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第25話 働き方改革

 リリカと翠が満足いくまで休息させた後、偶然出会ったながに案内を頼み、四人で部長と呼ばれる執行者のいる支部へと向かう。

 あの審問で怯えていただけの彼が今は何をしているのかと、休憩中暇だったので聞いてみたら、主に交通関係の見回りをしているらしい。

 本人曰く、高速道路は格好の狩場で、スピード違反者を見つけては罰金刑に処しているとのこと。いわゆる点数稼ぎというものだが、高速道路は重大な事故に繋がりやすいため、セコいやり方だろうと誰も文句は言えない。そもそも違反する方が悪い。

 稀に無免許飲酒運転という怪物が出るらしいが、その時は第三級以上の執行者を呼んで処してもらうらしい。処罰内容は人によって異なるが、紅露さんや翠みたいなのが来たら目も当てられない事になるだろう。茅間の方がマシだと思えるあたり、女ってつくづく恐ろしい……。

 そんな地道に実績を積んでいる小長谷の後をつけていると、あっという間にきた市へと辿り着いた。

 周囲は雑居ビルが立ち並び、スーツ姿のサラリーマン達が歩き回っている。ここは主にIT系企業のオフィスが多いようで、執行庁が世話になっている企業も多いそうだ。

「――このビルの中に執行庁舎が?」

「中じゃなくって、このビル全体がそうなんだ」

 目の前に聳え立つのはまさにビルそのもので、顔を上げてパッと見ても何階あるのか判らないほど巨大な存在感を放っている。今までにあった支部は広い敷地に幾つかの棟に分かれて建物が並んでいたが、このビル一つで全ての施設の機能を備えているのだろうか。

 暖色の光に照らされる地下の駐車場にバイクを停め、エレベーターへと乗り込む。ここは十二階まであるらしく、誰でも正面から立ち入れる一階がエントランスホール、二階が執行者のオフィス。三階が食堂で、四階はリラクゼーションルーム。

 またもやリラクゼーションルームが……。一階層が丸々休憩室って大丈夫なのか、この支部は。

 そんな心配を抱いているうちに、二階でエレベーターの扉が開く。その先はツルツルで磨き上げられたタイルに、壁際には観葉植物。受付の背後には『執行庁北瀬来市支部』というロゴが浮かんでいる。

 本部やこうさんの支部の様な年季の入った内装と違い、未来感の漂う雰囲気に心が踊らされた。

「凄えだろ。部長が一級になってから建てられたんだぜ。一流のホワイト企業を彷彿とさせるよな?」

 彼の言う例えはよく分からないが、こんな場所で働きたくなる気持ちは理解できる。

 自動扉を潜ると、そこにはキラリと眼鏡を光らせ、赤色の腕章とビジネスカジュアルで着飾った男性が直立不動で待ち構えていた――。


「やあ、君達が紅露先輩の部下だね。話は聞いてるよ。私は第一級執行者の『なかせいいちろう』。みんなからは部長と呼ばれているから、そう呼んでくれていいよ。よろしくね」

 この人が一級の……。

 不良と小学生のせいで身構えていたが、第一印象は至って普通の中年サラリーマン。髪の毛が微妙に薄い所だけは気になるが、真面目で優しそうな人だ。

「第三級執行者のしろマキナです、よろしくお願い致します」

「同じくみずしますいです、よろしくお願いします。」

「第五級のゆずはらリリカです、よろしくお願いします。」

 一人ずつ挨拶を終え、握手を組み交わす――。

 噂の中野部長さんは見た目通りに丁寧な人だった。

 年は紅露さんの倍はあるのに、執行者歴が短いからか、あの小さな紅露さんを先輩と呼び慕っているのも好感が持てる。

「部長はリーマン上がりで執行者になった凄い人なんだ」

 あの小長谷ですらこんなにも慕っている。人望が厚いというのは本当のようだ。

「恥ずかしながら長年ブラック企業で働いていてね。人生を変えたくて、執行者を目指したんだよ」

 ブラック企業?

