番外編 アリスチーム
ガタッと、大きくも小さくもない振動が身体を震わせた。庁舎の敷地から車道の境にある段差で車が跳ねたのだ。その衝撃で曖昧だった意識が鮮明になっていく。
車窓から見える景色は見慣れた風景。異なるのはバイクではなく車に乗っているということ。
運転しているのは高柳という第二級執行者。界隈では有名な変態だ。
助手席は鞄が置かれているだけで、後部座席にはリリカだけ。……何か一人足りない。
「――マキナは?」
「頭は冴えてきました? 荒療治ですみません。御代さんは今、ひな子様とクミミンさんと行動しています」
「何で……?」
聞いていたはずだが、うろ覚えなので聞き返した。
「茅間第一級執行者と模擬戦するらしいですよ。こっちに任務を押し付けて。ズルいですよね、私だってひな子様と行動したかったのに」
運転しながら親指の爪を噛みしめ悔しがっている。
二手に分かれればこうなるのも無理はない。そういえば任務を任せられたんだっけと、朧げに思い出す。
正直なところ、組むなら紅露チームの中でこの人が一番マシだと思っている。キャンキャン吠える小学生上司は論外として、容姿、実力、女子力、全てにおいて私に劣等感を突きつける馴れ馴れしいギャルはもっと苦手。合コンで同席すれば全てを持っていかれるだろう。自己嫌悪に陥るので絶対に隣には置きたくない。
「こうなったら、この先の任務で大失態を演じてみるのも有りですね。特別なご褒美……失礼、叱責が貰えそうです」
こいつ……ここまでイカれてるのか。
前言撤回。マシな人間は居なかった。
「リリカ、大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
ぼーっと細目で前を見つめていた彼女に声をかけると、目が覚めたように見開き、顔を私に向けて礼を言った。
普段と変わらない笑顔。どうやらマキナがいなくても平気みたいだ。
常に三人で行動していたため、私と二人きりになると不安になるのではないかと心配していたが、杞憂だったようで安心した。
「もう一度、任務の詳細を聞いてもいいですか?」
「いいですよ。最近『S-Pad』による犯罪が増えていることはご存じでしょうが、その『S-Pad』犯罪者が一人補足できたので、これから処しに行きます。可能であれば捕獲したいのですが、その能力によっては死罰せざるを得ないでしょう」
「解りました。では、能力の共有をさせてもらってもいいですか?」
「ええ」
――互いに自身の能力について説明を交わす。
あっちは完全サポート向きか。ってことは私を主体にして戦えそうだ。
早いところ実績を積んで昇給したい。ここに一級とマキナがいないのはチャンスだった。
「それでは私が前に出ますので、サポートをお願いします」
「何を言っているんですか? 新人を前に出せるわけないでしょう。私が出ます」
「いえっ、でも、その能力では……」
「見くびられては困ります。これでも、戦闘能力は高いんですよ」
索敵特化のはずでは?
余程実力に自信があるのだろうか、それとも私に手柄を寄こさまいとしているのか。
いや、それは無いな……失態を欲しがるような人だ。
「功を急いではいけません。私も一度、降格処分を受けましたが、昇格には地道な行動で信用を得ることが大切なのです」
地道に信用を得る……か。
一度失った信用を取り戻すことは難しい。どんなに功績を得たとしても。
欲しいバッグあったのになぁ……。
暫くはお預けかと、落胆し肩を落とした。
「――何で降格したんですか?」
性癖に難があるとはいえ、仕事に対する姿勢は私も評価している。私が言うのもアレだが、降格なんて余程の事をしない限りはあり得ない。
「『S-Pad』の私的利用です。その……ひな子様の私生活が気になって」
「最っ低っ」
つい口に出してしまった。
しかし、この犯罪者はそんな侮蔑の言葉には意にも返さず、性癖を暴露し続けた。
「あの時の仕置きは最高でした。涙ぐむひな子様から受ける仕打ちは……筆舌に尽くしがたい快感です」
そう言いながら左腕の袖を捲り、悍ましい火傷跡を晒す。
最低通り越してバケモンだよ、コイツ。
私も処罰を受けたが、リリカにコイツとは違うと力説する。
流石に解ってくれているようで「だ、大丈夫だよ」と引き気味に言ってくれた。
「そんなに叱責されたいのなら、私が代わりにやってあげましょうか?」
私の鞭なら跡も残りにくいし、このままでは紅露さんが不憫すぎる。
