第24話 リーダー
水嶋さんの処罰が終わり、私とリリカは一足早く集合場所である駐車場に来ていた。中野第一級執行者が所属する支部へ向かうために、今は水嶋さんの支度を待っているところだ。
そんな中、身も心も疲労感を残しているリリカに私は「大丈夫?」と問うと、彼女は「大丈夫だよ」と小さく口元を緩ませた。普段とは違う小さな反応。健気にも強がるその姿は、執行者として一歩進んだ証だった。
だけど、「頑張ったね」とは言えない。あれは本当にリリカがしたかったことではないから、私は黙って頷くしかなかった。
罪悪感に苛まれている彼女をどうにか元気づけてあげたいけど、今それをしてあげられるのは私じゃない――水嶋さんだけだ。
彼女とはこれからも行動を共にすることになる。過去のことを水に流し、リーダーである私が二人の仲を保たねばならない。主に水嶋さんに気を遣うことになるのだけど……。
彼女の能力は私との相性がいい。味方になってくれれば心強いけど、互いに心を開けるかどうかが不安だ。もう私達に危害を加えることは無いとは思いたいけど、疑念が残るのは致し方ない――。
そんな彼女が普段通りの足取りでこちらに向かってきたので、心配の声を掛けた。
「傷は大丈夫ですか?」
「いちいち構わないで」
相変わらず棘のある言い方をする。
薬を塗ったからとはいえ治るわけじゃない。本当は安静が必要なのに、無理しているのは見なくても解る。立っているのがやっとのはずだ。
「あの傷薬、結構効くじゃん。市販っぽくないから……お婆ちゃん?」
「いえ、私の自作です」
水嶋さんはポカンと口を開け――。
「あんたそんな趣味があったの?」
その問いに「いえ、成り行きで」と返すと「ふ~ん」と、興味なさそうにバイクに跨る。やはり痛むのか、その仕草に多少のぎこちなさが残る。
不安げに見守っていたリリカへバイクに乗るよう促すと、私がエンジンをかける前に水嶋さんのバイクが唸り始めた。
「途中コンビニ寄るよ」
「えっ? ちょ……!」
リーダーは私なのに、勝手に声の届かない所まで行ってしまった――。
◇
人というものはそう簡単に変わらないもので、水嶋さんは相変わらずスイーツを買い漁っていた。
「またですか、せめて人前では……」
またもコンビニの駐車場のど真ん中。以前と同じように人の注目を集めてしまっている。
これはもう駄目だな……と肩を落としていると、何やら買い物袋を持ったまま私の方に寄って来た。
「……はいっ」
信じられない出来事が起こった――。
水嶋さんが……あの水嶋さんが私にマカロンを差し出したのだ。
続いて気まずそうにリリカにも手渡した。
「ありがとうございます。水嶋さん」
良くない。本当はこんな所で受け取るのは良くないのだが、私は嬉しくなってつい賄賂を受け取ってしまった。もう周囲の目なんてどうでもいい。私は手渡されたマカロンを躊躇わず口に運んだ。
美味しい……。
久しぶりの甘味が口の中に広がる。山でのサバイバルを終えてからの初めての食事がお菓子だとは思わなかったが、やはり私は人間社会の食事が一番だと再認識した。
「あの……マキナ」
頬に手を当てて感激していたら、ついにリリカにまで叱責されると身体を震わせた。しかし、口から出てきたのは何気ない提案だった。
「あたし達だけ名前呼びだよ。これから一緒に行動するなら、水嶋さんだけ違うのは……」
確かに。言われてみればそうだ。元々結構な深い溝が生まれているので、名前で呼び合えば少しでも埋めることができるのかもしれない。
「では、翠……と呼んでもいいですか?」
「何であんたが照れてんの? 好きに呼べば」
そんなことを言われても、私もこういうのは初めてで照れ臭くなる。
即座にあだ名をつけるクミミンの図々しさが羨ましい。
「じゃあ、マキナと……リリカ。そう呼ぶからね」
「うん! 改めてよろしくね、翠」
いつもの笑顔を取り戻したリリカの呼びかけに反応し、翠は顔を背けた。
おや? これはもしかして照れているのでは?