 聞きなれない言葉だが、実際に会社勤めで執行者を目指すのはかなり厳しいと聞く。しかも、それは歳を重ねるほど困難になっていくらしい。

 親のサポートを受けられる私達のような学生と違い、苦労していたんだなと、彼の白髪を見つめながら思った。

「それで試験を合格して一級まで上り詰めるなんて凄いッスよ部長!」

「はは……たまたま運が良かっただけだよ」

 部長は照れくさそうに頭を掻いている。

 運が良いだけで到達できるような地位じゃないけど……。まあ、どこかの一級と違って謙遜するところは好感が持てる。

 

「――はい、これ、君たちの社員証ね」

「社員証……!?」

 手渡されたそれには自分の名前と顔写真、階級が記されていた。ストラップがついていたので、それを首にかける。

 初めてなのに何でだろう……凄くしっくりくる。

「これが無いとこの先に入れないから、失くさないよう大事に持っててね」

 博士が研究所で使っていたカードキーの様なものなのか。しかし、執行庁に侵入する馬鹿なんていないのに、ここまでセキュリティを強化する必要はあるのだろうか。

「――では早速、これを使ってみようか」

 部長はそう言うと、扉横の端末に社員証をかざした。

 ピッピッピーと音が鳴り、自動扉がゆるりと開く――。

「さあ、御覧。ここが我が社のオフィスだよ」

 そこには……希望に満ちた光景が広がっていた。

 ずらりと並んだデスク、パーテーションで区切られた空間に簡易会議用スペース、更に――。

「デ、デスクが……L字型だ。足元が狭くない」

「モニタが二つもあるよ!」

「ちょ、ちょっと待って……オフィスにコーヒーショップがあるの!?」

 何があったらこんなに贅沢な職場が出来上がるのか。私達は三人とも目を輝かせ、心を躍らせている。こんな所に居たら自分が執行者だと忘れそうだ。

「あれを見たまえ」

 部長は壁の掛け軸を指さした。そこには『働き方改革!』との文字が書かれている。

「社員ひとりひとりが気軽に働ける職場を目指しているんだ。そのために快適な空間を提供している。私服勤務もその一つだよ。明日からは社員証と、この腕章さえあれば制服を着て来なくてもいいからね」

 そう言って、階級に合わせた腕章を配られた。

 小長谷がラフな格好でいられるのもこの人の特権――施策によるものだったのだ。

 翠は嬉しそうに口元を緩ませているが、私はちょっと困る。

「制服で来てはいけないのでしょうか?」

「いや、それは勿論構わないけど……」

 良かった。強制力は無いようだ。

 私はこの制服が気に入っているし、何より毎日私服を選ぶのが面倒なのだ。

 

「――ではまず、ウチの社員を……君達と関係しそうな人を厳選して紹介していこう」

 社員? その呼び方は正しいのだろうか。職員では?

