第3話 S-Pad
小長谷と別れ、私たちは手術を受けるため執行庁本部に隣接する研究棟へと足を運んだ。
そこは最新鋭のセキュリティ機器に護られた要塞。入るためには非常に面倒な手続きが必要なのだが、第1級の茅間が許可を通してくれたお陰ですんなりと中核である地下研究室まで辿り着いた。
「お待ちしておりました! 半世紀待った気分ですよ、御代マキナさん」
声を荒げながら出迎えた男は研究員の――。
「私は『S-Pad』専属研究員の『坂間』です。以後、お見知りおきを」
差し伸べられた手を組み交す。父と同年代だろうか。思ってたより若くて気のよさそうな人だ。
「初対面……ですよね? 私のことを知っていたんですか?」
「ええ、もちろん。噂は兼ねがね聞いています。……そちらの方は?」
「第5級執行者の柚原リリカです。私は外で待ってた方がいいですか?」
「いえ、貴女もいずれはここへお世話になるでしょう。是非ご見学を」
「ありがとうございます」
坂間さんの案内で入った部屋の先には、大量の資料棚と何に使うか分からない電子機器が並んでいる。眺めているだけで頭が痛くなりそうだ。
「ご存じでしょうが、改めて『S-Pad』についてご説明させて頂きます」
――『S-Pad』。
極小のチップを脳に埋め込むことで、超能力のような不可思議な能力を発現させることが出来る。この国にしてはオーバーテクノロジーな武装だ。
何もない所から自由に武器を出現させることができ、更にそれは様々な特殊能力を備えている。その種類は千を超え、同じ武器で能力が異なるものやその逆はあっても、完全に同じものは二つとないらしい。
そして、手術できるのは一人につき一つだけ。当然後から取り換えることもできない。
「これから貴女にお譲りする『S-Pad』は自由にお選びすることができます。ただ、一生ものなのでくれぐれも慎重に選んでくださいね」
「第1級の人達もここから選んだのでしょうか?」
「ええ。彼らはいずれも自身に合った能力を選択しています。貴女も1級を目指すのであれば、じっくりお考えください」
なるほど、例外はいないらしい。現役の五人の第1級執行者たちも全員ここから選んだということだ。
「『S-Pad』は全て私が設計、管理しております。そこのPCでどの能力がいいか検索してみてください。詳細も載せてあります。あ、紙ベースもありますよ」
と、資料棚の方を指さす。
「お連れの方もどうぞ、いつかご自身が選ぶかもしれない私の子たちを見ていってください」
「大丈夫です。私は彼女に選んでもらいますので」
即答するリリカ。
「おや!? まあ、それもいいでしょう」
私はPCがある席に座った。全て目を通す気はない。まずは使用する武器を剣か刀でフィルタリングする。なぜ剣か刀かというと、中学では剣道部に所属していたからだ。主将を務めていたし、剣の自信ならそれなりにあ――。
1個しかない……。嘘……。
人気だからか、手軽さからか、フィルタリング後に残っていた剣・刀の『S-Pad』はたった一つを残すのみだった。
「時間はたぁ~っぷりありますので、ゆっくりでいいですよ。別室に休憩スペースや宿泊部屋もありますから」
何日もかけて悩む人もいるのだろう。しかし私はそこまで悩むつもりはない。気は進まないがフィルタリングを外し、念のため他の武器も確認してみる。そして直感で気に入ったものに対し、チェックをつけていく。そこから消去法で絞っていくのだ。
「こうして若者にじっくり悩んでもらえるこの時間。製作者冥利を感じますねぇ」
私は一通り目を通すと、最後にチェックが残った詳細画面を映す。
「これでお願いします」
「おや、早いですねぇ。もう少しじっくり考えても――ふむ……本当にこれでよろしいのですかな? 私が言うのもなんですが、売れ残りですよ」
私は結局、一つだけ残っていたこの刀を選んだ。
「はい。もう決めたのです」
「……やはり親子ですねぇ」
「えっ?」
思わぬ言葉に振り向く。
「あ、しまった――これは失言っ! 失言でした! 忘れてください……」
この人はお母さん……を知っている? ということはお母さんに手術したのは――。