「駄目ですよ、貴女では。幼さが足りません」
「処す? 今ここで処した方がいいんじゃない?」
「駄目だよ……一応先輩だから」
――そうこうしているうちに目的地へ到着。
そこは繁華街の一角で、既に多くの人が行き交っている。
雑に路駐し、人の注目を集めた。
「こ、こんな目立つ所で?」
執行者専用の車で来ているので、見つかったら犯人に逃げられるのでは……と危惧するが――。
「大丈夫です、逃がしません。ドローン・オブ・ドミネーター」
両手を広げてそれを唱えた。
車内から球体が飛び出し、四方八方に離散する。
頭の中で見ているのか、目を閉じたまま黙ってしまった――。
時間にして五分だろうか、目を開けると車を発進させた。
「いました。あちらの建物の二階、バーの中です。店員、客含め十五人」
早い。顔が知れてるとこうも簡単にいくのか。
複数のドローンによるウォールハック。人数、位置まで赤裸々に判明できる。
「相手は既に第三級を返り討ちにしています。気を引き締めて下さい」
その三級は一命を取り留めたみたいだが重症のようだ。
一人でイキるからこうなる。かつての私ならそうしていたので人のことを言えないが……。
「リリカは私の後ろに」
「うん」
リリカに怪我を負わせたらマキナにあわせる顔がない。車で待機させたいが、この子も執行者。特別扱いは出来ないし、本人もそれを嫌がるだろう。
「貴女たちは裏口から。私は正面から入ります。男の特徴は青シャツとパンチパーマ」
看板に如何わしそうな店名が並ぶ四階建てのビル。骨伝導イヤホンを装着し、裏口の非常階段へと回り込む。
移動中もあの変態女から逐一、詳細な情報が伝わってくる。ここまで安心感のある任務は初めてだ。
あまりの手際の良さに感心する――と思ったのも束の間。
『あっ、ちょうどいいですね。対象がトイレに入りました。大きい方です』
なんてこと……。
嫌な予感がし、指示を待つ前に裏口の扉を開けた。
薄暗い空間に巣食う人間達の視線を引き寄せると、近くにいた男の胸ぐらを掴み、トイレの場所を乱暴に訊ねた。
『トイレの鍵は……このタイプですか』
耳から差し込まれる独り言。
慣れた手つきで解錠しているようだ……ヤバいよアイツ。
もう開けてしまったのか、「何だてめえ!」と怒号がイヤホンから漏れる。続いて鈍い音。
『制圧完了しました。来て下さい』
行きたくないんだけど。
――案の定、用を足しているようだったので、その凄惨な現場と臭いでつい吐きそうになる。
「お手柄ですよ。生け捕りにできました。拘束を」
嫌なんだけど。でもやるしかないか……。
泡を吹きながら下半身丸出しの哀れな男が便座上で意識を失っている。
年頃の娘とはいえ私達は執行者だ。こんなことでいちいち反応していたら身が持たない。
リリカと無言で手足、口、目を縛る。
口さえ閉じてしまえば『S-Pad』を発現できない。
まさか『S-Pad』を使用される前に制圧してしまうとは――。
『ドローン・オブ・ドミネーター』――恐ろしい能力だ。
情報の重要さを改めて思い知る。
不意を突いたとはいえ、一撃でのしたその戦闘力も相当なものだろう。
これが第二級の実力か……。
恐るべきはその行動力と判断力。最速で最善の選択ができる動きに一切の無駄が無い。
想像以上に二級の壁は厚かった。当分は大人しくしておこうと弱気な自分に諭された。
「では、本部の処罰室を借りて尋問しましょう」
「尋問?」
「制圧は私一人で行ってしまったので、そちらは水嶋さんに譲ります。まあ、そもそも貴女の能力の方が向いてますからね」
「あはっ♡ ……あっ!」
背後から冷たい視線が突き刺さったような気がして、振り返る。
「違っ、今のは尋問がやりたいんじゃなくって、手柄が貰えるから喜んだだけで……」
そんな苦しい言い訳をリリカに並べると、笑いながら若干顔を引きつらせていた。どっちにしろ軽蔑されるような内容だからだ。
「大丈夫ですよ。執行者にそういう趣向の人は沢山いますから」
フォローしているつもりなのか、この捕えられない犯罪者だけには言われたくない。
――その後は気絶した男を車のトランクに積み込み、本部へ移送。
予定通り尋問をしたが、その男から得られた情報は皆無に等しかった。
知らぬ間に手術されたようで、『S-Pad』の使い方は置き手紙によって伝えられたそう。
実行犯は薬師寺なのか、それとも他に『CHAOS』のメンバーが存在するのか、未だ何も解らないまま……。




