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第34話 連想

 スタジアムでこうさん、かやと別れ、私はクミミンが運転する紅露さんの車に乗り、本部の研究棟前まで来ていた。

 持ち主よりシートを後ろに引いた美女が運転する姿は様になっており、ここへ着くまで会話を途切れさせないその対話力もさることながら、天は二物も三物も与えるという言葉は本当にあるものだなと思い知らされたドライブだった。

 翠が避けたがるわけだ。

 路肩に車を停車し、カチカチとハザードランプが点灯する。

「それじゃ、何かあったら呼んでね」

「はい、ありがとうございます」

 クミミンに手を振られると、それに応えるよう小さく手を振って助手席から車を降りた。

 博士は気難しい人なので、気に入られているであろう私が単身で会うことにしたのだ。

 遠くに離れていく紅露さんの車を見送ると、私は再び研究棟へと足を踏み入れる。

 最後に来たのは紅露さんと出逢う前。あれからざっと三週間が過ぎ、長い様で短いその日々では、私を取り巻く環境が劇的に変化した。ここから先もまた変わっていくのだろうか。そんなことを思いながら、聳え立つ円柱の入り口の自動扉を抜けていく。

 ここへ来るのは三度目だ。真っ直ぐ受付へと向かい、早々と手続きを済ます。今回は紅露さんが予め連絡を入れていたことにより、手早く終えることができた。

 警備員に導かれながら地下へのエレベーターに乗り込み、坂間博士の居る研究室へと向かう――。

 

「お久しぶりですね、マキナさん! 今回はだいぶ間が開きましたね」

 博士は相変わらずのようで、快く迎えてくれる。

 菓子折りを手渡したら嬉しそうに受け取ってくれた。

「すみません、今日は相談があって……」

「ほう……」

 いつものように博士がカードキーをかざすと、重苦しい研究室の扉が開く。

 中は相変わらずごちゃごちゃしており、茅間が蹴った資料もあの時のまま散らかっている。

「この部屋に盗聴器は?」

「そんなものはありません。それでも一応、チェックは通してますよ」

 博士は信用のおける人間だ。でなくても、どのみち信用しなければ始まらない。

 私は用意されたキャスター付きの椅子に座り、診察される患者のように博士と対面した。

 本来、何度もここへ来る執行者は滅多にいない。これ以上、無駄に足を踏み入れて疑惑を掛けられてはいけない。故にこれで最後だと、バレれば死が確定するような質問をぶつける。

 

「母に復讐を唆した人物に、心当たりはありますか?」

 まず私達が疑問を抱いたのは、『S-Pad』にある起爆装置の情報を得たのは誰かということ。管理者と一部の人間しか知り得ない情報であるため、それを得るには必然的に研究所の内部に侵入して情報保有者に接触するか、内部の人間が漏らすしかない。侵入はあの目立ち過ぎる師匠ではまず不可能。

 考えられるのは母が復讐を決めたあの夜にいた男、あるいは更に仲間がいるのか。どちらにせよ、その人物が博士と関わっていると紅露さんはみているらしい。

 もし何かヒントを得られないかと、ダメもとで聞いてみたのだが、思いも寄らぬ返事が返ってきた。

「ありますよ」

 言葉を濁さず、あっさり自白したことを驚く私に気も留めず、追求される前に自ら普段の口調で詳細を語りだした。

「私が彼に依頼したのですよ。余計な制限で滞っていた研究を進めるために。ただ、勘違いしてほしくないのは、真奈さんを巻き込んだのは私の提案ではないということです。貴女のお父さんに託した『デスサイズ・オブ・リベリオン』を持って来た時は面食らいましたがね。それがあまりにも嬉しくて……つい手術を引き受けてしまいましたが、私がやったのは本当にそれだけで、他には何も……」

 発端は博士だったことには驚いたが、『S-Pad』の詳細を流していたのが彼ならば辻褄が合う。ただ何か、私は彼が他にも隠しているような気がした。

「申し訳ありませんが、本人についての情報は例え貴女であっても話せません。いや、そもそも……今どこで何をしているのかも知らないんですよね。なんせ依頼した日以降、音沙汰無いもので」

 そこまでは期待していなかった。博士でも連絡が取れないのは意外だったが、もしどこかに潜入しているのであればやむ終えないのだろう。

 ……こっちは駄目か。

 交渉の件は紅露さんに託すしかない。

 私がまた母と話せればいいんだけど、そんな機会はもう待っても訪れない。

『もう貴女は……こっちに来ちゃ駄目なの』

 あのとき母が残した言葉は、もう私の前に現れることはないという意思表示。だから母を止めるには、待っているだけじゃ駄目なんだ――。

 

