第41話 紅露チーム VS 白川組
『登録されている管理者に攻撃するとね。起爆装置が自動的に発動するのさ――』
最悪だ……。
骨伝導イヤホンが絶望的な情報を叩きつける。
情報をリアルタイムで得たかったため、リスクを承知でマキナの制服に盗聴器を仕掛けていたのだ。
クソッ、こんなの最初っから詰んでるようなもんじゃねぇか……。
いくら才神の本性を暴いても処罰できなければ何の意味も無い。攻撃せずに遠隔起爆の操作端末を奪うことだって不可能だ。
『――どの道、君の処刑は予定通り行うがね』
クソがッ! それがテメェの本性かよ……!
声に出したい気持ちを抑え、歯を食いしばる。
予想を超える最悪の展開になってしまった。
薬師寺は死に、御代真奈は負傷。このまま進めば才神に殺されてしまうだろう。
いや、本当に殺す気なのか……?
ヤツの御代真奈への執着心から察するに、自分のモノにしたいと考えるのが妥当だ。夫を殺した理由もそう考えれば辻褄が合う。だとすれば御代真奈の過去に全ての鍵が詰まっているはず――。
だが、問題はマキナだ。ヤツめ……堂々と死刑宣告しやがった。
このままではマキナだけが殺されてしまう。かと言って起爆装置を残したままウチが出て行ってもただの無駄死にだ。救いに行くには黙ってリリカを待つしかないのか――。
「おい、リリカはまだか!?」
「……はい、まだ研究室を出たという報告は来ていません……あっ」
「来たか!?」
高柳が見つめている業務端末から通知音が鳴る。ただウチの端末も鳴っていたので、期待に胸を膨らませながらもそれが朗報でないことを感じ取っていた。
「いえ、業務連絡です。薬師寺死亡。御代真奈を素通りさせろとのこと」
「真奈っ!? 真奈が来ているのか?」
先程まで不貞腐れていた白川が表情に輝きを取り戻した――。
ウチらは今、処刑場の西ゲートで待機している。裏側から閂で締められる巨大な鉄製の門は既に解放されており、その先の通路を護るようにウチと白川がそれぞれ部下を引き連れていた。
未だ薬師寺に敗北したショックから立ち直れていなかったようだが、何故か過剰にも御代真奈の名に反応している。
「ああ、正面に来てるってよ」
「行かなければ……、真奈っ、いま君に逢いに行くよ!」
その場を離れようとする白川の袖を引っ張る。
「おい、持ち場を離れるなよ」
これ以上、状況をややこしくすんじゃねぇよ……。
だからコイツとは組みたくなかったんだ。年は下でも年季は上なのに、ウチの言うことなんか聞きやしない。
「邪魔をしないでくれ。真奈が僕を呼んでいるんだ」
何を訳の解らないことを言っているんだコイツは。
――急遽、左耳に着信音が鳴る。この音は才神からだ。
盗聴用とは逆のマイク付きイヤホンのボタンを押し、通話を開始した。
「紅露です」
ちょうどいい、このバカの暴走を止めてもらおう。
『紅露君。薬師寺が消えたとはいえ、他にも協力者がいないとは限らない。念のため君達もそこで待機を続けたまえ』
「そうしたいのですが、白川が持ち場を離れようとしています」
『止めたまえ。それが君の仕事だろう』
――ブツリと、通信を一方的に切られる。
……んだよクソっ! なんて融通の利かねぇ上司だ!
