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第43話 茅間我煉 VS 諸田康時

 ――ったく、冷や冷やさせやがって。

 俺は東ゲートに装設されていたモニターを棒立ちして見上げていた。御代真奈と薬師寺の戦いを固唾を飲んで見守っていたのだが、今まさにその決着がついたところだ。

「まさかあの野郎に勝っちまうとは……歴史的瞬間だぜ、こりゃあ」

 俺と並んで眺めているのは第零級のもろやすとき。顎に手を添えながら驚嘆している。

「知ってんスか?」

「向こうじゃ知らない奴はいねーよ。あっちの法的機関が匙を投げる程の危険人物だ。会ったことはねえが、耳を疑う噂だけはアホみたいに飛んでくる。実力は……見ての通りだ」

 俺も実際に戦った身だ。全く勝ち筋が視えねえ化物だった。

 あれで無能力者だって言うんだから想像以上に世界と言うのは広いらしい。何だか置いていかれたような気分だ。


「――ん?」

 先輩のイヤホンに通信が入ったらしい、耳元に手を添えながら応答している。敬語を使っているから相手は間違いなく才神だろう。

「――はい、了解です」

「何て?」

「俺は扉の前へ行けだとよ。んで、お前は万が一のためにここで待機だ」

「あの女と戦うんスか?」

「いや、そうならねえように安藤を見張っとけと」

 味方を見張る必要があるなら最初っから連れてくんなよと言いたくなる。思ったよりあっちも人手に困っているのかもしれねえな。

「何もしてねーのに終わっちまったな。ま、現実ってのは大抵こんなもんだ。んじゃーな、俺は行くぜ」

 先輩は踵を返すとゲートの奥へと向かって行く――が、ここで行かせるわけにはいかない。

「先輩、ひとつ聞いてもいいッスか?」

「何だ?」

 アフロという妙な髪形の男はその場で停止する。しかし、顔は振り向かない。

「『しろとおる』処刑の件について」

「忘れろと言ったはずだろ。あれはお前の責任じゃねーって」

 忘れるわけがねえ。いくら譲られた案件とはいえ、アンタを信じて犯罪の片棒を担いでしまったんだ。

 本当にアンタも無関係だったのか、その心に問わなきゃ気が済まねえんだよ。

「だったら責任取って貰おうか」

 パチンッ――と、天へ向かって指を鳴らす。

「ギター・オブ・エレクトリック!」

 光から形成されるギターを掲げた手でヘッドを掴む。そのままギターの横っ腹を肩に乗せ、敵意を示した。

 そこで俺の本気を察したのか、先輩は漸く振り向く。

「何のつもりだ?」

「あの件である人物から『虚偽処刑罪』の処罰を受けたんだ。……だけどよ、あんたも共犯だろ? なのに第(ゼロ)級なんて美味しい肩書も貰って……外は楽しかったか?」

「……何が言いたい?」

「つまり――サシでりてえッ!」

 バチンッ――と、アフロ頭の男は天へ向かって指を鳴らした。

「ベース・オブ・エレクトリック!」

 俺のギターと同じように手元へベースが発現する。

 あれは俺と同系統の『S-()Pad(パッド)』。見た目が違うだけで能力は全く同じだ。

「ハッハッハ、面白れーこと言うようになったじゃねーか! いいぜ、ノってやる! テメーがどれだけ成長したか見せてみな!」

 俺は……この人に憧れていたんだ。

 だからこそ同じ能力の『S-Pad』を選び、戦い方も学んだ――。

 バキッ――と、片手で見せつけるように装着していたイヤホンを破壊しすると、相手も呼応するように壊し、業務用スマホも横に振り払うように同時に投げ捨てた。

「いいね、互いに邪魔は無しってワケだ」

 アンタのことは俺が一番良く知っている。だからこそ必ずノッてくれると信じていたよ。

 才神の野郎が黒なのは確定だ。もう先輩から引き出す必要は無い。

 なら俺に出来ることは何か?

