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エピローグ 二人の道

「で、築地は見つかったか?」

「いえ……素顔も解らないので捜査は難航しています」

 ウチは今、本部の医務室で療養しながら指揮を執っている。痛めつけられた腰を休めさせるためベッドの上で寝転びながら高柳の報告を聞いているところだ。隣で添い寝するようにくっ付いているクミミンにはもう何も言うまい。

 秘匿性が高く最新鋭の医療機器が揃っている研究棟と違い、ここは比較的軽症患者が運ばれた。過労で倒れた北上や安藤にボコられた新人もめでたく昨日で退院した。水嶋も目覚めているようで、とりあえずそっち方面での肩の荷が下りたのは幸いだな。

 御代真奈や水嶋に聞きたいことは山ほどあるが、残念ながら来客の多いウチは研究棟の病室で休むことは出来ず、ここにいる次第だ。

 

 この騒動の元凶となった才神を葬った男の正体は未だ不明。築地という名で執行者になっていたが、それは恐らく偽名だろう。殺害現場には剥ぎ捨ててあった人工皮膚があったため素顔は不明。高柳の言う通り顔の判らない変装する誰かを見つけるのは相当厳しく、あれから全く足取りが掴めていない。

 他の管理者と連絡も取れないし、こっち方面での進展は全く無いままだ。

「あんま深追いすんなよ。ウチが言うのも良くないが、できることならヤツ等とは関わんねぇ方がいい」

 少し前まで築地と普通に話していたのが何とも不気味だ。深傷を負っていたとは言え、あの才神を殺したんだ。ウチは薬師寺よりこっちの方が恐ろしいね。

「薬師寺の目的は楽園の解放っつってた。それが今の状態を意味するんなら、勝手に消えるだろ」

 楽観的と思うだろうが、正直ウチはこれ以上被害を出したくない。ただ今だけはこの平穏を、皆に享受させてやりたいんだ。


「――かしこまりました。ではクミミンさん、行きますよ」

「えー」

 行きたくないと、クミミンはウチをぬいぐるみの様に抱きしめる。

「えーじゃないですよ。今は特に人手が足りないのですから」

 築地の捜索に加え処刑場の整備に人員の再編成、新たに発見された地下通路の調査など、やることがてんこ盛りだ。

「まあいいじゃねぇか。テメェも少しは休んどけよ」

 あれから休みなしで働く高柳は能力も毎日限度まで使い続けている。相変わらず涼しい顔しているが、いつかブッ倒れないか心配だ。

「そうだよ、杏ちゃんもヒナぴよに叱られたいならサボればいいじゃん」

 言い方。サボってもいいだなんて言ってないぞ。

「あのですね、私にもポリシーがあるんですよ」

 あんのかい。

「私が求めるのは理不尽さです。自分から狙いに行くのは違うんですよ」

「テメェ、もう出てけや」

「ありがとうございます」

 ああ、もう……アイツ無理。

 癒しを得られたのか、馬鹿は満足げに部屋を出て行くと、入れ替わりで「失礼します」と会釈しながらビニール袋を持ったスーツ姿のおっさんが入って来た。


「お疲れ様です、紅露先輩。ご気分は如何ですか?」

「ああ、そろそろ動けるようになるよ」

「そんな急がなくても……、ゆっくりお休みになられては?」

「そういうワケにはいかねぇよ」

 大口叩いておきながらウチだけ何もできなかったんだ。水嶋の救援にも間に合わず、肝心な所も後輩に委ねた。せめてアイツらが休んでいる間に後始末でもやっとかなきゃウチの気が済まない。

「部長の方こそ休んどけよ。働きっ放しだろ?」

 高柳と同じく部長も連日忙しなく動いている。誰よりも働かなければならないのは上に立つ者の宿命。恐らくは今、執行者の中で一番休みの無いのが部長だ。責任感の強いこの男は上から言ってやらないと自分に休憩すら与えないだろう。

「ご心配なく。私にはコレがあるので」

 内ポケットから自慢げに取り出したのはエナドリだ。

 そんなモンに頼る時点で限界来てんじゃねぇか……。

 結局コイツもウチの言うことを聞きやしない。呆れながらウチは、労いの言葉を贈ると謙遜で返された。

 そんで何しに来たかと問うと、ウチの様子を見に来ただけらしい。その時間で休んどけよと言いたくなるが、やめておいた。

「こちら差し入れです。皆さんで召し上がってください」

 持っていたビニール袋をベッド脇の机に置かれた。中には果物が入っているらしい。

「わざわざ買わなくても……」

「じゃあお姉さんが貰ってもいい?」

「駄目に決まってんだろ」

 そんなクミミンとの不毛なやりとりを見ながら部長は「失礼しました」と一礼し医務室を出て行く。ここは面接会場じゃねぇぞ。

 

