第39話 満を持して
運命の日がやってきた――。
舞台は茅間さんと戦ったスタジアムと同規模の処刑場。上から見るとドーナツのような形をしており、その穴の処刑エリアと呼ばれるグラウンドに私はいる。
処刑場には東西南北それぞれの四つのゲートがあるが、この場所への入り口は一つしかない。どのゲートから入っても合流できるように設計されているが、中は迷路のような通路が入り組んでおり、内情を知らない者にとっては困難な道筋だ。そしてゴール地点の堅牢な扉を開ければ、中央に聳える処刑台の上に立つ私の元まで辿り着くことができる――。
目の前で静かに佇む堅牢な扉。次に開くときはもう……戦いが始まっている。
私の両手は簡易的に縄で縛られており、本来の罪人と違って窮屈な拘束はされないようだ。
処刑開始まであと一時間を切っているが、罪人でない私は待ち受ける死を恐れてはいない。これから始まるのは戦いの火蓋。その緊張で鼓動が早まり、身体が熱を帯びる。
「……準備完了致しました」
「ありがとう。ご苦労だったね」
隣には即席の簡易テントが張られ、その中にはPCデスクと、繋がれた複数のモニターが積まれている。
才神の秘書、北上さんが疲れ切った表情で最終チェックを行っていたようだ。
「これ……全部私が管理するのでしょうか?」
「勿論」
顔を引きつらせている。もう表情を隠す余裕が無いみたいだ。
「これが終われば君も『秩序の一員』だ。休暇もあげるから、いま暫くは辛抱してくれ」
『秩序の一員』とはよく解らないが、そうなれば国外へ行かされるのだろうか。
彼女は元気なく「かしこまりました」と返事し、モニターを見つめている。
やはりと言うべきか、この場には私を含めて三人しかいない。よほど他人に見せたくないのか、疑惑が確信に近づくばかりだ。
「マキナ君、もう一度確認するが……ここでお母さんの処刑を執り行ってもよろしいか?」
この男が才神渦悪棲。『楽園』の管理者でありながら、第一級執行者の任についている。しかしながらこの重要な局面でも制服を着ず、汚れ一つ無い白スーツに身を包んでいる。紅露さんを含めた他の一級ですら制服に袖を通したというのに。
「はい、構いません」
冷静に返したが、正直私はこの男が恐ろしい。外見からは清潔感があり、礼儀正しそうな印象を持たせるが、父の仇として見方を変えてみると異なってくる。師のように戦いの中で人を殺すタイプではない、直接手を下さずとも、何人も邪魔者を葬ってきたかのような冷酷さが瞳の中から覗かせた。
「いい返事だ。もしかして、君はお母さんからの愛情を受けずに育ったのかい?」
「いえ、母は私を愛してくれました。それは……今でも変わらないと思います」
審問の時のように淡々と答える。
真の目的を悟られてはいけない。私は今、母を捕えるための執行者なんだ。落ち着いて真実だけを語ればいい。
「そんな彼女を殺しても構わないと……?」
「母は既に人を殺めています。これ以上、犠牲者が増えるなら……」
「なるほど、君は本当に執行者に向いているね。ただ、まあ……念の為一つ付け加えとこう。私の『S-Pad』は彼女のそれを凌駕する。君の気が変わらないことを祈るよ」
男は人差し指でこめかみをトントンと叩きながら不敵な笑みを浮かべる。
当たり前だけど、私は信用されていないようだ。仮に私が裏切ったとしても相当勝てる自信があるらしく、表情からその言葉がただの脅しでないことが伝わってきた。
リリカが間に合っても、この男を倒せるのだろうか……。
彼女のことを思い出す度に、胸が締め付けられる。
もう誰一人失いたくない。
「――さあ、真奈。君はどう攻める?」
私から視線を外すとモニターを見つめ、顎に手を乗せながら無邪気な笑みを浮かべる男。
私の中の疑惑が確信に変わった瞬間だった――。
この男は……確実に母と関係している。
捕らえるべき犯罪者を名前で呼び捨て……?