 それは――奴の思い通りにはいかせないことだ。少しでも奴の気を削げればそれでいい。そして――。


 手加減は不要。大きく振りかぶったギターを思いっきりぶつけた。

 ギターとベースが異音を奏で、火花を散らし合う。

「楽器は振り回すモンじゃねーよ」

 真剣勝負だというのに、先輩は楽しそうに笑っている。

「それを教えたのはアンタだろ?」

 俺も本気でぶつかり合えることが嬉しくなり、つい笑みが零れた――。

 俺達は発現中のみ耐電能力が備わるため、微量の電撃では痺れさせることもできない。故にこのように、必然的に能力無しの殴り合いになっちまう。

「オゥラァーッ!」

 両手でスイングされたベースの力強さに、衝撃を受けたギターは手を離れ飛ばされる。

 俺はすかさず指を鳴らし、更に――パチンッ!

「ギター・オブ・エレクトリック!」

 追撃の一振りを間一髪のタイミングで受け止めるも、衝撃に耐えきれず後方へ吹っ飛んだ。

 片手を地に置き、受け身をとる。

 クソっ……手が痺れやがる。

 体格はあちらが上。当然、パワーも向こうに分があるのだ。

 あの人に追いつくため日々鍛えてきたってのに、全く差が縮まってねえ……。

「おいおい、どうした茅間ちゃん。イキってた割に変わってねーんじゃねーのぉ?」

「うっせえ! まだまだこれからだろ?」

 互いに笑みが溢れる。

 目的を忘れ、ただひたすらに殴り合った――。


「変わったな」

「あ?」

「俺は嬉しいぜ。まだひな鳥だったお前が――」

「その例えはやめてくれ。嫌なヤツのツラがチラつく」

「ハッハッハッハッハッ。そうだなぁ、内気で陰キャだったお前がここまで成長するなんてな。それだけに――」

 先輩は何か言いかけたようだが、「無粋だな」と呟き言いよどんだ。そして霧を振り払うように打ち合いを終わらせると、ベースに本来の役目を取り戻させる。

「殴り合いは終わりだ。お前に世界の曲を聴かせてやる」

「世界……?」

 男は笑みを絶やすと、真剣に語り始めた。

「お前は知らないだろうが、世界は負の感情に満ちている。この国と違い、生活が保障されてねー国が山ほどあんだ。そして……俺はそこで戦争という言葉を初めて知った」

「戦争……」

 ベースのチューニングをしながら、先輩は続ける。

「俺はその戦争に参加した。これはその時に作った……平和を願った嘆きの曲だ」

 先輩は静かに演奏を始めた。紡がれるは悲壮な歌詞……音。


 ――らしくねえ。アンタらしくねーぞ。

 俺の知っている男は、パワフルでやかましい曲しか弾かなかったはずだ。

 それなのに……大の男が涙を流して。何があったんだ……。


 流れゆくメロディーが俺の闘志を鎮めさせる。紡がれる言葉と共に頭の中に見たこともない情景が浮かび上がって来た。

 焦土と化す地平、見窄らしい子供、身体の一部を欠損した男達、埋められる大量の遺体。頭が割れそうなほど大量の情報がダイジェストのように駆け巡る。

 何だ……これは……? 俺は……何を見せられているんだ?

 吐き気と眩暈に襲われながらも、目頭が熱くなる。

 これが……世界……なのか。


 ――ズドンッ!

 白い閃光が俺の身体を貫通し、轟音を上げた。演奏が終わり、俺に最大出力の一撃を見舞ったのだ。曲によって電撃の色は異なるのだが、白は見たことが無い。

 膝から崩れ落ちるも両手を押し支え、頭が地につくギリギリの所で堪える。

 危ねえ……完全に意識が飛びそうだった……。

「響いたぜ……」

 頭に映像が浮かんでくるなんて初めての経験だった。恐らくは『S-Pad』の影響だろう。能力を最大限に引き出し……いや、これは進化と言っていい。この人はもう俺の知っている先輩じゃない。

 畜生……遠いな……。

 先輩はいつだって俺の先にいて――俺を導いてくれる。

「よく耐えたな」

「ああ……次は俺の番だ」

 最大出力の電撃合戦。これは耐性のある俺達だからこそできる喧嘩方法だ。昔はよく模擬戦と言いながらやってたな。

 一度も勝ったことは無かったが……。だが、ここで……負けるわけにはいかねえ。

「俺にも背負っているモンがあんだよ」

 ギターのチューニングを始める。武器とはいえ乱暴に扱ってるからな……。悪いが、最後まで頼むぜ……相棒。

「俺が弾くのは贖罪の曲だ。本当に聴かせたいのはアンタじゃねーが、まあ聴いてくれ」

 先輩は何も言わず腕を組み、堂々と待ち受ける。

 ありがとよ……。やっぱイカスぜ、アンタ。


 ――俺は元々虐められっ子だった。

 高校性のとき自分を変えたくて執行者を目指した。合格した時は虐めっ子共も黙るようになり、果てには媚びへつらう姿に俺は神にでもなった気分で調子に乗っていた――が、直ぐにそれは幻想だと知る。執行者になって俺の立場は逆戻り。周りは化物揃いでコミュ障の俺は馴染めないまま一件の処罰も行えず、陰鬱な毎日を送っていた。

