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第30話 父の仇

『お父さん……? ねぇ、起きてよ……お父さん』

 肌寒くなる季節の夕闇。扉が開けっ放しになっている玄関から差し込む光が、声の主をスポットライトの様に映し出す。

 死を認識できない少女は、何度も横たわった父の身体をさすった――。

 子供がいるなんて知らなかった。いや、碌に調べていなかったのだ。気が逸ってしまったと後悔。しかしその後悔は、直ぐに別のものに変わった。

『何で……どうして……お父さんが何をしたの?』

 やがて死を認識した少女は、大粒の涙を漏らしながら泣き叫んだ。そして、辛さを押し殺しながらも我が子を強く抱きしめる母。

 俺は何をしたんだ……?

 目の前の光景が受け止めきれず、その場を逃げるように去った。

 あの二人の絶望の表情は――今でも鮮明に思い出す。

 

      ◇

 

 自宅のソファの上で舌打ちしながら仮眠(昼寝)から目覚める。

 何とも寝覚めの悪い……。

 アイツに会ってから度々あの夢を見るようになってしまった。


 約束の時間までもう少し――というのも、珍しくあのクソチビから模擬戦の誘いがあったのだ。

 対(やく)戦への訓練だろうが、今もヤツについては能力も実力も何一つ解ってねえ。

 やる必要はあるかと思ったが、まあ……寝てるよりはマシか。

 

 場所は俺の拠点のまつかど市にあるスタジアム。

 俺が特権を使ってスタジアムを借りる代わりに、向こうから出向いてくれると言うのだ。

 にしてもスタジアムとは――随分と派手にやるようだ。

 アイツの能力の特性上、それも仕方がないか。どの道、全力でやってもらわないとこっちが困る。

 申し出を断る理由も無い。奴とは白黒つけたかったし、ちょうどムシャクシャしていたところだ。ボコボコにしてやるかと息巻き、腰を上げる――。


 田舎道から私用車を走らせて、いつものようにオーディオから流れる歌を口ずさみながら運転していると、三曲目の途中でスタジアムに到着した。駐車場には既に奴の自慢の軽自動車が停めてあった。

 前日に手続きを済ませたから、スタジアムの中に一般人は誰もいない。一級権限で人を捌けさせたのだ。更に何人かの下級執行者を出入口付近に待機させ、警備を頼んである。一般人を入らせないために――。

 ここはもう、炎と雷が飛び交う戦場となるのだ。

 久々に腕が振るえる。

「無い胸借りるぜ先輩ちゃんよー!」

 奴は歳も背丈も下だが、執行者としての年季は上。そして、その実力は――悔しいが俺も認めてる。

 

 意気揚々とメインステージに入ると、中央にポツンと立つちんちくりんが見えた。

 珍しいな……一人か?

「どうしたぁ? いつもの取り巻きは無しか!?」

「テメェなんざ一人で充分なんだよ!」

 すかさずチビは顔を赤らめながら、両手で胸にハートを模るような妙なポーズを決めている。

「……ふざけてんのか?」

「るっせえ! 黙って見てろや! ガンズ・オブ・インフェルノォ!」

 奴の手元に二丁拳銃が出現すると、即座に炎が放たれる。銃口がこちらに向いていなかったため、俺は防御態勢をとらなかった。

「どこ狙ってんだ?」

 炎は扇状に火柱となり、天高く燃え上がる。スタジアムの天井にまで届きそうな勢いだ。

わりぃな、かや。ウチらは……テロリスト側に付く」

「はあ!?」

 何言ってやがんだ、アイツは!?

「安心しな。テメェの相手はウチじゃねえ」

 その言葉だけ残すと、先端の炎を繋ぎ、炎の中へ消えていった。

 ――まさか……薬師寺か? 御代真奈か?

 あのガキ……俺をめやがった!

「くっ……!」

 背後から気配。動悸が激しくなり、指が震える。

 上等だ、返り討ちにしてやるよ!

