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第46話 最期の言葉

「――はい、死亡を確認しました。直ちに運びます」


 激闘の舞台となったスクランブル交差点の中心で、外部と連絡を取っていた男が通信を切る。遺体となった者を担ぎ、傷跡の残る道路を歩いて行く。アスファルトに空いた穴や一直線に引かれた複数の裂け目は、騒動が終わる頃には市役所職員の手によって埋め立てられるだろう。

 閑散とした道路の真ん中に一台の黒い車が停まっている。その執行者専用の車には、付き添いの執行者がイヤホンで外部と連絡を取りながら待っていた。

 車の後部座席に男は無造作に担いでいた物を投げ入れると、勢いよくドアを閉める。

「こっちは自分がやっておきますので、現場の事後処理をお願いします」

 付き添いの男が手のサインで了承の旨を伝えると、遺体を担ぎこんだ男は運転席へ潜って行く――。

 

「楽しめたか?」

 運転手はエンジンをかけアクセルを踏むと、遺体に向かって訊ねた。

「普通大丈夫か? って聞かないか?」

 むくりと、遺体だった物が独りでに起き上がる。胸部から流れた血がタンクトップを赤く染めているが、滲んでいるのは中心部だけで出血多量には至っていない。

「お前が死ぬ期待なんて誰がする」

 その言葉で遺体となっていた男は笑い転げるが、すぐに痛みで胸を抑えた。

「おー痛てて、もう少しで心臓まで行くとこだったぜ」

「加減されたか?」

「まさか。殺気は本物だった」

 男は特に死んだふりをしたわけでもなく、実際に死を覚悟していた。ただ偶然死には至らなかっただけなのだ。それは強運と言うべきか、経験の賜物か。

「フッ……相変わらずしぶといな」

「それが取り柄でね」

 このようなことなど一度や二度ではないと、当然のように腰に掛けていた布袋から塗り薬と包帯を取り出す。

「アレあるか?」

「ほれ」

 運転席の男は前方を見ながら助手席に置いていた酒瓶を手に取り、無造作に放り投げる。

「サンキュ。これさえ飲めば大体治る」

 それを受け取ると瓶の蓋を親指で弾き、後部座席で胡座をかきながらラッパ飲みし始めた。

わりぃな。我が儘に付き合って貰っちまって」

 言葉では謝っているが態度が詫びていない。

「構わんよ。それでこそ混沌カオスだ」

 運転席の男は嬉しそうに笑う。

 これが彼らの普段通りのやり取りなのだ。トラブルこそ僥倖としてしまう。

「暴れ足りないのなら好きにしろ。お前が何をしようとも計画に支障は無い」

「んじゃ、そうさせてもらうわ」

「だが、しろが処刑エリアへ到達するまでは死んでろ」

「あいよ」


 ――処刑場に到着し駐車場で車を停めると、運転席を降りた男は再び遺体となった物を軽々とすくい上げ、タオルをかけるように肩に乗せる。

「少し雑過ぎねえか?」

「黙ってろ」

 

「――さん、お疲れ様です。手伝いましょうか?」

 野次馬として現れた数人が車を取り囲む。巡回していた執行者が興味本位で近づいたのだ。

「大丈夫です。こう見えて鍛えてるので」

 遺体の体重は百キロを超えているのだが、それを思わせない程に男は涼し気に抱えていたため厚意を向けた者が引き下がると、女の執行者が背に掛けられた遺体の顔を覗き込む。

「それ……死んでるんですか?」

「はい。確認しましたので、問題ないですよ」

 野次馬達はその言葉に胸を撫で下ろしている。恐ろしいのなら来なければいいものを、人の好奇心というものは抑えられないのだろう。

「それでは私はこれを運び込みますので、皆さんは持ち場へ戻って下さい」

 彼らは軽く返事をし、去って行った。


 ――無人となった北ゲートの管理室に遺体となった物が雑に投げ捨てられる。ズシンと音を立ててフローリングに転がった。

「始まったようだ。私は行く。もう好きにしていいぞ」

「今ので傷口が開いた。ちょっと手当してから行くわ」

 男はフッと笑うと開き戸を閉め、外へと消えた。

「久しぶりの痛みだな」

 遺体となっていた男はその場で座禅を組み、瞑想を始める。集中力を上げることで再生能力を向上させているのだ。無論、常人にそのような機能は無いのだが、この男は特別。野生で育ち、戦いに生き続ける男は身体の修復など当たり前の機能だと言わんばかりに備わっており、胸に空いていた穴は、既に塞がりつつあった――。


 男が十数分ほど目を閉じていると、部屋のテレビが独りでにつく。同時に全ての照明も光を灯し、瞼の裏が明るさを取り戻した。

「何だ?」

 片目を開け、見つめたその先のテレビ画面には『強い人たすけて!』の文字と、二等身の可愛らしいポニーテールのキャラクターが、両手を重ねてお願いしているアニメが流れていた。

