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第45話 水嶋翠 VS 安藤羅威夢

 リリカの能力で信号を操作し、あっという間に処刑場へと辿り着いた。大量の信号を強制的に青に変え走り抜ける様は正に爽快。大幅な時間短縮により五分足らずで到着する。

 私達が入ったのは処刑場北ゲート。南から入ったマキナのお母さんとは逆の入り口だ。遠回りになってしまうが、そこには中野部長に変装したながが単身で待ち構えているだけで、最も警備が手薄で安全なルートなのだ。

 適当な場所にバイクを停め、降りようとするとリリカの異変に気付く。しがみついた手を放そうとせず私の背にもたれかかっていた。

「ちょっと、大丈夫?」

「う、うん……少し眩暈が」

 ……やっぱり無理をしてるんだ。

 本来なら手術後の『S-()Pad(パッド)』使用は一週間の安静期間が必要。信号を変えるために使ってしまったのが影響しているのだろう。

「次は私の許可を待って使うこと。いい?」

「うん。……ごめんなさい。でも、翠ちゃんの起爆装置は無効化させたよ」

「そんなのはどうでもいいの」

 できることなら監視カメラとかもハッキングさせたいが、無理はさせられない。後遺症が残り二度と思い出せなくなってしまう可能性もある。

 負担は最小限に。あと一回、せめてマキナのだけでも――。

 

「お前たち、どこへ向かうつもりだ?」

 ゲート前の入り口で三人組の執行者に見つかってしまった。タイミングが悪かったのか、周囲を巡回していた本部所属の執行者だ。勿論彼らは、私たちの作戦を全く知らない。

「どいて。私たちは中野部長の命令で来たの」

 リリカの袖を掴みながら強引に通ろうとすると、三人の男の身体に塞がれてしまう。

 鬱陶しい……。

 過去の私と同じで、こいつ等は成果を上げようと躍起になっている。気持ちが解るだけに余計苛立ちを募らせた。

「そんな命令は聞いていない。お前ら下級だろ? そんな重要な任務が何故お前らなんかに」

「――いいですよ。通して下さい」

 掲げようとした右手が止まり、奴らの後ろから眼鏡を掛けた第四級執行者が顔を出す。

 ……この人は確かつきって人。私がリリカの手で処罰された時にいた人だ。

「四級が俺らに指図か?」

「その四級に助けられてるのはどこの誰でしたっけ?」

 人差し指で眼鏡のズレを調整する男の台詞に、上級執行者たちは怖気づく。

 二級ですらたじろぐなんて、何か弱みでも握られているのか。

「チッ……通れ」

 芋虫を噛み潰したような顔をしながら男達は去って行った。

「話は紅露さんから聞いています。私も貴女たちの味方ですから……急いで下さい」

「ありがとうございます!」

 それ以上言葉を交わす時間は無い。

 軽く会釈しながら踵を返し、そのままゲートへ――。

「リリカ、走れる?」

「うん、大丈夫!」

 リリカの手を繋ぎ、共に駆けて行く。ここまで来ればもう障害は無い。

 開きっ放しの門の先には小長谷がいるはず。後は紅露さんと合流できれば、私の任務は完了だ。

「小長谷っ――」

 

 目の前に広がった衝撃の光景に足が立ち止まり、言葉が詰まる。

 そこには、血みどろになっている小長谷が首元を掴まれ、今にも止めを刺されそうな瞬間だった。

「何だよ、また下級か」

「あんた誰!? そいつを離して!」

「俺は第(ゼロ)級のあんどう。会議に居なかった執行者か? お前ら……何を企んでいる?」

 安藤!?

 なぜコイツがここに……確か持ち場は正面扉のはず。

「こっちは消化不良で退屈してたんだ。だから一級の奴らで遊ぼうと思ったらこれだ。下級共が集まって何を企んでる?」

 ……どうする?

 零級に下手な言い訳は通用しない。小長谷を見捨てて逃げる? 別のルートに迂回して――。

「リリカ……下がって」

 そんな選択は出来ない。私の役目は……リリカを無事に届けることなんだ。

 みんな覚悟を持って臨んでいる。私だけが逃げるなんてできるものか。

 

 リリカが一歩下がるのを見ると安藤は不気味に笑い、通路脇に向かって小長谷を投げ捨てた――。

「まあいい。丁度二人揃った……『ゲート・オブ・デスティニー』!」

 顔の前で開いた両手の指を交差させ唱えると、男の背後から地響きと共に巨大な門が床から這いあがるように出現した。

 人骨のような装飾で形作られた禍々しく気味の悪い門。隙間からはうっすらと瘴気のような毒々しい紫色の煙が漏れ出ている。

「選べ! お前達のどちらが罰を受ける!?」

 男は私とリリカを交互に指差した。


 罰? 選ぶ? 二人……?