 次の質問――いや、これが最後の質問だ。これが本命であると、より真剣な眼差しで彼の耳に届かせる。

「では質問を変えます。『S-Pad』の起爆装置を無効化する方法はありますか?」

 

 ――『S-()Pad(パッド)』の遠隔起爆装置。

 一部例外を除くそれには自己破壊プログラムが埋め込まれており、脳内の『S-Pad』を『楽園』の管理者が遠隔で起爆することが出来る。

 これがある限り、私たちはさいがみに従うしかない。

 私達の最終目的は――才神への処罰。

 母や師匠の手によって葬られてしまえば、次なる管理者が降りてきてしまう可能性や、楽園そのものの存続に関わる手段を講じられるかもしれない。

 だからこの国の法に則り正しく裁いた上で才神を説得すれば、母を止めた上で私達も反逆者の汚名を着せられずに済む。勿論それは理想論でしかないし、成功率は極めて低いだろう。それでも私達は、その道を進むと決めたんだ――。

「……やはりご存じでしたか。それをいつ知りました?」

 博士は優しく笑いながら答えた。あちらも察していたようだ。

「執行者になる以前、お母さんから」

「まさかそれを知っておきながら手術するなんて……貴女という人は大した人ですね」

 覚悟はしていた。一級を目指すには避けられない道だったからだ。だけどそれ以上に、私も命を懸けてたかったんだ。母のために。

「私はもう……復讐する気なんかありません。母を止めたいんです。だから……お願いします」

 膝をつき、地に頭をつけ懇願する。

「お止めください。貴女がそこまでする程のことではないですよ」

 肩を叩かれ、顔を上げるようにと促される。

「若いながら立派な精神ですね。私や真奈さんとは違う……私は嬉しいですよ。そんな貴女に、あの子を選んで頂いて……」

「博士……」

 優しく見つめる彼の手に引かれ、私は立ち上がった。

 『ソード・オブ・ヒロイック』。その名が冠するように、私は綺麗事を並べるヒーローに見えるのだろう。あの日、ここでそれに惹かれたのは偶然ではなく必然だったのかもしれない。

 

 私が再び椅子に座ると、普段の笑みを消した博士は起爆装置について語った。

「あれは私にとっても忌々しいものです。記憶装置のこともご存じでしょう。先ほど言った余計な制限とはそのことです。私には『S-Pad』を自由に研究する権限と、研究費用を提供される代わりに、その二つの装置を付加することを義務付けられているのですが……その二つの所為で、『S-Pad』は十分な性能を完全に引き出すことが出来ず研究も滞っていましてね……。ある日、その二つを無視して作ってしまった……それが、『デスサイズ・オブ・リベリオン』。まあ怒られましたよ。当然ですが。ただ、どうにもその真価を試したくて……『CHAOS(カオス)』に依頼したのです」

 言葉の最後に笑みが戻った。余程嬉しかったのだろう。母がそれを手にやって来た時、彼の歓喜する姿が浮かんだ。

「では、ここからが本題です。起爆装置を取り除く方法は一つだけ……『S-Pad』のアップデートです」

「アップデート?」

「そのためには一度『S-Pad』を外す必要があります。しかし、起爆装置が動作している状態だと外した直後に起爆装置が作動し、脳が破壊されてしまうでしょう」

 盗難、悪用防止のためだと言うが、人の命を何だと思っているのだろう。これを考えた連中は普通じゃない。

「起爆装置は脳波を利用した特殊な電波です。通常の電波阻害装置では妨害できません」

「では、どうすれば……」

「方法は二つ。一つ目はCHAOSによって管理者が全滅させられるまで待つ。そもそもの権限を奪い取り、彼らの端末から直接無効化するのです。それが私が彼等にした依頼内容。つまり、何もしなくても起爆装置は取り除かれるのですよ」

 ――何もしなくてもいい。

『大丈夫、マキナは何もしなくていいから』

 母に言われた言葉が突き刺さる。

「それでは駄目なんです……。多くの血が流れてしまいます……」

 今も戦っている紅露さん達は、起爆装置がある限り逆らえないんだ。このまま続けていたら間違いなく――。

「変革に犠牲はつきものですよ。と言っても、貴女はそれを受け入れられないことは知っています。だから――」

 博士はキャビネットの鍵付きの引き出しを開錠し、指輪を入れるような小箱を取り出した。

 蓋を開けると、そこには一センチもない極小の四角いチップのような物が、贅沢な空間を独り占めにするよう寂しくも堂々と入っていた。一目で『S-Pad』だと判ったが、他とは違う管理方法に、これがきっと特別な物だと察した。

