第48話 VS 才神渦悪棲
突如、処刑台に複数の亀裂が走る。マキナを避けるようにして背後から七本の刃が才神を襲った。目の前の仇敵を前に燻り続けていた真奈が、大鎌の発現と同時に先制攻撃を放ったのだ。真奈が操る『デスサイズ・オブ・リベリオン』の能力の一つ『死角の刃』は、対象の死角から大鎌の刃を走らせ切断する。更に激闘を重ねる中で真奈の力は進化し続け、刃の複数同時操作まで可能にしていた。
処刑台が崩れ落ちる前に母の凶刃を予測していたマキナはその場から側面に飛び降りる。母の放った凄まじい攻撃に畏怖を覚えつつも、1メートル下の地面へ体勢を崩すと来なく着地した。
鉄製の台がガラガラと音を立てながら修復不能なほどバラバラに散っていく。それは真奈の意思表示。処刑は許さないという怒りの表れであった。
一方、殺意の対象となった才神は刃が放たれる前にしゃがんでいたことで死の刃から回避していた。自身の能力『ゴッド・オブ・オールマイティー』の『神の眼』で未来を視ていたのだ。
「凄まじい威力だ。これが君の本気か」
才神は地に片手をつけながら称賛を送るが、真奈の攻撃は終わらない。彼女の真骨頂は敵に息をつかせない怒涛の追撃だ。先制攻撃の後も手を緩めず仇敵の首筋、足首、背骨へ向かい死角の刃を放つ。
しかし、どれも標的の身体に触れることは無かった。全て攻撃が来る前、それも刃が具現化する前に対処している。これぞ未来視だと、男は堂々たる目線を真奈へ向け薄ら笑いを浮かべる。
その様子を見てマキナは震えた。頂上に到達した者達の死闘。進化する母、それに適応する才神、両者の間に入ることができない限りなく遠い実力差に唖然として立ち尽くしていた。
「未来が視えるなんて嘘。脳波でしょ」
『S-Pad』は主に脳波によってコントロールしている。それを見極める『S-Pad』があっても不思議ではないと、真奈は推測していた。
「ご明察。実際は君が放っている脳波の軌跡を目視できるのさ」
自信の表れか、才神はあっさりとネタバレする。それが解ったとしてもどうしようもないからだ。
「脳波だけじゃない、筋肉の動きから体術の予測も可能なのさ。よって――」
追撃を縫いながら才神は真奈との距離を詰めだす。
「君に触れることは造作も無いんだよ!」
「それなら、これはどう?」
『神の眼』が導くは頭上への導線。マキナの目にはギロチンのように振り下ろされる巨大な鎌の刃が映った。
「これは魚路君のか!? だがそれも視えている!」
『デスサイズ・オブ・リベリオン』二つ目の能力、『模倣』によって魚路の『ブレード・オブ・フォーリング』の力を使ったのだ。
頭上と死角からの波状攻撃にも、才神は次から次へと迫り来る刃を難なく躱す。
「驚いたね、『ナイフ・オブ・ジャック』は既に捨てていたのか! 薬師寺との戦いですらブラフを続けていたとは恐れ入ったよ!」
更に隙間を縫うように飛ばされた小鎌が襲い掛かる。
能力で創り出した物ではない本物の鎌だ。腰に隠していたそれを、真奈は惜しみなく投げ捨てていった。
「うおっと!?」
脳波以外でも動きを予測できる『神の眼』だが、ここで回避のリズムを崩される。ダメージにまでは至らなかったものの、小鎌は才神の袖を掠めた。
その機を逃す手は無いと、真奈は追撃を緩めない。今度は手に持った大鎌を下から突き上げた。
頭上、背後の死角、下面から三点同時攻撃が体勢を崩した才神を襲う。たとえ読まれようとも関係無いと、真奈の執念が遂に届き――大鎌の一撃が才神の左手中指を僅かに斬り落とした。
「流石は真奈。一筋縄ではいかないな。薬師寺が夢中になるのも頷ける」
袖で汗を拭う男の中指は再生を始め、忽ち元の形状へと戻っていった。
漸く与えた決定打が無駄になったことでマキナが絶句する一方、真奈は全く動揺を見せない。
「魚路君は自殺した筈だが……。君の攻撃が僅かながらに届いていたのかな?」
真奈はその問いに答えなかった。いや、答えられずに蹌踉めいたのだ。
薬師寺戦での傷か、能力過剰使用による脳疲労か、ここへ来て弱みを見せてしまった。