私が顔を覗き込もうとすると、「うざい」と一蹴されバイクのエンジンを吹かす。
ちらりと見えた顔はうっすら紅潮していた。
「行くよ」
「リーダーは私ですが」
「うっさい」
今度は逃げるようにバイクを走らせた。私達も行こうとリリカに目を向けると、翠からのアプローチが嬉しかったのか、心のモヤが晴れたみたいで普段の調子を取り戻している。
私が二人の仲を何とかしようと意気込んでいたけど、その必要は無さそうだ――。
◇
紅露さんがいる支部の同至川市から北東へ、中野第一級執行者が拠点とする北瀬来市に高速で向かっている道中。またもや翠の提案でサービスエリアに立ち寄った。
駐車場にバイクを並んで止め、ヘルメットを外している翠に近づきその理由を問いだす。
「高速に入ってからまだ三十分も経ってませんよ?」
「バカなの? あんたの物差しで測らないで。リリカも疲れてるでしょ」
「あ、あたしは大丈夫だよ」
そう言っているが、顔色が優れない。処罰での気疲れが残っているのだろう。
翠も汗を拭いつつ、吐息を漏らしている。やはり無理をしていたんだ。
それなのに私は急かそうとしていたなんて……。
「リーダー失格です……」
「知ってる。元からアンタには務まらないから」
項垂れる私に容赦なく棘を刺す。
酷い……多少のフォローはくれてもいいのに。
「大丈夫、何があってもあたしはマキナについて行くから」
女神か?
時折この子を抱きしめたくなるが、人目があるので堪えた。
――どこかベンチなどで休むのかなと、翠の後をつけていくと、周囲の冷たい視線が突き刺さる。
「うっわ……執行者だ。何しに来たんだよ」
「行楽気分が台無し」
辺りから聞こえてくる一般人から私たちへの不平不満。誹謗中傷は処罰対象だが、愚痴を漏らす程度ならば問題ないことは彼らも解っていて、わざと聞こえるように言っている。
まあ、執行者の扱いなんてこんなもの。憧れの職の頂点ではあるが、邪険にされる職もまた頂点なのだ。だから元々嫌われている存在なのは周知の事実だが、第三級への死罰権限付与で更に悪化してしまった。
そんな居心地の悪い空気の中、翠は相変わらず睨みつけて返している。
「翠、あまり威嚇するような態度はとらないで下さい」
小声で注意するが、当然聞く耳も持たず――。
「バカなの? 堂々としてないと舐められるでしょーが」
だからと言って睨み返すのは如何なものか。
私達は本来なら高校一年生で未成年。舐められるのは当然だし、執行者になったばかりの新人だ。階級を上げるまで謙虚に行くべきだと説いても、この女には馬の耳に念仏。私は話題を変えた。
「で、またここでスイーツを買うのですか?」
「んなわけないでしょ。リラクゼーションルームに行くの」
サービスエリアにそんなものが? 聞いたことが無い。
「な~んにも調べず来てるわけ? 道中に何があるかくらい把握しておきなよ」
一理ある。目的地以外何も調べていなかったのだ。
翠の方がリーダーに向いているのでは……と思えてしまうほど悔しくなる。
「ここはね、執行者専用のリラクゼーションルームがあるの」
「執行者専用!?」
驚愕を隠せず大声をあげてしまった。
まさかそんなものがあるなんて聞いたことがない。
「中野って一級の人が造らせたらしいよ。なかなかやるじゃん」
中野といえば、これから会いに行く人物だ。
いったい、どういう人なのだろうか――。
私達はサービスエリアの一角にある四角い建物へと足を運んだ。そこは二階建てのオフィスのような外観。執行者専用と聞いたが、堅苦しいイメージは無く、外装は白く塗られている。
中に入り、受付で手際よく手続きを進める翠を待ちながら辺りを見渡すと、まだ造られて間もないのか、全てが新しく輝いて見える。傷一つない白い壁、ツルツルのタイル、受付で使われているPCは流用品ではなく、しっかりと最新のモデルを使っていた。