「これは『ニューロン・オブ・ジャマー』。私が秘密裏に開発した、『デスサイズ・オブ・リベリオン』を超える究極の『S-Pad』です」

 その発言に息を吞んだ。まだそんな危険な物を隠し持っていたなんて……。

 究極と自称するあたり、これには起爆装置も記憶装置も無いのだろう。

「これで……起爆装置を無効化できるのでしょうか?」

「ええ。この能力は脳波により周囲の電子機器をハッキングします。『S-Pad』の能力も一部干渉することもでき、起爆装置の信号を遮断することで容易に無効化もできるんです」

 無効化できる。その言葉に希望が見えてきた。誰かがこれを使えば全てが上手くいくかもしれない。

 つい表情を緩ませてしまった私は、ふと疑念が浮かんだ。なぜ今まで隠していたのかと。

 困惑したまま博士に視線を戻すと、彼は珍しく暗い表情をチラつかせていた。

「これはね……失敗作なのです。廃棄品ですらありません」

 失敗作……つまり、何かしらの問題があるということか。

「重大な欠陥を抱えてまして。ですが、捨てることもできず……大事にしまってあったのですよ」

「それは……どのような欠陥で?」

「装着前に記憶を消去しなければなりません」

「記憶を……?」

「ええ。しかも、普通の脳ではいけません。貴女はなぜ執行者試験があれ程までに厳しいと思います?」

「それは……優秀な人間を選別するためであって……」

「ええ、そうです。『S-Pad』は、優秀な脳を持つ人間でないと適合しないのですよ」

 ジリジリと足元に不安が広がる。

 これ以上聞いてはいけないと――。

「更にこの『ニューロン・オブ・ジャマー』は多くの記憶領域を必要とするため、特異な脳の持ち主しか適合できないのですよ。故に、並大抵の脳では日常生活で必要なレベルの記憶まで消しても全然足りやしない。だからより優秀な脳……ずば抜けて記憶力の優れた人物の脳でなければならないのです」

「……っ」

 不安が的中し、ある一人の女性の影が浮かび上がる。

「記憶をリセットする理由は初期起動時に膨大な情報がインストールされるためであり、余計な記憶があると拒否反応で脳に障害が出てしまうのです。なので、装着するならばこの処理はどうしても外せません」

「執行者であれば、誰でもいいのですか?」

「いえ、中でも記憶力において極めて優秀な人間でなければなりません。例え真奈さんや、天才少女のひな子さんでも厳しいでしょう。一度見ただけで瞬時に記憶してしまうような……そんな脳の持ち主でなければ――」

 動悸が激しくなる。

 『S-Pad』を手術していないのは第四級以下。私が思い浮かべた彼女は第五級。

 執行者試験において彼女は筆記試験においてのみ最高の成績で合格した。

 しかし、実技があまりにも悪すぎたため、総合的な成績では私にトップの座を譲ったのだ。

 そんな彼女は、常に私の傍らにいて支えてくれた。

 無理だ……そんなことできない。

 別の案を探そう。

 私は静かに立ち上がり――。

「申し訳ありません、博士。せっかく教えて頂いたのに……」

「いえ、いいのですよ。こんな残酷な選択……させたくはなかったのですから。お力になれず申し訳ありません」

 本当に申し訳なさそうにしている。恐らく、博士も彼女のことを連想していたのだろう。

 私は軽く会釈し、その場を後にした――。


 研究棟を出ても外の空気が重苦しい。激しく高鳴る動悸が収まらない。

 知らなければよかった。早くも折れようとしている私の心。またしても自己嫌悪に陥ってしまう。

 どうにか他の手がないかと思案するが、何一つ浮かばない。入り乱れる様々な感情に妨害される。

 紅露さんに……報告……する……?

「マッキー!」

 不意に聞き覚えのある声に呼ばれ、ビクっと身体を揺らした。

 本部の駐車場に車を停めたのか、その方向から駆け寄って来ている。

 まだ呼び出しの連絡はしていない。間の悪いことに、彼女の方から迎えに来てしまったのだ。

「ごめん、居ても立っても居られなくて来ちゃった! 聞いてよ、ヒナぴよ上手くいったってさ!」

 嬉しそうに報告するクミミンに対し、私は彼女の感情に合わせることができず、曖昧な返事をしてしまう。

「は、はい……よかった……です」

「大丈夫? 顔色悪いけど……何かあった?」

 人の感情を読み取るのが上手いのか、私が隠すのが下手なのか、一瞬で心情を察知されてしまた。

「大丈夫です。たぶん、疲れているのかと……」

 無理やり笑顔を取り繕った。無駄な足搔きだろうけど、真実を話すわけにはいかない。

 

 クミミンの話では、こうさん達は召集命令で本部へ向かっているとのこと。

 彼女と会う前にどうにか考えないと……。大丈夫、私達の作戦は起爆装置無効化が前提となっているわけじゃない。

 心苦しいけど、虚偽の報告をするしかない。危険な目に遭うのは私だけで十分なのだから――。

 

 

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