ミユとアキナ
女の子が女の子を好きになるのは悪いことなのか?と思う時がある。誰に対して悪いのか。何が悪いのか。そんなことを思いながら、私は私の恋人の顔を見つめていた。私たちは今、ショッピングモールのフードコートで、ポテトとドリンクをつまんでいる。ポテトを口に運んでいたミユの手が止まって、ストローを咥える私の顔を見つめ返してきた。
「なにか考え事してる?」
「なにも考えてないよ」
私はそう言って笑ったけど、ミユは不満げな顔をする。
「正直に言ってくれればいいのに」
「あはは、ごめんって。大したことじゃないんだ。ただ、女の子が女の子を好きになることってよくないことなのかな、って、思っちゃっただけ」
私がそう答えると、ミユは少し神妙な面持ちになった。
「……そう思っちゃうのもわからなくないけど、別に誰に対しても迷惑かけてないし、悪いことしてないでしょ、私たち」
「……そうだね」
「そんなこと気にしなくていいんだよ、って言っても、アキナは色々と考えこんじゃう性格だもんね。そういうとこ好きだけど、悩んでも仕方ないこと、悩まない方がいいよ」
「ミユは優しいね、そういうとこ、好きだよ」
「アキナだって。優しいからそういうこと考えちゃうんでしょ。アキナは人のこと考えすぎなの。一人で考えすぎないで、私に話してよ」
「ありがとね、ミユ」
私が笑うと、ミユも微笑んでくれる。
「今日はこの後どうする?」
ミユが話題を変えてくれて、少しほっとした。
「その辺の雑貨屋と、服も少し見たいかな」
「オッケー、じゃあこれ食べちゃうね。行こっか」
最後に残っていたポテトをミユが食べて、私は少し残っていたドリンクを飲んだ。冷たい氷が、ザラっと音を立てる。
ゴミを片付けて、まず雑貨屋を見に行った。特になにか欲しい物があるわけでもなかったけど、こういう色々な物が並んでいるお店を見るのが楽しくて好きで、たまに見に行く。
「これかわいいね!」
ミユがそう言って指さしたものを見ると、陶器の置物だった。かわいらしいフクロウの姿をしていて、様々な色がある。
「確かにかわいいね」
「ねー、アキナはどの色が好き?」
「私は……黄色かな、ミユは何色?」
「私は水色がいいかな」
「買うの?」
「んー。買っても置き場所がないし、買わないかな。かわいいなとは思うんだけどね」
「わかる。こういうの買ってもどこに置けばいいのか、困っちゃうよね」
「ねー」
そう言って微笑むミユを、私はすごくかわいいなと思う。
「あ、これ、アキナ好きなんじゃない?」
ミユが指さしたのは、かわいらしいパッケージの紅茶だった。
「あー、好きかも」
「アキナ、紅茶かなり好きだよねー。なんかいくつかあるけど、どれがいいの?」
「アールグレイは好きじゃないな。こっちのストロベリーのやつか、ピーチのやつがいいかも」
「イチゴは私も好き!」
「じゃあこれ買おうかな」
「え、自分で買うの? プレゼントしたかったのに」
「いやいや、自分で買うよ。……ミユはすぐ人になにかしたがるよね」
「そうかな? ……アキナだけだよ? アキナが喜んでくれると嬉しいから、なにかしたくなるの」
「……気持ちだけ貰うよ。じゃあ私これ買ってくるから、待ってて」
「はーい、じゃ、入口で待ってるね」
私はレジに、ミユはお店の入口の方へ向かった。すぐに会計が済んで、ミユと合流する。
「お洋服も見るんだっけ?」
「見ようかなと思ってたけど、特に今すぐ欲しいわけでもないし、今日はこれ買ったからもういいかも。ミユはなにも買ってないけど、どうする?」
「私も今日はいいかな。じゃあ、今日は帰る?」
「……帰ろうか」
「……今、ちょっと帰りたくないなって思ったでしょ?」
「それは、そうだけど、私たちまだ高校生なんだから、あんまり遅くなってもよくないでしょ」
「そうだね。帰ろっか」
そう言って微笑むミユの顔が少し寂しそうに見えたのは、気のせいではないはず。
「またすぐ学校で会うのに」
「そうだけど、そういうことじゃないじゃん」
「ミユのそういうとこ、かわいいなって思うよ」
「はいはい、ありがとー」
「照れてる?」
「照れてる」
「ミユって素直だよね」
「アキナもそういうことまっすぐに言えるじゃん」
「ミユがかわいいのは事実だから」
「もうー!」
「嬉しくない?」
「嬉しいよ!」
「嬉しいならよかった」
そう言って笑う私の顔を、ミユは照れ臭そうに見つめていた。そんなところもかわいいなと思う。
家に帰ってからも、メッセージで少しやり取りをした。今日も楽しかったね、というミユからのメッセージを見ながら、私は頬が緩むのを感じていた。
ミユと一緒に過ごす時間が本当に幸せだなと思う。でも、一人で部屋で過ごしていると、暗い感情が首をもたげてくるような気もしていた。
私たちは今、高校生で、恋人として付き合っているけど、周りには仲の良い友達同士ということにして、恋人だなんて言えていない。同性愛というものに、まだまだ偏見がある世の中で、どうしても息苦しい瞬間はある。ミユは、一人で考えすぎるなと言ってくれたけど、私はどうしても考えてしまう。
