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第32話 白川組 VS 薬師寺

 ――胸クソ悪い。

 この当て所のない感情、どうしてくれようか。

 粉々に砕けた業務用端末――それだけでは飽き足らない。

「ガブリエル、ウリエル。やくを殺すぞ」

 運転している長髪の美青年はナンバー3のガブリエル。助手席にいるおかっぱ頭の美少年はナンバー5のウリエル。

 彼らは僕の忠実な部下であり、四大天使の名を与えたホスト兼第二級執行者だ。

「他の一級を待たないので?」

「あんな奴ら当てになるか。お前たちの方が頼りになる」

「身に余る光栄です」

 本当はナンバー2のミカエルとナンバー4のラファエルも連れて行きたかったが、業務中(ホストの方)だったのでやむを得ない。

 僕らはホストと執行者の業務をシフト制で回している。だが、それは兼業ではない。僕の特権で支部をホストクラブに換えたのだ。

 ガサツな茅間や嫌われ者のひな子と違い、僕は執行者のイメージを重視している。選りすぐりのイケメン執行者に接待――もとい窓口対応をさせることで、女性からの信頼を集めた。

 そんなこんなで、つい先ほど僕自身もしろへの接待をしていたのだが、流石に緊急連絡を断るわけにはいかず、業務中(執行者の方)だったガブリエルとウリエルを連れて高級車を走らせたのだ。

 御代真奈……もっと彼女と話したかった。

 容姿、所作、そして口から放たれる言葉、全て一級……いや、それすらも超える。

 ナンバー1ホストのこの僕が魅了されるなんて、いったい何者なのだろうか。

 さいがみという腐れカオス野郎は、僕から真奈を引き離すどころか例のワードをぶつけてきやがった。

 アイツはいつか殺そう。うん、それがいい。


「――いました。まだ歩道橋に居ます」

 クソみたいなうちを仰いでいる男……やくきょうめい

 奴が挑発しなければもっと真奈と話せたんだ――絶対に許さん。

「サイレンを鳴らせ。周囲の人間を散らすんだ」

 緊急警報。ガブリエルが車に搭載されている拡声器で避難を呼びかける。

 ウリエルは本部と連携し、市内全域に緊急外出禁止令を発令した。

 行き交う人々は足早に去って行き、車もUターンしていく。開けっ放しの店は従業員が慌ててシャッターを閉めた。

 本部からの遠隔操作で付近の信号は全て赤で固定され、事が済むまで変わることはない。

 そんな中、野郎は「やっとか」と言わんばかりに歩道橋の手すりにもたれ掛かり、焦ることなく団扇を仰ぎ続けている。

 やはり逃げないか……。

「行くぞ。ガブリエルは反対側へ」

 車を降り、一段一段ゆっくりと歩道橋の階段を登って行く。

 ガブリエルには遠回りさせ、奴の背後を取り挟み撃ちにするのだ。

「先に自分が行きます」

 ウリエルが歩を進める。この狭い歩道橋では連携が取りにくい。奴もそれを見越してこの場所に陣取っているのだろう。

 

「コイン・オブ・アムネスティ」

 ウリエルが両手を広げると、掌を閉じ唱える。

 掌を開くと、右手にはコインが一枚、左手には九枚が――。

 右手のコインを指で弾き、野郎は眼前でそれをキャッチする。

「何だこれ?」


 ――『コイン・オブ・アムネスティ』。

 互いに手持ちのコインをベットし、賭け事を行う。親であるウリエルのコインを全て奪えば罪は恩赦され、負ければ処罰が確定し、一切の行動を封じられる。

 なお、初期コインの枚数は罪の大きさによって左右される。


「私との賭けに勝つことが出来れば、お前の罪は恩赦しよう。但し、賭けを放棄し私への攻撃を行えば――」

 バチンッ――!

 轟音と共に何かが僕の横をすり抜けた。

 何だ……?

 ウリエルが後ろから倒れ込み、地に衝突。その額の風穴で全てを理解する。

 ――コインを弾いたのか!?

「しゃらくせえ。お遊戯に興味はない。俺は泥臭え戦いがしてえのよ」

 バカな……既に『S-()Pad(パッド)』を発現させているのか?

 だとしてもウリエルが全く反応できないだと。

 能力の特性上、攻撃には細心の注意を払っていたはずだ。親への攻撃はペナルティとなりコイン一枚が没収される。即死でなければウリエルは勝っていたのだ。


「……醜いな」

「あ?」

 まず風貌からして気品の欠片も無い。汚れだらけのタンクトップに作業員の様なズボン。筋肉は見事だがモサモサの腕毛を隠そうとしないのは減点。タンクトップからはみ出る胸毛腋毛は醜悪の中の醜悪で論ずるに値しない。

 そもそも何故コイツは靴を履いていない?