何がそんなに楽しくて笑っているの……?
間違いない……この男だ。この男が父を殺したんだ――。
深呼吸をして、全身から沸き立つ怒りを抑える。私が取り乱してはいけない。もう私だけの問題ではないのだから。
負の感情を沈めていく中で、心の奥底にある弱い自分が母に来ないでと祈っている。
そうなったらどうなるか? 日常に戻れるだろうか? あのリリカはいない日常に?
ありえない――。
例え来なかったとしても吐かせるんだ。父を殺した真相を。私の手で。
両手を強く握りしめ、弱い自分を押し殺す。その時だった――。
「来ました! 御代真奈! この方角は……正面です!」
北上さんの甲高い声が胸に突き刺さる。遂に戦いの火蓋が切られた。
母の出現に心なしか安堵する。それは作戦遂行による安心感ではなく、子が母に求める複雑な心情だった。
「おおっ!」
才神が手をパチンと叩き、視線がモニターへ釘付けになる。
真横に位置するため私からは画面が見えないが、きっと今は母が歩いている姿が映されているのだろう。
「まだ処刑場まで距離がありますが、確実にこちらへ向かっています」
「薬師寺は?」
北上さんは「え〜っと」と呟きながら忙しくマウスをカチカチと動かし始める。
「居ました! 同じく、正門!」
師匠も来たことでより緊張感が高まっていく。それは私だけではなく才神も同じで、余裕を撒き散らしていた笑みが消えていた。
「よし、だがまだだ。この距離だと逸れる可能性がある。奴らが索敵圏内に入ったら高柳君に連絡。『S-Pad』を発動させる」
「偽物の可能性は?」
「薬師寺は知らんが、真奈は本物だ。私が保証する。この所作……優雅さ……誰にでも真似できるものではない」
自信満々に男は答える。この男は母の何を知っているのか。
絶対に引き合わせてはならないと、私の第六感が警鐘を鳴らしている。だけどもう……止めることはできない。
「承知しました。現在二人は正面ゲートへ向かっています。あっ、まもなく高柳さんの索敵圏内に入ります!」
「よし、予定通り高柳君へ繋ぎたまえ」
北上さんは返事をした後、慌ただしくキーボードを叩いた。すると、スピーカーから聴き覚えのある声が届く。
『こちら高柳です』
「起動したまえ。彼らが来た」
男がPCのマイクへ指示を飛ばすと、『了解、チーフ』との言葉の後、空に球体のドローンが飛び交う。処刑エリア上空に一機残し、他の四機は南へ散って行った。
「これで小細工は出来まい」
「あちらに高柳さんの『S-Pad』情報は漏れてるんですよね」
母とは一度対峙しているため、初見ではない、が――。
「知られたかとて対処不能だ。幸い一時間という制限は知られていない。奴らがゲートに到着し次第、諸田、紅露を正面へ誘導」
ここまでは想定通りの動きだが、大きな懸念点を一つ残している。それは――リリカがまだ研究室を出ていななかったことだ。
この作戦の要は私からリリカへと代わっていたが、彼女が間に合わない場合は最悪の状況に陥ってしまう。
才神が画面に夢中になっている今、上空のドローンを見つめ右目を三回閉じる――すると、ドローンがチカチカと小さな赤い光が二回発光した。これは予め決めていた合図。連絡手段を失っている私への情報共有手段だ。
右目三回はリリカの状況。反応二回は「ノー」。まだ研究室すら出ていないことになる。
――私の処刑まで残り一時間も無い。
母が顔を出した今、それはもう無意味な時刻だが、才神に反抗するためにはリリカが来るまで時間を稼がなければいけない。
きっと紅露さん達はリリカ到着の有無に関わらず、いざとなれば迷いなく行動してしまうだろう。
最悪の場合、私が――。
「御代真奈と薬師寺が接触……待って下さい、様子が変です!」
喧しくキーボードを叩いていた手が止まる。焦燥感を帯びた声に反応した男は、貼り付くようにモニターへ顔を近づけた。
その瞬間、グラウンド中に男の怒号が響いた――。