ってか力が強ぇ……。袖を引っ張ったままウチの身体は路上を滑るように引きずられている。体格が違いすぎるため力づくでは決して勝てないのだが、ウチは予め『S-Pad』を発現しているのに素に負けたのは何気にショックだ。
「ひな子よ。いい加減離してくれないか? 服が伸びるだろ」
「命令違反っつってんだろボケ! 指揮権はウチにあるんだぞ!」
「フッ……ひな子が僕に命令を? 笑わせないでくれ。管轄内では随分と人気だそうじゃないか」
「は?」
「狂犬チワワだっけか? 可愛らしい君にピッタリの芸名だね」
――プツリ。今度は違う何かが切れた。
久々に着た制服の内側にある右脇のホルスターから発現済みの銃を取り出し、背を向ける野郎の頭部に銃口を突きつける。
「大里育人だっけか? 三流整形野郎が、ブッ殺されてぇか?」
「あ?」
険しい低音声を発すると、振り返りながらみるみるうちに表情を変貌させていく。
「……お前は言ってはならないことを言ってしまった。身の程を弁えさせてやるよ」
先程までの表情とは裏腹に、鬼の面を被ったような顔……そこに美しさは微塵もない。
「ラファエル、ミカエル! コイツらをブチ殺すぞ!」
短髪の涼しげな顔をしているラファエルと呼ばれた男は颯爽と白川の元へ駆け寄る。ゲートから離れながらも真面目に警備していたため、対応が早い。
一方ミカエルと呼ばれた男は、近くのベンチに座り込んだままスマホをいじり続けており、声は届いているはずなのに反応していない。
やっちまった……。
なぜウチはこうも煽りに弱いのか。冷静になんなきゃいけないのに自分から厄介ごとを作ってしまった。
こうなってしまった以上、白川は止まらない。余計な力は使いたくなかったが仕方ねぇ――。
「高柳、クミミン! 迎撃するぞ!」
こっちの部下もちょうど二人。ウチの傍にいながら目を閉じてドローン操作に集中していた高柳と、通路脇の壁にもたれかかりながら天井に吊るされたモニターをチェックしていたクミミン。
「よろしいのですか?」
「この状況じゃ闘るしかねぇだろ!」
「しょーがないなぁ」
二人ともやれやれと言いたげに緩んだ足取りでウチの元へ集う。
悪かったよ……こればかりは完全にウチのせいだよ畜生。
「ミカエル! お前も早く来い!」
二度目の呼びかけに反応したスマホ男は、顔を動かさないまま視線を白川へ向けた。
「マジっスか……。白川さん、女に手を出さない主義では?」
「アレを女とは認めていない」
「ぶれっぶれで草」
無気力そうな男は、渋々白川の元へ歩み寄る――。
「僕の秘密を知ったお前を生かしてはおけん! 覚悟しろ、ひな子!」
ウチを指さすと、野郎は上着ごとシャツを脱ぎ、肌色の上半身を露わにさせて唱えた。
「トゥロッツゥ・オゥ・ズィ・ウォゥルドゥ……(タロット・オブ・ザ・ワールド)」
カチッ――待ってられないので引き金を引いた。銃口から馬鹿に向けて炎が吹き上がる。
「あっっつううう!」
半裸男は両腕にシャツを引っ掛けながら転げまわる。
「白川さん!」
ラファエルが必死に上着でシャツに燃え移った火を消そうとはたいている隣で、その様子を撮影する男が一人。
アホらしくて付き合ってられん。
ウチらは互いに能力も割れている状態だ。そんな隙だらけの間抜けな発現条件を見逃すはずがない。まあそれはウチも馬鹿にできたものではないんだけども、こんなこともあろうかとこっちは既に発現済み。ちょい維持コストは掛かるが、身体能力強化の恩恵を預かりたいがために先手を打ったのが功を成したな。
「クソっ……卑怯な!」
「いや、隙だらけだろ」
「フンッ、だが能力は発動した!」
路上にうつ伏せたままの男の眼前にカードが出現する。神々しい光に包まれ、くるくると回転しながら緩やかに止まっていく。
「見ろ! お前に相応しいカードは――『ザ・フール』……え?」
カチッ――待ってられないので再び引き金を引いた。
「あっっつううう!」
半裸男は再び転げまわる。シャツが燃え尽きたため燃え広がることはなく、今度は直ぐに体勢を立て直した。
「な、何故だ!?」
「当たり前ですよ! 彼女たちに罪はありません!」
「つ、罪……そ、そうか!?」
――『タロット・オブ・ザ・ワールド』。