 冷や汗を拭い、振り返るとそこには――。

「なっ……」


 ――あの時の少女がいた。

 

 しろマキナ……、そうか……お前が……。

「第一級執行者『かやれん』。父、『しろとおる』に国家反逆の罪を着せ処刑した『虚偽処刑罪』により、貴方を処罰します」

 曇り無き眼。俺を見据えるその両眼に、かつての迷いに震える面影は無い。

 紡がれた言葉からは、審問の時を思い出させる震えの無い声。

 余裕の魅せる母親とも似つかない、執行者らしく堂々と立ち塞がる姿。

 その覚悟に応えるように、俺は天へと左手を伸ばした。

「そうかよ。なら、てめーらを『国家反逆罪』で処刑する!」

 パチンと、指を弾く――。

「ギター・オブ・エレクトリック!」

 ギターを発現――と同時に演奏!

 あの模擬戦とは違う。今度は本気で引導を渡してやる。

「本気で来い! あれからどれだけ強くなったか、見せてみろや!」

 娘は腰を落とし、左足を後ろに下げ、両手で存在しない刀に添える抜刀の構えをとる。以前見た時とは比べ物にならないほど流麗で、本当にそこに刀があるように見えた。

「ソード・オブ・ヒロイック」

 冷静沈着な声に呼応し、手の中に包まれた光から刀が発現。

 更に居合をやめたのか、その場で抜刀した。

 能力がバレている以上、以前の手は通じないと判断して抜いたのだろう。

 しかし、その先から奴は構えを変化させた――。

 半身になり、刀を下げている。一見隙だらけに見えるが、その雰囲気は奴の母と似て非なるもの。決して舐めているわけではないことは明白だった。

 以前とはまるで別人……面白れぇっ!

「最大出力! 見せてやるよ!」

 ギターのヘッドを奴に向け、演奏を終えるその瞬間、一直線に最大出力の電撃が放たれる。

「エレクトリックバーストッ!」


 ――掛け声と共に電撃は……ただ空を駆け巡った。

 奴には当たらない。ヘッドを注視していれば避けられることを知っているからだろう。

 三年前……見せたからな。

 奴も、あの光景は頭にこびり付いて離れないのだろう。

「上等だ!」

 遠隔が無理なら接近戦。間合いを詰めるために駆け出す。

 奴は一歩も動かない。あの構えは完全に受け身の構えだ。

 ――何か狙ってるな……だが関係ねえ!

 間合いに入ると、弦を弾き僅かな閃光が奴を貫く。

 当たれば終わりだ。痺れた瞬間脳天を――。

 

 俺が右手でギターヘッドを掴むと同時に、奴の右手がピクリと動いた。

 痺れていない……当たらなかったのか!?

 いや、一歩引いて間合いをずらされていたのだ。

 考えているな……俺との戦いを。

 弦を弾いた時に生じた一瞬の隙――奴はそれを逃さず刀を振るう。

 電撃が外れただけだ、ギターは振れる!

 交差するようにギターと刀が接触した瞬間――まるで何も当たらなかったように、ギターを振り切ってしまう。更に同時に、足が地面から離れた。

「なっ!?」

 一瞬の出来事に頭が追い付かず、何が何だか解らないまま頬が地面に叩きつけられた。

 その様子に愕然とする間も無く、地に伏せたまま眉間へ切っ先を置かれる。

 敗北を確信した瞬間だった。


「何してやがる、やれよ……てめーには俺を裁く権利がある」

 御代は動かない。ただ、その切っ先は微かに震えている。

「情けをかけるんじゃねえっ! それでも執行者か! てめーの親父を殺したのは俺だ! 昇格のために濡れ衣着せてやったんだよ!」

 俺の恫喝にも動じず、奴は表情を和らげると、刀を鞘に納めた。

「私は処刑するなんて言ってませんよ」

「は?」

 刀が粒子となり散っていく。

「処罰はこれで終わりです」

 何言ってんだコイツ……馬鹿か?

