第33話 紅露&茅間 VS 薬師寺
状況は才神から伝えられていたが、いざ実際に目の当たりにすると目を覆いたくなるほど絶望的な光景だ。
階段だけを残し崩落した歩道橋に横たわる執行者。歩道で倒れている男の上にはビルの二階に打ち付けられた跡が残っている。中央には半裸になりながら膝をつく白川。そして、ウチの放った炎を一瞬で掻き消した髭男。
あれが薬師寺狂命か……。
「団扇一つで振り払われるのか。やってらんねぇぞ」
「おい、車傷つけんなよ」
「こんな時に愛車の心配かよボケ」
車を降り、無駄に勢いよくドアを蹴り閉めてやった。
――茅間には全て伝えてある。
脳内の爆弾、記憶装置、零級の真相。憧れの先輩に追いつこうと零級を夢見ていた奴にとっては、爆弾より記憶消去で兵士にされることが何よりショックを受けていた。
それでもマキナの影響なのか、すぐに気を持ち直し、不貞腐れることなく現実を受け止めている。あんなのでも一級執行者だ。味方になれば心強い。
問題は薬師寺か……。
目立った外傷は無い。恐らく無傷で白川組を降したのだろう。御代真奈の師であるという話が本当であれば、何も不思議なことではない。世界最強と言う話もあながち間違いではないだろう。
奴の元へ一歩一歩踏み出す度に、台風の風圧のような重さを全身に浴びせられる。かつてないほどのプレッシャー。全ての感覚が逃げろと命令している。
マキナの話によると、奴は三年前に母親へ復讐話を持ち掛けた人物とは異なるらしい。あの顔は見ていたら忘れないとのことだ。確かに、あのツラは忘れられそうにねぇな。
つまり、テロリスト側は最低でももう一人いるということ。できることならその謎の人物と接したかったが、避けられないこの状況ではもう手遅れだ。共闘を持ち掛けるなら今ここで薬師寺に伝えるしかない。才神の監視を受けながら――。
『紅露君、解っていると思うが、深入りしてはいけない。まずは白川君を救出してくれ』
骨伝導イヤホンから無茶な指示を受ける。
奴は監視カメラからの情報でこちらを見ているらしい。とはいえ、それは劣化高柳。入ってくる情報を当てにするつもりはない。それどころかどこかで通信を切らなければ薬師寺と交渉が出来ないのだ。
「ひな子、奴は生身だ! 気をつけろ!」
あの白川が緊迫した表情で叫んでいる。
第一級執行者を素で打ち負かしたという事実に驚きはしない。ウチも経験済みだったからだ。
しかし、御代真奈と違って『S-Pad』による身体強化は奴には備わっていない。それでこれかと、チラリと崩壊した歩道橋に視線を向けた。
奴は躊躇いなく人を殺す。しくじれば死――。
「妹達が頑張ってんだ。お姉ちゃんも良いトコ見せねぇとな」
両手の銃を強く握りしめ、己を奮い立たす。
「ガキのくせに危ないおもちゃ持ってんな。ここは子供の遊戯場じゃないぜ」
「これでも成人してんだよボケ」
間近で見るととんでもねぇガタイだ。細身で女のような顔立ちの白川とは対称的に、これぞ雄と言わんばかりの剛毛と洗練された筋肉から野生を彷彿とさせる。明らかに人間社会で生まれた生物じゃねえ。
「テメェの目的は何だ? なぜこの国を荒らす?」
「俺個人の目的は強えヤツと戦いたい。んで、組織としてはこれ、渦悪棲くんをブッ殺す」
『渦悪棲くん』と書かれた団扇を見せつけられる。わざわざ作ったのか……。
正直勝手にしてくれと言いたいが、マイクから流れてしまうので言えない。
「怨恨か?」
「い~や、楽園の解放だ」
解放とは管理者支配からということだろうか。
何であれウチらが歯向かえない以上、コイツらを利用するしかない。
どうにかして才神に悟られず、コイツに伝えなければ……これ以上犠牲者が増える前に。
