第4話 模擬戦
術後一週間の安静の後、簡単な『S-Pad』テストを行い動作確認。鞘から刀を抜き、刀身を見つめる。
「いやはや、似合ってますよ」
「マキナかっこいいっ!」
初めて握る刀なのに、不思議なくらい手に馴染む。幼い頃から使い古していたような感覚だ。しかも、驚くほど軽い。
「能力の使い方についてはベテランから講習を受けるといいでしょう。彼もそのつもりらしいです」
あの茅間が手ほどきを? 想像しにくいなぁ……。
「では『S-Pad』の取得、おめでとうございます」
博士は嬉しそうに握手を求めたので、それに応じ謝礼を述べる。
「ありがとうございました」
「殆どの人は一回限りの縁ですが、貴女とはまたお会いしそうですねぇ」
この人は上と繋がっているが、敵ではないだろう。母に手術をしたのがその証拠だ。父との関係など聞きたいことは山ほどあったが、私はまだ疑いを持たれている身だ。どこで盗聴されているかも分からない。今は気持ちをグッと抑えながら、私たちは博士と別れ研究棟を後にした。
――。
執行者専用のバイクを走らせて二時間。リリカとツーリングを楽しみながら目的地である茅間の拠点がある松門市に到着する。
ここはお年寄りが多く、市でありながら田舎っぽい場所だ。茅間が居ることもあってか、犯罪件数は他の街に比べて少ない。
「このバイクで走ると、車がみんな避けてくから面白いね」
「そんなこと面白がっちゃ駄目だよ」
実際、気分がよくなるのは内緒。
「ここで……あってる?」
「多分」
目の前にあるのは一階がガレージになっている二階建ての一軒家だ。人が沢山いる庁舎を予想していたのだが、事務所として使っているのだろうか。付近にバイクを停め、階段を上り、玄関の呼び鈴――は無いのでノックをして呼びかける。
――返事が無い。仕方がないので勝手に扉を開く。中はよくある居住スペース。とても事務所とは思えず、玄関先の扉からリビングに向かう。中央のソファには男がだらしなく寝そべっていた。
「よぉ、遅かったな」
部屋を見渡すと意外にも片付けられている。
「あ、水槽だ」
リリカは勝手に水槽を覗き込む。
「ここが拠点なのですか?」
「ああ、俺ん家だ」
なら、最初から家と言ってよ。
「事務所があると思ったか? あるわけねーだろ。そもそも俺ソロだし」
「ソロだと自宅勤務なんですか?」
「まあな。そもそも犯罪なんて滅多にねーから基本ヒマ」
それでも巡回とかやる事はあるだろうに……。
「『S-Pad』は付けてきたんだろ? んじゃ、早速やるか」
寝そべっていた男は重い腰を上げる。
「何を……?」
「模擬戦だ」
――。
やって来たのは近くの公園。そこには小さな子供から老人までいたのだが、茅間の姿を見るや否や静かに去って行った。可哀想に。この男は巡回などさせず家に引き籠らせるのが妥当だと察する。
「ここでやるんですか?」
「ああ、十分な広さだろ」
人の迷惑は顧みないのか。
「ギター・オブ・エレクトリック」
男は右手を掲げ指を鳴らし、目の前に現れたギターを掴み取る。指パッチン派が早速現れた。
「エレキギター?」
「アコギだ!」とリリカに指摘する。名前が紛らわしい。
「演奏中に充電、演奏後に放電する能力ですよね」
「ん? あぁ……お前は一度見てたか」
父を葬った『S-Pad』だ。忘れるわけがない。
「恨んでるか? あ?」
男は眉間に皺を寄せ挑発する。
「いえ、処遇は妥当だと判断しています」
その返答に対し、ギター男は舌打ちをしながら石ころを蹴飛ばした。そう簡単にボロを出す気はない。
「お前のネタバレはすんなよ。俺はネタバレされるのが嫌いだ。それに、これは俺のための模擬戦にもなるからな」
対『S-Pad』のための模擬戦。私の母との戦いを想定しているのだろうか。
「さぁ、お前も出しな」
「いえ、このままで」
「あ?」
一瞬不機嫌そうに顔をしかめるが、狙いを理解したようでニヤリと笑いだす。
「手加減は不要だ、お前は殺す気で来いや!」
本人がそういうのなら遠慮はしない。実際嫌いだし……、かといってその気になっても簡単に殺せるとは思えない。私は遠慮なく地面を蹴り、茅間に向けて走り出す――。間合いを詰めると同時にいよいよ抜刀の構えに入った。
「ソード・オブ・ヒロイック!」
発現と同時に抜刀。高速の刃が――ギターに……止められた!?