いつか、ミユと恋人同士ではいられなくなる日が来るかもしれない。それはとても、怖いことだなと思った。不安でたまらなくなりそうで、ミユからのメッセージを見返す。ミユの言葉は、温かくて、幸せな気持ちになる。
学校では、私たちは仲の良い友達で、だいたいの時間は一緒に過ごしている。今日も一緒にお昼を食べたり、休み時間には他愛もない話をしたり。そうやって放課後になって、今日はどうしようかという話になった。毎日どこかに行くわけにもいかないけど、なるべく一緒にいる時間を確保したい。
「今日は図書室にでも行ってみる?」
私が提案して、ミユは少し考えているようだった。
「図書室じゃおしゃべりできないでしょ?」
「そうだね……。なんか話したいことあった?」
「や、特別なにか話したいわけじゃないけど、一緒にいるんだからおしゃべりしたいよ」
「そっか。じゃあ……今日は、私の家に来る? 昨日の、買った紅茶も飲みたいし」
「行く!」
ミユが嬉しそうに答えてくれて、私も嬉しかった。
私の部屋で、二人で紅茶を飲む。クッキーが家にあったので、それも出した。
「イチゴの香りいいね!」
「ね、買ってよかった。おいしい」
「こんな時間がずっと続けばいいのいねー」
ミユのその言葉は、きっとそんなに深い意味はなく投げられた。でも、私はそれを聞いてとても重たい気持ちになってしまった。
「……アキナ? どうかした?」
「え、いや、……ミユはそんなつもりじゃないと思うけど、ちょっと不安になっちゃった」
「不安? なんで? 私は、アキナのことずっと大好きだよ?」
「ミユはそう言ってくれるよね。……でも、今の日本の制度じゃ、同性婚はできないし、パートナーシップ制度とかあるらしいけど、……私もまだそんなに詳しく調べたわけじゃないけどさ。ミユだって、結婚までは考えてないでしょ?」
私の言葉に、ミユは少し考えながら、ゆっくりと口を開いた。
「私もまだ結婚までは考えてないけど、アキナのこと大好きだなとは思ってるし、一緒にいたいなと思ってるよ。それだけじゃダメ?」
「……ごめん、きっと私が考えすぎなんだ。どうしても、不安になっちゃう時があるんだよね。私たち高校生で、これから進路のこともあるし、いつかは離れ離れにはなるんじゃないかな、って」
「……そんな将来のことで不安になってても、なんにもならないよ。今、私たちは一緒にいて、お互い大好きで……大好きだよね?」
「大好きだよ、ミユのこと、大好きだから、でも、いつか離れるのかも、って、不安になる」
「不安になんてならないでよ。……そりゃあ、私だって、進路のことはどうしようかなって思うけど、今はそんなこと考えても仕方ないじゃん。お互い大好きだって気持ちがあれば、大丈夫だよ、きっと」
ミユの優しさが、私の胸を刺す。涙が目にあふれてくるのを感じた。
「なんで泣くのさ……」
そう言いながら、ミユがハンカチで私の涙を拭ってくれる。
「ごめん、でも、つらくて泣いてるわけじゃなくて、……なんか、胸がギュッとなっちゃった」
「そっかそっか。私はアキナのこと大好きだから、大丈夫だよ」
「うん。私もミユのこと大好きだよ」
「おいしい紅茶を飲めば、不安な気持ちなんてどっか行くよ」
そう言って紅茶を飲むミユの姿が、とても頼もしく感じられて、大丈夫なのかも、と安心した。
それからも私たちは、幸せに一緒に過ごしている。大学は同じところには行けないから、少し離れて暮らすことにはなった。でも、心は繋がっている、そう信じられる。
ミユが私を好きだと言ってくれて、私もミユのことが好きで、こんなに幸せなんだから、結婚ができないなんてことは、もう悩みたくない。でも、このままでいいのかな、と思ってしまう時もあった。子供を産むことはできないんだよな、なんて考えちゃうこともある。
テーブルを挟んでドリンクを飲んでいるミユを見つめて、私はまたこんなことで悩んでしまう。
「アキナ、またなんか考え事してるでしょ」
ミユがドリンクを置いて私を見つめていた。
「……ミユのことがどんなに好きでも、ミユと子供を産むことはできないんだよな、って」
「子供……」
「ミユはどう思う?」
「別に、子供を産むことが幸せって限られてはいないでしょ。……アキナは子供、欲しいの?」
「私は……ミユとの子供だったら、ちょっと欲しいけど、それは無理だから、やっぱり欲しくはないかな。ミユと一緒に、幸せに過ごせたら、それでいいよ」
「そういうこと素直に言ってくれて、嬉しいよ。私も、アキナと一緒にいられたら、それが幸せ」
そう言って微笑むミユが、とても愛しい。
ドリンクを飲み干して、お店を出る。二人で並んで歩く時間が、とても幸せに感じた。
将来のことなんてわからないけど、今、目の前にいるミユが笑ってくれている。幸せで満ちている今の気持ちを、大事にしていこう。
そう思っても、私はまた悩むかもしれない。でも、ミユが側にいてくれるから、大丈夫。大好きなミユの笑顔が、私の胸を温かく照らしてくれる。
〈了〉