「楽園? ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」
二丁の銃をドッキング。上部を組み合わせて一つにすることで威力を倍増できるのだ。
「伏せとけや白川!」
引き金を引き、最大火力で放射。
奴の姿が見えなくなるほどの巨大な炎が襲いかかる――が、奴はこれじゃ死なねぇはず。
なぜなら――。
団扇でなく、刀を回転させて迫りくる炎をクルクルと斬り捌いた。
御代真奈がそうしたように――。
奴の師というのは本当みたいだな。
それが判れば充分。もう一度放射をと、更に引き金を引いた。
「おいおい、同じ手は……おっ!?」
再び炎が視界を覆った直後、電撃が走る――茅間の電撃が背後からウチの身体ごと貫いたのだ。
車中で蓄電していたアイツがウチの身体に向けて放電。
炎を受け流したものの、死角になっていたため薬師寺は避けることが出来ず、電撃をまともに受けたのだ。
この機を逃すまいと、茅間は車から飛び出し二撃三撃目と電撃を飛ばしながら接近。
無防備な奴の身体をギターで殴打しスッ飛ばす。
そのまま何度も奴を殴り続け、カーショップのショーウィンドウを突き破り、屋内へと押し込んだ――。
「もしも~し! もしも~し!」
――返答が無い。予定通りイヤホンは壊れたようだ。
痺れが残る身体に鞭を打ち、茅間の元へ歩みを進める。
今の作戦はウチの立案だ。まともな戦法では敵わないと御代真奈との戦闘で学んだからな。相手は遥か格上。この身を犠牲にしなければ、言葉を届けることもできない。
飛び散ったガラス片をパキパキと踏み鳴らしながらカーショップに入った。よりにもよって車かと、損害金額を脳裏に浮かべてしまうが、遠慮する余裕は無い。それに、命令している本部に弁償させればいいのだ。
奥に避難したのか、従業員や客は見当たらない。七台の新車とカフェスペースが収まる広いエリアの天井を見渡し、監視カメラを確認する。カメラは三つ。いずれもよくある丸型のタイプだ。ウチの支部にもある。
わざわざそれを破壊する必要は無い。要らぬ疑いをかけられても困るし、もしかしたらここのカメラも本部と繋がっている可能性もある。頭に爆弾と記憶装置がある以上、不審な行動は一切できない。確実かつ自然に――目的を果たさなければいけないんだ。
「チッ……あれだけ打ち込んだのに無傷かよ」
「殺気が籠ってねえ。殺る気あんのか似非ミュージシャン」
気だるそうに立ち上がる薬師寺に対し、呆然と立ち尽くす茅間の後ろ姿へと駆け寄る。
「まるで鉄の塊を運んでるみてえだった……。何なんだアイツは……」
茅間の手は震えている。それには反動での痺れだけでなく、未知の生物への恐れも含まれているだろう。
「おい、やるぞ」
「ったく、正気かよてめえ……。どうなっても知らねーぞ」
茅間の右隣に立ち、両脇のホルスターに銃を納め、背中に力を込める。
「いいからやれや」
「っしゃあ! 日頃の恨みッ!」
叫びながらギターを野球バットの様にスイング――後で処す。
ウチの背中をホームラン感覚で強打。ギターの背面は当て面が多いためダメージは軽減されるが、来るのが知っていてもやっぱり痛い。
華奢な身体はそのままの勢いで吹き飛び、薬師寺の胸板へクリーンヒットする。
「んがっ」
硬っ! まるでコンクリートじゃねぇか。どんな鍛え方してんだよ。
顔面を強打し鼻血が吹き出す。勿論、相手にダメージは無い。
意識が飛びそうになるが、離すまいと涙ぐみながらタンクトップを掴み、カエルの様に奴の上半身に張り付く。
「今だ! コイツは抑えた、ウチごとやれ!」
「上等!」
「おいおい、拘束になってんのかこれ……」
身体が小さすぎて地に足もついていない。ただしがみ付いているだけなので何の効力にもなっていないのだ。
にしても臭ぇ……。獣臭かコレ?