剣閃は弧を描く途中で、ギターのボディーで止まる。『S-Pad』によって創られたそれは本物と強度が異なり、容易く斬ることは出来ない。まるで盾のような堅牢さだ。
「馬鹿が。バレバレなんだよ」
渾身の一撃はギターによって弾かれ、腕ごと上空に引っ張られる。
何て力……。
刀を離しそうになるも、両手で持ち直す。その瞬間――ギター男は指で弦を弾き出した。
充電を行う気だろう……そんな隙を与えるわけが――!
私が二撃目を繰り出そうとする前に、ピリッ――と体に電流が走り、上段斬りの構えのまま硬直する。更に僅かな間を置いて、脇腹に鈍い痛みが走った。
ギターで殴られたのだ――。
「いっ……」
殴られた勢いのまま、受け身も取れずに転がり倒れる。
「マキナっ!?」
「これが俺の必勝コンボだ。タイマンじゃ負け無し」
僅かな演奏で僅かな電撃。接近戦では一瞬の硬直でも命取りである。
甘かった……相手はかなり接近戦に長けている。
地に手をつき身体を起こす。痛みは残るが動けない程じゃない。多少なりとも手加減はしているみたいだ。もし本気だったら、肋骨が折れていたのかもしれない。
「そいつは速いだけか? もっと何かあるよな?」
首を横に振る。
「はぁ!? てめー何やってんだ!? せっかく後出しで選べたのに、そりゃねーだろ!」
掌を顔に添え落胆している。私が対人戦に有利なものを選ぶことを期待していたようだ。
「呆れたぜお前。それじゃあ良くて不意打ちにしか使えんだろが」
実際そうだ。私の得た能力は速度を上げることしかできない。ただ、その振れ幅には条件があった――。
このままでは終われない。奴がギターを肩に乗せた姿を見て気を抜いたと確信し、リリカに目配せする。予め打ち合わせていた台詞を、リリカは声を張り上げ、公園の外に届くほど大きく叫ぶ。
「マキナー! 頑張ってーっ!」
「はぁ?」
いつも、いつだって、どんな時でも……彼女は傍にいる。私は一人じゃないんだ。
体から湧き上がる高揚と共に地を滑る。初撃の抜刀よりも早く駆け、リリカに向いていた視線が戻るよりも速く刃を振り抜く。
呆気に取られていた男の首元に、横薙ぎの刃が止まった。
良かった……私の刃は、第1級にも届く。
「さっきより速えーな。何だそれは」
これが私の得た『ソード・オブ・ヒロイック』の能力。
「己の感情に左右される『S-Pad』。感情の昂りが大きければ大きいほど速度は増すらしいです」
最高速度に達した場合は、全『S-Pad』中最高だという。速さに特化した能力だ。
「それでヒロイックってか。しかも他人頼りだと?」
まさにその通りで、私らしくもない。どうしても刀を使いたかったのか、人との繋がりを求めていたのか。それともヒロイックな気分に浸りたかったのか――。
『これは私がね。遊び心で作ったんですよ』
博士の言葉を思い出す。
『上には呆れられましたがね。一応、破棄されず置いてもらえたのです』
いかにも執行者らしくないこの能力に、私は惹かれたのかもしれない――。
「完全に騙し討ちだが上出来だ。能力条件はアレだが……」
私は刃を下ろし、刀を納めた。
「常にアイツを連れてく気か?」
「あの子は私から離れないので」
「まるで保護者みてーな言い方だな」
実際そうだから。
「アイツがいない時はどうする気だ?」
「茅間さんがいますよね」
私はフッと笑いながら冗談を言うと、茅間は「ざけんじゃねー」と吐き捨てる。ちょっといい気分。これで5級のリリカを離れさせない口実もできたのだ。
「これでよく分かったぜ。格下だろうが能力が分からねーと死活問題だってな。掛のおっさんがやられるわけだ」
「マキナ……大丈夫?」
リリカは私に近寄ると、また不安気に私を見つめる。何だか最近は心配かけさせてばかりだ。
「その程度でフラついてちゃ、この先もたねーぞ」
そうは言っても、こんなに殴打された経験は無い。暫くこの痛みは続きそうだ。