 続けて『あっち!』とキャラクターは待合室の出口を指差す。男は興味本位で部屋を出ると、異様な光景が目に入る。

 そこら中にある電光掲示板や案内板の中にいるキャラクターが男に対して『こっちだヨ!』、『早く早く!』、『友達が死んじゃう』と告げるように忙しなく動いていたのだ。

「何だこれ……妖精さんか?」

 妖精に導かれ男は歩みを進み始めると、その先には――この世の物とは思えない巨大な神像がうごめいていた。

 

      ◇


「妖精さんに導かれて来てみれば、面白ぇことになってんじゃねえか」

 眼前に現れたのは死んだはずの男だった。

 タンクトップから食み出る体毛や獣のような腕毛に拒否感を抱きつつも、はち切れそうな背中の筋肉が私に絶対の勝利を告げるほど頼もしく感じさせる。

 妖精さんの意味は解らないが、私の危機を知る誰かがこの男をここに呼んだんだ。

 こんなことが出来るのは……リリカしかない。

 横に目を向けると、リリカは小長谷の手を握りながら倒れている。

 電子機器をハッキングして、薬師寺をここへ誘導したんだ。『S-()Pad(パッド)』を使って……。

 

 ――使うなって言ったのに。

 以前のリリカなら言われなければ使わなかっただろうか……。

 だけども、その行動力の速さが無ければ私は確実に死んでいた。

 薬師寺の登場で警戒したのか、私を繋いでいた四つの腕は離れていくと、力無く沈む身体は床に激突――しなかった。

 子猫の首根っこを掴むように制服を摘まれたのか、未だ宙に浮いたままダラリと両手両足がぶら下がる。

「立てるか?」

 助けてもらって失礼だけど獣臭い……。

 ゆっくりと両足が床につけられると、体重の負荷で関節へ針を刺されるような痛みが襲う。よろめき倒れそうになりながらも、歯を食いしばって二足歩行で堪えた。

「何で……私を助けるの?」

「好き勝手やっちまったからな。真奈に礼ってことで協力してやるよ。だから安心してお寝んねしとけや」

 どうやら今回は味方らしい。倒れているリリカの元へ駆け寄りたいけど、このままでは終われない――。

「アイツは私がる……。らなきゃいけないんだ」

 落ちていた鞭を拾い上げ、手の甲に何重もぐるぐると巻き付ける。一つ一つの動作が身体を軋ませるも、気力だけで無理を通す。私の肉体はもう限界を超えていた。

 薬師寺は私の目を見ると、頭を掻きながら仕方ねえと呟き――。

「デカブツは貰うぞ。あっちはくれてやる」

「ありがとう……」

 厄介な銅像の方を受け持ってくれるみたいだ。

 私はあと一撃……この手で見舞う。それで終わりにしてやる。

 

「お前ら繋がっていたのか……、けど……もうどうでもいい。薬師寺ィ! 俺がお前をブッ殺してやるよ!」

 急速に向かいくる六本の巨大な腕。掴むように開く掌、潰そうと硬く握る拳、横薙ぎに割く抜き手など、多様な手腕が同時に六方向から襲いかかる。

 薬師寺はそれに怯むことなくゆっくりと前進、魔の手が触れようとした瞬間だった――。

 パァン――という音が、六回弾けた。

 私には六本の腕が自ら同時に離れていくように見えた。薬師寺の動きは速すぎて目で追えない。

 気づけば巨大な腕が離れきる前に獣男は銅像の頭上。あっという間に踏み抜かれた銅像の頭部は地へと叩きつけられ、地響きと共に足元が揺れる。

「あ……阿修羅……」

「中は空洞か。こりゃ大仏みてえなもんか?」

 踵でコンコンと銅像の頭を叩いている。強者の余裕というものか、私には銅像の方が小さく見えた。

「こいつはどうやったら消えるんだ?」

 踏みつけられていた銅像は静かに動き出すと、薬師寺は後ろに飛び降りた。あれだけの衝撃を受けたのにも拘らず、表面にはヒビ一つ現れていない。

「どんなにダメージを与えても消えはしない。俺が自発的に消すか、刑罰が執行されるかしかない」

「お前が死んでもか?」

 安藤の表情が陰る。聞かなくても当然、その答えは正しい。どんな『S-Pad』でも死ねば発現されている武具は解除されるからだ。

「そうだ。俺が死なない限り阿修羅は消えない。けどな、お前が疲れ果てるまで攻め続ければいいことなんだよぉ!」

 安藤は虚勢を張っている。攻め続ける側だって負担がかかるからだ。あれ程の巨像を動かすのに脳への負担も相当のはず。

 銅像は二本の腕を上げ防御に回し、残りの四本の腕で一本ずつ、攻め手を変えながら襲い掛かった。

「お前も深手を負っているはずだ! このまま持久戦で潰す!」

 薬師寺の胸を滲ませた血が返り血でないことは一目瞭然だった。それは間違いなく御代真奈との戦いで負った傷。平然としているが見た目以上に深手なのか、安藤の言葉で不安が広がった。