「こんな温い処罰があるか!? 俺は認めねえぞ!」

「――吠えるんじゃねぇよ茅間」

 仰向けのまま声を荒げていたら、炎の壁の中から小人が現れた。

「テメェもみずしまと一緒だな。裁かれたい奴ほどよく吠える」

「あ!?」

「テメェ、ホントは後悔してんだろ?」

「何言ってんだ……んなもん――」

しろにも見抜かれたんだろ? テメェが死罰を行ったのはあの一件だけだ。本当は見え張ってるだけのチキンだってな」

「――ッ」

 なぜ奴が俺を見逃したのか、今ので確信した。

 俺は……殺すに値しなかったと……。

 ――確かに俺はあの一件以来、死罰を避けていた。

 再犯者による罰則強化は死罰へと繋がる。故に、俺は初犯でも過剰に罰していた。事実、再犯率は極端に下がり、俺を恐れる人間も増え、管轄内で死罰に繋がる事件は起きなかった。ナイフ男の一件を除けば――。

 チキンか……ま、そりゃそうだ。

 殺す殺すと息巻いても、実際に殺す気は無かった。それどころか、後輩に手を汚させようとした卑怯者だ。

「クソが……」

 心の内を晒せず、未だプライドを捨てられない俺はチビから顔を背ける。

「茅間さん……教えて下さい。貴方は、誰の命令で父を殺したのですか?」

 後輩は片膝をつき、優しい声で問いかけた。

 その答えをすぐ口に出せず沈黙していると、二人も声を出さずに待っていたため、悔しくなり否定の言葉をぶつけた。

「追うつもりか? やめとけよ。俺を殺せないようじゃ……敵いっこねえ」

 言っても無駄だとは気づいていた。

 そんなもん、コイツらの目を見れば判る。

「……茅間さん、お願いします」

 御代はもう片方の膝を地につけると、正座の状態で頭を下げた。

 自分が嫌になる。素直になれない俺は、舌打ちをしてから答えを吐いた――。

 

「……もろやすとき。俺はその尊敬していた先輩からあの案件を譲って貰った。だが、濡れ衣を着せたのは先輩じゃねえ。あの人がそんなことするはずじゃねえからよ……」

 第一級が第零級へと昇格する場合、後任を指名できるが……先輩からの指名を受けたとしても、俺には実績が足りなさ過ぎたため第一級にはなれなかった。

 もう一つの手段として第二級が昇格する場合、枠が限られている第一級は自動的にその中から最も優秀な人物が選抜され国外へ出ることができる。

 既に一級の中で零級候補だった先輩は、自分が死罰案件を引き受けるくらいならと、俺に手柄を譲ったのだ。だから俺は先輩の期待に応えるべく、処刑を行った――。

 しかし、殺してから自分の過ちに気づいた俺は先輩を問い詰めた。あれは確実に冤罪だったと。

 ところが胸を痛めていたのは先輩もだった。あのプライドの高い先輩が土下座までしてひたすら謝られたんだ。何の疑いも無く本部からの案件を受けてしまったと。

 だが、それは先輩を信用しきっていた俺も同じ。互いに未熟だったんだ――。


「んなこと調べれば判んだよ。そもそもあの時の諸田にメリットは全く無え。だから奴は誰から案件を譲られたのか、寄越されたのかが知りてぇんだよ」

「本部だ。……それ以上は知らねえ」

「ってことは……やはりうおか」

 チビは確信を持っていたように目を細めた。

 そこまで漕ぎつけてんだったら無駄骨だったな。俺は下っ端も下っ端、情報をくれてやりたいが何も持ってねえ。

 御代真奈に狙われた時点で俺も何となく察しはついていた。一級の先輩に疑い無く話を持ち掛けられるのは、本部を拠点としている同じ一級のおっさんだけだ。昇格を拒んでいたおっさんが特大案件を譲るなんて自然な流れは、先輩も疑いなかったはず。

 そこまでならチビも自力で辿り着けていただろう。だがその先は、内側にいる俺らには知り得ない。肝心のおっさんは殺されたし、カギを握るのは御代真奈か管理者のさいがみのみ。

「他に気になったことはないか? どんな小さなことでもいい」

「んなこと言われても……」

 何度も繰り返したかつての記憶を思い起こす――が、何度も繰り返したからこそ不審な点くらいとっくに口に出している。だが、何も言わなければどうせ納得しないだろうと、本当に小さなことを話した。

