先の感覚のみに極限まで意識を集中させる。肉眼では確認できないほどわずかな凹凸から足跡の輪郭を把握する。足の長さはおよそ90cm、もう片方の足との間隔は2m、前足との間隔5~6mってとこか。
足の形的にゾウ?いや、自然発生の魔獣は生息地から大きく離れることは稀だ。そしてこの辺りにゾウはいない。となるとマンモスか!復元した古代魔獣寄越すとか効率度外視の超本気じゃねえか!
「こいつ大分村中暴れまわってたな」
足跡がいろんな方向に行ってやがる。途中、他の足跡と混じったりしてわかりづれぇ!これは思ったより時間かかるな・・・。
さすがにこの集中は1時間くらいが限界だ。休みを入れつつ、昼も夜もなく、村中を這いずり回って痕跡を辿り、方向が分かったのは次の日の暮れだった。
「この方向、もしかしてジルマンの方向か・・・?でも俺はすれ違ってない。若干ズレてるのか?」
さすがにそんなでかい奴とすれ違ってたら馬車の操縦者が気づく。ギリギリ気づかないくらい離れてたのか?
「目撃情報があるかもしれない。行ってみるか」
痕跡を確認しながら、3日ほどかけてジルマンについた。マンモスらしき足跡は風化が激しくて途中で追えなくなってしまったが、やはりジルマンの方向からは若干ズレがあるようだった。目撃情報を集めてこの先の進路を決めなければと思い、入り口の門の近くに行き、そして唖然とした。
ジルマン市も魔物に襲われ、大きな被害を被っていた。
だが、村の時とは違い、壊滅的とか全滅といったほどではなさそうだ。あの推定マンモスレベルに襲われれば門まで全て破壊しつくされていただろう。となるとそれほどではなくても強い魔物が他にもいたのか?無関係の襲撃か?
「お、おい、何があった!?」
「あなたは、勇者様!助けに来て・・・いえ、でももう遅いです。すでに魔物は追い払いましたから」
「そ、そうか。遅くなってすまない」
追い払うまでにこれほど町に被害が出るってのはどういうことだ?普通町中に魔物の侵入を許して被害が出る状況ってのは戦線が崩壊した時だ。戦線が崩壊したのに追い払えた?
「おい、勇者だ!勇者がまた来やがった!」
一人の男が大声で叫ぶ。周囲の人が集まってくる。しかし、2週間とは俺に向けられる視線が真逆だ。希望や憧れではなく、怒り、憎しみ、殺意までこもっている。
全く状況がつかめない。どういうことだ?なんだこの状況?
「なんか一言ねえのかよ!この状況を見てよお!」
「間に合わなくて悪かった。俺がいれば・・・」
「ふざけてんのかテメエ!」
間に合わなかったことへの怒りではないらしい。ますます状況がつかめない。だが何となく嫌な予感がする。
「お前がクーデターなんか起こすからッ!フールとかいう能無しすねかじり大馬鹿野郎を市長になんかしたせいで、軍がまともに機能しなくなってこのザマだ!」
「!?」
「あいつはなぁ!後ろにいる偏見クソジジイの操り人形になって、退役兵への退職金カット、給料も大幅カット、
ちょっとした雑用まで全部軍を動かしてた上に、朝礼で毎日ジジイのくせえ息でネチネチネチネチ嫌味を聞かされて・・・。
そのせいでまともな兵士はほとんどやめた。襲撃のあった日なんて元兵士たちが真っ先に家族連れて逃げてったよ。
肝心の残った兵士だって、無能采配で右往左往させられてまともに役立ちやしねえ!
