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第26話 アットホームな職場です

 主な登場人物紹介。

 

なか部長』――(株)漆黒商事の支部長、四十八歳。度重なるパワハラセクハラで何十人もの社員を退職させた実績有。

しろマキナ』――(株)漆黒商事で働くOL二十六歳。勤続年数八年のベテラン社員。

ゆずはらリリカ』――(株)漆黒商事のパートタイマー十九歳。主に事務雑務担当。

みずしますい』――(株)漆黒商事に勤める派遣社員二十二歳。新人(女性)に対しての当たりが強い。

よしなが課長』――(株)漆黒商事の課長四十二歳。退職社員からの業務の皺寄せに悩まされている。

うら係長』――(株)漆黒商事の係長三十歳。主に外回り担当の真面目な営業職。

ながはる』――(株)漆黒商事の営業担当二十五歳。営業車でよくパチ屋に行く。

しろ』――(株)漆黒商事に入社したばかりの十八歳の新入社員。

 

      ◇


 そこは名のある大企業が抱える支社の一つ。様々な企業がひしめくビルの中、二階を縄張りとするその会社で、今日も部長の唾が飛ぶ。

「真奈君! 初日から遅刻とはいい度胸だねぇ、もう朝礼は始まってるけどぉ!?」

「えっ、まだ勤務時間前ですが……」

 部長の怒号が飛んだ今の時間は8時25分を指している。既定の勤務開始時間は8時30分だ。

 にも拘らず、社員達は当然のようにフロア内で円になって並んでいた。

 この時点で、真奈の頭の中では選ぶ会社を間違えたと認識する。それもそのはず。面接時とは明らかに違う部長の様子を見て、彼女は全てを察したのだ。

「マキナ君を見習いたまえ。彼女は毎日二時間前に出社してるぞ」

 彼が指差したのは一際スーツの似合うオフィスレディ。黒タイツに染まる細い脚が魅力のクールビューティーだ。顔立ちは整っているが、真奈は彼女の目の下の隈が若干気にかかった。

 ベテランのマキナは腕を組みながら深くため息をつき――。

「そんなの社会人として常識ですよ。最近の子って皆こうなんですか?」

 先輩社員からの手厚い洗礼。先行きに不安を抱きながらも、真奈はその場で鞄を置き、腰を低くしながら慌てて輪に入った。

「それでは罰として真奈君。独りで社訓を読みなさい!」

 罰に社訓の読み上げ。それはどう考えても正常な企業にあるまじきものであった。

 戸惑いを感じつつも、真奈は壁に掛けられた社訓を朗読する。

「会社はホーム……社員は家族……」

「声が小さい! もっと大きく!」

「会社はホーム! 社員は家族!」

「まだまだ小さい! やる気あるのかね、もう一度!」

「会社はホームっ!! 社員は家族っ!! 生きがいはやりがいっ!!」

 十条ある社訓の唱和は十分も続き、誰もが無言で見守る中、真奈の声だけが空間に響いていた――。


 朝から散々な目に遭ってしまったと、自席で意気消沈する真奈に追撃が襲う。

「それじゃあ、真奈さん。この仕事をお願い」

 どさりと、マキナは書類の山を真奈の机に置いた。

 お願いされても、そもそもこれが初日。何をするのか判らない真奈は恐る恐る先輩に尋ねる。

「あの……研修は?」

「そんなものありませんよ」

「でも、募集用紙には研修制度が充実してるって……」

「そんな時間ある訳ないじゃないですか。私は忙しいんで、勝手に覚えて下さい」

 そう言いながら、エナドリを片手に席を離れて行った。

 仕方なく、PCを起動するがアカウントが設定されていないため入ることが出来ない。

 何の用意もされていないのかと、落胆する真奈に派遣社員の水嶋が声を掛けた。

「ちょっと来て」

 説明でもしてくれるのかと、真奈は彼女の後をつけるが、何故か給湯室へ足を踏み入れた。

 

