昔の常識、今の常識
時代が変わると常識も変わる。
前提が成り立たなくなることもある。
5年前
「魔王の根城が見つかったって情報が来てるんだけど。それも二つ、全く違う場所で」
「西は確かに魔物の数がやたら多かったな」
「でも東の方は前に倒した魔族の将軍が薄っすら匂わせてたよ?」
「皆目見当がつかないね・・・」
どこにあるのかも不明だった魔王軍の本拠地。そこに二つの情報、恐らくどちらかは魔王による罠だろう。間違えた方に行けば、大量の敵か、それとも反対側から町に侵攻をかけてくるのか。どちらにしても大きな損害が出るだろう。
「ねえガラン、どっちだと思う?」
皆の注目が一斉に集まる。パーティのリーダーたるガランの意見は大きな影響力を持つ。ガランは数秒の逡巡の後にハッキリと言った。
「東だな」
「根拠は?」
「勘」
「出たよそれ・・・」
しかし小言を言うものはいても、否を突きつける者はいなかった。文句を言うのも馬鹿らしい、どうせ当たる。
「不思議とガランの勘って外れないよな」
「ムカつくけど、実際今までそれに助けられてる所あるし」
「ムカつくな。大いに敬え」
「絶っ対ヤダ!」
ガランの直感はまるで世界の意思であるかのように魔王討伐に向けての道の正解を引き続けてきた。
その逸話は勇者の神算鬼謀と歪曲されながらも知る人ぞ知るエピソードとなった。
◇
「勇者様、どうかこの町の者たちを市長の手から救ってくれませんか?」
何のことかはわからないけど、面倒ごとの匂いがプンプンする。ワクワクした気持ちが台無しだ。
市長の手から救うとはこれまた奇妙な話だ。しかし、財政が厳しいという話と大通りの活気、そして依頼への報酬の件で感じたチグハグ感について何かわかるかもしれない。
いや、わかったところでどうするってんだ?
俺は勇者なんて持て囃されてるがその実、戦いしかできないオッサンだぞ?正直頭は良くない方だ。政なんてサッパリわからん。
まあいい。数日時間ができたんだし話だけは聞いておこう。適当にアドバイスでもすれば納得して解放してくれるだろ。
「とりあえず話は聞こう」
「実はあの市長に変わってからワシら市民は皆重税に苦しんでいるのです」
「だが、市も財政難だって聞いていたんだが?そんなに税金取ってるなら財政難にはならないんじゃないか?」
「違うのです。あの市長は軍の出身だからか、やたらと軍人を贔屓して金をバラまいとるんです!
ついこの間まで軍の奴らは給料もらって暇しとったくせに、今度は退役したらさらに金をもらえるような、退職金?とかいう仕組みまで作ったのです!
ワシらの税金で軍の奴らは贅沢な暮らしをしとるんです!」
俺も色々な町の軍を見てきた。場所によっては怪我して退職したり、死亡したりした時には本人や遺族に見舞金が支払われる制度があった。だが、怪我もしていない退役兵にお金を配るなんて制度は聞いたことがない。しかもお金がないからと軍事費を減らしているっていうのに?
それに年齢でもなく、怪我でもなく兵士を退職させるっていうのもどういうことだ?これまで会ってきた多くの兵士たちは力こそ俺に劣るものの、最後の瞬間まで命を燃やし尽くす覚悟にあふれていた。そんな者たちがお金をもらう程度のことで退役するのか?これは何か怪しいな。
「それであなたたちはどうしたいんだ?」
「退職金とやらのせいでワシらの税金も倍になった。収入の5%を納めればよかったのが今や10%も納めなくてはなりません。これでは孫に土地だって買ってやれません」
「それで?」
「クーデターで市長を辞職させたいのです。ワシらは今までの生活を取り返したいだけなんです。孫たちに何不自由なく生活させて、今までサボってた兵士たちと贅沢な暮らしをしている退役兵たちにはちゃんと脅威から守るために働かせる。5年前までのそんな市に戻したいのです!」
正直税金とはこれまで無縁だったからよくわからんが、確かに5年前のジルマン市はもっとピリッとしながらも、兵士は憧れの職業だったはずだ。
「それで俺にどうしてほしいんだ?市長の首を取って来いとかはやらないぞ?」
「いえ、もし可能であれば新たな市長になっていただきたいのです!」
「ヒョ!」
びっくりしすぎて変な声出た。そっちか~、そっちだったか~!