「動画を撮ってたな。先輩と同じ能力だから念のためと――」

「その記録は?」

「本部にあるんじゃねえか? だが、見たところで何も得られんぞ」

 それは俺が殺ったという証拠だけ。更にあの二人の悲痛な姿も映っている。

 罪の意識からか、俺は消すことなく提示した。後で言い逃れが出来ないように。

「マキナ……いいか?」

 少ない言葉に御代は頷く。後でチビが一人で確認する気なのだろう。

 この短期間で随分と信頼を得ているようだな。誰かさんとは違って――。


 俺は上半身を起こし、胡坐をかいた状態で頭を下げた。

「俺がこれ以上、お前らにしてやれることはねえ……。だから……この首斬っていけ」

「茅間さん、私は……」

 御代の声に弱さが戻った。未だ覚悟をしきれていないその甘さが、命取りになる。

 これは罪滅ぼしではない。先達者としての教えだ。

「忘れたのか? あの夜、お前は殺しを躊躇した。柚原リリカが死んでいたかもしれねえってのに」

「……」

 御代は黙った。俺は顔を俯かせているから、奴が今どんな表情をしているのかは判らない。

「俺で慣れとけよ。それが出来ればお前は……立派な執行者だ」

 死罰無くしては一級にはなれない。それは俺が一番よく解っている。

「甘さを捨てろ。じゃねーと、大事なモンを失う。お前の甘さは巨悪には通じねえ。てめーらが戦おうとしている奴らはそんな奴らだ」

 才神渦悪棲――あの男は唯者じゃねえ。

 俺を威圧したあの冷たい眼は、平然と人を殺しているような冷酷さと、味方を駒の様に捨てる非情さを合わせ持っていた。

「だから――」

「お断りします」

「は?」

 俺は顔を上げると、直ぐに下を向いた。その表情を直視できなかったのだ。

「甘いことを言っているのは重々承知しています。だけど、私は……この道を行きたい」

 強気な声が立ち戻る。まぶし過ぎた表情から出てきた言葉には、強い意志が備わっていた。

「私は最近、初めて殺意というものを抱きました。その相手は……今はかけがえのない友達です。あの時殺していたらと考えると……本当に手を汚さなくて良かったって」

「……誰でもそうなるとは限らねえだろ」

「貴方みたいに引きずることにもなります」

「……」

 そう言われたら反論できない。例え冤罪でなかったとしても、家族を奪ったという事実を、引きずらずに進むことは出来なかっただろう。

 どうせもう何を言っても聞きやしないだろうと、俺は漸く顔を上げた。

 御代の表情は変わらない。俺でも進むことをやめた茨の道を突き進むと言っているようで、羨ましくなった――。

 

「んじゃ、見逃してやったんだからウチらを手伝えよ」

 調子のいいチビは図々しくも要求する。コイツに言われると苛つくが、今は反抗する気力は無い。

「わーったよ……。どうせ拾われた命だ、好きにしろ」

 バチン、と指を鳴らし『S-Pad』をしまう。

 あのチビも――あのポーズは何なんだ? マジで白けるぞ。

 チビが片耳に手を添え、何か呟いていると、両端の炎が消えていった。

 消えた炎の奥、反対の一口にはもう一人の細い影が映り、その手にはレイピアが握られている。

 結局、取り巻きいるじゃねえか――。

 深く溜息をつき、立ち上がろうとしたらスマホの着信音が鳴る。俺のではない。

「もしもし?」

 チビが業務用のそれを取ると、年相応な真剣な顔つきへと変わった。

 用件だけ伝えられたのか、敬語で返事だけをして通信を切ると、表情を変えずに俺へと目線を向けた。

「茅間、薬師寺が見つかったらしい。詳しいことは車で話すから、ウチと来い」

「マジか……」

 いいタイミングで来やがるな……。

「マキナ、そっちは任せる。けど……あまり期待するなよ」

「はい」

 連れて行かれないことに不満は無いのか、女は快く返事をした――。

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