 これは、この『S-Pad』はまさか……。

「ねえ、八年前……小さな女の子とその弟を殺したことってある?」

「は? 八年前? ……覚えてないな。そもそも……心当たりあり過ぎて判らんわ」

 このクズは下品に笑いながら答えた。

 コイツだ……コイツがリリカの弟を殺し、リリカにトラウマを植え付けた男。

「なあ、答えを聞かせろ。言わなければ沈黙がアンサーになるぞ」

「……クソ食らえ!」

 かつてのリリカは自分を選んだ。つまり、どっちを選んでも殺されるということ。

 コイツは最初から救いの選択なんか残していない。

「クッ、ハッハッハ! お前は最も愚かな選択をしたーッ!」

 男は高揚しながら叫ぶ。

「最初の二択に加え、沈黙、逃走、両方。そして――反抗! 最も重い罪がそれだ! 出て来いッ! しゅァ!」

 門がゆっくりと開かれると、煙は赤黒く変化しながら狭い通路内に充満していき、冷凍庫を開けたようなひんやりとした空気が肌に触れる。

 そして煙の元から、巨大な何かの影が浮かび上がっていく。

 何……これ……。

 徐々に大きくなる影。やがてその成長が止まると煙が薄くなり、その正体が判明していく。

 巨人……いや、違う……。

 現れたのは通路を塞ぐ巨大な上半身。その掌は大人一人を難なく包めるほど大きく、銅像の様に塗られた青銅色の表層、鬼の面を張り付けたような三つの顔が畏怖を抱かせる。

 これは……これが『S-Pad』の能力なの!?

「コイツを前にして生きてたヤツはいねえ。滅多にできねえ執行者同士の殺し合いなんだ。楽しませてくれよ」

 安藤は両手をポケットに入れ、後退りながら銅像の陰へ隠れた。

 ――それがアンタの戦い方ってわけね。

 怖気づいている場合じゃない。相手が零級だろうと、年季が上だろうと、勝たなくちゃいけないんだ。

 震えそうになる手を天へ掲げる――。

「ウィップ・オブ・ペイン!」

 発現と同時に掴み取った鞭を一気に振り抜く。蛇のようにうねりながら鞭の先端は銅像の額に打ち当たった。

 衝撃と同時に強烈な音が通路内に響き渡り、少し遅れて反響音――。

 この感触……音、中は空洞か。

 この巨人は生命体じゃない。『S-Pad』により形成された動く銅像。恐らく表面のみに質量を与えられているんだ。

 だから最大限にレベルを上げた痛みが銅像に通らないのは当然。本体の男に視線を向けるも変化は見られない。つまり相性は最悪ってこと。

 こっちの能力は通じない――ならっ!

 更に連撃。手首のスナップだけで銅像の両腕に一回ずつ高速の鞭を叩きこんだ。

「早いな。だが、その程度の攻撃では……ん?」

 銅像の両腕が上がらない。痺れさす能力の方は効くようだ。

 痛みが効かないのなら――直接本体に叩きこんでやる!

「人の痛みを知れっ! 安藤!」

 距離を詰め、鞭を振りかぶった瞬間だった――巨大な影が目の前を覆う。

「翠ちゃんっ!」

 回避が間に合わず直撃を食らい、衝撃で利き腕側から壁に叩きつけられると、右手に軋むような痛みが走った。

「ぐっ……」

「バカが。阿修羅の腕は六本あるんだよ」

 地より這い出していたのは巨大な拳。予め残りの四本を隠していたんだ。

 早く……体勢を……右手が……上がらない……。

 何て迂闊なの――。

 私は焦り過ぎていた。急いでいるからこそもっとよく視るべきだったんだ。

 強い痛みが右腕の行動を阻害する。鞭を握りしめるだけで精一杯だ。

「ほぅら、休んでるヒマはねえぞぉ」

 迫る四つの手腕。二本による合掌をバックステップで躱すも、読まれていたのか、背後から迫ってきた掌に全身を掴まれてしまう。

「リリカ逃げてっ!」

 浮遊感と共に床が遠ざかる。天井に到達すると、握られていた身体が離され背中を押される。今度は床に向かって急降下だ。虫を潰すように、私の身体は高速で床に向かって行く――。