涙ぐみながら必死によじ登っていくウチには眼中に無いのか、野生男は微動だにしない。
やるなら今しかないと、喧しく演奏する茅間をよそに、耳元までよじ登って囁く――。
「ウチらはマキナにつく。合図を待て」
すると、男はピューと口笛を吹き――。
「あいつが……くっくっ、面白れぇ!」
猫の首根っこを掴む様にウチを引き剥がし、茅間目掛けてぶん投げられた。
「うおっ!」
茅間に背中から衝突し、二人まとめて崩れ落ちる。
アイツと違って柔らかいクッションだ。もっと鍛えろよ。
「渦悪棲君に伝えとけ! ケツ洗って待っとけや!」
入ってきた方向とは逆――壁をクッキーの様に蹴り砕きながら、あの化け物は道を創って消えて行った。
その人離れた行動を見て、ウチは口を開けて固まる。
「さっさと退けや、見かけどおり」
下敷きになっていた男がウチのか弱い身体を蹴り飛ばしやがった。受け身をとれずに床へ激突する。
「テメッ、ウチはレディだぞ」
「自爆特効する奴をレディとは呼ばねーよ」
ハンカチで鼻血を拭き取りながら立ち上がる。体の節々が痛い。我ながら無茶な作戦を立てたものだ。
だが、これで伝えることは出来た。こっちが舞台を整える前に勝手なことをされると困るからな。
奴らの仲間になるつもりはない。あくまで利用するだけだ。後は――。
「ひな子、無事か!?」
上半身裸の白川が様子を見に来たようだ。服着ろよ。
「ああ、何とか」
「奴は?」
「逃げてったよ。ウチに恐れをなしてな」
「呆れられただけだろ」
大きな溜息と共に、空気が抜けたように座り込む白川。
無傷なのは運が良かったが、心はそうはいかない。
「ガブリエルは何とか助かりそうだ。だがウリエルは……」
部下を一人死なせたのだ。これが自分だったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
「奴はいったい何なんだ」
「ウチにも解んねぇよ」
落胆する白川を後にし、車に置いてきた端末を手に取る。
途中で報告を断ったからな……バレていなければいいが。
『才神だ。見ていたよ』
……しくじった!?
ウチの知らない電子機器があるのか、それともやはり不自然だったか。
鼓動が高鳴り、返事ができないまま唾を飲み込んだ。
『君達の連携は小学生以下だね』
その言葉にホッと胸を撫で下ろす。良くはないのだが、最悪の状況は回避できたみたいだ。
『即席とはいえ余りにもお粗末すぎる。先走った白川君といい、やはりリーダー不在ではこんなものか』
言いたいことを言ってくれる。魚路がいても大して変わらない。それだけあの男が強すぎるのだ。本気でやらなかったとはいえ、現に傷ひとつ与えられていない。かと言ってテメェが来いよとも言えない。
『何か奴の情報は得られたか?』
「『S-Pad』の手術は行ってないようです」
『それは聞こえたよ。故に研究棟への警備を強化した』
よくよく考えれば成功率の低い手術をするわけないよな。あれほどの実力なら尚更だ。
才神は薬師寺が博士と接触して新たな力を得ることを懸念しているようだが、その可能性は薄いだろう。本当に求めているのならとっくにやっているはずだ。
『他には?』
「チーフにケツ洗って待っとけと言ってました」
『そんなことは報告しなくていい』
冗談も通じないほどご立腹のようで。
『全員、本部へ来なさい。会わせたい奴らがいるんだ』
その言葉で、恐れていた予感が頭を過った――。