「大したものだよ。全く弱っている素振りも見せないからね。だけど……もう限界なんじゃないかい?」
地に突き刺さる巨大な刃。『ブレード・オブ・フォーリング』による刃は死角の刃とは違って形を残すのが特徴だ。魚路はその特性を利用しながら戦ったが、逆に利用されることは当人すらも頭に描かなかっただろう。
「神の力を見せてあげよう。『創造の手』」
才神が地に突き刺さった刃を左手で掴むと、刃が拳銃へと変化していく。
「見たまえ。『S-Pad』ですらこの有様だ」
狂気の銃口が真奈へ向けられる。
「お母さんっ!」
発砲音と共に放たれた銃弾は真奈の背後の扉へ直撃。足を狙ったようだが、貫通するどころか撃たれる前に着弾点をずらされていた。
「そう来るか……」
真奈の眼は赤く染まっていた――。
「まさか殺さなくても奪えるなんてね……」
「そう、身体の一部さえ刈り取れれば……この通り」
才神の中指を刈り取ったことにより、『神の眼』をコピーしたのだ。
「素晴らしい!」
男は歓喜に震え、拍手を送る。
「この瞬間のために『ブレード・オブ・フォーリング』を隠していたとはね! 嬉しいよ、薬師寺ではなく私に使ってくれたことを! 全く、君は本当に私を驚かせてくれる。まるで君の主演映画を見ているようだ! どこまで演技なのか本当に判らない。しかし……辛そうだね。『神の肉体』はコピー出来なかったのかな? それとも、それすらも演技なのか。ふふふっ」
『神の肉体』をコピーしていれば、薬師寺戦で受けた傷は疾うに完治している。
しかし、それは叶わなかった。
才神の中指を刈り取った瞬間、真奈の脳内では苦渋の選択を迫られていたのだ。『ゴッド・オブ・オールマイティー』の能力を得るためには一つにつき二つの能力を差し出さなければならない。つまり、ギロチンの『ブレード・オブ・フォーリング』と貫通能力の『スピア・オブ・デターミネーション』を捨てなければならなかった。
それでも真奈は迷いなく『神の眼』を選択した。それは己を護るためではなく――。
「楽しいよ。君は本当に考察のし甲斐がある。君がコピーできるのは二つだけ……後は何が残っているのか、どれ、試してみようか!」
創造の手、破壊の手を合わせると、優しく遠ざけるようにゆっくり離していく。その中からは眩い光の玉が現れ、破壊の右手で掴み取った。
「神はこんなことも出来るんだよ」
「マキナ逃げてっ!」
唐突に才神の視線がマキナへと向けられるも、早過ぎる警告が彼女に余裕を齎す。
ドッジボールのように投げられた光弾は飛び退いたマキナをすり抜け、カーブをかけながら壁へ衝突。轟音と共に壁に大穴を空けた。
『神の眼』が無ければ警告が遅れ、マキナを死に至らしめていただろう。
――隙あらば殺す。
才神の殺意を受け取ったマキナは己を奮い立たし、抜刀の構えをとる。
「ソード・オブ・ヒロイック!」
刀を発現させるも刀身は抜かない。攻撃が自死を齎すため抜刀は不要、身体能力を少しでも強化するために発動させたのだ。
「劣化『S-Pad』で何をする気かな? 私に攻撃が通れば、君は死ぬんだよ」
そんなことは解っていると、睨みを返すマキナ。このまま足手纏いでいるわけにはいかないと思考を張り巡らした時だった。
――突然の悪寒。身体の芯へと突き刺さる殺気がマキナを襲う。
しかし、それを放ったのは才神ではなかった。
「――夢幻泡影」
真奈が呟いたそれは一つのプログラム。対象の行動をトリガーに自動で発動する攻撃命令。
死角の刃は脳波で正確な位置を指定する必要があり、『神の眼』によって容易に攻撃の軌跡を見切られてしまうが、指定という手順を省けば攻撃が通る。
トリガーは対象の瞬きの直後。命令は発生した死角による全方位無差別斬撃。
殺意に当てられた才神がマキナから目を離した直後だった――。
トリガーが瞬きとは知る由もせず、無意識に眼を閉じた男の全身に無数の切れ込みが走る。地には血飛沫を滲ませながら蜘蛛の巣の様な繊細な紋様を刻んでいった。
突然の出来事に唖然とするマキナ。彼女はまだ知らなかった。真奈の本当の復讐理由を――。
才神が真奈の狂気の引き金を引いたのはいつか?