「――ッ」

 恐怖のあまり視界を閉じると、強烈な圧迫感と激痛が私を襲った。口から血が溢れ、握っていた鞭が手から離れる。

 『S-Pad』によって身体が強化されてなければ全身が潰されていただろう。それこそ虫のように。

 しかし、身体が原型を保っていても致命的なダメージなのは変わりない。涙で視界がぼやけ、呼吸すら痛みが伴う。立ち上がろうとしても力が入らなかったが、身体が勝手に起き上がっていた。

 四つの腕が、私の両手両足を掴んで起こしていたんだ。

「八つ裂きの刑を知っているか?」

 知っている。この状況が……それを現している。

 身体は左右に引っ張られながら大の字にされ、再び宙に上げられてしまった。

「よく八つ裂きにするって言う奴いるけどさ、何の道具も無しにそれを体現するのは難しいよなぁ? けど、この阿修羅ならそれを体現できる。四肢が捥がれる瞬間ってのは……いいものだ」

「ああッ!」

 両手両足が引っ張られ、引き裂かれる痛みが続く。

 ミシミシと何かが壊れる音。ブチッと、何かが切れた――。

 

「ストーップ」

 加えられていた力が止まった。

 銅像の落ちていた二本の腕が動くようになったからだ。

「お前、これ何の能力なんだ? 死ぬ前に聞かせろ」

「さっきも言ったでしょ……。クソ食らえってなあっ!」

「見上げた根性だ。死を前にしてまだ強がるか……なら、残りの二本で先にそこの二人から殺してやろうか」

 一気に血の気が引いた。私は一人で戦っているつもりでいたからだ。

 下に目を向けると、彼女は小長谷を抱えながら通路脇で蹲っていた。

 リリカに戦闘能力はない。運動能力が無いのも知っている。あんな攻撃が彼女に繰り出されれば防ぎようがないのは一目瞭然だ。

「二人に手を出すな……殺すなら私から殺せよ!」

「ふっ……そういうお前みたいなヤツを見たくてこの能力にしたんだ。殺してやんねーよ」

 舌を出しながら男は挑発する。

 屑が……この男は……根っからの屑なんだ。なんでこんな男が執行者になれるんだ。

 私は――。

 

「怖いの?」

「は?」

「私の能力は……まだ残ってる……。痺れさせるだけじゃ……ない」

 リリカは……リリカだけは死なせてはいけない。

 彼女にこの戦いの全てが懸かってるんだ。

 痛みに耐えながら、必死に声を吐き出した。

「この程度で……第零級? 笑わせ……ないで。年下の……紅露さんに……降ろされただけじゃん」

 男はピクリと反応し、動きを止めた。

「確か……その時……紅露さんは十四歳だったっけ。……あんたいくつ?」

「そんな安い挑発に乗るとでも……」

「弱い者ばかり……虐めて……掴んだ……地位なんてさ」

 弱いリリカを虐めてた私……だからこそ解る。

「あんた……本当は……寂しかったんじゃないの? 友達……いないでしょ」

 先程まで上機嫌だった男の顔は、銅像と同じような鬼の形相へと変化した。

「フーッ……そんなに早死にしたいのなら殺してやる! 阿修羅ァ!」

「あぐっ……!」

 一本の拳が全身を覆うと、トラックにでも轢かれたような衝撃が両手両足を引き千切らんと押し込んでいく。身体はミシミシ、ブチブチと悲鳴を上げ続けながら痛みと共に私に諦めの警告を出し続ける。

「これでげないのか。タフな奴だな」

 力を込めていたからか、五体はかろうじて無事だ。

 飛びそうになる意識を掴みつつも、口に溜まった血を吐き出し睨みを絶やさない。耐えれば耐えるほど、時間は稼げるんだ。リリカは逃げているだろうか。もう振り向く気力は無い。

「……ッ!」

 迫りくる二撃目の拳――。

 両目を瞑り、もう一度壊れかけの身体に力を込めた。

「ぐうっ……!」

 襲い来る衝撃が私の力を削いでいく。苦痛と救いの無い絶望が私の意思を弱らせ、限界の訪れた身体は徐々に痛みの警鐘を弱めていった。

 もう瞼を上げる力も残っていない。次の攻撃で私の四肢は千切れるだろう――。

 

 ごめん……リリカ……マキナ……。

 

 消え入りそうな意識の中、力を失った首が顔を下げると、微かな風が肌を触れ髪の毛を揺らした。耳元に轟音が響き、それが三撃目でないことは未だ繋がっている四肢が告げている。

 な……に……?

「お、お前はっ……!」

 精一杯の力で顔と瞼を上げる。

 銅像と私の間には、死んだと報告されていた筋骨隆々な男の背中が遮っていた――。

「おえ、面白い相手と戦ってるな」

「薬師寺――ッ!」


「次は俺が相手だあんちゃん。相手にとって不足はないだろ?」

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