 そんな俺に手を差し伸べてくれたのが先輩だ。

 先輩は面倒見がよく、いつもお節介を焼いていたから後輩達からの人気の的だった。中でも特に俺は出来が悪かったためか、他の連中より長く接してくれたんだ。

 第二級まで上がれたのも先輩のお陰だと言ってもいい。

 ――だからこそ迷いが無かった。

 人生初の殺しに疑いも無く、正義の為に遂行したつもりだったんだ。

 それが最大の過ち。

 俺は……アンタから離れなきゃいけなかったんだ。

 

 今だってそう……また俺を導こうとしている。

 ったく……お人良し過ぎるぜ――。

 

 俺は人前では歌わないし、戦闘中の曲はいつもアップテンポだ。先輩があの曲を弾かなければ、これを弾くことは無かっただろう。

 曲の演奏と共に、かつての情景が再び脳裏に浮かぶ。

 

 ――母と娘の絶望の表情。


 この戦いの引き金を引いたのは俺なんだ。あの表情を見てから己の過ちに気付いた。だからいつでも償う覚悟はしていたのだが、それすら許してもらえない。

 アイツらは俺を哀れみ、怒りの矛先を変えたんだ。

 もう二度とあんな顔をさせない。


 たとえ……この命果てようとも。


 ――カッ。

 蒼白い閃光が――先輩の身体を貫いた。しかし、腕を組んだまま微動だにしない。

 駄目か……。


「響いたぜ……」

 その言葉の後、大男は腕を組んだまま後ろから倒れる。横になったら負けのこの勝負、俺にとっては初の勝利だったが、負け側の方が何故か満足気だ。

「アンタ……まだやれるんじゃ」

「響いたんだよ。ハートにな」

 男は倒れたまま親指で心臓を指しながらそう言った。

「お前には辛い思いさせちまったなぁ。あれは……本当は俺がやるべきだったんだ。お前なら自力で一級に上がれたはずなのにな」

「そんなことはねーよ。アンタがいなければ……今の俺はないんだ」

 アンタと出逢えて後悔はしていない。この道を進んだのは全て俺の責任だからだ――。

 俺は指を鳴らしギターを消すと、倒れた先輩の元へと近寄る。

「アンタのことは信じている。だから教えてくれ……あれは――」

「奴らに歯向かうのは止めとけ……。『S-Pad』には爆弾がついててな……俺と安藤は実際に零級が処分されているところを見ている」

「知ってるよ」

「なんだ……知ってんのか」

 先輩は驚いたように口を開けた。

 俺達は実際に飛ばされているところを見たわけじゃない。だが、頭の爆弾が本当にあると知ったからって歩みを止める気は無い。

「こちとらとっくに覚悟は決まってんだよ」

「ケッ、一丁前な口利きやがって」

 言葉は荒いが、相変わらずその表情は笑っている。

 そして先輩は溜息を吐きながら上半身をゆっくり起こすと、胡坐をかきながら遂に俺の問いに答えた。

「悪ぃな……。お前が期待するような情報は得られなかった……」

 謝るように俯きながら答える男に疑念は浮かばない。真実を調べていたのは俺だけじゃなかったんだ。

「いや、その言葉だけでも十分だ。感謝するよ、先輩……」

 俺にはまだやるべきことがある。

 痺れの残る身体を通路へ向け、脚を震わせながらも最後の決戦へと歩を進めた――。

 

「待てや」

 

 振り返る前に、俺の左腕が大きな肩に掛けられる。かつて何度も借りた男の肩。巨木のような力強さに支えられ力強い一歩を踏み出せた。

 やっぱ余力残してんじゃねえか……。クソ……、ほんと……敵わねえな。


「二人で行こうぜ。お前の罪、俺にも背負わせろや」

「先輩……」

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