瞬き? 違う。
マキナへの攻撃? 違う。
夫の死? 違う。
それは――。
「夫が死んでから……毎日のように口にするの。『お母さん、いつもありがとう』……って」
よろめき倒れる男に死神がゆっくりと近づく。固く閉ざされた表情の裏に激情の怒りを乗せて。
マキナには真奈が放った言葉に心当たりがあった。それは、突然の別れで父に伝えられなかった感謝の言葉。いつ別れが来てもいいように、常に母を気を遣うようになってしまっていたのだ。
「私たちは感謝の言葉なんて要らない。ただ……元気に育ってくれれば……」
真奈はその言葉に笑顔で返す度、胸が締め付けられる思いだった。手のかからない子と言えば聞こえはいいが、実際は人の死を恐れ、嫌われまいと接し、本当の心を閉じ込める。そんな風にさせてしまったのは誰なのか。
「せめて家族の前でだけは……自分を曝け出して欲しかった」
沸々と湧き上がってきたドス黒い感情。その元凶に対し真奈は怒りの炎を猛らせ復讐の道を選んだ。
家族とは心の拠り所。それは不変でなくてはならないと――。
「お母さん……」
母親らしい言葉がマキナの心を震わせた。母は復讐に囚われていたのではない、全て自分の為の行動であったのだと。
涙ぐみながら母の元へ駆け寄ろうとした時、再び二人の道は断ち切られる。
「それが君の本性かい? もしそうだとしたら残念だよ」
男は何事も無かったかのように立ち上がる。手数と速度を重視したため放たれる刃は通常より薄く、『神の肉体』を切断するまでには至らない。多少の流血のみですぐさま再生したのだ。
「良い母親の演技なんて観たくもない。私は君の素が見たいのさ」
「いつまで女優の私に囚われてるの? マキナの前にいるのが本当の私。あの子の前で何かを演じたことなんて一度も無いから」
「そうかい。だったら……っ」
ここへきて初めて才神に異変が起きた。眉間に皺を寄せる程度の僅かな変化だったが、真奈もマキナも見逃さなかった。
「まあいいさ……しかし、恐れ入ったよ。ただの瞬きが死角になるとはね……」
その言葉でマキナも理解した。母が才神の瞬きに対して放った全方位無差別攻撃。まさに必殺技と言えるその攻撃は、相手が不死でなければ確実に終わっていたのだ。
「だが、不死の力があって良かったよ。全くもって油断ならない」
「貴方は不死じゃない。『神の肉体』は完全な不老不死ではないと今ので解った」
激情に任せて放ってしまった大技だが、それを無駄にすることなく攻略法を見つけていたのだ。
「流れて行く血は戻らない。貴方の再生能力は傷口を修復するだけに過ぎないのだから」
「……御名答。私は君と違って演技は下手だから、すぐバレてしまったようだね。しかし、それで? もう一度同じ技を放ってみるかね?」
足りない――。マキナも真奈もそう感じとっていた。
あの殺意を最大限に乗せた大技ですら出血死まで遠く至らないのだ。
最も手っ取り早い方法としては脳内の小さな『S-Pad』を壊すことだが、それは針に糸を通すように難しく、才神は『神の眼』で脳だけはしっかりと守っている。
攻略法が解ったとはいえ、それを行うことがどれほど難易度の高いことか先の攻防が如実に証明していた。
「無理をしてはいけない。顔色が悪いよ、真奈。もはや君のそれは演技ではない、やせ我慢だ」
ここへ来た時の涼しげな表情はもう見えない。薬師寺戦から受けた傷に加え、能力を使い続けたことによる脳疲労もある。もう娘の前ですら弱りきった身体を隠せないでいた。
「今度はこちらのとっておきを見せてあげようじゃないか」
再び掌を重ね始めた才神に対し、マキナは得体の知れぬ不安が頭を過ぎると、地を蹴り出し母の元へ駆ける。
