物語の始まり
”私たちは無知によって道に迷うことはない。自分が知っていると信じることによって迷うのだ。”
ジャン=ジャック・ルソー
村に帰る馬車に揺られて1週間。この期間はちょっと忙しかった。ジルマンに行くときは全然魔物と会わなかったのに、帰りは中々の頻度で襲われた。しかも村に近づくにつれて増えてきた気もする。俺が乗客兼護衛みたいになっていたおかげでそれほど支障はきたさなかったが、危うく予定より遅くなるところだった。
村の方は大丈夫か?誰も怪我とかしてなきゃいいんだが・・・。
もうそろそろ村が見えてくるはずだ。目を凝らしてよーく見てみると重大な事態に気づく。村を囲う木のバリケードがなぎ倒されている・・・!?
あれは俺が周辺の太い木を切って村の周りに立てたバリケードだ。それなりに頑丈な造りにしてあるから、そこらの魔物じゃ突破はできないはずだ。この時点で何か嫌な予感がした。
「村の様子がおかしい!先に行く!」
動いている馬車を飛び降り、すぐさま追い抜いて村まで走る。
悪い予感がする。だが、あの剣があれば余程のことがない限りは大丈夫なはずだ。だが、余程のことが起きないとバリケードが倒される状況にはならない。考えてもどうしようもないことが頭の中を支配する。
そして、想定していた最悪は現実のものとなった。村の外には警備にあたっていた青年たちの死体が一か所に集められ、無造作に積まれていた。その中にはハリーの姿もあるが、右手がなくなっている。
付近には魔物の死骸も10体近くある。中には真っ二つにされたデーモンらしきものまである。警備を担当する青年達には「倒した魔物の死骸はその日のうちにすぐ処理すること」と口酸っぱく教えてきたが、それでもあるということはその日の襲撃でこれ以上の数が押し寄せてきたということか。
「デーモン、個体的にはBランクくらいか。どうなってやがる?」
まず10体も一日で襲ってくるなんてことがこれまで一度もなかった。さらにBランクか、もしくはそれ以上の魔物がこんな辺鄙な村に押し寄せる理由が思いつかない。クソ、何か少しでも手がかりを掴まないと・・・。
「誰か、無事な奴はいないか!」
扉を蹴破り家を一軒一軒確認するが、今のところ誰も見当たらない。かなり徹底的に壊されているようだった。何か大きなものに踏みつぶされたような家もあった。
広場の中央には住民の死体がまたも同じように積み上げられていた。あまりに惨たらしい状況に嫌悪感と怒りで吐き気を催すほどだ。
死体は見慣れている。だが、食べるためでも、殺すためでもなく、必要など特にないかのように一か所に積んでいるその様子が、心を持たないはずの魔物に悪意を感じ、ものすごく気持ち悪い。
一番損壊が激しかったのは俺の家だ。使わなくなっても手入れは欠かさなかった鎧も、駆け出しのころから何回もボロボロにしては新しいのを買わず修理して使っていた鎖で編んだインナーも、ピカピカになるまで磨いていた農機具も全てなくなっていた。畑の土まで全て掘り起こされていた。
ふと気づいた。そういえば俺の剣はどこだ?名剣ディザスター、思い出してみればハリーたちの近くにはなかった。魔物が持って行った?普通はそんなことしないが、俺の鎧とかは現になくなっている。そんなことがあるのか?それも俺の物をピンポイントで狙って?
「もしかして、俺のせいか?」
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない
だが、こんな村にこれほどの戦力が集中するなど偶然ではない。俺の家だと見抜き、中身を全部持ち出すなどそこらの知能の低い魔物たちが思いつくはずもない。
とすればー何者かが俺の剣を、武具を、俺のいない隙を狙って、奪うために戦力を集中させてきた?
辻褄が合ってしまった。目的は俺だ。それか俺の持っていた何かだ。この村にそれ以上の襲われる理由など一つもない。
「俺のせいで、みんな死んだ。一人残らず死んだ。ハリーも、ヴェルモンドも、グッドもニーナも、村長も全員死んだ」
異様に静かだ。この村に命あるものは俺しかいない。いつもの畑を耕す音も、子供たちの遊ぶ声も、おばちゃんたちの井戸端会議の声も聞こえない。
俺を慕ってくれていたハリーたちもいない。もっと真剣に剣術を教えてやればよかった。
苦手だったニーナももういない。何となく、このままいけば本当に婚約することになっていたかもしれない。村長も外堀を埋めに来てたからな。
ヴェルモンドとグッドはやんちゃなガキだったな。俺の野菜をこっそりつまみ食いするから何度尻を叩いてやったことか。あと10年もしたら立派な大人になってたんだろうな。
「俺が村を離れたからか?あんなくだらない選挙に関わって帰るのが遅れたからか?」
「何でゴブリン討伐なんて行ったんだよ!いつまで勇者気取ってんだよ!どうでもいいだろ、あんな町!・・・いや、そもそものんびりスローライフなんてやってる場合じゃなかったんだ。まだ魔物の脅威は去ってないのに、一人だけ楽しようとしてたのが悪いんだ」
「そうだよな、そういうことだよな。俺みたいな疫病神は幸せなんて求めちゃいけないってことなんだろ?ぜーんぶ俺が悪い!だから死ぬまで魔物を倒し続けてろって。そういうことだろ?それでいいんだろ!」
ただの逆ギレだ。わかってる。でも俺はこれまでずっと魔王討伐のために頑張ってきただろ?しかもちゃんと達成した。後のことは他の人に任せるくらいしたらダメなのかよ。
死体の前で項垂れていると、まだ町の中に残っていたらしいデーモン、ハウンドドッグが俺の声を聞きつけて同時に襲ってきた。それを裏拳一発で粉々にした。
「俺一人いればこんなに簡単な話だったのにな」
どれほどの数がいたかはわからないが、俺一人いれば寝てる村人を起こすこともなく対処できただろう。対処できるとわかってしまったから、余計にみじめな、取り返しのつかない過ちを犯したような気持が押し寄せてくる。
復讐を誓うエネルギーも、この村の人たちを傷と思い出に変えて次に進む気楽さも湧き出てこないまま、ただその場に仰向けに寝ころんだ。
降り始めた雨に濡れる不快感が、少しでもこの気持ちを薄れさせてくれるように。
ああ、なんて可哀そうな勇者ガランでしょう。
彼は優しさと強い意志に溢れた正に善性の男です。彼がウォーゴブリン討伐に行かなければ、確かにジルマン市は危なかった。多くの人を救ったのです!
しかしたった一つだけ彼は間違えた。彼の名剣、いや魔剣ディザスターを村に残してきてしまったことです。責めないでほしい。彼は善意でやったのだから!
かの魔剣は魔物を呼び寄せる魔力を持つ。これまでは彼の力に屈して自らその力を抑えていたが、残念なことに託されたハリーにその力はなかった。
彼はまだ悲劇の原因すらも勘違いをしている。
思いやっただけだ、心配していただけだ、ただ知らなかっただけだ、そして誰もいなくなっただけだ。
①0
②1




