第38話 決意
速報――明日、午後五時。『国家反逆罪』により第三級執行者『御代マキナ』の処刑を執り行う。
本件は安全を考慮するため、関係者以外による処刑場への立ち入りは禁止とする。
なお、公開処刑ではないため放送は撮り行わない――。
「新聞、テレビ、インターネット。ご丁寧にチラシまで。随分と必死なもんだ」
古風なカフェでそう呟いたのは、パツパツに膨れ上がった作業服を纏い、つば長の帽子を被る髭男。サングラスをかけて変装している気になっているのか、誰が見ても不審者という第一印象を植え付けさせる。そんな男が木製の椅子にだらしなくもたれ掛かり、チラシを片手に音を立てながらコーヒーを啜っていた。
「期限は明日か。仕事の早い奴らだ」
「私達に準備をさせないつもりなのでしょう」
言葉を返したのは男の向かい側に座る女。無精髭の男とは対称的に、バレッタで長い髪を綺麗に整えた艶やかな女性だ。眼鏡を掛け地味な服装で目立たないように扮しているが、毛深い男が対面にいるせいで逆に目立ってしまっている。それでも今回はさほど気にしていないようだった。
何故なら誘われている側に立たされているからなのだ。例えここで変装を解いても、執行者がやって来ることは無いと女は確信している。そのためか、優雅にコーヒーカップを口に運ぶ仕草は気品と余裕に溢れていた。
「一見してみればあからさまな罠だけど、これはあの子が作ったチャンス。逃すわけにはいかない」
「ちと予定は早まったが問題ねえ。いよいよ渦悪棲君も見納めだな」
小さき執行者が用意した舞台に、女は静かな闘志を燃やす。復讐の幕を引くために。
一方、男は待ち望んだ決戦に胸を躍らせた。
「これで貴方ともお別れね」
師弟関係の二人は三年前からの付き合いだ。ただそれは、互いの利害が一致しているだけの希薄な関係。どんな結末になろうとも、必ず別れが訪れる。
「ああ。寂しくなる」
男はわざとらしく眉尻を下げた。
「……心にも無いことを」
「そんなことはない。年をとると涙腺が緩むからな。今にも泣き出しちまいそうだ」
「くだらない冗談も今日限りね」
「ああ。次は敵同士だ――」
二人には信頼関係も無い。用が済めば容易く牙をむく。特に戦いを生きがいとするの男の方は、目まぐるしい成長を魅せた女を易々と見逃すはずはない。殺し合いになることは避けられないだろう。女もそれを覚悟で、敵意の視線を向けた。
そんな張りつめた沈黙の中、テーブル脇を何気なく足音を響かせながら通り過ぎる影。出勤前のOLのとある一部が、男の目を引いてしまう。
「おい、ねーちゃん! いいケツしてんなぁ。俺と付き合わねえか? 一生護ってやるぜ」
OLは振り返ると「キモっ」と吐き捨て、会計を急いだ。
肩肘を乗せ椅子にもたれかかる男は慣れているのか、意にも介していない様子。
「いい加減、俺も女が欲しいぜ。なあ、真奈――」
「お断り」
言葉の途中で拒絶を示す。三年の付き合いでも、男としては全く見られていないのだ。
「ったく、何で俺ってモテないと思う?」
「まずは常識を身につけることね」
「常識? ハッ、俺には縁のない言葉だ」
女は深く溜息をついた。馬の耳に念仏。力しか取り柄のない男は四十を超えても女と付き合えない。
本人はそれに苦悩しているようだが、直す気もないのでどうしようもないのだ。
◇
――執行庁舎本部、テロリスト対策作戦会議室。
演説台へ向けて並べられた三列の長机とパイプ椅子が等間隔で後ろに広がっている。百人規模の席が用意されている無駄に広い空間で、その半分にも満たない執行者が集まった。
「処刑場には……四つのゲートがある。東側には諸田と茅間君、西側には紅露君と白川君、北側には中野君。そして正面には安藤と、周辺には本部の執行者部隊を配置する」
演説台の前で才神が作戦内容を展開し、その後ろで秘書の北上がホワイトボードにせっせと説明内容を書き記している。その二人以外にはウチを含めた第一級とその随行執行者、第零級と本部から選抜された執行者達が呼ばれていた。
正面には薬師寺が来ることを想定しての人員配置。ヤツが攻め手に入る場合、その性格から回りくどいことはしないとのことだ。
にしても、まさか白川のお守りをすることになるとは……。
ウチだけが理想の配置から外れてしまった。
「御代真奈と他のCHAOSメンバーがいないとも限らない。こちらからも指示を出すが、なるべく臨機応変に対応してくれ」
随分とアバウトだな。即席だから仕方ないか。
「他のCHAOSのメンバーがいる可能性は?」
最前席で座るウチが手を挙げた。この際だ、積極的に質問してみる。
「限りなくゼロだ。これまで過去に密入国者はいたが、空路、海路、それら全ての手段は対応済み。この国のセキュリティは既に完璧だと言っていい。侵入者を防ぐ対空、大海からの迎撃は楽園の外から遠隔で常時監視の中で行われている。物資搬入による入念なチェック体制も完璧だ」