「あんた何、その恰好」

「え?」

「なに色気づいてんの? 若いからって調子に乗んな」

 遅刻しておいて身だしなみが整われているのが気に食わないようだ。

 水嶋は自分より若い女が嫌いで、こうして事あるごとにちょっかいを出す。

「ここに書いてある掃除全部やりな。明日からは当然勤務時間前にやること、いい?」

「でもそれって給料は……」

「バカなの? あるわけないでしょ」

 水嶋は言いたいことだけ言って、給湯室を出て行った――。


 全ての掃除を終えて自席に戻った真奈の席には、書類の山がもう一つ増えていた。

「何をしてたんですか? それ、全部今日中にやって下さいね」

 そう言ったマキナの机には、倍以上の書類が積まれており、足元にはエナジードリンクの空瓶が多数転がっている。

 彼女の目は血走っており、その情景に真奈は恐怖を覚えた。

「あ、もし退職するならその仕事を終わらせてからにして下さい。でないと私や課長に皺寄せが来るので。まあ、職歴に傷が付くので最低三年は続けた方がいいですよ」

 絶望を感じながらも真奈は仕事を続け、定時を過ぎる頃には半分を終えていた――。


「タイムカードを切って下さい」

「上がっていいんですか?」

 漸くこの地獄から解放されるのかと、真奈の瞳に輝きが戻る。

「まさか。切ってからも続けるんですよ。遅いのはあなたのミスですから」

 束の間の希望。瞳は一瞬で輝きを失った。

「そんな……では残業代は?」

「出るわけないでしょう。会社を潰したいんですか? 私も切るので行きますよ」

 渋々真奈は彼女と一緒にタイムカードを切る。

 そこから自我を捨て、真奈は無心でキーボードを叩き続けた。

 ――全ての仕事を終える頃には、終電時間は過ぎていた。


「お疲れ様です。帰れないなら会社に泊まってもいいですよ。寝袋はあるので」

 そのマキナの慣れた言動と手つきで更に恐怖を抱く。

 これが常態化していて、それを平然と受け入れている人間が存在するのかと。

 こんな会社には居られないと、真奈は抜けきった力で鞄を手に取り、席を立った。

 

      ◇


 ――翌日、真奈は自席から消えていた。

「一日で来なくなるとは、やっぱり最近の若い子は駄目だな。申し訳ないねぇ、マキナ君」

「いいですよ。いつものことですから」

 常態化しているのか、彼らはこの異常事態に何とも思っていない。

 そう、彼らが求めているのは奴隷なのだ。それに当たるまで何度も何度も繰り返している。

「部長、お茶です」

「いつもすまないね、水嶋君」

 部長は雑巾で搾り取った水で淹れたお茶を口に運ぶ。その光景に水嶋は満足そうに微笑んだ。

「それにしても、若いだけで取り柄がないのも問題ですよね。柚原さんもそう思わない?」

「は、はい……」

 当然ながら水嶋は自分より若い柚原も気に入らないようで、常日頃不満をぶつけている。

 しかし、彼女はそれに耐えながらも辞めずに続けているので、余計反感を買っているようだ。


「課長、申し訳ありませんが真奈さんの仕事……半分いいですか?」

 真奈に割り当てられるはずだった仕事を、萎んだ顔の課長に容赦なく押し付けるマキナ。

「ああ。御代さん……いつも負担をかけさせて申し訳ない。これ、エナドリ一本買っといたから」

「ありがとうございます! まだまだ頑張れますよ!」

 当然マキナの身体も限界を超えているが、気力だけで持ちこたえている。

「君は元気だねぇ……」

 一方、課長は過労死一歩手前というほど憔悴しきっていた。

 

      ◇


 ――更に二日後の朝礼。

「本日、君達に重大なお知らせがある」

 そう発言したのは社長。普段は本社にいるのだが、本日は緊急連絡のためこの支部に顔を出している。予期せぬ社長の登場に従業員達は戸惑いを見せるが、それ以上に意外な人物の登場に驚いていた。