それは相手の罪状に対して異なるカードが出現するもののため、罪が無ければ効果を発揮できないのだ。
今回の場合は誹謗中傷が適用されるが、相手もやっているため相殺されている。
「アホか」
「クソっ……僕の顔の罪深さが勝ってしまったというのか」
何を言ってるんだコイツは。
白川組の『S-Pad』は強力だが、相手の罪に応じて強まるという条件があるため、犯罪者ではなく執行者のウチらには通用しない。
「大人しく待機してろ。お前らじゃウチらには勝てねぇよ」
銃口を突き付け、降参を促す。
ウチの炎は無限に出せるわけじゃない。能力を使い過ぎれば脳疲労で昏倒する。
こんなヤツら相手に余計なリソースを割きたくないんだよ。
「何を勘違いしている。君たち相手に『S-Pad』は必要ない。この美しい肉体のみで相手してあげよう」
「直接殴るんっスか?」
「当然。醜い顔を更に醜く改変してあげようじゃないか」
「男女平等の精神、流石っス」
白川はスマホ男の皮肉にも動じず、ファイティングポーズを決めた。
「上等だ。こっちも『S-Pad』は封印してやるよ。どっちが格上か思い知らせてやる」
ウチらの連携は『S-Pad』だけじゃねぇ、肉弾戦だって洗練されている。
例の羞恥ポーズを取り、銃を封印。高柳は索敵命令のため解除はできないが、男と女だし多少のハンデはあってもいいだろ。
「『フォーメーションK』だ。行くぞっ!」
――『フォーメーションK』。
KとはクミミンのK。つまり、クミミンを軸として戦うスタイルなのだ。
高柳はウチを軽々と持ち上げると右肩に乗せ、クミミンもそれに合わせて、左肩を寄せる。
まるで騎馬戦のような――って「何やってんだお前ら!?」
「Kだから騎馬戦です」
「違ぇよ! こんな大事な時にふざけんじゃねぇ!」
「しかし、相手は曲がりなりにも味方なのですから、殴り合うのは如何なものかと」
「そうだよ。平和的に解決しよ」
それが出来たら苦労はしねぇだろ。相手だって……乗ってきた。
部下二人に担がれる白川。こっちと違って下の二人が前後で支える形だ。前で支える男は後ろに回した右手で白川の足を支えつつ、左手でスマホを見ている。
「いいだろう。互いの顔面に一発入れた方が言うことを聞く、というのはどうだい?」
高みから見下ろしながら自信満々に腕を組んでいる。そりゃそうだ……だって――。
「いいでしょう」
「おいっ!」
高柳が勝手に了承してしまう。
「ふざけんな! リーチが違い過ぎるだろ! 明らかに向こうの方が有利じゃねぇか!」
「ご心配なく。ひな子様の方が軽い分、機動力はこちらが上です」
「どんだけ早く動けても当たらなければ意味ねぇだろうが!」
馬鹿の頭を杭を打つように握りこぶしで叩きまくってると、白川が罵声で開始の合図をとった。
「くたばれ、ひな子ぉおッ!」
鬼の形相で突進してくる。やべぇ!
揺れる揺れる――向かいくる拳を避けるために前後左右、時にはしゃがんで回避させられる。
ってかコイツら、いくらウチが軽いからって雑に持ち上げすぎだろ……。
普通は騎手を白川組のように前後で支えるのだが、何故か左右で担ぎながら旗を振るようにブン回されている。
「ひぃいいい」
ぐわんぐわんと腰から上が木の枝がしなるように振り回される。ジェットコースターより強い酔いに襲われ、気持ち悪くて吐きそうだ。
「ひな子様、今です!」
目が回りながらも前方へ小さい拳を突き出す――。
「届かねぇよ!」
座高とリーチ差があり過ぎて届かない。
「ざまぁないな、ひな子」
男は腕を組み、遥かなる高みからウチを見下ろしている。
「今度は外さん、くたばれぇえ!」
ウチの顔面目掛けて、凶悪な拳が振り下ろされる。
その拳が顔面に到達する直前――拳の方から離れていった。
高柳がスマホ男を蹴り飛ばしたのだ。
これで無気力男も少しは本気になるんじゃないかと思いきや、意にも返さずスマホを見続けている。
病気だろ。大丈夫かアイツ……。
しかし、相手の心配をしている場合じゃない。こちらには攻撃手段が無いのだ。
「どうすんだよ。これじゃあ、どうにもなんねぇぞ」
「安心して下さい。我々に策があります」
すっげえ不安。
二人は目配せするとウチのおしりを肩から離し、手のひらで掴み込んだ。
おい……まさか――。