大層なセキュリティだが、現状では最低でも薬師寺含めて二人いるぞ……。
「では、薬師寺はどうやって密入国したのでしょうか?」
「穴があるとしたら人外な存在による対策だろう。約3000㎞先の陸から直接の単身遊泳……船の動きは遠くからでも予測できるが、人一人の泳ぎなど目視でも発見は厳しい。そんなことが可能なのは、全人類の中で奴くらいだろう」
おいおい、人間じゃねぇだろ……。
他の連中も人外行為に顔を顰めてドン引きしている。
「大丈夫か、安藤。代わってやろうか?」
「黙れ諸田。単細胞のお前には務まらん」
同じく最前列にいる零級二人が管理者の目前で煽り合う。
「やめないか、模範となるべきお前達がみっともない。薬師寺が正面に確認でき次第、諸田と紅露君は正面に移動すること。他の場所も同様、必ず三人で当たることだ」
これが一番ベストな展開だな。
茅間に諸田の足止めを、ウチが安藤を闇討ちする。後は御代真奈を誘い込めればそれでいい。薬師寺も御代真奈から獲物を奪ったりはしないだろう。
「次に、御代真奈と薬師寺の双方が正面から来た場合――」
ありとあらゆる状況と対策が思案される。
御代真奈は貫通能力の『スピア・オブ・デターミネーション』があるため、侵入経路を選ばない。
岩壁を破壊したり、よじ登れる薬師寺も同様だ。
才神は最悪、御代真奈は素通りさせてもよいと言う。
正直、起爆装置の件が片付いた今、才神の生死に拘る必要はない。優先すべきはヤツの自白とマキナの救出。それさえ達成してしまえば後はどうにでもなる。
だが、才神のこの自信……必ず何かある。護衛を一人もつけないのが異様に不気味だ。特別な『S-Pad』を持っているのは確実だろう。
「――以上だ。他に質問はあるかね?」
ホワイトボードに貼られた処刑場の見取図。その広さに対して配置される人数はあまりにも少なくてスカスカだ。セキュリティシステムも一昔前のもの。まあ、それも加味して指定してやったんだが。
現状の見立てでは相手はたったの二人。高柳のドローンで警備の隙をカバーし、実力者のみ配置することで被害を抑える。急拵えの布陣とは言え、合理的ではある。
ただ、直接あの二人と対峙して来た身としては物足りない警備だ。正直、執行者全員ぶつけても勝てる気がしねぇ。つい組む相手を間違えているのではないかと考えてしまう。
「――なければよし。では、まずは会場の準備から取り掛かってくれ。諸君らの健闘を祈っているよ」
才神が演説台を離れると、次々と執行者達は立ち上がり会議室を去っていく。
緊張の糸が切れたウチは深い溜息をつき、椅子にもたれかかりズルズルと椅子に沈み込んだ。
「お疲れ様です。ひな子様」
「それを言うのはまだ早いだろ」
現実はそう上手くいかない、アイツらは神出鬼没かつ奇天烈。全く予想のつかない動きをしやがる。
恐らく、こちらの意図をしない手段で自分勝手に来るだろう。
「マッキー……大丈夫かな?」
「ん? 大丈夫だろ、実際に処刑されるわけでもないし、いざとなったらウチが――」
「そうじゃなくって……」
クミミンがくぐもった声を発しながらウチを見つめる。
「ああ……」
アイツは今、親友を失ったばかりだ。ああなった一因はウチにもある。
だからこそ……再び肉親を目の前で殺させるわけにはいかねえ。
「準備は任せる。ウチはアイツの様子見に行ってくるわ」
「え~」
「文句を言うな。テメェらはちゃんと休めるんだからな」
午後の食事休憩後は下級執行者や本部所属の事務員達を巻きこみ、総出で現地へと準備に赴くのだ。
『S-Pad』開発と国外逃亡者の減少で何十年と使われていなかった処刑場。一般公開の禁止と戦場を想定した設備の移動などで今は大忙し。
明日という無茶苦茶な納期を設定されたので、当日参加できない者は完徹で動かされるだろう。
「んじゃ、メシは二人で済ませとけよ」
不貞腐れるクミミンを高柳に押し付けて、ウチは会議場を後にした――。
◇
もう何時間天井を見つめているのか。時間の感覚を失っているのに、時計を確認する気力も沸かない。
親友との別れを終えた――。その途方もない喪失感に蝕まれ、今も私は無気力のままベッドの上に転がっている。皴になることもお構いなしに制服のまま横たわり、だらしない右手はベッドからはみ出していた。この光景は、私がこの部屋に入った時から変わっていない。
ここは出張者用の本部の宿舎の一室。周りが作戦のために忙しなく動く中、ただ処刑を待つだけの私は、この場所で待機を命じられていた。
執行者なんて目指さなければ、今ごろ素敵な高校生活を送っていたのだろうか。
将来の夢を持たないまま、リリカと青春を謳歌していたのかな。適当に勉学に励みながら、また剣道部にも入って、中学のように二人で帰路を楽しむ。そこには新しい出逢いがあったり、生死に関わらない程度の苦悩があったのかもしれない。
お母さんが復讐に囚われなければ、そんな普通の人生を歩めていた……?