「お母さんっ!」
先ほど放った光弾とは比較にならない巨大な光が全員の視界を包み込む。
「スーパーノヴァを知っているかい? 神の力は星をも破壊する」
縋るように母親へ手を伸ばすも、それが届くことなく光は二人の姿を消し去った――。
眩い光は一面を白に塗り替えると、うっすらと辺りの景色を再び映し出していく。
細く瞼を上げるマキナの瞳には母の姿が映っていた。外傷も無く、光が灯る前の状態にホッと胸を撫で下ろす。
「マキナっ!?」
耳に飛び込むは母の焦りの声。緩めた警戒を取り戻すももう遅い。後ろを振り返ると、己に向かって伸びる手が眼前に迫っていた。
――スーパーノヴァ。
大層な名前をつけられたそれは、ただの目眩しだったのだ。真の目的は真奈の『神の眼』を封じ、マキナを殺すこと。
「あ……」
一瞬の後悔。
彼女は最もとってはいけない行動をとってしまったのだ。
伸びゆく破壊の魔の手が目先に届こうとする瞬間、時は止まり、マキナの脳内で走馬灯が駆け巡る――。
『マキナ。私はあなたを信じてる。あなたも……何があっても私を信じて』
『ありがとな。ウチらなんかのために泣いてくれて……。でも、いいんだ。みんなのためなら……命なんて惜しくはない』
『リリカは……リリカは……あんたよりもっと辛かったんだよ!』
『今までありがとう……二人とも大好きだよ。新しいあたしを……よろしくね』
――そうだ……私は……死ねない! 私はまだ……死ねないんだ! やるべきことがある。やらなくちゃいけないことがある。もう誰も……悲しませない!
マキナの身体は無意識のうちに動いていた。掌には触れず、破壊の手を側面から手の甲を押し当てクルリと回す。流れゆく水の様に、才神はマキナの横を通り過ぎ倒れていく。
それは師に教わった技――だが、マキナは足払いをしていなかった。攻撃行動は死に繋がるからだ。
しかし、男の軸足は切断され顔面から地に激突している。
無意識に動いたのは、マキナだけではなかったのだ。
同じ師を持つ二人が数分の狂いも無く異なる役割で同じ技を放つ。正に奇跡と言っていいだろう。母と子の信頼が成せる技だった。
この隙を逃すまいと、マキナは膝をつく母の元へ駆け寄る。
「マキナっ!」
まるで長年離れていた親子が再会するかのように、二人は抱きしめ合う。
それは一瞬とも言えるほど短い時であったが、共に懐かしい匂いと感触に心が解されていき、痛みすら忘れるほどこの一時を享受した。
感傷に浸りたい気持ちを抑え、母親は娘の耳元でこれからすべきことを囁く。受け取った娘の瞳は雲一つない青空のように澄みきり、身体の震えが止まる。母に全てを預ける覚悟を決めたのだ。そこに疑念も迷いも無い。
「『神の眼』は万能じゃない。無意識下の行動には対応できない……そうでしょ?」
切断された右足が見る見るうちに再生していく。骨が伸び、筋繊維が創られ、皮膚が覆うと、倒れていた男はのっそりと立ち上がる――。
「その通りだよ。だが、意図して出来ることでもないだろう」
先程まで余裕だった男の表情はうって変わり、真剣みを帯びていた。
「マキナ……頼んだよ」
「はいっ!」
娘は母を背に刀を抜く。くすみの無い美しい光沢を放つ刀身は、かつてないほどに少女の手に馴染んだ。まるで体の一部かのように柄を包み威風堂々と構える様は、母に少しの寂しさを感じさせた。あの日泣いていた我が子はもういない――と。
信じてるよ……お母さん。
少女は待ち受ける死に向かって勢いよく地面を蹴りだした。
――狙いは腹部。……大丈夫、私は死なない!
――相打ち狙いか!? 無駄だ! 『神の眼』は敗れんっ!