うちの身体を斜めに傾け脇腹を支えると――敵へ目掛けて突進。
「おいおいおいおいおい! やめろバカども!」
二人が「せーのっ!」と叫んでウチを突き放す。
僅かな時間に宙を舞い、色男の顔面にウチの頭が直撃すると、身体を一回転してから白川と同時に背中から地へ打ちつけられた。
「痛ってえっ! ああ頭が、腰がぁああああッ!」
頭頂部と腰に激痛。薬師寺戦で受けた傷が完治していないのに、腰の痛みが上書きされてしまった。
何てことしてくれんだ、あのバカども。『S-Pad』を解除したせいでモロにダメージを受けてしまった。暫くはまともに歩けそうにない。
「やりましたね。私たちの勝利です」
普段いがみ合っている二人がウチを省いてバトンタッチ。
「っざっけんな、このカス!」
「お褒め頂き光栄でございます」
「褒めてねぇよクソがッ!」
ボコりたいが、痛みのあまり転げまわっているのでそれどころではない。
背中を押さえながら悶絶していると、目の前でクミミンがしゃがんだ。
「ごめんね、ヒナぴよ。今さすってあげるから」
そのまま赤子の様に抱きかかえられると、髪の上から優しく撫でられる。
「さすって治るかバカ!」
こんなこと言ったが、実際は心地いい。ついウトウトしていまいそうなほど良い刺激に甘い香りと柔らかい感触に、半目になって口元が緩んでいく。
――カシャッ! とシャッター音。
やべぇ、今の撮られたか……。多分変な顔してたぞ。
恐る恐る音の方へ向くと、カメラは別の方を向いていた。
「何やってんだミカエル……」
「自撮り」
鼻血を出しながらみっともなく泡を吹く白川を背景に、スマホ男が撮影していたのだ。
アイツ……ホント凄ぇな。
って、感心している場合じゃない。こうしている間にもマキナに危険が迫っているんだ。
「クソっ……」
身体を横に動かそうとするも、突き刺すような痛みが腰に襲いかかる。
舐めんな、この程度で……。
「痛てて……」
我慢しようとも反射的に声が出てしまい、身体を反らしても戻ってしまう。
「ヒナぴよ無理しないの」
「バカ、早く『ヘクス・ガン』で治療を……」
弱り切った眼差しで助けを求めるも、クミミンは黙って腰を摩るだけで銃を取り出す動作を見せなかった。
「テメェ、まさか……」
「すみません、こうでもしないと……ひな子様は行ってしまいますから」
「ざっけんな! テメェら何してんのか判ってんのか!?」
薄々感じていたが、コイツら計ってやがった。当然ウチが憤りを感じているのは人間ロケットにされたことではなく、マキナの危機よりウチの安全を優先されたことだ。
コイツらはそんな薄情な奴らではない。そう思っていたのに……。
「マッキーに頼まれたの。リリポンが間に合わない場合は……どんな手段でもいいから止めてって」
「アホかテメェ……、後輩を……妹を護るのが姉ってもんだろ」
「命を投げ捨てるのは違うよ。ヒナぴよは自分の命を軽く見すぎてるから……だからマッキーにも心配される」
「……」
「当初はクミミンさんにレイピアで刺してもらう予定でしたが、こうなるとは私も予想外でした。手荒なことになってしまって申し訳ありません」
「信じて待とうよ。絶対に来るから……」
「何を根拠に……」
「ひな子様は後ろ向きに考え過ぎなんです。もっと仲間を信じて下さい」
仲間……。
言葉を返せなかった。
失いたくない一心で、自分が犠牲になることも厭わずに行動していたのは本当だったから。
ウチは年も立場も上だから、それが当たり前だと考えていたんだ。今更死など怖くはない。寧ろ皆のために死ねるなら本望だって――。
「ったく……どいつもこいつも、言うことを聞きやしねぇ……」
クミミンの胸に顔を隠しながら不満を漏らす。
二人に会うまでは考えられなかった。自分という存在そのものを大切に想われるなんて。
あの時もそうだった。高柳が御代真奈に首を差し出した時も。
もうウチの命は自分だけのものじゃない。簡単に投げ出せないほど面倒なことになってる。想われて嬉しいのか、威厳を失って悲しいのか、複雑な感情が混ざり合う。
「御代真奈が戦闘を始めるまでだぞ。それ以上は待てねぇ」
「うん」
「了解です」
顔は見えないけど、声から明るい表情をしているのが判る。
ったく……厄介な部下を持ってしまったな――。