心の奥底で、それがただの責任転嫁だと解っていながらも、落ち込む度に何度も自分へ問い続けていた言葉。ここまで歩んで来たのは、自分が選択した結果なのに。
失ったものが大きすぎる。だけど……得たものも大きくて、全てを否定できない。
立ち上がらなくちゃ……と、右手に力を入れるも――動力部が抜けたロボットのように指先はピクリとも動かない。
リリカという心の支えを、自分の手で崩してしまった。あれほど危険な目に遭わせたくないと言いながら、最悪な形で巻き込んでしまったのだ。
私にとって彼女は、大切で特別で――都合の良い存在だった。
――三年前、リリカの家に泊まった最初の日の夜。一ヶ月という長い期間で母と離れ離れになることを受け入れられず、私はホームシックになっていた。二段ベッドの下でいつまでも寝つくことが出来ず、父を失った日のことを思い出していたのだ。
枕を濡らし、みっともなくすすり泣いていると、ギシギシと階段を降りる音がした。私は咄嗟に腕で涙を拭い、壁側に向けて身体を横にして、あからさまな寝たふりを決め込んだ。そんな無様な私を笑うことなく、リリカは何も言わず私の背中に寄り添った。
暖かく優しい空気が私を包み込む。次第に涙が止まると、私の意識も遠退いていった。
あの日から夜に泣くことは無くなった。お母さんが居なくても、必ずリリカが傍にいてくれたから――。
それまではトラウマに苦しむ彼女を救ってあげたいという思いで私から寄り添っていた。なのに――。
剣道部の試合が終わると、私は真っ先に彼女へ報告しに行く。勝った時は笑顔で祝い、負けた時は優しく慰めてくれる。良いことがあった時も、悪いことがあった時も、彼女はいつも共感してくれた。
常に選択を私へ委ねる彼女は、私の思い通りに動かせる。つまり、操り人形なのだ。私はそれを利用し、自分の都合の良いように動かしてきた。
翠の弟が告白してきた時は、内心かなり動揺していた。リリカを奪われるのではないかと。でも、リリカは私に委ねてくれた。それが嬉しくて、より一層彼女を独占するようになったのだ。
私はリリカのトラウマを利用した。都合の良いことを言いながらも、本心では手放したくなかったんだ。
――最低だ……。
トラウマを抱えていたのは……私もだったんだ。
お母さん……リリカ……、私は次に……誰に依存するの?