横薙ぎの一閃は避けられることなく届き、男の腹部から血が大きく噴き出す。
「ぐっ……! 出血狙いかっ!?」
男はわざと攻撃を受けた。頭部への攻撃が予測されなかったことで避ける必要が無かったのだ。当然、その理由は起爆装置を作動させるため。
安い代償だと男は口元を緩ませるが、予期せぬ追撃が入る。目の前の少女が更に腹部へ二撃目を放ったのだ。
「なぜ死なないっ――!?」
困惑しつつも破壊の手を少女の頭へ伸ばすが、予測を上回る速さに捕らえることは出来なかった。
「こざかしいっ!」
「なっ!?」
左の創造の手で右手に触れると、右腕は仰々しい刃へと変化。包丁のような形状だが、長さはマキナの刀の倍はある。大きくても重量は元の右腕と変わらない。どちらが有利かは明白だった。
「破壊の剣だ。これが神の力!」
リーチの差に不利と判断したマキナは追撃を止め、後ろへ飛んだ。あれを掻い潜りながら攻めるには、まだスピードが足りなかったのだ。
「全く……賢しい手を使う。真奈、君だろう。攻撃していたのは」
真奈は言葉を発せず不敵に笑う。
「彼女が攻撃する瞬間に、君が刃を飛ばしていたのだろう」
真奈の攻撃には違いないが、厳密には異なっている。マキナの刀の下に死角の刃を忍ばせていたのだ。それは才神の死角ではなく、マキナの死角。
攻撃の瞬間、刃が伸び、敵に刀の刃先が届く前に傷を広げる。刀は空を斬ることで攻撃判定はされず、起爆装置は発動しないのだ。
自分が母の代わりに戦える。目の前の凶刃にも臆することなく向かっていける。少女は自ら士気を高め、半身になり刃を下げることで反撃の体勢をとった。
いつでも来いと言わんばかりに待ち受ける少女に対し、男は溜息を溢した。
「もういい」
男は左手で胸ポケットから端末を取り出す。
「やはり目障りだな、君は。惨たらしい死を真奈に見せつけたかったが……これ以上は面倒だ」
突如、死角の刃が才神を襲うも、全て容易く躱されてしまう。
「無駄だよ。この『神の眼』がある限り、君の攻撃は届かない」
あれだけ攻撃を与えたのにも拘らず、これまで頭部と端末にだけは攻撃が当たることはなかった。そこは敵が守る最重要拠点。無作為攻めても攻略が叶うことは決して無い。
「ん~。攻撃から必死さが伝わってくるね。その調子だよ、真奈。どんどん雑になってるねぇ~」
ヒラリヒラリと、余裕を持て余しながら男は優雅に踊る。
「お母さん、やめてっ!」
娘の必死な叫びはもう届かない。母の表情はもう余裕などなく、焦燥に染まっていた。限界を知らせる頭痛をも無視し、無駄な攻撃をひたすら繰り返す。
「それだよ、その表情さ! 私が見たかったのは!」
最悪の結末。母の姿に耐えきれなくなった少女は、遂に禁断の決意を下す。
――結局私は……足手纏い。だけど……最期にお母さんと戦えてよかった。
「才神!」
――無駄死にするつもりはない。最期まで足掻いてやる! せめて一太刀。操作が終わる前に、渾身の一撃を!
娘は駆け出す。母への感謝を抱きながら死地へと飛び込んだ。
「お母さんっ、ありがとう」
本当に伝えたかった言葉を今度は自分が遺す。あなたの娘で良かったと、全力で駆けながら母へ向けて微笑んだ。
それは瞬きしたら見逃すほど刹那の如く短きメッセージだったが、真奈の瞳にはスローモーションのように見えていた。受け取ってしまった母は絶望が濁流のように押し寄せ声を失い、力の抜けた右手が強く握っていた大鎌を落とす。
――家族が欲しかった。絶対に裏切らない私だけの家族が……。どうして……どうして零れ落ちてしまうの……。
真奈が日本を捨てた理由は、子を道具として扱う心無き両親と、子が安心して育てられないほど有名になってしまった自分に別れを告げたかったからだ。暖かい家族に強い憧れを抱いていた彼女は、『楽園』へ来て子を宿し、自分こそは間違えない――絶対に幸せな家庭を築いてみせると意気込んだ。
両親の愛情に包まれた子は立派に育った。己の命すら軽く思えるほど大切な存在というものを始めて認識したのだ。憧れていた普通の家庭を手にした真奈は毎日が幸せだった。夫が殺されるまでは――。
枯れていた瞳が湿り、娘の勇姿が網膜に焼き付く。真奈は生涯この瞬間を忘れることは無いだろう。
ゆっくりと流れる時の中、真奈は祈った。神の存在を否定していた彼女は藁にも縋る思いで願ったのだ。
しかし無情にも、先に才神の指が端末の画面へ触れた――。




