第31話 秩序
「北上君。薬師寺はまだ見つからないのか?」
「申し訳ありません、あの会見以降何も……」
薬師寺は大胆にも自らの居場所を晒した。
その時に処罰へ向かった二級と三級の執行者二人を殺害して以降、行方を眩ませている。
「奴は存在するだけで秩序を乱す。我々の秩序の為に、何としても奴を討たなければならない。それが……秩序を司る我々の役目なのだ」
この秩序秩序と連呼する煩いのは『才神渦悪棲』。
私はこの男の誘いで第二級執行者から秘書へと転向した。実質的な階級は第一級より上らしい。
それ故、第一級ですら知り得ない本部地下の監視エリアで、衛生カメラと国中に設置されているカメラ映像を大量のモニタで監視中だ。
にしても、とんでもない設備だ。秘書にならなければこんな光景は見られなかっただろう。
顔認証システムなんかその一例で、登録した顔を過去まで遡り、カメラ映像から検索するのだ。
それでも引っかからないあの二人はいったい何者なのか。
「御代真奈は?」
「中野第一級執行者と交戦以降、動きが掴めません」
「そうか、私という餌を引っ提げても釣られんか。これは他の手を検討する余地があるな」
本部には執行者が最も多く在籍している。そんな場所に自ら突っ込んで来ることは無いだろう。
それより気になったのは、この男の御代への執着。同じテロリストなのに薬師寺と対応が全く異なることに疑問を抱き、つい口に出してしまった。
「チーフはなぜ御代を? 面識でもあるのでしょうか?」
その瞬間、チーフの雰囲気が変わり、不敵に笑い出す。
マズい……これ失言だ。
「君は何も知らなくていい。余計な事は詮索しないことだ」
「も、申し訳ございません!」
元上司の中野部長並に深々とお辞儀をする。
確実に何かある……気になるが詮索したら命が危うい。
「彼女は私が葬る。その為に彼女と同レベルの『S-Pad』を装着したのでね」
眉間に人差し指を当てながら威圧している。
第一級執行者となったのは建前だけではないらしい。
魚路第一級執行者を葬ったバケモノと同レベルがここにいるのだ。
しかし、私が恐れるのはそれだけじゃない。この男から聞かされた情報によると、『S-Pad』には遠隔起爆装置が埋め込まれているという。つまり、一生逆らえないのだ。
正直、知らなかった方が幸せだったのかもしれない。
「安心したまえ、この件が片付けば君を我々秩序の組織の一員に任命しよう。秩序の為に働けるのだ。光栄だろう?」
胡散臭え……。
「光栄でございます」
反抗できないので、取り敢えず笑顔で応えとく。
「では君に秩序とは何たるかを説明しよう」
また始まった……これマジで長いんだよね……。
作業用BGM代わりに流し聴きしながら手を動かしていると、思わぬ情報が飛び込んできた――。
「薬師寺です! 場所は野疑市三丁目の歩道橋の上、『渦悪棲くん』と書かれた団扇を仰いでいます!」
「ふざけやがって……」
画面に表示させたのは、歩道橋の中心で手すりにもたれかかり、ふてぶてしく団扇を仰ぐ男の姿。カメラの場所に気づいているのか、こちらに目線を向けて挑発している。
顔認証システムに反応したその髭面は、手配写真を見比べなくとも判別できるくらい印象が強い。
「あっ! 団扇を返しました! 『LOVE』と書かれています!」
「そんなこと実況しなくていい。君は私を煽っているのかね」
「申し訳ございません……」
退屈な監視作業からの解放についテンションが上がってしまっていたらしく、私は再び頭を下げた。
「全く……、第一級執行者全員に知らせなさい。決して一人で戦わせないように。と言ってもこの場所では……中野君は遠過ぎて間に合わないな。紅露君と茅間君の位置は?」
執行者全員の端末と連携しているアプリケーションを起動。彼らの位置情報すらもここで管理できるのだ。通話内容も当然記録されている。