「そういうのガラじゃねえよ。俺は剣を振るしか能のない男だぞ?」
「無茶なお願いであるのは承知しています!ですが、あなたなら軍隊のそんな横暴は許さないでしょう?それだけで、それだけでいいんです!どうか!」
「それはそうだが・・・。とにかく俺はやらん!あれだ、クーデターの後に若者集めて選挙でもしたらいいんじゃないか?ほら、そこのアンタとか!」
「ぼ、私ですか!?」
この爺さんの必死さを逸らすため、会ってから全くと言っていいほど喋ってなかった爺さんの付き添い?孫?の若者を指さす。
焦ってはいるが、雰囲気的にも人の苦しむことはしなさそうな温厚な感じだし。あまりこれまで見なかったタイプの市長ってことでいいんじゃないか?特に根拠があるわけじゃないただの勘だが、何となく新市長はこの若者でいいんじゃないかと思う。
「確かに、孫は人当たりがよくお金の計算も早い。退職金とやらについて教えてくれたのも孫だった」
「まあその辺は選挙で選べばいい話だろ?」
「であるならば勇者様には作戦の立案と指揮を・・・」
ん?待てよ?よく考えたら俺がクーデターに参加することが決定事項になってないか?まず俺がそれに参加する理由がない。市長と軍のあり方に憤りこそ感じるが、極論俺には関係ない話だ。
俺は何でも解決できるスーパーマンじゃない。何でもかんでも首を突っ込むのはよくない。この町のことをよくわかってない俺がかき乱すのもまずいよな。何より俺がやりたくない。
「待った。この町のことはこの町の人間が考えて、行動して、決めていかなきゃいけないんじゃないか?俺はこの町の人間じゃない。そんな俺が何でも進めてたらよく思わない人も出てくるだろう」
「それはその通りですが・・・。わかりました、ではこの町のことは私たちで決めていきます」
「それがいいだろう」
「ですが、クーデターが成功してもその選挙で選ばれた若者は何の実績もないため舐められてしまいます。そこで一つお願いなのですが、勇者様には新しく市長に決まった者を皆に宣言してほしいのです」
「ん?宣言?」
「もちろん決めるのは私たち市民です。最後に勇者様のお名前をお借りして箔だけはつけてやりたいのです」
まあそれなら俺が直接何かやるわけじゃないしまあいいか?
「それだけならまあ「ありがとうございます!よろしくお願いします!」」
おお、随分食い気味だな・・・。
その後選挙の時になればまた会うという約束をして別れた。
何だか微妙に上手く利用されてる感がないわけじゃないが、どうせしばらくしたら村に変えるわけだしいいか!・・・ってよく考えたら新市長決まるまでいなきゃいけないのか!帰りが遅くなるじゃねえか!
心変わりする前に言質取ってやろうってことだったのか!?チクショー、やられた!悔しさを酒で紛らわせつつ、若干寝つきが悪くなったのだった。
◇
クーデターは2日後に起こった。それぞれの武器や家にある凶器を手に、市民たちが市長宅を取り囲んだ。ちょうどゴブリンリーダーの巣穴調査のために兵たちが赴いていて守りが手薄な時を狙ったのだ。
成す術なく市長は辞任に追い込まれ、ジルマン市を追放された。ちなみに俺は本当に何もしていない。きれいな姉ちゃんたちの店に入り浸り、浴びるほど酒を飲んでは宿で寝ていた、それだけだ。そしてクーデターから1週間後、俺は駆り出されていた。
見晴らしのいい演説台から広場に集まった市民を見渡す。急なことだったため遠方の人は到着していないようだったが、それでもかなりの人数が集まった。もっともらしい鎧を着させられて壇上に立たされた俺は内心ではため息をついていた。
「ささ、勇者様よろしくお願いします」
「ん”ん”っ!ジルマン市の皆さん!俺の名前はガラン・サス!かつて魔王を倒した勇者だ!」
「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」
こういう演説みたいなのはうんざりするほどやってきたが、数年ぶりとなるとちょっと恥ずかしい。でも魔王討伐から5年もたったのに、今でもこんなに歓迎してもらえるのはそれはそれで気分がいい。
「この町は変わる!いや、皆が変えたのだ!」
「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」
「そして新たな未来には、新たな時代の市長が必要だろう!そこでだ!立候補を募り、選挙で、全員の意思で決めようではないか!」
「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」
「我こそはと思うものは壇上に上がってくるがいい!しばし待とう!自分たちの未来を決める重要な選挙だ、よく考えて自分で決めてほしい!」
演説を終えて舞台を降りる。俺を市長になんて世迷言も民衆の中からはいまだに聞こえるが、無視だ無視。
演説を終えて30分、1時間と経過していくが誰一人として壇上に上がる者は現れない。これで出てこないなら、今日はもう出てこなさそうだ。マジかよ。このままだと明日も来る必要あるじゃねえか。今月は馬車がいつもより早く出るらしく、今日で選挙が終われば乗れると思ってたんだが・・・。仕方ない、明日の同じ時間にもう一回・・・。
「勇者様、この調子では立候補者なぞ来ますまい」
「あ、ああ。そうだな」
「そこで、どうでしょう?この孫を立候補させようと思いますので、民衆の信を問う形にしてはいかがでしょうか?」
今の俺にとっては悪魔的な提案だった。だが、そんな簡単に決めていいものか?