 ゆっくりと閉められた扉が再び開けられる。今日は来客が多いな……。

「ひな子」

 次はテメェかよ……。白のタキシードを装い、色とりどりの花束を添えた色男がやって来た。一目見て仕事しろよテメェと暴言を飛ばすが、コイツは当然ながら聞き入れない。

「真奈は何処だ?」

「教えるかボケ。テメェの所為でこうなったんだぞ。責任取れや」

 当たり前だがコイツにだけは御代真奈の居場所を教えていない。普通に迷惑だからな。

 そもそもコイツがいなければウチもこんな目に遭わなかったんだ。絶対に許さん。

「あ? そもそも僕を除け者にしたひな子が悪いんだろ。最初から僕に話しておけば、もっとスムーズに事が運んだものを……」

「テメェなんぞ信用できるかゴミカス」

「その結果がそのザマだろ。お腰を痛めたお婆ちゃん」

「んぐっ」

 ぐぎぎ……痛いところを突きやがって……。

 相変わらずコイツとの煽り合いは勝てねえ。だが、このままやられっぱなしも癪だ。死ぬほどやりたかねぇが仕方ねえ。

 無い胸元を曝け出し、長い髪をかき上げると両手をシーツに乗せながら首を少し傾け上目遣いで精一杯の愛嬌を振り撒いた。

「ウチ、本当は君のこと好きだったんだぞ♡」

 自分でやっててすっげぇキモいと思う。しかし、罵詈雑言の利かないコイツには逆手で攻めるのだ。

 案の定、白川の顔が見る見るうちに青ざめていく――。

「おえっ、ゲボッ……ゴフォッ、うげっ、ガボボボボボボ……!」

 医務室が凄惨な現場へと早変わり。スーツが台無しだな、おい。

 こんな事に使うのもよろしくないが、スタッフコールのスイッチを押した。このゴミもついでに引き取ってもらおうか。

「ヒナぴよ、今の保存するからもう一回やって」

「二度とやらねぇよボケ」


 今回の一件で平穏の大切さが身に染みた。慣れていると気付かないもので、うっとおしいような日々も死が近づくと途端に恋しくなる。

 リリカには嫌な役をさせてしまった。他に適任がいなかったとはいえ、後輩一人を犠牲にしていいことなどあってはならない。記憶を取り戻しやすいようリリカには全力でサポートしつつ、今後同じような出来事が無いように努めるのがウチの役目だ。

 そして、護り続ける。こんな日々がいつまでも続くように――。

 

      ◇

 

「やっぱここにいたか」

 芝生で囲まれた辺り一面に広がる墓石が縦横に等間隔で並んでいる。そこにはポツンと一人だけ一際目立っている男が立っていた。

 頭の倍以上に髪の毛が膨れ上がった奇妙なヘアスタイル。あんな爆発したような髪型は今までに見たことがない。ただ、その大きな背中は何度も目にしてきた懐かしい背中だった。

 俺はその男の横に並び、眼前の墓石を見据えた。

「いいのか? あんたまでこっちに来ちまって。上から睨まれても知らねーぞ」

「フン……構いやしねーよ」

 柚原リリカは才神との戦いで倒れた後、目が覚めて直ぐ三級以上の執行者全員の起爆装置を無効化させた。勿論、それはこの人も同じだ。

 鎖を失った番犬は自由。世界を知っている男に縛り付けるものは何もない。俺と違って何処へでも生きていけるのに『楽園』に残ることを選択した。

「俺だけ逃げるわけにはいかねーだろ」

 男の眼前に佇む墓石には――御代透の文字が彫られている。

「あんたは悪くねーよ。俺の責任だ」

「青二才が一人前なこと言ってんじゃねーよ。碌に調べなかった俺の責任だ」

 普段はおちゃらけている人だが外へ出て変わったのか、真剣な表情から紡がれる言葉は得も知れぬ重みがのしかかる。

「変わったな……先輩」

「……てめーもな」

 先輩は少しだけ口元を緩めると、漸く俺に目を合わせた。

 俺はこの人に憧れていたんだ。戦い方も、口調も真似をして。早く認められたい――そんな思いで気が逸り、過ちを犯してしまったんだ。

 二人で手を合わせ、黙禱する。

 こんなことをしても自己満にしかならないが、何もしないのは自分が許せねえ。

 