――ガチャッと、ノックも無く部屋の扉が開かれた。入ってすぐベッドに横たわった私は鍵すらかけていなかったのだ。
「呆れた。ずっとそうしてたわけ?」
そう言いながら私を見下ろすのは水嶋翠。ガサガサと音を立て、何かをテーブルの上に置いた。
「どうせ何も用意してないだろうと思って、昼ごはん買ってきたから。牛丼でいいでしょ?」
言われてみれば牛丼の香りが微かに漂う。だけど、今はそんな重たいものを食べる気分じゃない。
「……食欲無いよ」
翠は苛ついているのか、わざとらしく大きく溜息をついた後、声を張り上げた。
「あんた何時までそうしてる気?」
「……ほっといてよ」
私の突き放す言葉に、翠は離れるどころかベッドの前にまで寄って来た。横目でその表情を確認すると、やはり不機嫌そうな顔をしている。目が合うと、彼女は右手を天に掲げた。
「いいよ……今はそんな気分」
普段なら飛び起きていただろう。だけど、吐き出した言葉通り、思いっきり鞭で打って欲しい。
立ち上がれない無様な私を。決意の脆い愚かな私を。親友を利用した罪深き私を――。
ふっと、小さな溜息が零れる。掲げた右手を下ろし、ゆっくりとベッドの上に乗っかると、私の腰の上に跨り腰を降ろす。そして左手で胸倉を掴むと、勢いよく無気力な上半身を引き上げた。
パチンッ――。
室外に届きそうなほど強烈な音が響く。右手を振り上げるモーションが確認できないほど素早い平手打ちだった。じんわりと鈍い痛みが頬に残るも、手で押さえるには至らない。
「こんなんじゃ足りないよ……」
私が受けるべき罰に対して、それはあまりにも優し過ぎた。
「いい加減にしろ、このバカッ!」
耳元に響き渡る怒声。されどそんな罵声も私には心地良かった。しかし、緩みそうになった口元は――次の言葉で止まった。
「リリカは……リリカは……あんたよりもっと辛かったんだよ!」
その言葉を受け取った脳が、私の心臓へ強烈な痛みの信号を送る。半分綴じていた瞼は瞬時に見開き、噤んでいた口は小さく離れた。一秒にも満たない間で、別れ際の違和感を思い起こす――。
振り向かずに去った親友は、顔が少し俯いていたんだ。
あの時――リリカは……泣いていた?
「あぁ……」
鞭で打たれた時よりも、今のビンタよりも、何よりもその言葉が私の心に痛みを与えた。
「あんたがそんなんだと、リリカの犠牲が無駄になるでしょ!」
冷や水――いや、氷塊をぶつけられたかのような衝撃が私の目を覚ます。
私は……何をしているの……?
目の前の少女は瞳を震わせながら訴えかけている。掴まれた襟から伝わる僅かな振動が、彼女の心の内を伝えていた。
唇を噛みしめ、両手でシーツを握りしめる。湧き上がってきた力が身体を支え、胸元で引っ張られていた力が緩んでいく。
「翠……ごめん」
私から両手を離した翠は、右手の親指で両目を拭った。
「遅いよ、バカ」
私の心が戻って来たことを確かめると、彼女は私の身体から離れ、ベッドを降りた。背を向けながら再び目を擦る少女の姿を見て、私は痺れる体に鞭を打ち、シーツに足を滑らせながら陰鬱な空間から抜け出す。
床に足をつけると、崩れていた襟元を正し、手で払いながら制服の皺を伸ばした。
二人の想いに……応えなければ。
こんなとこで立ち止まっていては、リリカに申し訳がない。リリカの想いを、勇気を、覚悟を、私は受け止めなければならないんだ。
「ありがとう、翠」
「あんたとは一蓮托生なんだから、こんなとこで鬱られても困るの」
翠は背中を向けながらそう話すと、ストンッとソファに座り込んだ。
私も足を動かし、テーブルに置かれたビニール袋を手に取ろうとすると、ふと玄関先に小さな影がチラリと見えた。
「紅露さん?」
庁舎内に存在するあのフォルムは一人しかいない。
私の声掛けに反応し、長髪を揺らしながらよそよそしく顔を出したのは、予想通りの人物だった。
「あ、なんか凄ぇ音したから……、大丈夫か?」
「は、はい」
全部聞かれてしまったかな。少なくとも翠の言葉は届いていただろう。
なんだか恥ずかしくなってしまい、手で頬を掻いた。
「これ……一緒に昼飯にでもって、ピザ買ってきたんだ」
その手に引っ提げているのは横に広い大きなビニール袋。どんだけ食べるのか、ビニール越しからでも三段あるように見える。
「あ、ありがとうございます。また重いものが……」
「いいじゃん、重いあんたにはお似合いでしょ」
「どういう意味?」
戻って来た日常に心が解される。
けれどもそこには、いつも隣にいるはずのあの子が居なくて――。
再び込み上げてくる喪失感に表情が曇りそうになるも、首を横に動かして振るい払う。落ち込むのは全てが終わった後でいい。
「翠も食べるでしょ?」
「え? 私、今ダイエット中で……」
問答無用でテーブルにピザを三枚広げると、予想外の大きさに翠は顔を引きつらせている。
その一方で紅露さんは早速ピザを一切れ手に取り、美味しそうに頬張りだした。食事なんて建前で、私が心配で様子を見に来てくれたんだろう。
二人には無様な姿を見せてしまったなぁ……。
私にはまだ、失くせないものが沢山ある。
リリカの為にも、前に進むんだ。
英気を養おうと、私もピザを一切れ手に取った――。