「いや、だがそれでいいのか?この大きな都市の政治を決める選挙がほぼ自動的に決まるって」
「人数が多ければよい政治家が決まるというわけでもありますまい。前にも説明した通り、孫は有能な人材です。選挙があったとして、結果的に孫以外になってしまえばそれこそ本末転倒というもの」
「まあ、確かに・・・」
正直この孫のことはよくわからん。俺と話すのはほとんどこの爺さんだし。だけど、確かに俺の直感はいい奴そうだと言ってるんだよな。まあでもこいつの良し悪しを俺が勝手に判断するものでもないか。決めるのは市民たちだしな。
「ああー孫・・・じゃなくてアンタ、名前はなんだっけ?」
「ダチュラです。ダチュラ・フールです」
「ああ、ダチュラね。アンタ立候補するのか?」
ダチュラは一瞬困った顔をして祖父に目をやっていた。
祖父からの「お前ならできる」の一言で決意したらしく、俺を見て一度頷いた。まあ本人がやる気を出したなら俺からこれ以上言うこともない。ダチュラを壇上に立たせ俺は今一度声を張る。
「たった今一人の立候補を受け付けた!ダチュラ・フールというこの青年だ!」
熱が冷めかかっていた民衆が再び熱狂に包まれた。
「他に対立候補はいないか!」
盛り上がりつつ、他に誰かが出てくる様子もない。
「もし他に立候補者がいないのであれば、このダチュラ・フールが新市長となる!後悔なきよう選択してほしい。改めて聞こう、他に立候補者はいないか?」
「「「「ダチュラ・フールに万歳!!!!」」」」
割れんばかりの拍手で迎え入れられる。本当にちゃんと考えたのかと言いたいところだが、これ以上は出過ぎた真似だろう。
「では、信を得たとみなす!勇者ガラン・サスの名において、このダチュラ・フールを次期市長として任命する!」
熱狂冷めやらぬようだが、ここからは市民の問題。帰りの馬車の時間もあるし、俺はここらでお暇しよう。舞台を降り、老人に一声かける。
「俺の役目はここまでだ。ここらでお暇させてもらうよ」
「おや、もう帰られるのですか?」
「馬車の時間もあるんだ。それにこれ以上俺の出る幕はない」
「そうでしたか。勇者様、孫共々本当にお世話になりました」
「俺は大したことは何もしてねえよ。ダチュラ、頑張れよ!」
「あ、はい!」
「爺さんも達者でな」
「またいつでもお越しください。歓迎しますぞ」
挨拶もそこそこに宿で荷物をまとめ、しばらくぶりの馬車に乗り込む。正直村の安全とかはそこまで心配していない。名剣ディザスターがあれば、そこらの農夫でも余裕で守り切れるだろう。
それより俺の畑の方が心配だ!雑草まみれになっていないか?茎は折れていないか?病気にかかっていないか?そういえばこの前雨が強い日があった、大丈夫だろうか?
そんなことを考えながら俺は馬車の中で眠りについた。
①1
②2