 ――あんたの娘、立派だったよ。執行者には向かねーけどな。

 だからこれからも陰で護り続けるつもりだ。あの甘ちゃんを。


「こっちに残るってことは、俺と同列ってことだよな」

 先輩は才神、というか魚路のおっさんの後釜に就いた。本部を拠点とする第一級執行者。つまり、実質降格ってことだ。

「生意気言ってんじゃねーぞ、弱虫茅間ちゃんよ」

 先輩は嬉しそうにそう言うと、俺に背を向けながら遠ざかっていく。

「バラはマナー違反らしいぜ」

「そうなんか、そりゃ悪ぃな。なんとかしといてくれ――」

 人の注意を無視して、先輩は歩みを止めず手を振りながら去って行った。

 ……ったく、しゃーねえ。

 棘に触れないよう地道に一本一本抜いていると、穏やかな風が肌に触れた――。


      ◇

 

 見渡す限りの水平線を目指し、昼光を浴びながら吹き荒ぶ潮風に逆らい丘の上を歩いていると、海鳥の鳴き声が懐かしき穏やかな日々の記憶を運んだ――。


『お父さん、海の向こうには何があるの~?』

『え? えっと……人がいっぱいいるぞ』

 夫に抱きかかえられる幼き我が子。

 まだ無邪気だったあの時は外の世界に興味津々だった――。

 

『真奈ー、今日の飯は?』

『お母さん、お腹空いたー』

 自宅でよく繰り返した会話。

 小学生のあの子はよく床に寝ころんでたなぁ――。


『お母さん、今日もありがとね』

 父親の死を受け入れ、娘は急激に大人の階段を昇る。

 試験勉強で大変なのに家事をよく手伝ってくれた――。


 そんな日々は……もう二度と戻らない。


 漆黒のドレス――私の罪の象徴が風に煽られバタバタと騒々しく揺れる。これを着て鎌を持つ私の姿をまるで死神のようだと、あの男は言っていた。

 確かに、身内に不幸をバラ撒くという意味では死神なのかもしれない。

 そんな死神が優しい彼等と共に生きることなんて出来るはずもなく――。


「よぉ、もう平気なのか?」

「お陰様でね」

 崖の上で待っていたのは、私を死神と揶揄した男と、殺したと思い込んでいた男。

「歓迎するぜ、真奈! これから楽しくなりそうだ!」

 山男は無邪気にも笑っている。

 そう、私は『CHAOS(カオス)』に入ることを決意した。

「んじゃ、おめーの顔も見れたことだし、泳いで帰るわ。先行ってるぜ」

 そう言いながら衣服を全て無造作に脱ぎだし、毛深く毒々しい身体を見せつけられる。

「最っ低……」

 侮蔑の言葉と視線に意も返さず、変態は早々と崖から飛び降りて行き、水面に巨大な物が落ちるほど大きな水音が響いた。

「これで死んでればいいのに」

「ふっ、だから皆そう言うんだよ」

 長年の付き合いからか、男はいつものことかと嬉しそうに笑う。

 彼は変装を解き、本来の姿を晒している。眼鏡の執行者の青年とは完全に別人で、捜索する執行者を平然と横切れるくらいに判別が出来ない。今は四十代だったか、顔立ちは子の禍悪棲と似ているが、常に背筋を伸ばした堅苦しく尊大な奴と違い、優しげな雰囲気を漂わせ穏やかに佇む。薬師寺とは組織創設時からの親友らしい。

 

「本当にいいのかい? 我々は常に死と隣り合わせ。故に一秒後の命すら約束されん」

 CHAOSは自由主義のテロリスト集団で、その主な活動は弱者救済を掲げた武力闘争の誘発。彼らは力を求め彷徨っていた私に力を与えたように、弱者に加勢しては混沌を巻き起こす。

 脱退加入は自由で裏切りも受け入れているため、薬師寺のように味方同士の殺し合いなど日常茶飯事だとか。そのためメンバーの入れ替わりも激しいという。

 私にはもう拠り所が無い。これ以上、心優しき執行者達の世話になるわけにもいかない。だから彼等を護るために、娘の信念を護る為に――。


 マキナ、貴女の選んだ道は……決して間違いじゃない。


 親の仇である悪人にも慈悲をかける貴女の心は、眩しいほどに美しい。その暖かみは、これからも多くの人の冷たい心を溶かしていくでしょう。だけどもそれは、とても繊細で脆く壊れやすい。

 その心を護るためにも、再びこの手を血で染めよう。貴女が裁けない真の悪人は、私が代わりに裁く。


 だから私は……貴女とは別の道を行きます。


「構わない。この楽園を護るためだったら、死神にだってなってやる」

「ふっ……愚問だったね。では、CHAOSへようこそ。君を歓迎するよ、真奈」

 男は両手を広げて歓迎の意を示す。生暖かい風が後押しするように逆風へと変化し草木を揺らした――。


 私は家族を欲して『楽園ここ』へ来た。自分だけの、決して裏切らない家族を。

 そしてまた『日本もと』へと戻る。家族の為に。


 さようなら、私の……いえ――楽園の執行者たち。




これにて物語は一区切りとなります。ここまで読んで頂きありがとうございました。

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