手続きが終わり、翠に続いて目的の部屋の扉を開けると、そこには有り得ない光景が待ち受けていた――。
「ふかふかソファ」
リリカが座り心地の良さそうなソファに寝転ぶ。勤務中なのに満足そうにクッションを抱えている。
いや、そんなことは問題じゃない。驚いたのは充実し過ぎている設備。ドリンクバーが置かれ、ベッドにマッサージチェア、シャワールームには浴槽がついていた。
ここは高級ホテルなのか、新たな発見をする度に顔が引きつっていく。
「どう? 至れり尽くせりでしょ。一度来てみたかったの」
まるで自分が用意したように自慢げに話す翠。
「し、信じられない……こんな……こんなことがあっていいのか」
愕然とし膝をつく。仕事を何だと思っているのか。
中野さんとは相容れない予感がしてきた。
「――よお、模範回答。お前らも来てたのか」
入り口の扉の前に、アロハシャツに短パン、サングラスをかけた調子のよさそうな男が入ってきた。私が「誰?」と問うと男はサングラスを外し――。
「俺だよ、『小長谷大翔』だ」
「は?」
更なる驚愕の事実。
執行者辞めたのかと頭を過ったが、ここは執行者専用。それは無い。
「制服は? もしかして休暇?」
「いや、さっき仕事を終えたばかりだぜ」
「その服で?」
「この服で」
胸を張り、自信げに答える小長谷。
服装もそうだが、髪型もオールバックから自然体になってる。いったい彼に何があったのか、審問の時とはまるで別人だ。
なぜ一級でもないのに私服が許されているのかと聞いたら、腕に着けている白の腕章が制服代わりになるらしい。ちなみに、階級が違うとその色も異なるとのこと。
「私服ってことは、中野さんトコの人?」
翠が小長谷に尋ねると、「この人は?」と私に紹介を求められた。
「水嶋翠。私たち三人一組でやってるの」
そう伝えると、あろうことにコイツは翠の顎を人差し指で持ち上げ――。
「どう? こんな奴らより俺と二人一組しない? 夜も勿論二人アッ――!?」
すかさず強烈な金的が入り、床に蹲り悶絶する。
可哀想に……これはセクハラによる処罰だから庇えないよ。
「フゥ〜フゥ……、堪んねえ……いいッ」
股間を押さえながら恍惚な表情を浮かべる変態に対し、翠は「キッショ」と侮蔑の言葉を投げつけるが、最早それすらも喜びに変換されるようで、何のダメージも受けていなかった。
「新しい感覚……。最高だ」
こいつ……本当にブレないな。
「あのさ、さっきの翠の質問だけど」
ゴミを見るような目で床に転がっている男に尋ねると、立ち上がらないまま答えた。
「……ああ。俺は部長の支部に所属してるよ」
「部長?」
「中野第一級執行者のことだ、皆そう呼んでる。部長は素晴らしい人だ。人望だけでいえば、他の一級達ですら敵わないだろう」
コイツにここまで言わせるほど慕われているのか。一級に上がって間もないはずなのに、そこまでの人望を得られるのは余程カリスマ性があるのだろう。しかし正直、例の二人(紅露・茅間)の人望が無さ過ぎてあまりその凄さが入ってこないのも事実。
「お前らの話は聞いてるよ。ウチに来るんだろ? 案内してやるよ」
そう言いながら立ち上がるが、股間は押さえたままだ。
「うん、じゃあ……お願い」
「と、その前にシエスタだ。お前らも身体を休めておけよ」
シエスタ?
聞き慣れない言葉を投げつけた男は、マッサージチェアへ腰掛けた。
翠は傷の状態を確認するのか、シャワールームへ入って行き、リリカは既に寝息を立てて仮眠をとっている。
……順応早過ぎない?
独り残された私は、コーヒーでも飲むかと、ドリンクバーでマグカップを手に取った――。