プライバシーなんてあったもんじゃないな……。
「二人とも松門市にいるようです。模擬戦の申請があったので、まだスタジアムにいるかと」
「タイミングが良いのか悪いのか、力を使い尽くしてしまっていたら芳しくないな……仕方がない。今回は深追いせずに、奴の能力を探るだけに徹するよう伝えなさい」
「承知しました」
中野を除く三名のスマホに緊急メッセージを送信。
十秒経たず、一人だけ既読がついた。模擬戦中の二人はメールに気づかないのか、反応は無い。
「近くに御代真奈はいるか? その他怪しい人物は?」
監視カメラを動かしながら周囲を検索。
人通りは多いが、顔が確認できる者は全て登録済みの一般人だ。
「特に怪しい人物はいません……」
「罠か……どう考えても誘っているな」
薬師寺は未だ歩道橋から動いていない。
あんな団扇を見せつけているんだ。明らかにこちらを挑発している。
「最も近いのは白川君か……彼はどんな人物だ?」
――『白川奏真』二十八歳。
唯一メールに既読をつけたこの男は、ホスト時代の源氏名を今でも使用しており、本名は『大里育人』。
「本名は公には公開されていないようです」
ホストへの就職から二年後に執行者試験を合格、今から四年前に第一級へ昇格したとのこと。
女たらしで毎日女を取っ替えているとか。
私? 興味ないですよ、胡散臭いし。
「それから、本名を辿ってみたのですが――」
「――ほう。面白いね。隠しているということは弱みになりそうだ。流石だよ北上君」
「お褒め頂き光栄です」
「では、白川君に繋いでくれたまえ」
既に薬師寺の方へ向かっているようだ。位置情報は全てリアルタイムで確認できる。取り巻きを連れているようで、三つのアイコンが同時に移動している。
なんだか神にでもなったような気分。これが管理者というものか。
白川の端末にも当然このアプリで通話可能だ。カチッと、ワンクリックで接続。
『――白川です』
スピーカーから色男の美声が流れる。
「やあ、白川君。才神だ」
『今向かってますよ。部下を二人連れて』
「それは結構だね。だが、深追いはしないでほしい。奴は明らかにこちらを誘っている。茅間君と紅露君が到着するまで待つんだ」
『……』
一時の間が開き、『解りました』との返事。本当に解っているのか?
「通話は常に繋いでくれたまえ。奴が一人とは限らない。御代真奈が近くに潜んでいるかもしれないからな」
『彼女ならさっき僕の店に来てましたよ』
「なんだと!? 何故報告しない!?」
『言われてなかったので』
チーフは俯き、深く溜息をつく。
第一級なんてこんなのばかりだ。権力を与え過ぎるからこうなる。
「戦ったのかね?」
『僕は女性には手を出さない主義です。例えそれが犯罪者だろうとね』
出せよ。職務怠慢だろ。
『彼女は美しい。僕が今まで見てきた女性の中でもずば抜けて魅力的だ。貴方が夢中になるのも解りますよ』
チーフの顔色が変わっていく。
まただ……とばっちりは勘弁してよぉ。
「白川君……いや、大里君か。口の利き方には気をつけなさい」
チーフは声色を変え、怒りを強調する――が。
『あ?』
ブツッ――と通話が切れた。
チーフ以上の声色変化。感情も切れてしまったようで。
「どうやら弱みではなく、禁句だったようですね……」
位置情報が消えた――多分これ破壊されたな。
「個性的なヤツだな……。仕方がない、紅露君に繋いでくれ」
やれやれ……と額に手をつくチーフ。管理職は大変ですね。
あの中では比較的マシな紅露さんに繋ぐ。
魚路さんがいなくなった今、彼女が一番の古参なのだ。見た目と言動はアレだが、仕事ぶりは私も評価している。
『――もしもし?』
幼さの残る声が、スピーカーから響いた――。