 人としての常識が欠如しているようだ。そして――。

「人の話は最後まで聞くべきだ」

「悪ぃな。道徳知らねえんだわ」

「知性を便所にでも捨てたか。なるほど……理解したよ」

 こちらも常識を捨てないといけないらしい。未だかつてない人種。外の人間がこんなのばかりでないと祈りたいな。

「ところでよぉ、色男。お前女余ってそうだよな。一人くらいくれねえか?」

「……ゴミが」

 最大限の侮蔑の眼差しを向ける。この醜い野獣は即刻駆除しなければならない。

 対面にいるガブリエルへ目配せし、同時に発現させる合図を送る。

「貴様に一つ、有難いアドバイスをくれてやる。養豚所の中から探してこい」

 僕は両手をクロスさせ、シャツの端を上着ごと掴み取り、一気に引き抜く。

 つい目を奪われてしまうほどの美しい上半身を見せつけ、物憂げな表情で官能的にささやいた。

「トゥロッツゥ・オゥ・ズィ・ウォゥルドゥ……」


 ――『タロット・オブ・ザ・ワールド』。

 (魅了された)相手の(醜き)罪状に対して異なるカードが出現する。

 種類は何と(魅惑の)二十二枚。


 目の前に出現したカードは勿論――。

「ザ・ジャスティス!」

「お前それ毎回やってんのか? 面白れぇヤツだな」

 シャツを雑に脱ぎ捨て、カードを手に取る。

 カードは瞬く間に光輝き、剣へと姿を変えた。

「ジャスティスは相手の凶悪さに比例して力を増す。泥臭い戦いを所望のようだから応じてあげよう」

 地を蹴り、迷いなく野郎への距離を詰める。

 僕の実力を察したのか、奴は仰ぎ続けていた団扇を腰にしまい、刀を引き抜く――今だ、ガブリエル!

 バサッ……と、美青年は儚げな表情で傘を開く。

 カチンッ――!

 引き抜かれようとした刀は鞘へ大きな音を立てて逆戻り。

 態勢は崩れ、奴の足元には亀裂が走った。

「泥にまみれるのは貴様一人だけだ!」

 

 ――『アンブレラ・オブ・リーデン』。

 通称、色男の傘。傘を開くと対象の罪の重さに比例して体重が増す。

 けがれ無きしゅくじょのみが、彼の傘に入ることができるのだ。


「貰った!」

 無防備の首元へ横薙ぎ一直線。刀も無しに受け止めるのは不可能――のはずが、あろうことか奴は頭を傾け、耳の下にある骨――下顎角と肩で挟み込んた。

 信じられない光景を目の当たりにし、背筋が凍り付く。

 剣越しに触れただけで伝わってくる筋肉の強度。まるでペンチにでも挟まれているようだ。

 引こうとしても抜けない……マズいッ!

「面白れぇ能力だな。体重が増すのか。それなら……これはどうだ?」

 ドスンッ――と、醜き巨獣は杭を打つように地へ足を打ち付けた。

 瞬間、足元に亀裂が広がり歩道橋が崩壊していく――。

 

 やむ終えず刀を手放し、歩道橋が崩れきる前に飛び降りる。

「ザ・ジャスティス!」

 奴が挟んだ剣は消え、僕の手元へと戻っていく。カード名を叫べば手を離れた武器を容易に手元へと戻すことが出来るのだ。

 轟音と共に粉塵が舞い広がる。中にいる二人の姿は確認できない。

「ガブリエル、無事か!?」

 ……返事が無い。

 突如――突風が舞い、白煙がかき消された。台風のような風圧に身体が押され、シャッターがガタガタと音を立てる。

 視界が鮮明になっていく中、細目で突風の元を確認すると、野郎が一人で立っていた。その手には、あのふざけた団扇が――。

 まさか……あれで?

 いや、そんなことより……ガブリエルは!?

 目線を高速で動かし、周囲の変化を確かめると――向かいのビルに、叩きつけられたガブリエルの姿があった。

 あの突風で傘ごと吹き飛ばされたのだろうか。

 想定外だ……ここまでの実力とは。

 奴がじりじりとこちらに歩み寄ってくる。

 まだだ、まだ僕には切り札がある――。

 

「どうした、色男。これで終いじゃねえだろ?」

「貴様、いったいどんな『S-Pad』を使えばそんな芸当が出来るんだ」

「相手に教えを乞うんじゃねえよ。まあ、不利にならねえから教えてやる。――使ってねえ」

「は?」

「使ってねえ……っというか、そもそも手術してねえんだ」

 嘘……だろ……。

 全身の血の気が一気に引き、額から汗が流れ、愕然と手足が震えだす。

 思いもよらぬ言葉を受け止めきれず、反撃の気力は失われつつあった。

 切り札をもってしても……こいつには……。

 膝が地につき、剣は手から離れた。

 この常識外れの化け物に……敵う術はない。

 端末を壊したことを後悔する。

 このままでは無駄死にだ。


 ――すまない、ウリエル……ガブリエル。

 意気消沈し目を閉じると――微かなサイレンの音が聞こえてくる。

 奴は既にそれに気づいていたようで、視線はもう僕から外れていた。

「新手か」

 新しいおもちゃを見つけた子供のように笑う。

 猛烈なスピードで突進する車は急停止すると共に、車窓から炎が放たれる。

 しかし、それはふざけた団扇の一振りによって容易く掻き消されたのだった。

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