 彼の隣には、失踪していた真奈の姿があったのだ――。

「実は、ここにいる御代真奈君。彼女が大口の取引先との契約を成功させてね。本社へ異動させることにした」

「は?」

 支部の職員の大多数は、状況が呑み込めずに驚愕する。

「ちょ、ま、待って下さい……彼女は事務職員では!?」

「三浦係長に相談したんです。私は事務職には向いてなさそうなので、何かお手伝いができないかと……」

 部長の問いに、真奈が臆せず答えた。

 そう、真奈は逃げていなかったのだ。早朝にひっそりと真面目そうな三浦に声を掛け、他の社員に知られることなく営業の補佐をしていたのだった。

「三浦君!?」

 部長の声と共に、三浦係長に視線が集まる。

「そ、その……何と言いますか……」

 ハッキリと言葉に表せず、紅潮している三浦係長に対して業を煮やしたのか、水嶋が吠えた。

「まさか……色仕掛けですか!?」

「こら、そんな下品なことを言うんじゃない!」

「す、すみません……」

 水嶋は社長に叱責され縮こまってしまった。

「色……とは違うんです。確かに色っぽいですけど……あ、いや、そうじゃなくって……何と言うかこう……引き寄せられるような……」

「三浦君。もっと具体的に」

 部長に指摘されても三浦は上手く言葉を紡げないようなので、社長のフォローが入る。

「彼女は不思議な魅力がある。私も話していてそう思ったのだ。それが取引先にも通じたのだろう」

 真奈は自分の強みを活かし、早くも実績を得ていたのだ。そんな真奈の勝手な行動に憤りを感じる部長だが、結果を出されている以上、どうしようもなく項垂れた。

「ま、まさかそんな……」

「とにかく、彼女の異動は決定だ。そしてあと二人、人事異動がある」

 人事異動……その言葉を発した瞬間、周囲に緊張が走る。

「まず水嶋君。君との契約は今月限りだ」

「そ、そんな……」

「理由は、自分の胸に聞いてみなさい。そして中野部長……君は度重なるパワハラとセクハラで解雇だ」

「あ……あぁ……」

 二人が絶望と共に足元から崩れ落ちる一方、サボり常習犯の小長谷は自分じゃなくて良かったと胸を撫で下ろしている。

「あ、そうそう。実は我が社も働き方改革で完全週休三日制になった」

「は!? 完全週休三日!? 正気ですか!? そんなことしたら会社が回りません!」

 激昂しているのはマキナだ。余程この決定に不服があるらしい。

 それもそのはず。現状で法律を無視した長残連勤対応でも手一杯だったため、納期遅れを懸念しているのだ。

「大丈夫。本社で最適化したシステムを組んだのでね、これからは紙より電子の時代だ。残業も減るだろう」

 本来なら喜ばしい提案。しかし、彼女の反応は社長にとっても思いも寄らぬものだった。

「そ、そんな……。三日もなんて休めません! 私はもっと働けます! 生きがいはやりがいって社訓にあるじゃないですか!」

 マキナは社長の足にみっともなく縋りつく。

「うおっ、い、いや……何その社訓? とにかく、これは決定事項だ! 異論は認めん!」

 その言葉が最後。彼女達の絶望と共に、この世界は終わりを告げた――。



 ――『ワーク・オブ・ジ・エンドレス』。

 自己、対象、周囲の人間の脳波を読み取り、幻覚を見せる『S-()Pad(パッド)』。

 職業を設定し、対象に過酷な労働を課す。

 対象が自己より上の地位へ行けばクリア。

 対象の敗北条件は、自己都合退職か過労死。


 周囲の人間はそれに巻き込まれる形となり、夢を見ているような感覚に陥る。

 年齢と役職を設定され、その役目に沿うように動き出すが、潜在的な性格が色濃く反映されるため能力者本人(部長)が行動を操作することは出来ない。

 そして、自己、もしくは対象が敗北した場合、敗北した側に労働時間分の負担が現実に反映される。

 この世界の場合、部長の敗北により彼に三日分の過労が襲い掛かることになった――。

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