 

 そんな心配の眼差しを向けると、薬師寺と目が合った。この合間を縫って行けと言われているようで、私はボロボロの身体に鞭を打つ。襲い掛かる激痛に耐えながらも、じりじりと安藤の元へ歩み寄る。

 途中で銅像の攻撃が何度も私に向けられるが、それが私に届くことは一度も無かった。

 何度も私を痛めつけた銅像より遥かに恐ろしく感じるが、それ以上に頼もしい男だ。全幅の信頼を寄せ、安藤だけを視野に入れたまま一歩ずつ進む。

 あの屑は銅像から目を離すことは出来ない。あれも脳波によってコントロールしているからだ。ある程度の自律プログラムを組んでいるだろうが、あの化物相手にそんな余裕は無いはず。

 つまり、今……奴は無防備。間合いに入れ、右手に力を籠める――。

 

「舐めるなぁあ!!」

 眼前に迫りくる蹴撃が私のこめかみを叩いた。万全の状態なら躱せた蹴りなのに、今となっては避ける選択肢すらない。

「お前など、目で追えなくてもブッ殺せるんだよ!」

 崩れゆく身体を両足で踏み留める。こめかみの痛みより、身体を支える痛みの方が遥かに痛かった。

「しつけえっ!」

 ポケットに入れっぱなしだった安藤の右手が、私の腹部を突き刺した。しかし不可解にもその衝撃は少なく、ボロボロの身体を倒すほどではなかった。が――。

 熱い……拳じゃ……ない……?

「丸腰だと思ってたか? 馬鹿が」

 その言葉と滲み出る血で刃物だと察した。不思議なことに痛みは感じず、他人事のように腹部を見つめる。


 ……何で私……こんなことしてるんだろ……。


 以前なら、他人の為に動くことなんてしなかったのに。

 関わらなければ良かったんだ。虐めたことなんて忘れてさ。

 皆そうやって生きてるでしょ? 罪の意識なんて感じて馬鹿みたい。

 なのに……なんでかな。

 

 アイツが……あんな物見せるから……。

 

 脳裏に、彼女が描いた絵が浮かぶ。私とリリカとマキナが手を繋ぐ絵。

 大切な友達。

 私が本当に欲しかった……友達。

 

 ホント……バカだよね――。


「捕まえた……」

 安藤の左肩を掴むと、銅像へ向いていた目線がようやく私に向けられた。

 私の狙いに気づいた男は焦りだすと、ナイフを引き抜き首筋を狙う――が、もう遅い――。

 トン――。

 鞭を巻いた優しい拳が男の胸部に当たる。

 

 後悔させてやりたかった……。痛みを与え続けてやりたかった……。

 だけど……今の私にはこうすることしかできない。

 『ウィップ・オブ・ペイン』の痛みを増幅させる能力は、相手に接触する鞭の面積が広いほど増大する。何重にも手に巻かれた鞭は、痛みを何倍にも増幅。それは心臓へと向かい、ショック死させるには十分すぎるほどの痛みだった――。

 

 ナイフを振りかぶったまま安藤は凍り付き、力の無いまま横から崩れ去った。同時に巨大な銅像も光の粒となって散っていく。

 全てをやりきった安心感に誘われ、私の気力は流る血と共に消えていくと、正面から落ちて行った。私の意識も一緒に――。

 

      ◇


「翠ちゃんっ! 翠ちゃんっ!」

 何かが私を包んでいる。暖かい何かが。

 耳元で響く必死な声が、何度も何度も私の名を呼んでいる。

 瞼を少し開けると、見覚えのある少女が涙を流しながら私を見ていた。


 リリカ……良かった……無事で。


 どれだけ意識を失っていたのか、問いかける気力も無い。もう体はピクリとも動かせず、痛みすら感じない。血を流し過ぎたのか、徐々に意識も薄れていく。

 これはもう……助からないな……。

 薬師寺に任せておけばきっと、私がこうならなくても勝てただろう。

 だけど……私の手でやりたかった。

 消してやりたかった……辛い記憶を。

 あんな記憶はもう……思い出さなくてもいいのだから。そして……私のことも――。

 

「翠ちゃんっ、……翠ちゃん!」

 記憶を失くした少女は泣きながら必死に叫んでいる。

 アンタにとっては初対面なのに……そんな私のために泣いてくれるの……?

 そっか……だから……私は……。

 言わなくちゃ……最期の……言葉を……。

「リリカ……」

 謝罪の言葉じゃない……私の……本心を……。

 あの時、言えなかった……言葉。

 

「私……リリカが――」

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