「君達はどうやら小長谷君と同期みたいだね。彼は我が社には最近入社したばかりなんだよ」

 会社勤めの癖が抜けきっていないのか、どうやら完全に庁舎を会社扱いしているようだ。

「上手くこの環境にマッチしたようで、業務成績を上げていってるよ」

 小長谷が「うぃッス」と、珍しく照れ臭そうに頭を掻いている。

 本当に変わったな……この男。

「彼の席はココ」

「外回りが多いから、あまり席には居ないッスけどね」

 その席は綺麗に片付いており、新品同様のノートPCが閉じたまま放置されている。

 しかし、机の上にある物が私の目を引き付けた――。

「お菓子!? 業務中にお菓子を食べているのですか!?」

「え? 普通じゃない?」

 二人とも「何が悪いの?」と言った表情で、これが当たり前の光景だと言わしめている。

「お前さ、もっと肩の力抜けよ」

 小長谷にポンと肩を叩かれる。

 どうやらここは私が見てきた世界とは別世界のようだ。

「次に、あっちに座っているのが課長のよしなが君だ。おーい、吉永く~ん」

 私達はフレンドリーに声をかけられた吉永課長の席へと近寄った。

「課長の吉永です。階級は第二級。よろしく」

 見た感じは三十代か。髪はオールバックで服装は、やはりビジネスカジュアル。

 寡黙そうな感じの人だが、ガッチリとした体とは対照的に――机の上に女の子のフィギュアがびっしりと置かれている。

 これも普通なのだろう。もはや何も言うまい。私の中の常識は捨てていこう。

「それで、そこに座っているのが係長のうら君だ」

 吉永課長の対角上の席から男は立ち上がり――。

「係長の三浦です。階級は第三級、よろしくお願いします」

 この人も服装はビジネスカジュアル。年齢は二十代だろうか。眼鏡を掛けていて真面目そうな雰囲気の人だ。その証拠に、机の上に不純物は何もない。

「主に新人の教育は彼に任せている。分からないことがあったら、彼に聞くといいよ」

「はい、よろしくお願いします」

 私が軽く会釈をすると、部長は更に社員紹介を続けた。

「それと、先週採用した中途採用の事務社員がいるんだ。彼女も同じ新人だし、紹介しておこう。しろく~ん!」

「は~い」

 気の抜けた返事の主のもとへ行くと、その席にはポニーテールで髪を縛り、黒基調のビジネスカジュアルで身を染めた女性が立ち上がった。

 なんとなく顔立ちがお母さんに似ている。苗字も私と同じだ。

「彼女は主に事務を担当してるよ」

「御代です。よろしくお願いします」

 女性が頭を下げたので自然に会釈を返すと、横からリリカに突っつかれる。

「――この人、マキナのお母さんじゃない?」


 ……本当だ。

 常識を捨てていたせいで反応が鈍っていた。

 何でこんな所に!? 何してるの!?

「ぶ、部長……あの人は私の母ですが」

 私は小声で耳打ちする。いったい何故採用しているのか。

「ん? ああ~そうなんだ。偶然ってあるんだね」

 何か思惑があったのだろうと深読みしていた私が馬鹿だった。

 部長に焦りは微塵も無く、本当にあれがただの母親だと思っている。

「ち、違います。指名手配犯の御代真奈です。知ってて採用したんですか?」

「え?」

 部長は急いでスマホを取り出し、指名手配の顔写真と見比べた。

「……本当だ」

「何で採用したんですか!?」

「その通りだよ! 我が社のセキュリティはどうなってるんだ!?」

「あなたですよね、最終承認は!?」

「いや~、前日の飲み会で飲みすぎちゃって……」

 部長は頭を掻き、申し訳なさそうに謝る。

 大丈夫なのか、この人。

 まともな一級に逢えたと喜んだ私の中に不安が差し込む。

「ふ~ん。意外と早く昇給できそうじゃん」

 口角を釣り上げたすいが手を掲げた――。

「待ちたまえ水嶋君!!」

 私が「待って!」と声を発したが、部長の声に掻き消される。

 急な大声に、ピクリと身体を震わせた翠は開きかけた口を閉じた。

「ここはオフィスだ、戦場ではない。それに、指揮権は私にある。許可なく『S-()Pad(パッド)』を使用しないように」

 第一級のプレッシャーに気圧されたのか、翠はゆっくりと手を下ろした。

 そしてツカツカと、部長は無警戒のままゆっくりと母に近寄る。

「恐れ入ったよ。こうも簡単に我が社に侵入するとはね」

「私は正規の手続きを踏んだだけだけど」

 全くその通りで、完全に落ち度はこちら側だろう。

「さて君達、ここでは武器の使用を一切禁ずる。その代わり……私に協力してくれ」

 武器を使わずに……?

「私の能力は特殊でね。周りをも巻き込む」

 部長は眼鏡の中央を指先で押し上げ――。

「『御代真奈』君。私達からの挑戦、受け取ってくれるかね?」

 母は微笑むと、「了承」と言葉を投げて受け入れた。

「よろしい! では戦おう――労働で!」

 部長は腕時計を見つめながら唱えた――。


「ワーク・オブ・ジ・エンドレス!」

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