結局俺たちが自分で何とかしたんだ!市長の館を中心に狙ってくれたなら、俺も魔物に加勢したかもな!」
「ちょっと待て!そうだったとしてなぜ俺を恨む!俺はクーデターに関わってない!俺はただの選挙管理人だった。ダチュラを市長と決めたのはお前たちだろう?」
「俺たちはお前が、勇者が言うなら間違いないだろうって信じたんだ!俺は最初からあいつは市長に何てふさわしくないと思ってたんだ!」
「私、クーデターの参加者から聞いたわ!市長のお爺さんが、『自分のバックには勇者がいるから絶対に失敗することはない』って言ってたって!最初からグルだったんでしょ?選挙であの市長を勝たせるために!」
「違う!あの爺さんの嘘だ!俺は肩入れなんかしてねえ!!!」
「勇者がキレた!ってことはやっぱり本当なんだ!」
「違・・・」
「今手が動いた!殴る気かもしれん!」
「勇者が、一般人に!?最低・・・」
どうなってる!?こうならないようにクーデターには関わらないようにしたし、選挙だって自分たちで決めるってことを強調して語ったはずだ。第一他に候補者が出ない時点で俺の責任じゃねえだろ!
だが、もちろん暴力に訴えかけるなんてことはしない。そのつもりもない。腹は立つが傷つけるわけにもいかない。どうするか・・・。
「ゆ、勇者様!なんという奇跡!」
今一番聞きたくない声がした。爺さんだ。市長となったダチュラ・フールも一緒だ。
「この者たちは市長に逆らい徴兵に応じなかった犯罪者です。それどころか暴動まで起こそうと企てている、いわば市民の敵共です!どうか勇者様のお力でこ奴らを断罪してはいただけないでしょうか?」
「ほらやっぱり味方なんだ!」
「うるせえジジイ!あんたが個人的な恨みで無茶苦茶なことやった結果だろうが!・・・そしてダチュラ!お前は何やってんだ!」
ジジイは諸悪の根源だ。だが、今回の責任はほぼ全てダチュラにある。決定権は全て市長であるダチュラにあったはずなのだから。
ダチュラの胸倉をつかんで問いかける。
「市長はオメエだろうが!ジジイが好き勝手やってんのをなんで止めねえ!」
「・・・俺、ちゃんとじいちゃんの言うこと聞いてやってたよ?だって軍の奴らって大したことしてないのに俺たちのお陰で飯食えてるんだし。誰でもできるんだからそれくらいの待遇で普通だってじいちゃん言ってたし」
ああ、こいつはダメだ。こいつには自分がない。再生産された等身大のジジイ人形だ。何かに裏付けられた思想じゃない、ジジイの言ったことを腹話術のように復唱することを思考していると勘違いしているだけで自分の経験値が何も積まさっていない。
一発殴ってやろうかと思ったが、呆れてその気力も失せた。こいつに市長は務まらない。とりあえず市長の座から下して、もう一回選挙を・・・
「お前が来てから全部おかしくなったんだ!」
「消えろ疫病神!」
「もう来るな!」
「「「「帰れ!帰れ!帰れ!」」」」
怒号が鳴り、石が飛ぶ中、人がさらに集まってより一層大きなやめろコールが響き渡る。
今理解した。俺はまた間違えたのだ。俺に政なんてわからないと自覚していたはずだろう!なぜ「ここまでなら大丈夫」という線引きができると思った?ジジイも、ダチュラも、この市民たちでさえも、求めていたのは俺ではなく勇者が後ろ盾にいるという保証だけだったのだ。
そして、今もなお何かができるなんて考えている浅ましい自分がいる。勇者が保証にならなくなった今、俺の存在はこの町にとって害悪でしかない。俺のせいでまた大勢死んだのだから。
ダチュラの胸倉を掴んでいた手を緩め、市民のいる方へ突き飛ばす。俺がやるべきことはこの場から立ち去ることだけだ。
下唇を嚙み、逃げるようにして入ってきた門へと走った。
ガランは間違えないように予防線を張っていた。事実、新しい時代に適応していた市長を辞任に追い込んだのも、暗君を選んだのも全ては市民が自分たちの権利で選択したことだった。だから、ガランが間違えていて、市民が正しかったなどということは全くない。
ありえない話をしよう。もしガランが急いで帰らず、あと一日だけ立候補を待っていたならば、遠方からより優秀でやる気のある青年が現れるはずだった。恐らくダチュラと比較したとき、より魅力的に映るに違いない。全ては過ぎ去った過去のこと。優秀な青年は反乱分子として早々に処理されてしまったのだから。
ガランは自分にできないことを知っている謙虚な男だった。それゆえ彼は自分の影響力の強さを見誤ってしまった。
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第一章 完