「あの……お母さんを知っているのですか?」
「ん? ああ、そうですねぇ……ご想像通り私が手術しました。というより私しか手術できませんからね。当然真っ先に問い詰められましたよ。ただ、私には第1級執行者以上の権限がありますから、上にもとやかく言われることもないので」
「上?」
「あ、失敬!? これまた失言!」
わざと言っているのだろうか。
「すみませんねぇ。どうも隠し事は苦手なもので」
謝る相手は私ではないと思うのだけども……。
追求したいとこだが、上との関係があるこの人に根掘り葉掘り聞くわけにはいかない。審問を終えたばかりだし、ここは堪えなければならない。
「製造番号A-888『ソード・オブ・ヒロイック』。本当にこちらでよろしいですかな?」
「はい。よろしくお願いします」
「では、お次に発現時の合図を決めていただきましょうか」
「合図……?」
「名前だけだと誤作動させてしまいますからね。仕草やポーズなどの合図を組み合わせることでスイッチオン。条件を満たすことで発現させるというわけです」
言葉と仕草による二重の条件付けで誤作動防止するというわけか。
「しかし、これがなかなか好評でして。特に男子は目を輝かせているんですよ」
確かに。小長谷が好みそうな設定だ。
「一番多いのは指パッチン派ですね。たまにスカすことがあるみたいなのでお勧めしませんが」
「小長谷がやりそう」
リリカも同意見のようだ。
「あとは戦隊モノみたいなポーズとか、だいたい男性は格好をつけたがりますね。女性なら……真奈さんは口元に人差し指を当てる――でしたねぇ」
しれっと母の名をだす。もう隠す気すら無いのか。
いかにも母らしいその仕草に、表情が緩んだ。似合わない私にはとても真似できないので参考にはならないが。
「私は……ちょっと考えます」
「ええ、どうぞじっくり考えてみてください」
――休憩室のマッサージチェアに腰掛け、リリカと悩むこと小一時間。
剣道の所作や指パッチンまで、ありとあらゆる動作を頭に浮かべては実演する。リリカからは「かっこいいよ」としか返ってこないので、彼女の意見はまるで参考にならなかった。
結局、最も無難な答えを出し再び研究室の扉を跨ぐ――。
「決まりましたか?」
「はい、抜刀の構えで」
「う〜ん。現・実・派」
そう言われても仕方ない。そもそも刀は納刀状態で発現する以上、即効性に欠けてしまう。先に構えておけば発現と同時に抜刀できるため、急な場面にも対応できるのだ。
「では、こちらの書類一式にサインを。一応、一通り目を通しておいてください。まぁ、ほとんどの人は読んでくれませんが」
一応目を通す。お決まりの契約と同意書だ。手術失敗時のことなど書かれているが、サインしなければ始まらないので読まなくても同じだろう。
「はい。では手術は明日となります。全身麻酔を使用するので絶飲食でお願いしますね」
「わかりました」
――宿泊部屋に案内された後、リリカに食事を勧めたが食べる気はないらしい。
私が死んだら本当に死ぬ気なのだろうか。一応、遺書を書いておこう。
他は特にすることもないのでシャワーを浴び、早めの眠りにつく。同時に横になったリリカはものの数秒で深い眠りに入っていった。本人曰く頭をカラにするとすぐに寝付けるそうだ。考え事の尽きない私は、そんな器用なことは出来ないので、小一時間ぐらい悶々として眠りについた。
――明け方、嫌がるリリカに無理矢理朝食を与えた後、手術の説明を受け手術室の台の上に横たわる。
「安心してください。私の手術は100%成功しますので」
正直、手術よりリリカが心配だ。一日意識を失うので世話役を付けてもらったのだが、言うことを聞いてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、点滴から徐々に麻酔薬が流しこまれ、坂間さんは静かに呟いた。
「貴女はお父さん似ですねぇ」
「えっ……」
「彼は良き友でした」
「坂間さん――」
「私のことは博士でいいですよ。皆がそう呼びます」
言葉を発したかったが、襲い掛かる眠気に抗えず、私は深い眠りへ堕ちていった――。




